【完結】貴方の傍に幸せがないのなら

なか

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12話

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 その黒いあざを撫でても消えたりしない。
 やはり、感染症によるものだ。

「ねぇレヴ、このアザ……いつできたか分かる?」

「え? しらない。レヴ、わからないよ?」

 なら、まだ近日中に発症しているのだと思われる。
 私は即座にレヴを抱っこして、部屋を出て行く。

「あぅ、ナディのだっこだ」

 可愛らしく、まだのんびりとして喜ぶレヴ。
 そんな子に不安を与えぬよう、笑顔を向けながらグラスランさん達の元へ戻る。

「おぅ、どうしたんじゃ。レヴが寝ないとワガママ言っているか?」

「あの、グラスランさん……見てほしいのですが」

 私はレヴの袖をまくって、件のアザを見せる。
 即座にグラスランさんの表情が変わって神妙になり、暫く俯いた後に先程の男性に声をかけた。

「直ぐに皆を呼んでくれ」

「おい、グラスラン殿。どうしたんだ?」

「レヴのため、儂らが決断しなくてはならぬ時が来た。今日がその日だ」

「どーしたの、ぐーう?」

 グラスランさんの表情に、レヴが心配そうに見つめる。
 そんなこの子の頭を撫でて、彼はまた優しく微笑んだ。

「大丈夫だぞ、レヴ。なにも心配いらないからの。ちょっとこの部屋で待っていてくれるか?」

「う?」

「ナディア嬢……少し皆と話してくる。レヴと待っていてくれるか」

「はい。分かりました」

 私の返答にグラスランさんは頷き、レヴの黒いあざに気付いた男性は指示通りに皆を呼ぶために外へと走り出した。
 
   ◇◇◇


 私が看病してもらっていたグラスランさんの家の前には、数十人もの人々が集う。
 こんなに居たのかと驚くが、実際には感染症による重症化などで、これでも半分程らしい。
 レヴは寝台でウトウトとしているため、髪を撫でる。

「えへへ、ナディの手、あったかいの」

「レヴ、眠かったら寝ていてもいいからね」

「うん……あのね、おててつないでくれる?」

 寂しいのだろうか、手を繋いであげるとレヴは瞳を閉じていく。
 私は窓から見えるグラスランさん達の集まりへと、耳をすませた。

「皆、聞いてくれるか。レヴに感染症の初期症状が出た」

「レヴが……本当ですか?」

「確かだ。そしてこうなれば、レヴには時間が残されていない」

「……」

「感染症は直ぐにレヴを蝕む。馬であの子を街医者の元へ連れて行く過程で、深刻な悪化となろう…………だから、儂らが街に向かい、医者を呼ぶし––––」

 グラスランさんの口上の中、遮るように声があがった。

「諦めるしかないだろう。グラスランさん」

「っ、あの子が死んでもいいというのか?」

「発症すれば大人でも死に瀕する病だ。すでに初期症状が出ているなら、レヴが生きるのは難しい」

「……」

「グラスランさん、聞いてくれ。わざわざ医者を呼び、ここに居る皆が王家に見つかるリスクを取る必要はないだろう」

 この集落の複雑な事情が、レヴの治療に対して懐疑的な意見となる。
 助かる見込みが無い中でリスクを取らない選択は、確かに正しいものだ。

「レヴだけではない。このままでは皆が感染症で犠牲になっていく。止めるためにも……もう王家に見つかってでも、街に出るしかなかろう」

「出てどうするんですか。俺達は戦地にてわざと犠牲にされる部隊に配属された兵士達ばかりだ、また連れ戻されて……死線投入される。どっちみち死ぬだけだ」

 彼らの会話から聞こえてくる戦地での悲惨さは、何も知らぬ私には想像もできない。
 犠牲ありきでの作戦など、恐ろしいに決まっている。
 また戻りたくない気持ちも、恐れている気持ちも理解できる。

