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15章 祈り(前)
◆美少女ルカは励ましたい(1)
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「ルカ、俺達は出かけるから」
「ん……行って、らっしゃい」
木曜日のお昼、砦の隊長室。今日はグレンとベルが「きょうこうげいか」に会いに行く日。
グレンとベルはいつもとちがう装いだ。
セルジュ様はグレンから借りたシャツとズボンを身につけている。お屋敷に戻ったらまた着替えるらしい。
「戻るのは夜になるかな」
「そう」
「じゃあ……」
「グレン」
「ん?」
「わたし、かわいい?」
「え? ……ああ、うん。美少女だな。最近、髪型にもこだわってるみたいだし」
「ふふ、ほんと。編み込みにおさげ、とっても似合ってるわよ、ルカ」
美女のベルに褒めてもらえると、さらに一段レベルが上がったような気がして誇らしい。
最近ずっと、伸びた髪を編み込みにして2つ結びにしている。編み込みは、本を見ながら研究した。
本当はレイチェルみたいな1つ結びにしたいけど今の長さではちょっと難しいし、あれはレイチェルの"専売特許"。
だからわたしは、2つ結び。これだってとびきりにかわいい。素材の良さを引き出している。
(……褒められたら、褒め返さなきゃ)
「……今日のベルも、とびきりに美女。グレンも……まあ、かっこいい」
「ふふ、ありがと!」
「ベルナデッタは『とびきり』なのに、俺は『まあ』なのか……」
「わたしは……いつもの方が、グレンだと思う」
そう言うとグレンはちょっとだけ目を見開いて、すぐに「そうか」と笑った。
その後3人はずっと使われていなかった「作戦室」に入っていき、魔法でどこかに呼び寄せられていった。
◇
「……ジャミル?」
「わっ……!?」
昼食を食べるために食堂に行くと、厨房にジャミルがいた。
急に声をかけられて驚いたのか、持っていた調理器具を落としてしまった。
「……ベルは、お出かけしたわ」
「……知ってるよ。教皇猊下に呼ばれたんだよな……」
落としたお玉やフライ返しを拾いながらジャミルが力なくつぶやく。
彼の肩に止まっていたウィルがこちらにパタパタと飛んできた。
手を差し出すとわたしの手のひらにちょこんと座るように止まり「ピピッ」と鳴く。かわいい。
「……ジャミルは」
「うん?」
「どうして最近、コソコソしているの」
「う……」
落としたものを全部拾ってキッチンの調理台に置いたあと、ジャミルは調理台に手をついたまま黙り込んでしまう。
「……色々、あって」
「色々」
「……グレンと、セルジュ様に、ひでえ言葉投げちまって」
「また怒鳴ったの」
「う……うん」
「闇の剣をまた拾った?」
「ひ……拾ってない」
「3ヶ月くらい前、セルジュ様が光の塾の事実を話した時……わたしはあの人を攻撃した。また、ここに来て攻撃されたということ?」
「……うん……」
「かわいそう。体調が悪いのに、弱いものいじめ」
「お、おっしゃる、通り……」
「……あの時、ジャミルはわたしに『自分が何やってるか分かってるのか』って言って怒ったわ」
「言っ……た。うん……」
「それなのに、どうして」
「…………」
ジャミルからの返事はない。
眉間にしわを寄せて唸りながら、服の胸の辺りをギュッとつかむ。
「グレンにもひどいこと言ったの」
「えっ!? ……ま、まあ……」
「どうして。何を言ったの」
「…………は、話さねえと、ダメか?」
言いながらジャミルは冷蔵庫から冷えたコップを取り出す。ごまかす気だろうか。
「……喉が渇いたの? わたしがたくさんお水を飲ませてあげるわ」
左手の水の紋章を光らせ、ジャミルの頭上に水の塊を出現させた。
「ひっ!? や……やめろよ! 話す、話すから……」
「よろしい」
紋章と水の塊をスッと消すと、ジャミルは大きくため息をついて胸を撫で下ろした。
その後食堂のテーブルに移動して、ジャミルの話を聞いた。
話してくれたのはいいけれど、全部、全然良くない話。
カイルさんがああなったのは、セルジュ様のせい……そう考えたジャミルはセルジュ様を罵倒して、攻撃しようとした。
それをグレンが止めた。グレンに怒られたジャミルは、冷静なグレンに腹を立てて「友達なのに冷たい」と言ったらしい。
