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五話 プレゼント

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 王宮にてローワンに婚約を申し込まれてから数日後、正式に王家から婚約の打診が男爵家へとあり、ココレットの両親は手紙を全て読み終えてから、喜びよりも戦々恐々とした様子で震えあがっていた。

 王家からの打診を断れるわけもないのに”婚約を受けるか?”と一応聞いてきた父の顔は、今までに見た事のないほど青ざめていた。母はあまりの衝撃にその後寝込んでしまったらしい。

 そんな両親とは裏腹に、ココレットは満面の笑顔で浮かれ、庭を散歩しながらふんふんと鼻歌を歌っていた。

 男爵家の庭は実の所あまり広くはない。しかも、貧乏男爵家なので庭師はおらずココレットが世話をしていた。

 令嬢らしからぬ汚れてもいいワンピースに白いエプロンをつけ、頭には余った布で作った三角巾をつけている。ワンポイントで可愛らしく花を刺繍しており、ココレットは自画自賛して令嬢っぽいぞと内心思っていた。三角巾の時点で令嬢らしくない事には気づいていない。残念な子である。

 前世の時から植物を育てることが得意だったココレットからしてみれば、庭を管理するのは容易いことだ。ただし、ココレットの育て方は普通には当てはまらない。それをココレット自身は気づいていない。自分の方法が当たり前だと思っているから性質が悪い。

 普通植物を育てる為には、土作りや雑草抜きや病気にかからないように手入れなど、様々な手間が必要である。四季ごとに育てる植物も違えば、花や実をつける季節も異なる。

 だがしかし、そんな常識がココレットには通用しない。

 ココレットの庭は、美しい花々が咲きほこるが、見る人が見ればその異様さに気付く。

 冬に咲く花が春の今でも美しく咲き、十年に一度しか実をつけないと言われる木にはたくさんの実がたわわになっている。

 そしてほとんどの植物が、秘境と呼ばれる場所でしか手に入らない薬草であったり、育てるのが困難な魔法薬になる植物だったりする。

 それら全てを売れば貧乏男爵家は貧乏を脱却出るのだが、ココレットはそんなことなど知らない。何故ならば、前世聖女であった頃にそれらを育ててはいたが、販売していたのは神官であり、ぼったくられていたことになど気づいてすらいない。ある意味、幸せだったのだ。

 ココレットはベンチに腰掛けると、ローワンから届いた手紙を開いた。

 微かに花の香りのついたその手紙は可愛らしく、ローワンがこんなに可愛らしい便箋を使っている事にココレットは想像してにやにやと表情が崩れる。

 数日後に両親と兄に紹介したいので王宮へと招待するという内容がしたためられており、ココレットはにやにやが止まらない。

「ふふふ。何だか婚約者って感じだわ。」

 以前はほんのちょっとの期間しか婚約者という立場にはいなかったこともあり、今度こそはという思いがココレットにはある。

「そうだ!せっかくだから、未来のご両親様とお義兄様にプレゼントを作ってみようかしら。」

 うきうきとした様子のココレットであるが、ご両親が自国の国王夫妻であることや、お義兄様が第一王子ということなど頭からすっぽりと抜けている。恋に恋するココレットである。

 ココレットは庭の端に作ってある小さな小屋へと入る。その小屋の天井には、乾燥させている植物がたくさんぶら下がっており、香りは甘い花の匂いや薬草をつぶした時の苦い匂いなど様々なものである。よくよく嗅ぐと気分が悪くなってくるので、ココレットは小屋に入るとすぐに壁にかけているマスクを着け、手には手袋をはめた。

 壁一面にもさまざまな植物がぶら下がっており、その中からココレットはいくつかの木の実と、乾燥させた花、それに反対側に掛けられている薬草を手に取るとそれらを混ぜ合わせ、小さな小分けの袋へと入れていく。

 これは聖女の時には出来なかったココレットの趣味である。前世では自由に使える小屋などなかったので、こうして自分専用に小屋を作り、その中で好き勝手に作り者が出来るのは、ココレットにとってとても嬉しい事であった。

 小分けの袋には、お義父様用、お義母様用、お義兄様用、そして婚約者であるローワン用とリボンの色を変えて結んでいく。これで良い香りのする匂い袋の完成である。

「喜んでくれるかしら?・・あ、そういえば私本当に聖女の力・・この体の中にもあるのかしら?」

 生まれ変わったのだから、聖女の力なんてものとは無縁だと思っていたココレットである。そしてココレットとしては聖女の力なんてものはない方が良かった。

 物は試しにと、匂い袋に聖力を注いでみると、淡く、輝き、そして匂い袋の中へとしみこんで行った。

 自分の手をグーパーと広げて見ながら、ココレットは大きくため息をついた。

「こんな力・・いらないのに。・・・でもローワン様のお兄様がご病気って言っていたし・・それは・・治せるものなら治してあげたい。」

 矛盾する気持ちに、またため息をつきながら、聖女だとばれないように第一王子の病気を治してしまうのが一番だなとココレットは考える。

 そしてチラリと、ローワンの匂い袋に視線を向けると、手に取り、念入りに聖力を注ぎ込んでいく。

「だって、婚約者様だものね。うん。ちょっとだけ。うん。ちょーっとだけ特別性にしておくくらい、いいわよね。」

 婚約者が出来たという事に浮かれまくっているココレットである。

 マスクと手袋を外し、匂い袋を手に休憩用のゆりかごのような椅子に座ると、ゆらゆらと揺らしながらにやにやと匂い袋を見つめる。

「ムフフ。」

 ちゅっと匂い袋にキスし、プレゼントをしたら喜んでくれるだろうかと、頭の中で妄想を広げていく。

『わぁ。素敵な物をありがとう。嬉しいよ。愛しいココレット。』

『愛しいココレットは本当に素敵な女性だね。』

『これ以上私を魅了して、どうするつもりだい?』

「ムフフフフ~。」

 頭の中で勝手に妄想され、絶対に口にしないであろう言葉を言わされているローワンが、王宮で盛大にくしゃみをしたことをココレットは知らない。



 鼻がむずむずとするローワンは、誰かに噂をされているのだろうかと小首をかしげる。そして資料に目を通すと神官に言った。

「結局、先日の舞踏会にいた人物皆に確認を取ったが、違ったようだな。」

「はい。婚約者がいた令嬢や婚約者が替わった令嬢にも当たり、該当する人物はいませんでした。そして最終的に参加していた令嬢皆に確認を取りましたが、それらもまた、該当はせず。」

 申し訳なさそうな神官に、ローワンは大きく息をついた。

「参加者全員を確認したのに、該当者がいないとは・・あれは妖精か幻だったとでもいうのか。はぁ。分かった。とにかくまた一から探すしかないだろう。聖水という証拠はあるんだ。どこかにはいるはずだ。」

「はい。」

 何者かの手によって、ココレットの正体がばれないように操作されていると言うことを、この時のローワンには知る由もなかった。






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