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13話
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「ナディ、ぎゅうがいたいの~」
「ご、ごめんレヴ。うれしくて」
嬉しくてレヴを強く抱きしめてしまっており、慌てて力を緩める。
元気に笑っているこの子を見て、見ていた人々が呟きを漏らした。
「だ、大丈夫なのか?」
「さっきの光はいったい……なにが起こって」
戸惑う人々の声の中で、一目散にこちらに走り寄る影がいた。
それはグラスランさんだ。
「レヴ、本当に無事なのか?」
「ぐーう、もういたくないよ。レヴ、だいじょぶ!」
「そうか、そうか……良かった。本当に、良かった」
グラスランさんが流す大粒の涙は、私などよりも長くレヴと共に過ごしてきたからこそだろう。
心の底から嬉しそうにレヴの頭を撫でている姿は、実の孫と祖父のようにも見えた。
「ナディア嬢。ありがとう……レヴを救ってくれて」
「いえ、感謝されるような事は……私も先程の光がなんなのか、分からないのですから」
レヴを包み込んだ若草色の光は、確かに私の手から伸びていた。
でもそれが何か分からないので感謝を素直に受け取れない。
「な、なぁ。どうしてレヴをそこまでして、想ってくれてたんだ」
ふと、一部始終を見ていた誰かが呟く。
それはレヴは諦めた方がいいと言っていた一人だった。
「あんたには、無関係だったはずだ。自分も感染する恐れがあったのに、無謀だっただろう?」
「……」
「なのにどうして、そこまで」
「確かに、一人でここを離れる方が合理的だったと思います」
分かっている、それが正しい選択だったかもしれない。
感情に流され無い選択の方が賢いだろう。
でも……
「私はレヴに似た境遇を感じたんです。大きな利益を得るために、犠牲も仕方ないと王家に言われて……人生を終えかけた時と同じ」
ここに居る人々の考えは充分に理解できる。
ルーベルと違って悪意はない事も分かる。
それでもやはり、誰かに犠牲になっても仕方ないと言われる辛さを知る私はレヴを見捨てられなかった。
結果として……理由は分からないが救う事もできた。
「こんな小さな子が死ぬなんて、やっぱり耐えられませんから」
「……」
周囲の男性たちは互いに顔を見合わせて、気まずそうに俯く。
諦めろと言っていた手前、どう反応すれば分からないのだろう。
だけどその空気を崩したのは、他でもないレヴだった。
「おじさんたち、レヴのことしんぱいしてくれたの」
「あ……え。俺達は」
「ありがと。レヴね、もうげんきだよ」
レヴの明るい反応に、彼らは俯いていた顔を上げる。
そして皆一様に手を伸ばして、レヴを撫でた。
「あぅ~」
「……こんなガキが俺らを気遣いやがって」
「どうかしてたな。こんな小さい子を、諦めろだなんて」
「しかし、何があって治ったんだ。あの光はいったい……」
ひとしきりレヴを撫でている人々の中で、少し若い男性がジッと私を見つめる。
どうしたのかと首を傾げると、彼は口を開いた。
「なぁ、俺……さっきの嬢ちゃんが出した力、見た事あるんだ」
「え?」
「俺、一年ほど前に戦地から離れたが、その前に見たリナリア姫と同じ癒しの魔法に似ていたと思う」
癒しの魔法とは確か、『聖女』と呼ばれる力でもある。
そんな力が私にあるなんて、信じられない。
「でもリナリア姫より力が強いみたいだ。あの人は、かすり傷ぐらいしか癒せていなかった」
「そんなはずが……」
「嬢、悪いが試す機会をくれないか」
グラスランさんが、レヴを抱き上げながら呟く。
その瞳には何処か期待が含まれているようにも見えた。
「もし、もしもだ。嬢の力が、リナリア姫より上であるのなら……嬢がやろうとしている事への、大きな一助となるはずだ」
「っ!!」
「ひとまずこの集落の診療所に来てくれ。感染症に侵された者がまだいるんだ」
断れる雰囲気でもないし、私もレヴを救った力の所在を知りたい。
レヴは容態が悪化しないか大勢の大人達に見守ってもらい、診療所へ向かう。