何か、頭がカーッとしてくる。やっぱりお水をかけたくなってくる。
「……グレンは、冷たくない。カイルさんの頼みを聞いただけ。友達だから」
「う……うん」
ジャミルは髪をわしゃわしゃとしたり手で顔を覆い隠したり、テーブルに肘をついて首の後ろを掻いたりして、ずっと落ち着かない。
「……グレンにとって、カイルさんは大事な友達。グレンの闇の中で見た。ジャミルも、見た?」
「……うん……見た」
「グレンにとってカイルさんはきっと、わたしにとってのレイチェルと同じ。カイルさんがいなかったら、グレンはきっと、色んなことを見つけられない。必要な人だわ」
「……ルカにとっての、レイチェル……そうか……うん」
「そう。ジャミルは闇の剣をもう持ってないし、グレンのことも分かっているのに怒鳴った。……だめ。全然だめ。0点」
「れ、れいてん……。うう……、そ、だな……。お前の……言う通りだ」
「……謝ったら、グレンもきっと許してくれる」
そう言ったらジャミルは困ったような顔で「そうだな」と笑った。
グレンの帰りは夜。でも、ジャミルは夕方から仕事があるらしい。
「日を改める」と言って、カイルさんのために作ってきた料理を置いて去って行った。
(……むずかしい)
大切な人のために、怒る。大切な人のために、怒らない。
人の感情も、人と人の関係も、やっぱりわたしにはまだ難しい。
もっとレイチェルみたいに、相手の心を軽くできたらいいのに。
◇
「…………」
人のいなくなった食堂で1人パンケーキを頬張りながら、ここ数日あった色々なことに思考を巡らせる。
仲間のこと、光の塾のこと。そして司教ロゴス――イリアスのこと。
みんなあの人に怒っているから、今考えていることは誰にも言えない。
グレンにとっての、レイチェル、カイルさん。
わたしにとっての、レイチェル、お兄ちゃん、フランツ、それにみんな。
わたしもグレンも、光の塾を出てたくさんのことを、たくさんのものを見つけた。心を知った。
それじゃあ、あの人は、イリアスは……?
彼には大切なものはなかったのだろうか。大切な人は、いなかったのだろうか。
彼も"天使"だったなら、わたしと同じに外界に出て学ぶ機会があったはず。
どうして、光の塾に戻ったのだろう。
あの人には心の自由は、救いは、ひとつもなかったのだろうか……。
「ん……行って、らっしゃい」
木曜日のお昼、砦の隊長室。今日はグレンとベルが「きょうこうげいか」に会いに行く日。
グレンとベルはいつもとちがう装いだ。
セルジュ様はグレンから借りたシャツとズボンを身につけている。お屋敷に戻ったらまた着替えるらしい。
「戻るのは夜になるかな」
「そう」
「じゃあ……」
「グレン」
「ん?」
「わたし、かわいい?」
「え? ……ああ、うん。美少女だな。最近、髪型にもこだわってるみたいだし」
「ふふ、ほんと。編み込みにおさげ、とっても似合ってるわよ、ルカ」
美女のベルに褒めてもらえると、さらに一段レベルが上がったような気がして誇らしい。
最近ずっと、伸びた髪を編み込みにして2つ結びにしている。編み込みは、本を見ながら研究した。
本当はレイチェルみたいな1つ結びにしたいけど今の長さではちょっと難しいし、あれはレイチェルの"専売特許"。
だからわたしは、2つ結び。これだってとびきりにかわいい。素材の良さを引き出している。
(……褒められたら、褒め返さなきゃ)
「……今日のベルも、とびきりに美女。グレンも……まあ、かっこいい」
「ふふ、ありがと!」
「ベルナデッタは『とびきり』なのに、俺は『まあ』なのか……」
「わたしは……いつもの方が、グレンだと思う」
そう言うとグレンはちょっとだけ目を見開いて、すぐに「そうか」と笑った。
その後3人はずっと使われていなかった「作戦室」に入っていき、魔法でどこかに呼び寄せられていった。
◇
「……ジャミル?」
「わっ……!?」
昼食を食べるために食堂に行くと、厨房にジャミルがいた。
急に声をかけられて驚いたのか、持っていた調理器具を落としてしまった。
「……ベルは、お出かけしたわ」
「……知ってるよ。教皇猊下に呼ばれたんだよな……」
落としたお玉やフライ返しを拾いながらジャミルが力なくつぶやく。
彼の肩に止まっていたウィルがこちらにパタパタと飛んできた。
手を差し出すとわたしの手のひらにちょこんと座るように止まり「ピピッ」と鳴く。かわいい。
「……ジャミルは」
