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15章 祈り(前)
12話 告白(前)
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土曜日、再び教皇の元へ。
俺とセルジュとベルナデッタ……そして教皇の意向通り、カイルも連れてきた。
転移魔法でシルベストル邸へ飛び、先日と同じ客室に通されている。
「カイル殿……少し、よろしいでしょうか」
「……はい?」
セルジュが、ソファに座りボーッと考え事をしているカイルに声をかける。
「本日の謁見で……教皇猊下は貴方にイリアスへの赦しをお求めになるはずです」
「……はい。グレンから、そう聞いています。……ですが」
「私は未熟です。私自身のことに関しては、ほとんど全て自業自得。しかし……それでも彼への怒りは捨て去れません。あの男は聖銀騎士を駒のように扱い、部下、そして貴方の尊厳を踏みにじった。『認めて赦す』などという段階には、到底及ぶことができない。しかし……だからこそ、猊下のお話には耳を傾けねばと思っております」
「……セルジュ」
「……私は後ろにおります。あなたの味方です。どのようなことになっても、お忘れなきよう……」
「そ、そうです。あたしも、隊長もいますわ! といっても、あたしは何もできませんけれど……カイルさんは独りじゃないということは、どうか」
ベルナデッタが胸の前で祈るように手を組み合わせ大きめの声でそう言い、続けて俺の方へ目を向け「ですわよね、隊長」と声をかけてくる。
「…………」
――言いたいことは今2人が言った。伝えるべき言葉は、先日ほとんど全部ぶつけた。
カイルの方を向いて黙って首肯だけを返すと、カイルは力なく笑って大きくため息を吐いた。
「ありがとう、みんな……。でもなんか、こう……合戦とか裁判の前みたいな雰囲気出されると……ちょっと、怖いんだよな」
それを受けて3人、「本当だ」と苦笑いをしてしまう。
だが当たらずとも遠からずかもしれない。教皇には、言葉で言い表せない威圧感がある。
殺意や蔑みのような安っぽいものではない、何か――年齢と人生経験がそうさせるのだろうか。
「……では、参りましょう」
◇
「カイル・レッドフォードと申します。教皇猊下、王太子殿下……お目にかかれて光栄です」
数日前と同じ流れ――教皇、そして王太子リュシアンがカイルに自己紹介をしたあと、カイルが名を名乗り深々と礼をした。
頭を上げたあとひざまずこうとしたのを王太子が「良い」と手で制し、カイルは「恐れ入ります」と言ってまた頭を下げる。
――今のカイルからは刺々しい雰囲気も慇懃さも感じられない。
長く竜騎士団領で暮らしていたとはいえ、こいつは元はロレーヌ国民、さらにミランダ教徒だ。
内心反発する気持ちがあっても、敬意の方が勝るのかもしれない。
(……というか、なぜまた王太子がいるんだ?)
今日もまた、教皇のそばに王太子リュシアンが控えている。しかし聖女はいない。
――なぜだろう。また先日のように教皇の話の補足を? それにしたって、なぜ王太子御自らがここへ?
