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15章 祈り(前)
11話 ただ、いつも通りのことを
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「レイチェル。色々と都合があって、砦にはセルジュ卿が滞在している。今は俺の部屋を使ってるから、間違って入らないように気を付けてくれ」
金曜日。あの一連の事件のあと、初めてのバイトの日。
グレンさんはカイルと王都へ。出かける前、グレンさんから砦のちょっとした近況を聞かされていた。
ジャミルはグレンさんとセルジュ様に謝罪して、無事和解できた。
ベルは聖女様の身の回りのお世話と話し相手をするため、シルベストル邸へ出張。
そして砦にはセルジュ様が滞在中……。
聖銀騎士団の団長、そして侯爵様のご子息。そんな人と一つ屋根の下――というにはちょっと広いけど――ともかく、同じ建物で共同生活。
セルジュ様にわたしの作った料理なんて、出していいのかな。緊張するなぁ。
……そう思っていたんだけど、それどころじゃなかった。
夕方グレンさんの代わりに送迎をしてくれたジャミルと一緒に砦の食堂に来てみると、大変なことが起こっていた。
「セルジュ様。今日のお夕食のリクエストは」
「あ……いや、特には……」
「何か、好きな食べ物は」
「そうだな……強いて言うなら、水産物が全般的に好きだけれど」
「すいさんぶつ。……魚とか、貝とか?」
「そうだね。……シルベストル領はミロワール湖とそこに流れ込む川に面していて、そういった水の恵みが豊富なんだ」
「……なるほど。わたしも、水は好き」
「……そ……そう。……それは……、よかった」
(あわわ……)
謎すぎるシチュエーション。
セルジュ様がルカと向かい合って座り、食に関する聞き取り……というか、取り調べを受けている……。
「ルカ! ……アイツ、また……!」
その様子を見たジャミルが片手で顔を覆い隠しながらそう漏らした。
『また』ってなんだろう。他に一体、何をやらかしたんだろう……。
――ミロワール湖ってそんなに色々獲れるんだ……わたしの街の近辺ではあまり獲れないけど、あの湖って広いし、気候や水深とか色んな条件があるんだろうな……って、それは今どうでもいいな……。
内心冷や汗をかいているわたし達をよそに、ルカは事情聴取を続ける。
「……それで、リクエストは」
「あ、いや……置いてもらっている身だし、出された物なら私はなんでも――」
「だめ。『なんでもいい』が一番困るって、みんな言っているわ」
「……す……すまない……」
(ひえええええっ……!)
「あ……」
「!」
わたしに気づいたセルジュ様が立ち上がり、こちらへ歩み寄ってくる。
な、なぜ……ルカから逃げるためだったりして……?
「レイチェル・クラインさん」
「は、はい」
「……ありがとう。君の作った薬のおかげで、体調も随分良くなったよ」
「あ、い、いえ……そんな! あの……すみません、わたしあの、薬師の資格は持っていなくて……そんなわたしの作った薬を」
「資格……? 私は君の作った薬で、確かに調子が良くなったんだ。感謝の言葉だけを受け取って欲しい」
「は…………はひっ。ありがとうございますっ、こ、こ、光栄ですっ」
声が上ずる。セルジュ様……というか、眉目秀麗かつ高貴な身分の男性に褒められることなんてまずないから、赤面しちゃうし舞い上がってしまう。
こんな至近距離で同じ空気を吸っていていいのかな……?
