【完結】貴方の傍に幸せがないのなら

なか

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18話

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 ドルメン公爵が自らルーベルを査問会で問い詰めに向かってくれた。
 それが上手くいけば雪崩式に王家にまで調査が及ぶはずだ。

「あと少しで……私の日常が返ってくる」

 パン屋での常連客との日々を思い出しながら、溢れる懐かしさを噛み締める。
 それに、セトアさんにも会いたいと今は強く思った。

 この街にきて王都について聞けば、彼が主導して騎士団を動かしてくれているらしい。
 感謝してもしきれない。
 それに、彼の馬のスードだって早く再会したいはずだ。

「ナディア嬢、少しいいだろうか」

 物思いにふけっていると、声がかけられる。
 グラスランさんだが、なにやら焦っている様子だ。

「どうされましたか、グラスランさん」

「あまり良い知らせではなくてな……隣国の敵軍が侵攻準備を始めているようだ」

「え……」

「我が国の王家が傾いているのに気付いたようで、戦線近くに多数の軍備を構え始めている」

 ドルメン公爵が危惧していた事が、起こり始めている。
 王国の内乱にも近い今、敵国からすれば是が非でも攻めたい格好の時。

 これらの懸念が高まれば、王家へと貴族が弾劾する機会が遠ざかる可能性が高まる。
 なにより敵国が攻めてくれば、私自身の平穏な暮らしは無くなる。

「ドルメン公爵が不在の今、テルム王国軍も厳戒態勢となっている。この騒ぎはいずれ……貴族達の耳にも入るだろう」

 懸念が高まれば、不安を呼び込む。
 ここで情勢が傾き、貴族や民の怒りが戦争への恐れに変われば……不義の事はうやむやとなる事すらあり得た。

「儂は敵国を止める案を軍部と相談にいく。だからレヴの事を頼めるか?」

 グラスランはそう言うが、長年続いた戦争に対して出来る事は少ないだろう。
 でも私は違うのではないか? 
 私ならこの不安な情勢すらも変える方法が、実は考えていた。

 それは危険だと躊躇していたが、あと少しで平穏な日常が返ってくるんだ。
 だから私は、覚悟を決めた。

「グラスランさん、軍部の元には私が向かいます。レヴと共に居てあげてください」

「なに?」

「私の力なら、この状況を打開できるかもしれません」

 賭けに近いが、王都を出たあの日に比べれば何倍も勝率はある。
 私にとって唯一の懸念であり、この国を悩ませ続ける敵国の脅威。
 ほんの少しでも遠ざける方法を私は実践に移す事にした。


   ◇◇◇

 
 ドルメン公爵が管轄する街近くに広がっている大規模な戦地。
 馬のスードに乗り、そこへ私は訪れた。

「ここが、最前線……」

 幾千の兵が隊列を組み、敵国も同様に臨戦態勢となって陣を構えている。
 一触即発、一つの火種が大きな大火となるのは遠目からでも明白だった。
 ルーベルや、リナリアもこの戦線に来た事はあるのだろうか。

 肌が焼けるような雰囲気と、胸がこみあげる吐き気。
 自然と血の香りがしてきそうな中で、同行してくれていた脱走兵村の護衛の方が問いかける。

「ナディアさん。本当にやるのか?」

「はい。先ほども言った通りに……ここであの力を使います」

「だが、成功するか? 危険だぞ」

「やってみてこそ、結果は伴うはずです。行動しなければ可能性は無いのですから」

 呟きながら、私達はテルム王国軍側の本部へと馬を走らせる。
 隊列している兵士達の怪訝な顔を受けながら、真っ先に軍指揮官の元へ向かったのだ。
 グラスランさんとドルメン公爵様の名を出せば、願い通りに会う事は叶った。

「急な来訪で申し訳ありません。しかし指揮官様にあるご提案があります。まずは実際に見ていただければと思います」

 そう言って、私は軍指揮官へと実際に兵士の傷を癒すところを見せた。
 この『聖女』の力を見せて、納得させたのだ。
 驚く指揮官に間髪入れずに私は提案する。

 この臨戦態勢、危険な情勢を遠ざけるある作戦……この力にしか出来ぬ事を告げた。
 一刻も争う現状、その判断は直ぐに下された。


「後ろから離れるなよ、嬢ちゃん!」
「ナディアさん! 俺も守るから離れないで!」

「はい!」

 作戦が実行され、私を一部隊の兵士達が囲んで進む。
 向かう先は敵軍本部だ。

 当然、敵軍は近づく私達へと矢を射る。
 降り注ぐ矢、私を囲む兵士達が大盾を構えながらなんとか進む。
 それでも、合間から矢が刺さる兵士がいた。

「っ!!」

「だ、大丈夫ですか!?」

「これぐらい問題ない! それより嬢ちゃん。さっきみせてくれた力……絶対に成功させろよ!」

「はい!」

 決死の覚悟で進み、敵本軍からこちらが視認できる距離まで近づく。
 敵軍も明らかに少数でやってきた部隊に警戒しているのか、攻め手を止めてこちらの行動を窺う。
 まさに相手が混乱している今が好機だ。