この国は政教分離ではないのか? ……分からない。あとでセルジュに聞いてみるか……。
「……カイル・レッドフォード君」
「!」
早速本題に入ろうというのか、教皇がカイルの名を呼ぶ。
それと同時にカイルの頭上に小さな火の玉が出現した。
この火がこれから、どうなる――。
「私は君に詫びなければならない」
「詫び……と、おっしゃいますと」
「すでに聞いているかもしれないが……イリアス・トロンヘイムは、昔私の教え子だったんだ」
「…………」
「少なくとも私の前では、彼は人に優しく品行方正だった。それがこのような騒動を起こしてしまうとは……」
「!」
教皇が立ち上がり、カイルの元にゆっくり歩み寄る。
その場に緊張が走る――さしものカイルも怯んで、半歩後ずさりをした。
「私は……イリアス・トロンヘイムの本質を見抜けず、正しい方向に導くこともできなかった。……カイル・レッドフォード君、すまなかった」
教皇が、頭を深々と下げた。
「…………」
――俺はルカとちがって、いつもいつも人の魂……"火"を視ることはしない。
先日のジャミルやカイルのように相手の感情があまりに大きすぎるとどうしても視えてしまうが、自分の意思で精神を集中させない限り、基本視えない。
最近俺はこの"火"に頼りすぎかもしれない。今日も精神を研ぎ澄ませて、教皇の"火"を視ようとしてしまっている……。
(歪みはない……)
教皇の火は、昔俺がいた孤児院の院長が出していたような、透明で色の少ない炎とはちがっていた。嘘のない色だ――つまり、この謝罪は心からのもの。
……しかし……。
「……やめて……ください。……どうか……頭を上げてください」
うつむいて両の拳を握り、震える声でカイルがそうつぶやいた。
少しして、教皇は頭を上げた。表情を作らないので今の言葉に対しどういう感情を抱いているのか分からない。
なぜか、火も視えなくなった――俺が知らないだけで、魔力を込めれば魂を見せないようにすることができるのかもしれない。
「……なぜ猊下がイリアス・トロンヘイムについて謝罪をするのか、私には分かりかねます。奴……彼は別に、猊下のご子息ではない。幼い頃から養育していたわけでもないでしょう」
「そうだ。彼は私の教え子に過ぎない。その時期も、3年ほど……」
「……猊下が奴の元を離れたのは10年以上も前ということですね。……成人前ならまだしも、奴は30を過ぎた大人ですよ。仮に猊下の教えと導きが足らなかったのだとしても、今の年齢になるまでにどこかで誰かから学びがあったはず。それを何一つしてこなかったのは、奴自身ですよ。……責任も、罪も、奴自身が全て背負って持っていくべきものです!」
言葉の途中から声が大きくなり、それに伴い呼吸も乱れていく。
「それなのに……、それを勝手に他人……それも、教皇という絶対的な立場の人間が背負って……。……どうすれば、いいんですか。……貴方から懺悔と謝罪をされて、俺は……俺は一体、どうすればいいんですか!?」
「………………」
――火が燃えている。あの様々な感情の色が絡みつく、ぐちゃぐちゃの糸車のような火だ。
「…………カイル・レッドフォード君。君は、イリアス・トロンヘイムを憎んでいるのだね」
「はい。当然です。俺にとっては宿敵です。許すことなどできません」
数日前の俺と教皇のやりとりと全く同じ問答が繰り広げられる。
しかし、次に教皇の口から出た言葉は前とは異なるものだった。
「…………分かった。ならば、私に聞かせてくれ」
「え?」
「……君はイリアスの何を憎む。何もかも、全てを告白するといい。私は全てを受け入れる。何を言おうと私は君の感情を否定しない。そして、誰も咎めはしない……君の心の内に潜むものに、罪などないのだから」
(…………)
俺の時と対応が違うのは、奴がミランダ教徒だからだろうか。