その少し後にベルがシルベストル邸から帰ってきた。
そんなわけで、わたしとジャミルとベルとルカ、そしてセルジュ様という謎の取り合わせで食事をすることに。
自室でお食事摂ってもらえばよかったけど、今食堂にいる以上、追い出す感じになってもいけないし……。
夕食は鮭の香草焼きとしじみのチャウダー。ジャミルとわたしで一生懸命作った。
さっきルカが聞き出したセルジュ様の好物がたまたまあって助かった。
デザートはベルが作ったりんごのジュレ。
セルジュ様はどれも「すごくおいしい」と言いながら全部食べてくれた。
すごい。紳士。貴公子。親切。
わたしとジャミルとベルが緊張しっぱなしで食に対するコメントにペコペコ頭を下げるばかりの中、ルカだけが積極的にセルジュ様に話しかけていた。
内容はフランツの話と、あとは食べ物の話ばっかり。……お菓子とラーメン、さらにラーメン夜会の話まで。
セルジュ様は「そうなのか」「なるほど」「すごいな」って言っていたけど、多分引いていた。
どうしてルカがラーメンの話をしたかというと、ベルが以前「ラーメンとお菓子の前に身分はない」と言っていたから……らしい。
それを聞いたベルは卒倒しそうになっていた。ちなみにお昼には「食の神」の素晴らしさを伝えてジャミルを涙目にさせたとか……。
人間、どこでどういう風に自分の発言が返ってくるか分からない。
なんというか……めったなことを言うものじゃないなあ……。
◇
「あっ、グレンさん、カイル。お帰りなさい」
「ただいま」
「やあ、レイチェル。……ただいま」
夜の8時頃、王都へ買い物に行っていたグレンさんとカイルが帰ってきた。
食事は外で済ませると言っていたけど……。
「カイル、具合はどう? 大丈夫?」
「ああ……うん。お陰様で。薬、色々ありがとうね」
「いえいえ。ねえ、あのね、お夜食作ってきたんだけど、食べない? お腹いっぱいかなあ」
「夜食?」
「うん。フルーツサンドなんだけどね」
「え……?」
厨房の冷蔵庫に入れてあったフルーツサンドを出してきて、カイルの前に置く。
実は昨日グレンさんに「何か軽く作ってやってほしい」と頼まれていた。
彼がそんなことを頼んでくるなんて初めてだ。あの一連の出来事以外に、何かあったのかもしれない。
グレンさんってカイルにはつっけんどんな感じだけど、なんだかんだでカイルのこと大事に思ってるんだよね。
色々迷った末にわたしが作ったのはフルーツサンド。
最初に思いついたのは彼が好きなドラゴン肉まんだったけど、それは食の神の専門分野だし、そもそも軽くないし……。
そういえばカイルってイチゴが好きだったなあと思って作ってきたんだけど、なんだか反応が微妙なような……?
「……イチゴサンド」
「うん。……イチゴ好きだったよね?」
「……覚えててくれたんだ。……今日はちょっと、クリーム控えめだね」
「……うん。まだ胃の調子あんまり良くないかなぁって思って……もし足りなかったら増量するよ」
「いいよ、大丈夫。……いただきます」
ニコッと笑って、カイルがイチゴサンドを口に入れる。
――聞き返す雰囲気じゃなかったから流したけど、『今日はクリーム控えめ』ってなんだろ?
イチゴサンド作って出したことなんてあったかな……?
「……うん、うまい」
「えへへ、それはよかった」
「…………」
「カイル?」
「いや……。ちょっと……イチゴが酸っぱいけど、クリームと引き立て合ってて、ちょうど……いいよね」
「…………?」
少したどたどしい調子で、カイルがそうコメントした。
――どうしたのかな、おいしいって言ってくれてるけどやっぱり本調子じゃないのかな。わたし、普通に喋っていていい?
「……ふふっ。でしょー? さっすがカイル、分かってる~!」
「…………」
(…………あれ?)
――なんだか、すごいビックリしたみたいな顔になっちゃった……わたし、マズいこと言っちゃったかな? ふざけすぎた?
「……あの、カイル……」
「……ありがとう、本当……」
「…………?」
泣きそうな顔でカイルは引き続きイチゴサンドにかじりつく。
なんだかやっぱり調子が悪いみたい。早く元に戻ってくれればいいな。
そんな風に考えていたら、肩に手をポンと置かれた。
グレンさんだ。
「……レイチェル」
「んっ?」
「俺のは?」
「え?」
「俺にはないのか」
「え? ……えっ、……は?」
「酸っぱいイチゴとクリームが引き立て合ってちょうどいいイチゴサンドは」
「え――っ……」
しんみりした空気が一気にぶち壊される。
何かちょっとむくれてるみたいだけど……えーっ、あなたがカイルに何か作ってこいと言ったんですよね……?
彼のそんな様子を見て、カイルがプッと吹き出す。
「えっとね、グレンさん……」
「ははっ、お前の分はないよ。オレンジサンド食えば」
「ちょ、カイル……! ……えっ? オレンジサンドあることよく知ってたね?」
「……まあね。絶対的な運命だから」
「ん? うん……?」
またちょっとよく分からないことを言われたので空返事だけ返し、わたしは再び厨房へ。そして冷蔵庫からフルーツサンドの残りを出してきてテーブルに置いた。
「はい、グレンさんの分はこっちー」
「……チョコ」
「その通り~」
彼に出したのは、ココア生地のパンにホイップと生チョコが挟まったチョコサンド。あとで出そうと思ってたのになぁ。
「オレンジは?」
「オレンジはわたしの分」
「俺がそっちをもらう」
「えっ? ……ああーっ!」
わたしの了承を得ず、彼がわたしのお皿からオレンジサンドをひったくってかぶりついた。
「ちょっとー、なんでー!? チョコサンドあるでしょー!?」
「こいつが『絶対的な運命』とか言うから腹が立った。……運命をねじ曲げてやった」
「なーにーそーれー!」
むしゃむしゃオレンジサンドをおいしく食べながら彼がほくそ笑む。
――極悪だ、許されざる所業だ、このわたしへの挑戦だ!