「幼子を犠牲にしてもいいと、言っているのか?」
「そうだ、レヴはまだ未来があるだろう!」

「グラスランさん、諦めてくれ。症状が出た時点で、あの子は助からない。リスクは犯せない!」
「合理的な選択をしよう。皆のためにも、あの子はもう……」

 意見は半々。
 否の意見も、もちろんわかる。

 だけ私はレヴと境遇を重ねて、どうしても諦められない。
 ルーベルと動機はまるで違うけれど、何かのために犠牲になれと言われる辛さは分かる。
 助けたい。
 せめて……私がレヴを連れて街まで行けば。

「ナディ……ナディ」

「どうしたの。レヴ……っ!!」

 ふと考えていた時、レヴが私の手を強く握っているのに気付いた。
 慌てて容体を見れば、大粒の汗をかいて苦しそうにしている。
 黒いあざが広がっているのだ。

 子供の身体では、思った以上に症状の進行が早い。

「レヴ! 大丈夫? しっかりして」

「あついの、ナディ……あついよ」

 なんて苦しそうな呼吸だろうか。
 私を助けてくれた、優しい子供が苦しんでいるのに、何もできない無力感が憎い。

「ナディ、いたいよ」

「どうしたら……いいの。レヴ、ごめん……ごめんね、苦しいよね」

「ナディア嬢! どうした!? そんな……レヴ」

 私達の声が聞こえたのだろう、グラスランさんが慌てて部屋に入って来る。
 そしてレヴを見て、力なく膝を落とした。
 後からやって来た他の男性たちも、レヴの症状に目を伏せる。

「グラスランさん、もう遅かったんだ」
「……諦めよう」

 レヴは捨て子であり、この場所で生まれ育った。
 決して裕福ではない中でも、必死に生きて、優しく育った子だ。
 なのに、こんな最後はあまりにも悲惨だ……

「ナディ……」

「レヴ」

 レヴは小さな手を伸ばして、思わず泣いていた私の頬に触れる。
 そして苦しみながらも、微笑むのだ。

「レヴね、だいじょぶだよ。だからナディは、なかないで」

「っ……」

「なでなでして。そしたらね、レヴね……がんばれるの」

 こんな時まで私の心配をしてくれる。
 そんな子供が犠牲になるのを、ただ運命だからと受け入れてもいいの?

 そんなの、嫌だ。
 どうか、どうか……お願い。

「レヴ、はやくおそといきたい。ナディとおそといくから、がんばるの」

「––––っ!!」

 神様がいるのなら。
 どうか、この子が生きる事ができる選択を残して。
 こんな不幸は誰も望まない。



「レヴっ!!」


 救いたい。どうにかして……
 この子に未来を残したい。
 そう思った時だった。


「ナ、ナディア嬢。なんだそれは……」

「え?」

 グラスランさんの声に顔を上げた瞬間、その光景に目を奪われる。
 私が触れた先から淡い若草のような色合いの光が浮かびあがり、徐々にレヴの身体を包んでいくのだ。

「光……一体なにが」
「おいおい、どうなって」

 グラスランさんや、周囲の戸惑いが聞こえる。
 だけど私だって事情を聞きたいぐらいだ。

 でもただ一つ分かるのは、この光は私からレヴへと伸びていた。
 そしてレヴの呼吸が徐々に落ち着いてきている。
 光が完全に身体を包んだ後、パッと泡が弾けるように消えた。

「そんな……なにが」

 見れば、レヴの黒いあざが消えている。
 まるで……私が王都で負った傷が消えているように、綺麗な肌へと戻っているのだ。

「どうして……」

 驚いている私と同様に、周囲も反応に困っていた。
 そんな中、無邪気な声が聞こえた。

「ナディ、おててだして」

「え……レヴ?」

 手を差し出せば、レヴの小さな指が私の指を握る。
 子供の力だけど、しっかりと、ギュッと握って笑うのだ。


「レヴね、ぎゅうできるよ。だからもう、げんきなの」


 初めて会った際に私にも試してくれていた、レヴの元気を伝える方法。
 それを受けて、改めて喜びがあふれる。

 どうしてか分からない。
 でも、でも今は、この子が助かって、本当に良かった。

「良かった……レヴ」

「えへへ、ナディ。ないてる~」

 助かった命に溢れる涙は、止められなかった。

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