――いや、きっと違う。
まだ「赦し」を持ちかける段階ではないんだ。
教皇の中で俺は「話も意思疎通も可能」と見なされていたのだろう。
だがカイルは違う。イリアスが絡む事象にすぐさま噛みつき、聞き入れる姿勢を取れない。
奴のイリアスに対する憎しみは俺のそれよりもはっきりとしていて、根深いものだ。
それは俺とルカが視た、刺し貫くべき敵を見つけた憎しみと殺意の"槍"――。
抱いてしまうのは仕方がないが、しかし価値のないもの。
教皇が以前、『彼の憎しみを引き受ける』と言っていた。それをやろうというのだろう。
「…………」
カイルが一度こちらを振り向く。俺達はそれに対し首肯だけを返した。
――後ろにいる、味方だ、独りじゃない……そういう意味を、込めて。
意思が通じたのかどうか……カイルは泣きそうな顔になって、再度教皇に向き直った。
血が出そうなくらいに拳を強く握り、大きく息を吸って"告白"を始める――。
「……俺は……」
俺とセルジュとベルナデッタ……そして教皇の意向通り、カイルも連れてきた。
転移魔法でシルベストル邸へ飛び、先日と同じ客室に通されている。
「カイル殿……少し、よろしいでしょうか」
「……はい?」
セルジュが、ソファに座りボーッと考え事をしているカイルに声をかける。
「本日の謁見で……教皇猊下は貴方にイリアスへの赦しをお求めになるはずです」
「……はい。グレンから、そう聞いています。……ですが」
「私は未熟です。私自身のことに関しては、ほとんど全て自業自得。しかし……それでも彼への怒りは捨て去れません。あの男は聖銀騎士を駒のように扱い、部下、そして貴方の尊厳を踏みにじった。『認めて赦す』などという段階には、到底及ぶことができない。しかし……だからこそ、猊下のお話には耳を傾けねばと思っております」
「……セルジュ」
「……私は後ろにおります。あなたの味方です。どのようなことになっても、お忘れなきよう……」
「そ、そうです。あたしも、隊長もいますわ! といっても、あたしは何もできませんけれど……カイルさんは独りじゃないということは、どうか」
ベルナデッタが胸の前で祈るように手を組み合わせ大きめの声でそう言い、続けて俺の方へ目を向け「ですわよね、隊長」と声をかけてくる。
「…………」
――言いたいことは今2人が言った。伝えるべき言葉は、先日ほとんど全部ぶつけた。
カイルの方を向いて黙って首肯だけを返すと、カイルは力なく笑って大きくため息を吐いた。
「ありがとう、みんな……。でもなんか、こう……合戦とか裁判の前みたいな雰囲気出されると……ちょっと、怖いんだよな」
それを受けて3人、「本当だ」と苦笑いをしてしまう。
だが当たらずとも遠からずかもしれない。教皇には、言葉で言い表せない威圧感がある。
殺意や蔑みのような安っぽいものではない、何か――年齢と人生経験がそうさせるのだろうか。
「……では、参りましょう」
◇
「カイル・レッドフォードと申します。教皇猊下、王太子殿下……お目にかかれて光栄です」
数日前と同じ流れ――教皇、そして王太子リュシアンがカイルに自己紹介をしたあと、カイルが名を名乗り深々と礼をした。
頭を上げたあとひざまずこうとしたのを王太子が「良い」と手で制し、カイルは「恐れ入ります」と言ってまた頭を下げる。
――今のカイルからは刺々しい雰囲気も慇懃さも感じられない。
長く竜騎士団領で暮らしていたとはいえ、こいつは元はロレーヌ国民、さらにミランダ教徒だ。
内心反発する気持ちがあっても、敬意の方が勝るのかもしれない。
(……というか、なぜまた王太子がいるんだ?)
今日もまた、教皇のそばに王太子リュシアンが控えている。しかし聖女はいない。
――なぜだろう。また先日のように教皇の話の補足を? それにしたって、なぜ王太子御自らがここへ?