「……ちょっと~! カイルが意味分かんないこと言うからわたしのオレンジサンドがー……」
「…………」
「……え、カイル……?」
抗議しようとカイルの方を見ると、彼は涙を流して泣いていた。イチゴサンドのお皿に涙がポツポツと落ちる。
「カイル……どうしたの。……まだ、具合悪い?」
「……大丈夫。……はは……イチゴサンドとオレンジサンドと、もうひとつはチョコサンドなんだ……」
「? うん……もしあれだったら、3人で食べようかなーって……」
「そっか……3人それぞれの好きな物だ」
「うん」
「ふふ……運命、ねじ曲げられちゃったね」
「そうー。ひどいよねぇ」
「そうだ、ほんと、あんまりだよな……。…………」
「……カイル」
「ごめん、俺……ごめん。……大事なものを、失うところだったなあって……」
「…………」
「……ありがとう……2人とも……」
そう言ったあと、カイルはしばらくの間すすり泣くだけになってしまった。
解散するときに「おかげで元気出たよ、ありがとう」って言ってくれたのはいいけど、ほんとに大丈夫かな。
さらに、自室に戻る時グレンさんからも「ありがとう」とお礼を言われた。
「わたし、何もしてないのに」
「……レイチェルがレイチェルであるだけで、みんなの心が軽くなる」
「わたしが、わたしであるだけ……? うーん。よく分からない……」
――よく分からないけど、今の言葉すごく嬉しかったし、いいか。
わたしはみんなと比べて特別な力はないし、悩みごとだっていつも日常のささいなこと。
それに引け目を感じることも正直言って少なくない。だけど……わたしはそれでいいんだ。
わたしの好きな人が、大切な仲間が、そういうわたしを求めてくれている。
何より、それがわたし自身が大事にしているレイチェル・クラインという人間なんだもの。
砦はまた借りる期間を1ヶ月延長するようだ。
仲間に大変なことがあっても、砦にすごい人がいても、わたしがここでやることは変わらない。
あと少しの間、わたしはここでみんなにおいしいごはんと日常を用意して待つわ。
金曜日。あの一連の事件のあと、初めてのバイトの日。
グレンさんはカイルと王都へ。出かける前、グレンさんから砦のちょっとした近況を聞かされていた。
ジャミルはグレンさんとセルジュ様に謝罪して、無事和解できた。
ベルは聖女様の身の回りのお世話と話し相手をするため、シルベストル邸へ出張。
そして砦にはセルジュ様が滞在中……。
聖銀騎士団の団長、そして侯爵様のご子息。そんな人と一つ屋根の下――というにはちょっと広いけど――ともかく、同じ建物で共同生活。
セルジュ様にわたしの作った料理なんて、出していいのかな。緊張するなぁ。
……そう思っていたんだけど、それどころじゃなかった。
夕方グレンさんの代わりに送迎をしてくれたジャミルと一緒に砦の食堂に来てみると、大変なことが起こっていた。
「セルジュ様。今日のお夕食のリクエストは」
「あ……いや、特には……」
「何か、好きな食べ物は」
「そうだな……強いて言うなら、水産物が全般的に好きだけれど」
「すいさんぶつ。……魚とか、貝とか?」
「そうだね。……シルベストル領はミロワール湖とそこに流れ込む川に面していて、そういった水の恵みが豊富なんだ」
「……なるほど。わたしも、水は好き」
「……そ……そう。……それは……、よかった」
(あわわ……)
謎すぎるシチュエーション。
セルジュ様がルカと向かい合って座り、食に関する聞き取り……というか、取り調べを受けている……。
「ルカ! ……アイツ、また……!」
その様子を見たジャミルが片手で顔を覆い隠しながらそう漏らした。
『また』ってなんだろう。他に一体、何をやらかしたんだろう……。
――ミロワール湖ってそんなに色々獲れるんだ……わたしの街の近辺ではあまり獲れないけど、あの湖って広いし、気候や水深とか色んな条件があるんだろうな……って、それは今どうでもいいな……。
内心冷や汗をかいているわたし達をよそに、ルカは事情聴取を続ける。
「……それで、リクエストは」
「あ、いや……置いてもらっている身だし、出された物なら私はなんでも――」
「だめ。『なんでもいい』が一番困るって、みんな言っているわ」
「……す……すまない……」
(ひえええええっ……!)
