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10話
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この村に訪れてもう五日が経った。
体調はすっかり万全だから、今日はスードに騎乗して問題ないか確認しよう。
それが終われば、明日にはこの地を出て貴族家に協力を仰ぐために動き始めないと。
「おうまさん、のるの?」
「え、レヴ?」
気が付けばレヴが足元におり、私を見上げていた。
その好奇心旺盛な瞳を見ていると、この子が次に言いたい事はすぐに分かった。
「レヴも、おうまさんにのっていい?」
「ヒヒン!」
なんと、スードがレヴの言葉に答えるように足踏みする。
その瞳は早く乗れと言いたげだった。
スードも乗り気みたいだから、断る理由もない。
「いいよ、レヴ」
「やた!」
「さぁ、抱っこするから。ちゃんと私に掴まっててね」
「だっこ、だっこ! たかーい!」
レヴを乗せて騎乗して、スードに走ってもらう。
蹄が地面を蹴って、馬が走る際の小気味いい足音が響く。
うん、レヴが同乗しても走るのには問題ない。
辛くも痛くもないし、体調は万全だ。
「おうまさん、はやーい!」
「レヴ。しっかりつかまっててね」
レヴも喜んでくれており、その声にスードもどこか嬉しそうだ。
そうして騎乗を終えて暫し休憩のために厩舎で座る。
すると厩舎で馬を世話する男性がコップを手にやって来た。
「おぅ、飲み物持って来たぞ。レヴも飲んどけ、叫び過ぎてノド痛めるぞ」
「ありがとうございます」
「ありがと!」
この村に滞在して分かったけれど、正直居心地が良かった。
いい人ばかりで、改めて彼らが隠れ住む必要が生まれる戦争の悲惨さを身に染みて思い知る。
「もう夕方だ。ナディアさん、悪いがレヴをグラスラン殿の家まで送ってやってくれるか」
「分かりました。行こうか、レヴ」
「うん!」
レヴと共に歩き出せば、不意に服の裾を掴まれる。
振り返れば、この子は頬に赤みを帯びながら俯いていた。
「どうしたの?」
「おててつないで、あるきたい」
「え?」
「だめ?」
この年頃の子供が甘えるなんて、至極当然のことのはず。
だからレヴの言葉に私は頷いた。
「いいよ。おいで」
「っ……やた」
手を繋ぐと、か弱いけれどギュッと握って来る。
もし私に子供が居れば、レヴのような年頃の子供だっただろうか。
ルーベルとの関係が潰えた今、考えても仕方ない事か。
「おうまさん、たのしかった。レヴね……ナディといつかおそといきたいな」
「村の外に出てみたいの?」
「うん! ぐーうがおそとのこと、いろいろおしえてくれたから」
子供としては、村の中ではなくて外に興味が向くのは当然だろう。
レヴが外に行きたいと願うのも、分かる気がする。
そうやって他愛のない会話をしていると、レヴは嬉しそうに私へと呟いた。
「ナディとのおはなし、すき」
「私も、レヴと話せて嬉しいよ」
「あのね、レヴね。おかさんしらないから、ナディがきてくれて、うれしかったよ」
「え?」
「レヴにおかさんいたら……きっとナディみたいにやさしかったかな」
この村に幼い頃から捨てられていたと聞いていたけれど……レヴだって年相応の子供だ。
母親を求めるのは当然で、手を握る姿には寂しさが垣間見えた。
「きっと、うんっとレヴに優しかったはずだよ」
気休めの言葉だと分かっているけれど、レヴの表情が心痛くて。
私はそっとレヴを抱きしめた。
「あぅ。ナディがおかさんなら、よかったのに」
レヴの言葉に、きゅっと胸が痛む。
やはり、寂しいな。
明日にはここを出ていく、そうなれば……レヴとお別れだから。
◇◇◇
グラスランさんの家に辿り着く。
レヴと共にリビングへと向かえば、彼は誰かと話していた。
「そうか……またか」
「はい。やはりもうレヴがここに居るのは」
「分かっている。話してみるつもりだ」
思わず聞こえてしまった会話。
盗み聞きしてしまったようで申し訳ないが、その内容に疑問が生じる。
