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新たな聖女は元恋人?
しおりを挟む「また、新たな聖女が召喚されるらしいですよ」
エクトール神殿の聖女専用の食堂での朝食の席で、白いテーブルクロスのかかった丸テーブルの席についた俺と対面の席に座る、緑の髪と眼の聖女メリーはどこから仕入れた情報がしらないが、俺にそう告げた。
「あらたな犠牲者、だな」
ここエクトール神殿での神官たちの召喚による転生転移で、いまはブロンドの髪の蒼い眼の美女「聖女ユウ」となっている俺、門宮勇(かどみやいさむ)はそう呟いた。
口には出さないが、この神殿の聖女召喚は破廉恥だ。召喚された異世界人は、なにも着ていない一糸まとわぬ姿で魔法陣に召喚転移される。無論、すぐに着替えは用意されるのだが。
「でも、戦況は段々良くなってきています。噂では、このままいけば、王国軍の勝利だとも言われています。私達も精一杯の事をしましょう」
メリーの言に、俺は強く頷いた。お付の文官のイノセントからも、戦況は優勢で後一歩だと聞いている。反乱軍は砦に立てこもり、今は王国側が攻城中だという。そう、俺達聖女は戦争を終わらせるためにここに呼ばれるんだ。
…とはいえ、ここの召喚方式に、俺は完全に納得した訳ではないが。
☆
「きゃん!」
見知らぬ蒼い石壁に囲まれた部屋の魔法陣の上に「私」は突然転移した。周囲には、中世の神官みたいな人達がいて、円状に私を取り囲んでいる。そして、私は何もきていないあられもない姿で、魔法陣の上にいる。突然の事に困惑し、助けを呼ぼうともしたが、文字通り身一つで、通報するケータイもスマホもない。
やがて、緑色の神官服を着た男が、私に近づいてきた。あまりの事に声もでない。
しかし、緑の神官服の男は、蒼い上等な外套を外すとそれを私に優しくかぶせて言った。
「よくきてくれたね。新たな聖女」と彼は言った。それが私「立花麗華(たちばなれいか)」の、ここエクトール神殿での聖女召喚による異世界転移でした。
☆
…その「新たな聖女」と対面して、俺、聖女ユウは絶句した。20代位か、蒼いドレスに身を包んだ、長い黒髪の女性。絶世の美人ではないが、男たちが見れば十人に八人は美人と答えるだろう、綺麗に整った顔。眼は優しく俺を見据えており、その口元は、温和な微笑みをたたえていた。そして、彼女は俺に名乗った。
「新たに着任した聖女、立花麗華です。「レイカ」と呼んでください」と。
そう、彼女は元の世界での、俺の元恋人だった…。
…新たな聖女レイカの負傷者への魔法治療の手ほどきは、俺に任される事になった。緑の神官帽と神官服姿のやや頬のこけた、青白い顔の神官長、ウェルダン曰く「これには貴女が適任でしょう」との、何かを見透かしたような言と共に。
俺は赤いドレスの「聖女ユウ」として彼女を連れて、負傷者たちの血の匂いで満ちた大ホールに案内して、比較的軽傷の負傷者の治療に当たってもらうことにした。
まずは見本にと「緑の光の手」での治療を見せる。白く敷かれたシーツの上に横たわる年若い戦士の傷がみるみる癒える。
俺は彼女の手を取って若い戦士の軽傷にかざさせて「緑の光の手」の使い方を教える。
「右手に意識を集中して。そして、傷を癒そうという意思、気持ちを込めるんだ。君が聖女ならできるはずだ」
俺は少し強めの口調で言った。彼女が弱気にならないように。
「はい!」
力を込める彼女の手に、弱々しいが、薄い緑の光が灯る。それは、若い戦士の軽傷を塞ぎ、その血色も良くしたので、俺は彼女にさらに要領を教える事にした。
「それでいい。後は、自分で意思の力で出力を調整するんだ。初めは少し強いくらいで丁度いい。後は傷に応じて強弱を使い分けて。この力は休めば回復するけど、使いすぎると疲労で倒れてしまうからね」
それは力の使い過ぎで一度倒れた俺の経験則でもあった。
彼女はそこで「…勇?」と、ぽつりとつぶやいた。やばい、勘づかれた?と俺が慌てて手を放して、目を上にそむけると、彼女はその「追及」を始めた。
「あ、ごまかした!やっぱり勇でしょ!その言葉遣い、その手つき、何より、醸し出すその雰囲気!なんでそんな姿なのかは知らないけど、私の眼はごまかせないわ!」
「レイカ、落ち着いて。今の俺は、その君の知っている「勇」じゃないんだ」
俺は機関銃での連射のような彼女のその追及の言に、その一部を認めつつも、今の自分は異なるものである事を告げる。
「俺はここに、この姿で転生転移した。この女の身体が君の知っている「勇」でないいい証拠だ。だから、君にはすまないが、ここでは別人と思って通してくれないか」
この苦しい言い分に、レイカは何かを納得したようで、俺に対して微笑を浮かべてこう告げた。
「まあいいわ。一度は別れた男だし。あなたが別人女性になって、誰と何をしても、私は一切気にしない。それより、負傷者の治療をしなくていいの?それが「私達」の使命でしょう。ねえ「聖女ユウ」さん?」
…俺はどうなるか冷や冷やしたが、どうやら彼女なりに納得したようだ。その後も大ホールでの負傷兵の治療は続き、彼女もそれに、未熟ながら力を尽くした。どうやら、手ほどきは成功したようだ。
そして、治療を終えて、順次別々に沐浴をして私服に着替えると、食堂での夕食の段になり、レイカは厨房の主のメイラおばさんから、厨房の一部を借り受けると、食材を吟味して、にこやかにてきぱきと調理を始めた。
「この材料で作れるのはオムレツね。ユウさんは濃い味付けが好きだから、調味料はたっぷり…。添え物には、この青野菜のサラダで…」
「ユウさん、ずいぶん短時間で仲良くなったのね。レイカさんと。一体どんな手ほどきをしたの?」
ついた食堂の丸テーブルで、対面に座るメリーが少し冷ややかな視線を俺に注ぐ。戦争の終わりは近いというのに、前途多難な予感しかしない。
しかし、とりあえず知り合いが近くに来て、少しだけほっとしている自分を感じたのも事実だった。
「このまま戦争が終わってくれれば…」
と、ここの秩序の女神に祈りを捧げて、俺はレイカの配膳した食事を摂る事にした…
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