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15章 祈り(前)

6話 シルベストル邸にて

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 ミランダ教のトップは2人。聖女、そして教皇。
 聖女とちがって任期は特に定められておらず、歴代で最長の在位年数は35年。死去してからの交代が多いらしい。
 現在の教皇は、就任して9年目――「ワシリイ2世」と呼ばれているが、真名まなは別にあるそうだ。
 
 ……というのを、昨日今日レイチェルやベルナデッタから聞いたのだが……。
 
 
「……きょう・こう・げい・か。教皇、猊下げいか。げ・い・か、げ・い・か」
「…………」
「……教皇猊下。お目にかかれて光栄です」
「…………」
「げいか。ゲイカ? げーか」
「た、隊長……猊下猊下って言い過ぎですわ」
「ああ……すまん。慣れない敬称だから、練習をと思って」
「はぁ……」
 
 ベルナデッタが困ったような顔でため息をつく。
 
 今俺達がいるのは、シルベストル侯爵邸の客室。
 あの事件から数日後、俺とベルナデッタはなぜかここへ招かれた。
 元聖女候補だったベルナデッタはともかく、なぜ俺が。
「黒天騎士・北軍将」という肩書きはあるが、よその国……しかも過去のものだ。
 俺の住んでいたディオールは中部から北部にかけて聖光神団せいこうしんだんの信者が多い。その上俺は無宗教――そんなわけで、ミランダ教とはほとんど全く縁がない。
 そんなご縁のない宗教のトップが俺を知っているわけないだろうと思うのだが……。
 
「本当に、なぜ俺が教皇に……」
 
 何度目か分からない呟きに、ベルナデッタが苦笑いしながら肩をすくめた。顔に「またか」と書いてある。
 今日の彼女は白地に金糸の縁取りの立派な法衣を身にまとっている。祭事や教会の上の者と謁見する際に着用するものだそうだ。
 まさに、こういうときのためのものだ。
 
「……ベルナデッタ。俺の服装はこれでいいんだろうか。一応高級品だけど、礼装でもなんでもない普通のスーツなんだが」
「……いいんじゃありません? 隊長はミランダ教徒でも貴族でもありませんし。その服、素敵ですわよ。髪型も……オールバック初めて見ましたわ」
「騎士やってたときはずっとこれだったんだ。……久しぶりだからデコが寒い」
「ふふ」
「……威圧感出てる?」
「ええ。あの……ケンカ上等って感じします」
「……ひどいな。俺はケンカはもうごめんだ」
「そうですわね……」
 
 俺の言葉を聞いて、ベルナデッタが目を細めて視線を横にそらす。
 考えていることは、同じだろう。
 
「……ジャミルはどうしてる?」
「自宅から仕事に通っていますわ。『日を追うごとに罪悪感がつのる、謝罪したいけど心の準備がまだできない』……そういう風に言っていました」
「……そうか」
 
 ――あれから数日。
 カイルの意識は戻り熱も少し下がったが、やはり寝ていることが多い。
 ずっとうなされているし、光の塾の「自分探しの試練」とやらのせいか夜に明かりを消すのを嫌がる。身体よりも精神のダメージが大きいようだ。
 ジャミルは使い魔ウィルの魔法で直接カイルの部屋に見舞いに来ている。
 俺達に顔を合わせないよう、自分が来ている時には部屋に鍵をかけ、弟の様子を見て少ししてから鍵を開けてまた鳥の魔法で帰る――ということを繰り返している。
 
「ジャミル君……今日あたしと隊長がここへ呼ばれたのを、自分のせいだと思ってさらに落ち込んでいます」
「え? なぜ」
「セルジュ様に無礼を働いたから、代わりに隊長が罰せられるんだと思っているみたいで」
「……そんなわけないだろう。くだらないことを気にするなと言っておいてくれ。まあ……なぜ呼ばれたのかは分からないが」
「はい……」
 
「グレン殿、ベルナデッタ嬢。……お待たせ致しました」
「!」
 
 セルジュがやってきた。
 高級そうな服を着ているが、聖銀騎士の服ではないように見える。
 
「参りましょう」
「はい」
「わ、わかりました……」
 
 ベルナデッタが緊張した面持ちで、儀礼用の杖をぎゅっと握りながら立ち上がった。
 ミランダ教の神官の彼女ですら教皇になど会ったことがないというのだから、緊張して当然だろう。
 召使いではなく、聖銀騎士団長セルジュ自らの案内――これから大物と会うという実感が湧いてきて、さすがの俺も緊張してくる……。
 
 
 ◇
 
 
「こちらです」
 
 教皇側の術師による転移魔法で、邸宅内のとある部屋の前まで呼び寄せられた。
 転移魔法というより、「召喚魔法」と呼ぶのが正しいだろうか。
 実は、このシルベストル邸に来るときもこうやって飛んできた。
 高等な技術だ――あの聖女によるものかもしれない。
 飛竜シーザーの力もあったとはいえ、知らない土地にいる知らない人間を「月天げってんの間」とやらに呼び寄せることができるのだから、屋敷内の人間を呼ぶなど造作もないだろう。
 
 部屋の扉は身分の高い者と会うにしては装飾が少なく、質素だ。
 セルジュがノックを数回してから、「セルジュ、参りました」と言って扉を開けた。
 ここにも召使いらしき者はいない。ここまでの案内をセルジュ自らが行ったことといい、どうもこの謁見は秘密裏に行われているもののようだ。
 
「どうぞ」と促され、俺とベルナデッタはセルジュのあとに続いて部屋の中へ。
 部屋の中は十分に広いが、先ほどの客室よりも狭い。
 
猊下げいか。グレン・マクロード殿、ベルナデッタ・サンチェス嬢、両名をお連れ致しました」
「うん。……ありがとう」
「…………」
 
 部屋の奥に置いてある椅子に、白いローブを身にまとった柔和な顔立ちの老人が腰掛けている。
 年の頃は図書館のテオドール館長と同じ、70歳代くらいだろうか。
 その傍らには先日会った聖女と、長い金髪を肩から垂らした若い貴族の男が立って――。

「……!」 
「ヒッ……」
 
 男の姿を見てわずかに瞠目した俺とほぼ同時に、ベルナデッタが小さく息を吸って肩をすくませる。
 もう少し冷静になってほしいと思うが、相手が相手だけに仕方ない。
 ……王太子だ。俺は教皇は見たことがないが、さすがに彼のことは知っている。
 王太子リュシアン――ロレーヌ国王の第1子であり、王位継承順位第1位。
 他にも公爵位や伯爵位をいくつか持ち、王国騎士団において強い発言力を持つと聞く。
 そんな人間が、今目の前に立っている――。
 横であわあわしながらカーテシーをするベルナデッタとともに、俺も頭を深く下げた。
 
(なぜ……?)
 
 ――会うのは教皇と聖女じゃなかったのか。
 それだけでも胃痛がしそうなのに、王子まで出てくるとはどういうことだ。
 ああ、もう意味が分からない。何か腹が立ってきた……。
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