いったい、どういう意味だろうか。
「ぐーう! ただいま!」
「っ……おぉ、レヴ。それにナディア嬢も帰ってきておったか」
レヴが気にせずリビングに入れば、グラスランさんはいつもの様子で微笑む。
同席していた男性は私に会釈をしつつ、部屋を出て行った。
「お話の邪魔をしてしまいましたか?」
「いやいや、むしろちょうどいいよ。儂からナディア嬢に話があったからの」
グラスランさんは視線を外して、レヴの頭を撫でる。
「レヴ、手を洗って部屋に居なさい。少しナディア嬢と話があるんだ」
「なんで、ぐーうばっかり。レヴもいっぱいおはなし、したいの」
「今日はレヴが好きな卵料理だから、許してくれんか?」
「やた、たまご。わかった……ナディ、あとでね」
レヴが出て行くと、グラスランさんは手振りで私に対面に座るように仰ぐ。
成すがままに対面に座ると、机の上に紙が置かれた。
「これは?」
「実は儂は、戦地にいた頃にそれなりの地位にいてな。戦地を領地とする貴族家とも縁がある」
「えっ!?」
「これは儂の名を書いた紹介状だ。加えてこの村の脱走兵全員の名を記載した嘆願書も同封する。貴族家に君と会う事を要望するものだ」
それが本当であれば、私にとっては願っても無い重要な物だ。
後ろ盾もない私はそもそも貴族家と交渉の場に座る事すら難儀する。
けど、それらの書状は貴族家と会う事を円滑に進める手段になり得る。
「よ、よろしいのですか」
「言っただろう。出来る限りの手助けをしたいと。こんな書面で良ければ、こちらに徒労はないさ」
「感謝します……なにから、なにまで」
「その感謝の気持ちがあるなら。一つだけ儂らの村の願いを聞いてくれないだろうか」
願いとはなんだろうか。
疑問を抱く私に対して、グラスランさんは少し寂しげな表情を浮かべる。
言い出しづらそうに俯きながら、やがて掠れた声で呟いた。
「この村を出て行く際。レヴと共にこの地を出て行ってほしい」
「え?」
「これは、千載一遇の好機なんだ。もう儂らの事情で……あの子をここに閉じこめたくはない」
グラスランさんは苦悶の表情を浮かべて、私へとそんな嘆願を吐いた。
体調はすっかり万全だから、今日はスードに騎乗して問題ないか確認しよう。
それが終われば、明日にはこの地を出て貴族家に協力を仰ぐために動き始めないと。
「おうまさん、のるの?」
「え、レヴ?」
気が付けばレヴが足元におり、私を見上げていた。
その好奇心旺盛な瞳を見ていると、この子が次に言いたい事はすぐに分かった。
「レヴも、おうまさんにのっていい?」
「ヒヒン!」
なんと、スードがレヴの言葉に答えるように足踏みする。
その瞳は早く乗れと言いたげだった。
スードも乗り気みたいだから、断る理由もない。
「いいよ、レヴ」
「やた!」
「さぁ、抱っこするから。ちゃんと私に掴まっててね」
「だっこ、だっこ! たかーい!」
レヴを乗せて騎乗して、スードに走ってもらう。
蹄が地面を蹴って、馬が走る際の小気味いい足音が響く。
うん、レヴが同乗しても走るのには問題ない。
辛くも痛くもないし、体調は万全だ。
「おうまさん、はやーい!」
「レヴ。しっかりつかまっててね」
レヴも喜んでくれており、その声にスードもどこか嬉しそうだ。
そうして騎乗を終えて暫し休憩のために厩舎で座る。
すると厩舎で馬を世話する男性がコップを手にやって来た。
「おぅ、飲み物持って来たぞ。レヴも飲んどけ、叫び過ぎてノド痛めるぞ」
「ありがとうございます」
「ありがと!」
この村に滞在して分かったけれど、正直居心地が良かった。
いい人ばかりで、改めて彼らが隠れ住む必要が生まれる戦争の悲惨さを身に染みて思い知る。
「もう夕方だ。ナディアさん、悪いがレヴをグラスラン殿の家まで送ってやってくれるか」
「分かりました。行こうか、レヴ」
「うん!」
レヴと共に歩き出せば、不意に服の裾を掴まれる。
振り返れば、この子は頬に赤みを帯びながら俯いていた。
「どうしたの?」
「おててつないで、あるきたい」
「え?」
「だめ?」
この年頃の子供が甘えるなんて、至極当然のことのはず。