「いきます!」

「おぅ!」

 掛け声と共に、私と複数人の兵士が前に出る。
 敵軍の視線が集まる中、共に前に出た兵士が担いでいたのは……敵軍兵士だ。
 テルム王国軍が負傷兵であった敵軍兵士を捕虜とし、交渉材料にならないかと治療していたのだ。

 だが治療も虚しく、敵兵士は死に瀕する大怪我を負っていた。
 誰が見ても死は目前に迫っている状況だ。
 そんな彼に手を当てて力を込めれば、若草色の光が身を包んでいく。

「……っ!!」

 敵軍がざわめき、大勢の視線が集まる中。
 私は敵兵の命を癒しの力にて、姿のだ。
 広がる動揺、冷静な思考を取り戻す前に傍の兵士が大声を張り上げた。

「見よ! 我がテルム王国軍には重傷を負った兵をもただちに癒す。神に寵愛されし力がある!」

「……」

「これより先、数万の傷を癒す聖女おわす我が国に敗北は無い! これ以上の犠牲を本気で望む気か!? 冷静となり、犠牲なき判断、撤退という最善を選べ!」

 ハッタリだ、大怪我を治すだけでも満身創痍で私にそこまで力はない。
 しかし実際に目の前で見せたのは大きかった。

 敵軍がこの力を脅威とみなし、手に取るように動揺している。
 暫くのざわめきが広がり、幾つかの視線が交差した後。
 馬上に乗った一人の男性がこちらに近寄ってきた。

「我はストレア帝国軍、軍司令である! 長年に渡る両国間の戦争、積年の恨みは剣を交わすからこそ互いが知るだろう」

「……」

「そなたらの王家が未曾有の混乱に陥っている事は熟知している。それは我がストレア帝国にとって最大の好機であり、侵攻を止める選択肢など存在しえない! 撤退などありえん!」
 
 考えは変わらない、撤退はしない。
 固い意思を伝えた敵国の軍司令だが、その瞳が私へと向いた。
 
「しかしながら……聖女という存在が見せた力はまさしく脅威である。これは可及的速やかに報告せねばならぬ事だ」

「っ!!」

「よって我らは防衛軍を残してこの戦線を離れる。これは撤退ではなく、あくまで報告のためだ! 決して貴殿らの要求に応えた訳ではない!!」

 その言葉に軍の軍司令は馬を反転させる。
 私の傍の兵士が、今しがた治した敵国兵士の背を押して敵軍へと戻らせた。
 すると、軍司令は小さく呟いた。

「名も知らぬ聖女よ」
 
「は、はい」

「同胞を救った貴殿に感謝を送る。これは軍司令としてではなく……個人的な謝意だ」

 あくまで敵対関係であり、複雑な事情、わだかまりは直ぐに変わるものではない。
 しかしながら、私の計画通りに『聖女』という力を見せた事で、敵軍は戦線を離れる選択をしてくれた。
 
「––––! やったぞ! ナディアさん!」
「無血とは、奇跡に近い事だ!」
「直ぐに軍全体に伝えろ! 本当の聖女が現れたと!!」

 自国軍側へと戻れば、賞賛の声と喝采が送られる。
 無茶にも思えた計画だったけれど、結果として最良だった。

 王国の危機は遠ざかり、敵軍は戦線を離れていく。
 危惧されていた脅威が無くなったのだ。

「聖女とは、本来はこんなにも大きな力だったとは……」
「これだけの力を見せられれば、敵軍も迂闊には攻められまい」
「あの聖女様も、それだけの力があればな……」

 テルム王国軍が、まるで誰かと比べる言葉を言っていた時。
 慌ただしい蹄の音と共に、騎乗した兵士が私の前にやって来た。

「な、ナディア殿! 至急報告がある!」

「どうしたのですか?」

「王都でリナリア姫の査問会が始まる。そしてナディアさん、貴方が重要参考人と正式に認められた!」

 その言葉はまさに吉報、待ち望んだ言葉だった。
 だって……

「ナディアさん。これで堂々と貴方が望んだ通りに正当性を主張するため……王都に帰れるぞ!」

 いよいよ王都に帰る。
 逃げずに、堂々と証言する機会が目前に迫った。
 私は自らの人生を取り戻すための戦いは、いよいよ終盤だ。

 多数の協力者と、今や軍部からも評価を得れた。
 正当性を示すための準備は万全、抜かりはない。
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