「はぁ……ぐっ」
「……たす」
地獄と形容できるような環境だった。
お医者様に頼れない環境で、感染者を隔離しただけの場所では大勢が苦しんでいる。
「まるで戦地の医療所みたいだろ。あそこも医者不足でこんな感じでな」
一人の男性の呟きに、改めて戦地の厳しさを思い知る。
彼らには見慣れた光景だけど、何も知らぬ者から見ればこの状況は地獄だ。
「もし……嬢に本当に癒しの力があるなら。ここに居る者達を救えるかもしれん」
「グラスランさん、試してみます」
「頼めるか?」
グラスランさんの言葉に、私は強く頷く。
もし本当に私にそんな力があるなら、大きな手段になり得る。
それに……
「ここで苦しんでいる人を救えるなら、諦めたくないんです。少しでも望みがあるなら試したい」
「っ……頼む」
グラスランさんや、他にも大勢に見守られる中で病人の元へ向かう。
苦しんでいる人の手を握り、レヴと同様に救いたいと想いを込めてみる。
すると、再び若草色の淡い光が私から病人に伸びていく。
そして、驚く結果となった。
「あれ、痛くない」
「アザが消えてる。うそだろ?」
病人達は寝台から起き上がり、先程の苦しげな呼吸が落ち着いている。
「本当に、私には癒しの魔法が……」
「なんと……」
病人だった皆が、レヴ同様に完治している。
この結果にはグラスランさんを始め、他の人々も啞然と言葉を失っていた。
だけど私は、驚く前にどっと酷い眠気に襲われて膝を落とす。
「っ!?」
「ナディア嬢、大丈夫か!?」
「お、おい! 誰か担架を!」
「すみません。なんだか急に疲れが」
「魔法の代償だろう。無理をさせてすまん……直ぐに休むといい」
話したい事はたくさんあるが、今はこの酷い眠気に耐えられそうにない。
魔法の代償と思わしき眠気に身を任せて、瞳を閉じる。
「––運ぶんだ。丁重にな」
「俺達や、レヴの恩人だ。彼女が皆を救ってくれた」
薄れていく意識の中で、皆の声が聞こえる。
酷い眠気の中で最後に聞こえたのは……
「––俺達も、変わるべきだ」
「あぁ、もう諦めて隠れてられない」
「この人のため……俺達が協力するんだ」
「また王都で暮らせるよう、この人の身を守––––」
言葉の途中で、私の意識は完全に途切れた。
「ご、ごめんレヴ。うれしくて」
嬉しくてレヴを強く抱きしめてしまっており、慌てて力を緩める。
元気に笑っているこの子を見て、見ていた人々が呟きを漏らした。
「だ、大丈夫なのか?」
「さっきの光はいったい……なにが起こって」
戸惑う人々の声の中で、一目散にこちらに走り寄る影がいた。
それはグラスランさんだ。
「レヴ、本当に無事なのか?」
「ぐーう、もういたくないよ。レヴ、だいじょぶ!」
「そうか、そうか……良かった。本当に、良かった」
グラスランさんが流す大粒の涙は、私などよりも長くレヴと共に過ごしてきたからこそだろう。
心の底から嬉しそうにレヴの頭を撫でている姿は、実の孫と祖父のようにも見えた。
「ナディア嬢。ありがとう……レヴを救ってくれて」
「いえ、感謝されるような事は……私も先程の光がなんなのか、分からないのですから」
レヴを包み込んだ若草色の光は、確かに私の手から伸びていた。
でもそれが何か分からないので感謝を素直に受け取れない。
「な、なぁ。どうしてレヴをそこまでして、想ってくれてたんだ」
ふと、一部始終を見ていた誰かが呟く。
それはレヴは諦めた方がいいと言っていた一人だった。
「あんたには、無関係だったはずだ。自分も感染する恐れがあったのに、無謀だっただろう?」
「……」
「なのにどうして、そこまで」
「確かに、一人でここを離れる方が合理的だったと思います」
分かっている、それが正しい選択だったかもしれない。
感情に流され無い選択の方が賢いだろう。
でも……
「私はレヴに似た境遇を感じたんです。大きな利益を得るために、犠牲も仕方ないと王家に言われて……人生を終えかけた時と同じ」
ここに居る人々の考えは充分に理解できる。
ルーベルと違って悪意はない事も分かる。
それでもやはり、誰かに犠牲になっても仕方ないと言われる辛さを知る私はレヴを見捨てられなかった。