だからレヴの言葉に私は頷いた。
「いいよ。おいで」
「っ……やた」
手を繋ぐと、か弱いけれどギュッと握って来る。
もし私に子供が居れば、レヴのような年頃の子供だっただろうか。
ルーベルとの関係が潰えた今、考えても仕方ない事か。
「おうまさん、たのしかった。レヴね……ナディといつかおそといきたいな」
「村の外に出てみたいの?」
「うん! ぐーうがおそとのこと、いろいろおしえてくれたから」
子供としては、村の中ではなくて外に興味が向くのは当然だろう。
レヴが外に行きたいと願うのも、分かる気がする。
そうやって他愛のない会話をしていると、レヴは嬉しそうに私へと呟いた。
「ナディとのおはなし、すき」
「私も、レヴと話せて嬉しいよ」
「あのね、レヴね。おかさんしらないから、ナディがきてくれて、うれしかったよ」
「え?」
「レヴにおかさんいたら……きっとナディみたいにやさしかったかな」
この村に幼い頃から捨てられていたと聞いていたけれど……レヴだって年相応の子供だ。
母親を求めるのは当然で、手を握る姿には寂しさが垣間見えた。
「きっと、うんっとレヴに優しかったはずだよ」
気休めの言葉だと分かっているけれど、レヴの表情が心痛くて。
私はそっとレヴを抱きしめた。
「あぅ。ナディがおかさんなら、よかったのに」
レヴの言葉に、きゅっと胸が痛む。
やはり、寂しいな。
明日にはここを出ていく、そうなれば……レヴとお別れだから。
◇◇◇
グラスランさんの家に辿り着く。
レヴと共にリビングへと向かえば、彼は誰かと話していた。
「そうか……またか」
「はい。やはりもうレヴがここに居るのは」
「分かっている。話してみるつもりだ」
思わず聞こえてしまった会話。
盗み聞きしてしまったようで申し訳ないが、その内容に疑問が生じる。
いったい、どういう意味だろうか。
「ぐーう! ただいま!」
「っ……おぉ、レヴ。それにナディア嬢も帰ってきておったか」
レヴが気にせずリビングに入れば、グラスランさんはいつもの様子で微笑む。
同席していた男性は私に会釈をしつつ、部屋を出て行った。
「お話の邪魔をしてしまいましたか?」
「いやいや、むしろちょうどいいよ。儂からナディア嬢に話があったからの」
グラスランさんは視線を外して、レヴの頭を撫でる。
「レヴ、手を洗って部屋に居なさい。少しナディア嬢と話があるんだ」
「なんで、ぐーうばっかり。レヴもいっぱいおはなし、したいの」
「今日はレヴが好きな卵料理だから、許してくれんか?」
「やた、たまご。わかった……ナディ、あとでね」
レヴが出て行くと、グラスランさんは手振りで私に対面に座るように仰ぐ。
成すがままに対面に座ると、机の上に紙が置かれた。
「これは?」
「実は儂は、戦地にいた頃にそれなりの地位にいてな。戦地を領地とする貴族家とも縁がある」
「えっ!?」
「これは儂の名を書いた紹介状だ。加えてこの村の脱走兵全員の名を記載した嘆願書も同封する。貴族家に君と会う事を要望するものだ」
それが本当であれば、私にとっては願っても無い重要な物だ。
後ろ盾もない私はそもそも貴族家と交渉の場に座る事すら難儀する。
けど、それらの書状は貴族家と会う事を円滑に進める手段になり得る。
「よ、よろしいのですか」
「言っただろう。出来る限りの手助けをしたいと。こんな書面で良ければ、こちらに徒労はないさ」
「感謝します……なにから、なにまで」
「その感謝の気持ちがあるなら。一つだけ儂らの村の願いを聞いてくれないだろうか」
願いとはなんだろうか。
疑問を抱く私に対して、グラスランさんは少し寂しげな表情を浮かべる。
言い出しづらそうに俯きながら、やがて掠れた声で呟いた。
「この村を出て行く際。レヴと共にこの地を出て行ってほしい」
「え?」
「これは、千載一遇の好機なんだ。もう儂らの事情で……あの子をここに閉じこめたくはない」
グラスランさんは苦悶の表情を浮かべて、私へとそんな嘆願を吐いた。
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