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大人になった僕ら

33.キャンドルショップ、春

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 智は最近、暖色系のパステルカラーのキャンドルばかりを作っている。ミモザやスミレなんかの春の花を使ったり、自作のシリコンモールドでチューリップをかたどったキャンドルを作ったり。桜のアロマが部屋に充満していることも多い。
 紅梅が咲く頃だ。もうすぐ春。
 だから、季節を先取りして楽しむ、なんていう心と懐に余裕のある層に、なかなか受けているらしい。

「スミレのは会心の出来なんだ。白と淡い黄色のマーブルがまず可愛いだろ? そこにスミレの紫と金色のラインで引き締めてるから、かっこ可愛いんだ」

 そう嬉しそうにしているから、僕はいつもより丁寧にラッピングして、ブランドロゴを入れたダンボールに梱包した。このところの一番人気の作品だ、智が出店しているハンドメイド品の販売サイトのインテリア部門では、5位に食い込んだことさえある。
 智はますます人気が出てきている。智一人で製作するのは、もう限界に近いと思う。だって、智は寝食以外はほとんどの時間をキャンドル作製に費やしている。休みの日は、ない。

「今が一番大事な時期だからさ」

 智はそう言って、全くこの生活を苦にしていないように見える。
 智はもっと有名になって、やはり実店舗を構えたいらしい。

「せっかく自由が丘に住んでるんだからさ、まずはここに店出したいよな。自由が丘でインテリア店を経営してるなんて、めちゃくちゃかっこいいだろ」
「……智は経営じゃなくて作る方でしょ。もし本当にやる気なら、経営は誰かプロを雇いなよ。実店舗なんてそんな簡単なものじゃないって」
「早音がいるから大丈夫」

 そんな根拠のない信頼を寄せられても困る。僕は多少の金勘定をしているだけで、経営の知識なんてない。智の夢の実現はまだまだ先だな、と溜息を吐く。

 僕は智の手伝いの合間に、自分のYouTubeチャンネルで生配信をする。視聴者は14、5人ほどに増えた。智のSNSフォロワー数の1万分の1以下だ。ゲームはかなり上手くなってきていると思う。だが、ゲーム配信の視聴者は『上手い配信者のプレイを参考にする』勢と『配信者自体に興味がある』勢に分かれると思っている。
 僕のを見てくれているひとは、最高クラスに上手いわけではないが、初心者が成長していくのを楽しんでいるのかな、と推測している。だが、僕自身が面白い人間ではないので、飽きられるのも早い。

(まあ、別にいいんだけど)

 YouTuberは『ギリギリ無職じゃない』ことを証明するために名乗っているだけだ。さして執着してはいない。

「早音、こっち、ちょっと温度調節してくれ。70度」
「はいはい」

 智の手伝いをしている時間の方がずっと長いし、智の役に立てるのは嬉しい。
 だから、智の変化にはすぐ、気付く。
 というか、智が分かりやすすぎるのかもしれないが。

「智、この青っぽいの、初夏の新作? 何でこんなとこにあるの」
「げ。そんなの見つけんなよ……!」

 ワンルームの部屋、僕たちはベッドも布団も二人分のスペースを構えられなかったので、セミダブルのベッドで共寝、という生活をしている。そのベッドの下、まるでエロ本でも隠すかのように、モールドに囲まれたままのキャンドルが置いてあった。

「気付くでしょ、こんなの。見つけてくれって言ってるようなもんだよ」
「あーもう……早音、本当に目敏い。性格悪い」

 目敏いは兎も角も、性格悪いは黙って聞いてられない。僕はこんなに智に献身しているのに、と心の中で念仏を唱えて。

「ふーん、性格悪い僕は、こんなの隠してた理由を聞かないと、これ、捨てちゃうかも」
「げ! 卑怯だぞ早音!」
「モールドが僕の手の内だということを忘れないでよね」

 キャンドル本体なら比較的楽に作り直せるが、モールド作りは中々手間だ。だから智にとっても苦渋の選択だったのだろう。とても悔しそうな顔をして、それからぶすっと横を向いてぽつりと言った。

「それ、俺の母親からの特注品なんだ。名前が『紫陽子』だから紫陽花の花のキャンドル作ってくれって」
「ああ……それで青いのか」

 通りで、この季節にそぐわないと思った。
 それにしても、智の母親がまだコンタクトを取ってきているなんて、知らなかった。僕は毎日の出荷で比較的出掛けがちだから、その合間に電話でも来たんだろうか。

「これ、モールド外してもいい? 見てみたい」
「……いいけど。ちょっと貸せ、繊細な作りだから」

 そうして智が渡してくれたのは、ペールブルーの円柱のキャンドルの下部に、花の輪が作られているものだった。花の形は、よく見ると紫陽花のようで、きっとこれを上から眺めたなら、額紫陽花がくあじさいのように見えるのだろう。

「この花の所に、本物の紫陽花の花を入れて、そこだけ半透明のパラフィンワックスで埋めてさ。他は温度が低くても溶けるソイワックス使って、最後に花の輪っかが残るようにしたいんだけど……中々、径が合わなくてさ。いい感じに残らないんだ」

 つまり、実験中の作品だと言うのだろう。
 それにしても凝った作品だ。レギュラー商品として作るには手間が掛かりすぎて採算が合わないだろう。だからきっと、母親だけに作る特注品にするんだろうと思った。
 そこまで僕が読んでいるのを知っている智は気まずそうにしているし、完成品ではないものを見られるのを好まないのを知っているので、僕はすぐに智にキャンドルを返した。

「喜んでくれるといいね」
「……うん」

 そう素直に返せるようになった智は、かつて彼女を『クソババア』と呼んだあの子供ではないのだと気付いて、少し胸が切なくなった。
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