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三十四話

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 目の前でぽたぽたと大粒の涙を流すローズを見た瞬間、ジルは慌ててローズを抱きしめた。

「ごっごめん!どうしたの?嫌だった?気持ち悪かった?ごめん。ごめんね。」

 ローズが近くにいるのが嬉しくて、つい感情のままに触れてしまった。しかも、我儘にも着替えなど、以前してもらっていたことを、当たり前のように頼んでしまった。

 ローズがいなくなってからは一人でしていたことだったが、ローズがいるとおもうと、つい甘えたくなってしまったのである。

 けれどまさかそれでローズが傷つくとは思わなかった。

「ローズ。お願いだ。泣かないで。」

「はっ・・離して下さい。」

 そう言われ、ジルはぱっと手を離すと顔を青ざめさせた。

「勝手に触れてごめん。ローズ。ごめん。僕嬉しくて。その・・・調子に乗りすぎた。」

「あ、いえ・・私ごとき女中が口答えして申し訳ありません。」

 震えながら頭を下げるローズに、ジルは慌ててその場に膝をつくと、ローズの顔を覗き込んで言った。

「違うんだ。ローズ。ごめん。違うんだ。」

「え?」

 大粒の涙を流すローズの手をジルはゆっくりと取ると言った。

「ローズ。君は、洗濯女中のローズではなく、僕の婚約者のローズでしょう?」

 その言葉に、ローズは涙を止めて目を見開いた。

 ジルはばつが悪そうに顔を歪めると言った。

「ごめんね。つい・・ローズが傍にいるのが嬉しくなっちゃって、悪戯したくなったんだ。ごめん。」

「殿下は・・・気づいて・・・?」

「ん?当たり前でしょう?僕のローズは、世界に一人だけだもの。」

「で、でも、私、魔力も抑えられて・・それに、見た目だって・・・」

「目を見れば分かるよ。当たり前でしょう?僕が辛い時、ずっと傍にいてくれた君を、僕が間違えるわけがない。」

「・・・ジル様・・・・」

「ねぇローズ。もう一度、抱きしめてもいい?」

 その言葉にローズはこくりと頷いた。

 ジルはほっとしたように息をつくと、立ち上がるとゆっくりとローズを引き寄せて、抱きしめた。

 お互いの心臓の音が聞こえ、ローズはジルの肩に頭をもたげた。

「ジル様・・・」

「ローズ。会いたかった。」

 しばらくの間、二人はぎゅっと抱きしめあい、お互いにほっと息をついた。

 そしてローズは落ち着いたところで、少し恨みがましい瞳をジルに向けた。

「私、ジル様が女中に手を出すような人になったのかと、驚いたんですよ?」

 ジルは目を丸くすると首をブンブンと横に振った。

「違う!そんなわけないだろう。僕は、つい・・ローズに悪戯したくなったんだよ。これでも僕、婚約者だってこと秘密にされていたこと根に持っているんだよ?」

「え?」

 ローズはその言葉に、ゆっくりと顔を赤らめた。

「ご・・・ごめんなさい。言い出しにくくなって・・・」

「別に怒っていないよ。ただ、もっと早くに教えてもらえたら、もっと君に触れられたのにって思っただけ。」

「え?」

「まぁ、これからたくさん触れるつもりだから許してあげる。さぁ、ローズ、これまで何があったのかを教えて?」

「え?」

「ふふ。だって、この国にもちゃんとけじめはつけてもらわなくちゃいけないからね。」

 にっこりと笑ったジルは、以前よりも黒色が似合うような気がした。



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