「あ……」
「!」
わたしに気づいたセルジュ様が立ち上がり、こちらへ歩み寄ってくる。
な、なぜ……ルカから逃げるためだったりして……?
「レイチェル・クラインさん」
「は、はい」
「……ありがとう。君の作った薬のおかげで、体調も随分良くなったよ」
「あ、い、いえ……そんな! あの……すみません、わたしあの、薬師の資格は持っていなくて……そんなわたしの作った薬を」
「資格……? 私は君の作った薬で、確かに調子が良くなったんだ。感謝の言葉だけを受け取って欲しい」
「は…………はひっ。ありがとうございますっ、こ、こ、光栄ですっ」
声が上ずる。セルジュ様……というか、眉目秀麗かつ高貴な身分の男性に褒められることなんてまずないから、赤面しちゃうし舞い上がってしまう。
こんな至近距離で同じ空気を吸っていていいのかな……?
その少し後にベルがシルベストル邸から帰ってきた。
そんなわけで、わたしとジャミルとベルとルカ、そしてセルジュ様という謎の取り合わせで食事をすることに。
自室でお食事摂ってもらえばよかったけど、今食堂にいる以上、追い出す感じになってもいけないし……。
夕食は鮭の香草焼きとしじみのチャウダー。ジャミルとわたしで一生懸命作った。
さっきルカが聞き出したセルジュ様の好物がたまたまあって助かった。
デザートはベルが作ったりんごのジュレ。
セルジュ様はどれも「すごくおいしい」と言いながら全部食べてくれた。
すごい。紳士。貴公子。親切。
わたしとジャミルとベルが緊張しっぱなしで食に対するコメントにペコペコ頭を下げるばかりの中、ルカだけが積極的にセルジュ様に話しかけていた。
内容はフランツの話と、あとは食べ物の話ばっかり。……お菓子とラーメン、さらにラーメン夜会の話まで。
セルジュ様は「そうなのか」「なるほど」「すごいな」って言っていたけど、多分引いていた。
どうしてルカがラーメンの話をしたかというと、ベルが以前「ラーメンとお菓子の前に身分はない」と言っていたから……らしい。
それを聞いたベルは卒倒しそうになっていた。ちなみにお昼には「食の神」の素晴らしさを伝えてジャミルを涙目にさせたとか……。
人間、どこでどういう風に自分の発言が返ってくるか分からない。
なんというか……めったなことを言うものじゃないなあ……。
◇
「あっ、グレンさん、カイル。お帰りなさい」
「ただいま」
「やあ、レイチェル。……ただいま」
夜の8時頃、王都へ買い物に行っていたグレンさんとカイルが帰ってきた。
食事は外で済ませると言っていたけど……。
「カイル、具合はどう? 大丈夫?」
「ああ……うん。お陰様で。薬、色々ありがとうね」
「いえいえ。ねえ、あのね、お夜食作ってきたんだけど、食べない? お腹いっぱいかなあ」
「夜食?」
「うん。フルーツサンドなんだけどね」
「え……?」
厨房の冷蔵庫に入れてあったフルーツサンドを出してきて、カイルの前に置く。
実は昨日グレンさんに「何か軽く作ってやってほしい」と頼まれていた。
彼がそんなことを頼んでくるなんて初めてだ。あの一連の出来事以外に、何かあったのかもしれない。
グレンさんってカイルにはつっけんどんな感じだけど、なんだかんだでカイルのこと大事に思ってるんだよね。
色々迷った末にわたしが作ったのはフルーツサンド。
最初に思いついたのは彼が好きなドラゴン肉まんだったけど、それは食の神の専門分野だし、そもそも軽くないし……。
そういえばカイルってイチゴが好きだったなあと思って作ってきたんだけど、なんだか反応が微妙なような……?
「……イチゴサンド」
「うん。……イチゴ好きだったよね?」
「……覚えててくれたんだ。……今日はちょっと、クリーム控えめだね」
「……うん。まだ胃の調子あんまり良くないかなぁって思って……もし足りなかったら増量するよ」
「いいよ、大丈夫。……いただきます」
ニコッと笑って、カイルがイチゴサンドを口に入れる。
――聞き返す雰囲気じゃなかったから流したけど、『今日はクリーム控えめ』ってなんだろ?
イチゴサンド作って出したことなんてあったかな……?
