【完結】貴方の傍に幸せがないのなら

なか

文字の大きさ
33 / 35

23話

しおりを挟む
 死罪相当の罪。
 そう宣言した貴族院の続く判決は、聴衆の意見が大きく割れるものとなった。

「被告ルーベルには、三十年の強制徴兵義務を課す」
「また、被告リナリア・テルムには子が産まれるまでの収容。その後はその力を国家の管理下に置く事を課す。平時は禁固刑にて自由を禁ずる」

 高まった国民感情は納得しない、査問会を聴取していた者からは死罪を望む声が上がった。
 しかし貴族院の裁定は下った。
 もはや決定は覆らず、国家を揺るがす此度の騒動への査問会は閉会となった。

「すまないな。ナディア嬢。君の願う結果には判決は沿わなかったかもしれない」

 査問会を終えた後、ドルメン公爵が私を呼び出す。
 そして用意された室内にて、言葉を続けた。

「我ら貴族も、死罪を求める声が大きいのは承知している。その声に押されて国王陛下の死罪は即時行われる予定だ」

「……」

「しかし、知っての通りに隣国との交渉の場にこぎつけたはいいが……それで戦争が終わる訳ではない。長い戦争による遺恨は強く残り、小競り合いは頻発するだろう」

「そうですね。そう甘くは無いと分かっております」

「我が国が疲弊している事実は変わらない。これからも戦時下が続くのならば、貴族院としては実益性を考慮した判断をルーベル達にとった」

 もちろん分かっている。
 あんな行為をしたルーベルだけど、彼が英雄として称されていた戦果は紛れもない事実。
 その力には大きな有益性がある。

 加えてリナリア姫も力が弱いと言われていたけれど、あの査問会で見せた力は私と同等かもしれない。
 それが限定的でないのなら、有益性は言うまでもない。
 貴族院としては二人を死罪とするより、罪人として酷使する方が得策だと判断したのだろう。

「この判決は軽く見えるかもしれないが、実際には非情だ。私達は二人の罪人を利用して、国のために使い潰す気でいる。それが貴族院として国の立て直しの最善だからだ」

「……判断の理由については、理解はしております」

「だが君が多くの兵の危機を退き、隣国との交渉の機会を作った立役者として……私は最大の謝意を込めて配慮もしたいと思っている」

「何が言いたいのですか」

「もし我らの判決に不服があるならば、私が異議申し立てて死罪にすると約束する。君が望むのなら従おう」

 私が二人を死罪としたいか、そう問いかけているのだろう。
 でも私の答えは変わらない。

「以前に伝えた通りに私の目的は復讐ではありません。自らの正当性を示し、自身の生活を取り戻す事です」

「……そうであったな」

「私の正当性を認め、彼らを裁く判決をしてくださったのなら、私は貴族院の判決に異論ありません」

「有難い。そう言ってくれるなら、我が国としては助かる」

 ドルメン公爵は安堵しつつ、私へと呟きを続ける。

「せめて礼替わりに、君が望む平穏な生活を取り戻す事には尽力しよう」

「出来るのですか?」

「良くも悪くも、君は民や貴族から同情と支持を得ている。その影響力を貴族は純粋に恐れていてな。君が望むなら貴族も下手に手を出せないだろう」

「しかし、この力を利用したいと願う人は多いはずです……」

「リナリアの力に一定の利用価値があれば、ナディア嬢の力に頼る前に彼女の力を行使する予定だ。もしそれが可能なら、君の平穏は約束されよう」

 彼らの力を利用して、使い潰す。
 それは非情かもしれない判断だと、今なら少し感じる。
 彼らにとっての今後は、もはや国家の道具となるのだから。

 その判決は私には、もはや手の届かぬ領域……文句など言うつもりはない。

「ドルメン公爵、多くのご配慮をありがとうございます。貴方や皆様のおかげで、こうして王都に帰ってこれました」

「いや、私も君には多くを学ばせてもらった。これからは……君の平穏と、民のために改めて襟を正して生きていくよ。それが私の責務だからな」

 礼と共に出て行く私に、ドルメン公爵は軍で行う敬礼を行った。
 最大の敬意が込められた仕草を背に受けながら部屋を出れば……セトアさんが待ってくれていた。

「ナディア、君のパン屋で常連客の皆が待っている。帰ろう……君の居場所へ」

「セトアさん、ありがとうございます。帰りましょう」

「手を……」

「っ、はい。ありがとうございます」

 セトアさんがエスコートして、王都へと出て行く。
 待ち行く人々は査問会で私の顔を知る者が多いのだろう、労いや同情の声が届く。
 暫くは人目につくのが恥ずかしい日々になりそうだと、苦笑しつつセトアさんに続いた。