結果として……理由は分からないが救う事もできた。
「こんな小さな子が死ぬなんて、やっぱり耐えられませんから」
「……」
周囲の男性たちは互いに顔を見合わせて、気まずそうに俯く。
諦めろと言っていた手前、どう反応すれば分からないのだろう。
だけどその空気を崩したのは、他でもないレヴだった。
「おじさんたち、レヴのことしんぱいしてくれたの」
「あ……え。俺達は」
「ありがと。レヴね、もうげんきだよ」
レヴの明るい反応に、彼らは俯いていた顔を上げる。
そして皆一様に手を伸ばして、レヴを撫でた。
「あぅ~」
「……こんなガキが俺らを気遣いやがって」
「どうかしてたな。こんな小さい子を、諦めろだなんて」
「しかし、何があって治ったんだ。あの光はいったい……」
ひとしきりレヴを撫でている人々の中で、少し若い男性がジッと私を見つめる。
どうしたのかと首を傾げると、彼は口を開いた。
「なぁ、俺……さっきの嬢ちゃんが出した力、見た事あるんだ」
「え?」
「俺、一年ほど前に戦地から離れたが、その前に見たリナリア姫と同じ癒しの魔法に似ていたと思う」
癒しの魔法とは確か、『聖女』と呼ばれる力でもある。
そんな力が私にあるなんて、信じられない。
「でもリナリア姫より力が強いみたいだ。あの人は、かすり傷ぐらいしか癒せていなかった」
「そんなはずが……」
「嬢、悪いが試す機会をくれないか」
グラスランさんが、レヴを抱き上げながら呟く。
その瞳には何処か期待が含まれているようにも見えた。
「もし、もしもだ。嬢の力が、リナリア姫より上であるのなら……嬢がやろうとしている事への、大きな一助となるはずだ」
「っ!!」
「ひとまずこの集落の診療所に来てくれ。感染症に侵された者がまだいるんだ」
断れる雰囲気でもないし、私もレヴを救った力の所在を知りたい。
レヴは容態が悪化しないか大勢の大人達に見守ってもらい、診療所へ向かう。
「はぁ……ぐっ」
「……たす」
地獄と形容できるような環境だった。
お医者様に頼れない環境で、感染者を隔離しただけの場所では大勢が苦しんでいる。
「まるで戦地の医療所みたいだろ。あそこも医者不足でこんな感じでな」
一人の男性の呟きに、改めて戦地の厳しさを思い知る。
彼らには見慣れた光景だけど、何も知らぬ者から見ればこの状況は地獄だ。
「もし……嬢に本当に癒しの力があるなら。ここに居る者達を救えるかもしれん」
「グラスランさん、試してみます」
「頼めるか?」
グラスランさんの言葉に、私は強く頷く。
もし本当に私にそんな力があるなら、大きな手段になり得る。
それに……
「ここで苦しんでいる人を救えるなら、諦めたくないんです。少しでも望みがあるなら試したい」
「っ……頼む」
グラスランさんや、他にも大勢に見守られる中で病人の元へ向かう。
苦しんでいる人の手を握り、レヴと同様に救いたいと想いを込めてみる。
すると、再び若草色の淡い光が私から病人に伸びていく。
そして、驚く結果となった。
「あれ、痛くない」
「アザが消えてる。うそだろ?」
病人達は寝台から起き上がり、先程の苦しげな呼吸が落ち着いている。
「本当に、私には癒しの魔法が……」
「なんと……」
病人だった皆が、レヴ同様に完治している。
この結果にはグラスランさんを始め、他の人々も啞然と言葉を失っていた。
だけど私は、驚く前にどっと酷い眠気に襲われて膝を落とす。
「っ!?」
「ナディア嬢、大丈夫か!?」
「お、おい! 誰か担架を!」
「すみません。なんだか急に疲れが」
「魔法の代償だろう。無理をさせてすまん……直ぐに休むといい」
話したい事はたくさんあるが、今はこの酷い眠気に耐えられそうにない。
魔法の代償と思わしき眠気に身を任せて、瞳を閉じる。
「––運ぶんだ。丁重にな」
「俺達や、レヴの恩人だ。彼女が皆を救ってくれた」
薄れていく意識の中で、皆の声が聞こえる。
酷い眠気の中で最後に聞こえたのは……
「––俺達も、変わるべきだ」
「あぁ、もう諦めて隠れてられない」
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