この国は政教分離ではないのか? ……分からない。あとでセルジュに聞いてみるか……。
「……カイル・レッドフォード君」
「!」
早速本題に入ろうというのか、教皇がカイルの名を呼ぶ。
それと同時にカイルの頭上に小さな火の玉が出現した。
この火がこれから、どうなる――。
「私は君に詫びなければならない」
「詫び……と、おっしゃいますと」
「すでに聞いているかもしれないが……イリアス・トロンヘイムは、昔私の教え子だったんだ」
「…………」
「少なくとも私の前では、彼は人に優しく品行方正だった。それがこのような騒動を起こしてしまうとは……」
「!」
教皇が立ち上がり、カイルの元にゆっくり歩み寄る。
その場に緊張が走る――さしものカイルも怯んで、半歩後ずさりをした。
「私は……イリアス・トロンヘイムの本質を見抜けず、正しい方向に導くこともできなかった。……カイル・レッドフォード君、すまなかった」
教皇が、頭を深々と下げた。
「…………」
――俺はルカとちがって、いつもいつも人の魂……"火"を視ることはしない。
先日のジャミルやカイルのように相手の感情があまりに大きすぎるとどうしても視えてしまうが、自分の意思で精神を集中させない限り、基本視えない。
最近俺はこの"火"に頼りすぎかもしれない。今日も精神を研ぎ澄ませて、教皇の"火"を視ようとしてしまっている……。
(歪みはない……)
教皇の火は、昔俺がいた孤児院の院長が出していたような、透明で色の少ない炎とはちがっていた。嘘のない色だ――つまり、この謝罪は心からのもの。
……しかし……。
「……やめて……ください。……どうか……頭を上げてください」
うつむいて両の拳を握り、震える声でカイルがそうつぶやいた。
少しして、教皇は頭を上げた。表情を作らないので今の言葉に対しどういう感情を抱いているのか分からない。
なぜか、火も視えなくなった――俺が知らないだけで、魔力を込めれば魂を見せないようにすることができるのかもしれない。
「……なぜ猊下がイリアス・トロンヘイムについて謝罪をするのか、私には分かりかねます。奴……彼は別に、猊下のご子息ではない。幼い頃から養育していたわけでもないでしょう」
「そうだ。彼は私の教え子に過ぎない。その時期も、3年ほど……」
「……猊下が奴の元を離れたのは10年以上も前ということですね。……成人前ならまだしも、奴は30を過ぎた大人ですよ。仮に猊下の教えと導きが足らなかったのだとしても、今の年齢になるまでにどこかで誰かから学びがあったはず。それを何一つしてこなかったのは、奴自身ですよ。……責任も、罪も、奴自身が全て背負って持っていくべきものです!」
言葉の途中から声が大きくなり、それに伴い呼吸も乱れていく。
「それなのに……、それを勝手に他人……それも、教皇という絶対的な立場の人間が背負って……。……どうすれば、いいんですか。……貴方から懺悔と謝罪をされて、俺は……俺は一体、どうすればいいんですか!?」
「………………」
――火が燃えている。あの様々な感情の色が絡みつく、ぐちゃぐちゃの糸車のような火だ。
「…………カイル・レッドフォード君。君は、イリアス・トロンヘイムを憎んでいるのだね」
「はい。当然です。俺にとっては宿敵です。許すことなどできません」
数日前の俺と教皇のやりとりと全く同じ問答が繰り広げられる。
しかし、次に教皇の口から出た言葉は前とは異なるものだった。
「…………分かった。ならば、私に聞かせてくれ」
「え?」
「……君はイリアスの何を憎む。何もかも、全てを告白するといい。私は全てを受け入れる。何を言おうと私は君の感情を否定しない。そして、誰も咎めはしない……君の心の内に潜むものに、罪などないのだから」
(…………)
俺の時と対応が違うのは、奴がミランダ教徒だからだろうか。
――いや、きっと違う。
まだ「赦し」を持ちかける段階ではないんだ。
教皇の中で俺は「話も意思疎通も可能」と見なされていたのだろう。
だがカイルは違う。イリアスが絡む事象にすぐさま噛みつき、聞き入れる姿勢を取れない。
奴のイリアスに対する憎しみは俺のそれよりもはっきりとしていて、根深いものだ。
それは俺とルカが視た、刺し貫くべき敵を見つけた憎しみと殺意の"槍"――。
抱いてしまうのは仕方がないが、しかし価値のないもの。
教皇が以前、『彼の憎しみを引き受ける』と言っていた。それをやろうというのだろう。
「…………」
カイルが一度こちらを振り向く。俺達はそれに対し首肯だけを返した。
――後ろにいる、味方だ、独りじゃない……そういう意味を、込めて。
意思が通じたのかどうか……カイルは泣きそうな顔になって、再度教皇に向き直った。
血が出そうなくらいに拳を強く握り、大きく息を吸って"告白"を始める――。
「……俺は……」
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