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11話
しおりを挟むレヴとこの地を出て行ってほしい。
その言葉に、間髪入れずに問いかけを返してしまう。
「どうしてですか。レヴを私に連れていかせるなんて」
「前に伝えた通り、あの子は成り行きで育てている……儂らは外に連れていけない」
「外に出れば、ここに居る皆が王家に見つかるからですね」
「あぁ」
確かに脱走兵が集まるここは、普通の街と同じ環境ではない。
不都合、不便が多い事は想像できる。
でも、グラスランさんの表情は辛そうだ。
「本当によいのですか、グラスランさん」
「あぁ。連れていってくれ。あの子には人並みの人生を歩ませたい。村の皆で決めた事だ。あの子が外に出るには、この機会しかない」
「……分かりました。あの子にも聞いて、しっかりと話し合ってみます」
「感謝する。すまないな……もちろん近隣の街までは、護衛を付ける」
感謝するのはむしろこちらだ、身元も明かせない場所でありながら救ってくださったのだから。
そう思っていると、グラスランさんは再び微笑んだ。
「では、儂らの書状は好きに使ってくれ。戦地を管轄する貴族家に取り合う手段になるはずだ」
「ありがとうございます。本当に……」
「嬢の持っている情報を、北の公爵に伝えるといい。儂の名を出せば、良きに計らってくれるだろう」
グラスランさんが呟いた時だった。
外から荒い足音が近づいてくるのが聞こえ、勢いよく扉が開く。
入ってきたのは、あの厩舎を管理していた男性だ。
「グラスラン殿、また一人……見つかった」
「……そうか」
「レヴを直ぐに連れ出そう。じゃないと……」
男性の焦りぶりはなにかおかしい。
先ほども早くレヴが出て行く事を急かしていた男性が居たけれど、いったいなにが。
疑問に思う私を置いて、二人は話をする。
「レヴは嬢に連れて行ってもらう。明日にはあの子を外に出す」
「いいのか!? ナディアさん」
男性は即座に私を見つめて、すぐさまに姿勢を正す。
今にも敬礼しそうな姿勢の良さだ。
「は、はい。レヴの答え次第ですが、明日には出て行こうかと」
「感謝する。それなら安心だ。あの子はもうここに居るべきじゃないから……」
「……あの、一つ聞いていいですか? いったいどうしてそこまで焦って?」
疑惑への問いかけに、男性はグラスランさんを見つめる。
彼は俯きつつ頷いた。
「嬢には言っていなかったが、この村では感染症が広がっていてな」
「感染症?」
「グラスランさん、話していないのか?」
男性の呟きに、グラスランさんはため息を吐いた。
「下手に心配をかけぬようにと思ってな」
「あの……一体どういう事ですか」
男性が説明してくれたのは、ある感染症がこの村に広まっているというものだ。
適切に処置をした大人であっても、致死率は三割を超えてしまう病。
大きな特徴として、初期症状には黒いアザが浮かぶ。
「狭い集まりでは必然のものだ。感染症は広がり、外との交流もないここでは命の危機にもなる」
「そんな感染症が広がっていたなんて……」
「一応、感染者は隔離している。しかし感染者の増加が予想以上でな。もう悠長にしていられない」
「……」
「俺達は街に出れないし、医者に診てもらえないのも受け入れてる……でもレヴは違う、俺らの事情に合わせて感染症なんてかかってほしくない」
グラスランさんが私にレヴを託した理由が分かってしまう。
あの子が感染症にかかる前に、ここを離れてほしいのだ。
「すまないな。ナディア嬢、儂らの都合でレヴを頼んでしまって」
「いえ、そういった事情であれば絶対にレヴを連れて行きます。救ってもらった恩もありますから」
急かす事情は分かった。
逃亡している出自は私と似通っており、その境遇に理解もできる。
レヴのためにもなるなら、出来る協力はしたい。
「それでは、準備が整い次第にレヴを連れていきます。それでよいですか?」
「あぁ、頼む」
グラスランさん達が頷いたのを見届けてから、私は部屋の扉を開く。
「あの子にも、この場を離れる事を伝えてきます」
レヴの部屋に入ると、寝台で座って待っていた。
綿が飛び出たぬいぐるみを抱いている、ここでは新しい物を手に入れられないからだろう。
レヴは私を見て目を輝かせた。
「ナディ、きてくれたの?」
「ふふ、レヴとお話したい事があってね」
「こっちきて、レヴもおはなし、したいの」
ポンポンと寝台の空いたスペースを叩くレヴ。
それに従って腰を下ろせば、この子は頭を私に寄せる。
「ナディ、あったかい」
「ねぇ、レヴ……お外に行きたい?」
「え? おそとでられるの!? レヴ、いきたい」
子供にとって外に好奇心を抱くのは当然だ。
心地よい返答を聞きながら、私は丁寧にここを出て行く事、皆とお別れになる事を伝えた。
「それでもいい?」
「みんな、おわかれ? ……さびしい」
「もしレヴが大きくなれば、またここに来て会えるはずだよ」
レヴは少し寂しそうだったが、やがて決意したように頷いた。
「……レヴね、おそといきたいの。だからナディといきたい」
「じゃあ、お外に行く準備できる?」
「レヴね、おりこんさんできるよ」
可愛らしくて立派な子だ。
そう思いながら、レヴに準備を促そうとした時。
レヴの服の袖がめくれて、そこに見えたものに言葉を失う。
「うそ……なんで」
レヴの二の腕に、アザができていたのだ。
真っ黒なアザ。
それは先程聞いた、この村で流行っているという感染症の初期症状だった。
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