「……うん、うまい」
「えへへ、それはよかった」
「…………」
「カイル?」
「いや……。ちょっと……イチゴが酸っぱいけど、クリームと引き立て合ってて、ちょうど……いいよね」
「…………?」
少したどたどしい調子で、カイルがそうコメントした。
――どうしたのかな、おいしいって言ってくれてるけどやっぱり本調子じゃないのかな。わたし、普通に喋っていていい?
「……ふふっ。でしょー? さっすがカイル、分かってる~!」
「…………」
(…………あれ?)
――なんだか、すごいビックリしたみたいな顔になっちゃった……わたし、マズいこと言っちゃったかな? ふざけすぎた?
「……あの、カイル……」
「……ありがとう、本当……」
「…………?」
泣きそうな顔でカイルは引き続きイチゴサンドにかじりつく。
なんだかやっぱり調子が悪いみたい。早く元に戻ってくれればいいな。
そんな風に考えていたら、肩に手をポンと置かれた。
グレンさんだ。
「……レイチェル」
「んっ?」
「俺のは?」
「え?」
「俺にはないのか」
「え? ……えっ、……は?」
「酸っぱいイチゴとクリームが引き立て合ってちょうどいいイチゴサンドは」
「え――っ……」
しんみりした空気が一気にぶち壊される。
何かちょっとむくれてるみたいだけど……えーっ、あなたがカイルに何か作ってこいと言ったんですよね……?
彼のそんな様子を見て、カイルがプッと吹き出す。
「えっとね、グレンさん……」
「ははっ、お前の分はないよ。オレンジサンド食えば」
「ちょ、カイル……! ……えっ? オレンジサンドあることよく知ってたね?」
「……まあね。絶対的な運命だから」
「ん? うん……?」
またちょっとよく分からないことを言われたので空返事だけ返し、わたしは再び厨房へ。そして冷蔵庫からフルーツサンドの残りを出してきてテーブルに置いた。
「はい、グレンさんの分はこっちー」
「……チョコ」
「その通り~」
彼に出したのは、ココア生地のパンにホイップと生チョコが挟まったチョコサンド。あとで出そうと思ってたのになぁ。
「オレンジは?」
「オレンジはわたしの分」
「俺がそっちをもらう」
「えっ? ……ああーっ!」
わたしの了承を得ず、彼がわたしのお皿からオレンジサンドをひったくってかぶりついた。
「ちょっとー、なんでー!? チョコサンドあるでしょー!?」
「こいつが『絶対的な運命』とか言うから腹が立った。……運命をねじ曲げてやった」
「なーにーそーれー!」
むしゃむしゃオレンジサンドをおいしく食べながら彼がほくそ笑む。
――極悪だ、許されざる所業だ、このわたしへの挑戦だ!
「……ちょっと~! カイルが意味分かんないこと言うからわたしのオレンジサンドがー……」
「…………」
「……え、カイル……?」
抗議しようとカイルの方を見ると、彼は涙を流して泣いていた。イチゴサンドのお皿に涙がポツポツと落ちる。
「カイル……どうしたの。……まだ、具合悪い?」
「……大丈夫。……はは……イチゴサンドとオレンジサンドと、もうひとつはチョコサンドなんだ……」
「? うん……もしあれだったら、3人で食べようかなーって……」
「そっか……3人それぞれの好きな物だ」
「うん」
「ふふ……運命、ねじ曲げられちゃったね」
「そうー。ひどいよねぇ」
「そうだ、ほんと、あんまりだよな……。…………」
「……カイル」
「ごめん、俺……ごめん。……大事なものを、失うところだったなあって……」
「…………」
「……ありがとう……2人とも……」
そう言ったあと、カイルはしばらくの間すすり泣くだけになってしまった。
解散するときに「おかげで元気出たよ、ありがとう」って言ってくれたのはいいけど、ほんとに大丈夫かな。
さらに、自室に戻る時グレンさんからも「ありがとう」とお礼を言われた。
「わたし、何もしてないのに」
「……レイチェルがレイチェルであるだけで、みんなの心が軽くなる」
「わたしが、わたしであるだけ……? うーん。よく分からない……」
――よく分からないけど、今の言葉すごく嬉しかったし、いいか。
わたしはみんなと比べて特別な力はないし、悩みごとだっていつも日常のささいなこと。
それに引け目を感じることも正直言って少なくない。だけど……わたしはそれでいいんだ。
わたしの好きな人が、大切な仲間が、そういうわたしを求めてくれている。
何より、それがわたし自身が大事にしているレイチェル・クラインという人間なんだもの。
砦はまた借りる期間を1ヶ月延長するようだ。
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