「うん?」
「どうして最近、コソコソしているの」
「う……」
落としたものを全部拾ってキッチンの調理台に置いたあと、ジャミルは調理台に手をついたまま黙り込んでしまう。
「……色々、あって」
「色々」
「……グレンと、セルジュ様に、ひでえ言葉投げちまって」
「また怒鳴ったの」
「う……うん」
「闇の剣をまた拾った?」
「ひ……拾ってない」
「3ヶ月くらい前、セルジュ様が光の塾の事実を話した時……わたしはあの人を攻撃した。また、ここに来て攻撃されたということ?」
「……うん……」
「かわいそう。体調が悪いのに、弱いものいじめ」
「お、おっしゃる、通り……」
「……あの時、ジャミルはわたしに『自分が何やってるか分かってるのか』って言って怒ったわ」
「言っ……た。うん……」
「それなのに、どうして」
「…………」
ジャミルからの返事はない。
眉間にしわを寄せて唸りながら、服の胸の辺りをギュッとつかむ。
「グレンにもひどいこと言ったの」
「えっ!? ……ま、まあ……」
「どうして。何を言ったの」
「…………は、話さねえと、ダメか?」
言いながらジャミルは冷蔵庫から冷えたコップを取り出す。ごまかす気だろうか。
「……喉が渇いたの? わたしがたくさんお水を飲ませてあげるわ」
左手の水の紋章を光らせ、ジャミルの頭上に水の塊を出現させた。
「ひっ!? や……やめろよ! 話す、話すから……」
「よろしい」
紋章と水の塊をスッと消すと、ジャミルは大きくため息をついて胸を撫で下ろした。
その後食堂のテーブルに移動して、ジャミルの話を聞いた。
話してくれたのはいいけれど、全部、全然良くない話。
カイルさんがああなったのは、セルジュ様のせい……そう考えたジャミルはセルジュ様を罵倒して、攻撃しようとした。
それをグレンが止めた。グレンに怒られたジャミルは、冷静なグレンに腹を立てて「友達なのに冷たい」と言ったらしい。
何か、頭がカーッとしてくる。やっぱりお水をかけたくなってくる。
「……グレンは、冷たくない。カイルさんの頼みを聞いただけ。友達だから」
「う……うん」
ジャミルは髪をわしゃわしゃとしたり手で顔を覆い隠したり、テーブルに肘をついて首の後ろを掻いたりして、ずっと落ち着かない。
「……グレンにとって、カイルさんは大事な友達。グレンの闇の中で見た。ジャミルも、見た?」
「……うん……見た」
「グレンにとってカイルさんはきっと、わたしにとってのレイチェルと同じ。カイルさんがいなかったら、グレンはきっと、色んなことを見つけられない。必要な人だわ」
「……ルカにとっての、レイチェル……そうか……うん」
「そう。ジャミルは闇の剣をもう持ってないし、グレンのことも分かっているのに怒鳴った。……だめ。全然だめ。0点」
「れ、れいてん……。うう……、そ、だな……。お前の……言う通りだ」
「……謝ったら、グレンもきっと許してくれる」
そう言ったらジャミルは困ったような顔で「そうだな」と笑った。
グレンの帰りは夜。でも、ジャミルは夕方から仕事があるらしい。
「日を改める」と言って、カイルさんのために作ってきた料理を置いて去って行った。
(……むずかしい)
大切な人のために、怒る。大切な人のために、怒らない。
人の感情も、人と人の関係も、やっぱりわたしにはまだ難しい。
もっとレイチェルみたいに、相手の心を軽くできたらいいのに。
◇
「…………」
人のいなくなった食堂で1人パンケーキを頬張りながら、ここ数日あった色々なことに思考を巡らせる。
仲間のこと、光の塾のこと。そして司教ロゴス――イリアスのこと。
みんなあの人に怒っているから、今考えていることは誰にも言えない。
グレンにとっての、レイチェル、カイルさん。
わたしにとっての、レイチェル、お兄ちゃん、フランツ、それにみんな。
わたしもグレンも、光の塾を出てたくさんのことを、たくさんのものを見つけた。心を知った。
それじゃあ、あの人は、イリアスは……?
彼には大切なものはなかったのだろうか。大切な人は、いなかったのだろうか。
彼も"天使"だったなら、わたしと同じに外界に出て学ぶ機会があったはず。
どうして、光の塾に戻ったのだろう。
あの人には心の自由は、救いは、ひとつもなかったのだろうか……。
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