「ナディア……迂回しないか?」

 ふと、セトアさんが大通りで立ち止まる。
 どうしてかと思えば、王城の方から歩いてくる集団が見えた。

 あの集団は……ルーベルやリナリア姫が、戦地近くの拘留場に送らようとしているのだ。
 セトアさんは私に見せないように配慮してくれたのだろう。
 でも……

「いいんです。見届けます」

「辛くは無いか?」

「大丈夫です。セトアさんもいてくれますから」

 かつての夫が、また死線に近い戦地へと送られていく。
 その送り出しを……結婚時と今、二回も経験する事に少しだけ胸が痛む。

 ルーベルとリナリア姫が手錠をかけられて、大通りを歩かされる。
 見せしめ、国民感情を治めるための処置だが……二人の悲惨さがより際立った。

「なにが英雄だ! ふざけた事をしやがって!」
「私達の血税で不義だなんて、国の恥さらしよ!」
「出て行け! 二度と顔を見せるな!」

 かつては英雄、聖女と称された二人の落差。
 これが犯した罪への罰であり、それに対しての罵詈雑言は止まらない。
 投げられる石がルーベルの肌を裂き、リナリアにかけられた砂が真っ赤な髪を穢す。
 二人の人生のこれからの悲惨さが、嫌でも伝わる。

「っ!! ナディア……」

 歩いていたルーベルが顔を上げて、私と目線を合わせる。
 大きく見開いた瞳は苦悶の表情となり、申し訳なさを感じているように目線を逸らす。

 何も期待してはいない、ただ彼の最後を見届けるのは私の役目だとも感じていた。
 だからなにも言葉は期待していなかったのに……

「すまなかった」

 ルーベルが私の前を通り過ぎる間際、罵声浴びる中で呟いたのだ。
 私を見て、彼の言葉が続いた。

「こんな言葉、もう君は要らないと思う。だけど……せめて伝えさせてほしい」

「……」

「感謝している。俺なんかと結婚して、支えてくれて……」

「っ!!」


『––––感謝している。ナディア、必ずまた、この言葉を伝えるために戻ってくるから』
 かつて、そう言って出征した彼を思い出す。
 あの時に約束していた言葉を送り、最後に彼が示した謝意。

 なにも期待してないし、もう彼に対する感情は捨てたはずなのに……
 こみ上げる気持ちが今になって胸を貫く。
 どうして、今なの。

「ずっと……そう言ってくれるのを、待ってたんだよ。ルーベル」

 奮い立たせていた気持ちが、強くあろうとした精神が崩れていく。
 我慢していた感情が、瞳を潤ませた。

「……何も返せず、すまなかった」

 去っていく彼が最後に果たした、ただの口約束。
 三年の月日を経て、ようやく彼から聞けた言葉は……遅すぎた。

 本当に、遅すぎる。
 遅すぎるよ……ルーベル。


「わ。わたしは……わたしはずっと……貴方にと、言いたかったの」

 溢れ出る涙が止まらない。
 蓋をしていた悲しみが今になって、とめどなく頬を伝う。

 支えていた彼からの感謝、それだけを待ち続けた。
 戦地に向かった彼の無事を祈り、ずっと不安の中で過ごして……支え、愛し続けていた過去を思い出して涙が止まらない。


「三年間も待っていたんだよ私……ずっと、ずっと」

「ナディア……」

 セトアさんが抱きしめてくれて、私の涙を隠してくれる。
 その優しさに感謝しながら、思い出した悲しみをとめどなく流し続ける。


「さよなら……ルーベル」


 私がかつて愛した、大好きだった人。
 貴方を憎んでいる……だけど、待ち続けた私の感情はそう簡単に折り合いは付けられない。
 
 戦争で離れた日々は、私から全てを奪った……悲惨な事しか残っていない。
 けれど私は約束を果たしてもらったから。
 もう未練はない。

 貴方の傍から離れて、私は生きていく。
 これからも、この先も。
しおりを挟む
感想 247

あなたにおすすめの小説

記憶が戻ったのは婚約が解消された後でした。

しゃーりん
恋愛
王太子殿下と婚約している公爵令嬢ダイアナは目を覚ますと自分がどこにいるのかわからなかった。 眠る前と部屋の雰囲気が違ったからだ。 侍女とも話が噛み合わず、どうやら丸一年間の記憶がダイアナにはなかった。 ダイアナが記憶にないその一年の間に、王太子殿下との婚約は解消されており、別の男性と先日婚約したばかりだった。 彼が好きになったのは記憶のないダイアナであるため、ダイアナは婚約を解消しようとするお話です。

【完結】側妃は愛されるのをやめました

なか
恋愛
「君ではなく、彼女を正妃とする」  私は、貴方のためにこの国へと貢献してきた自負がある。  なのに……彼は。 「だが僕は、ラテシアを見捨てはしない。これから君には側妃になってもらうよ」  私のため。  そんな建前で……側妃へと下げる宣言をするのだ。    このような侮辱、恥を受けてなお……正妃を求めて抗議するか?  否。  そのような恥を晒す気は無い。 「承知いたしました。セリム陛下……私は側妃を受け入れます」  側妃を受けいれた私は、呼吸を挟まずに言葉を続ける。  今しがた決めた、たった一つの決意を込めて。 「ですが陛下。私はもう貴方を支える気はありません」  これから私は、『捨てられた妃』という汚名でなく、彼を『捨てた妃』となるために。  華々しく、私の人生を謳歌しよう。  全ては、廃妃となるために。    ◇◇◇  設定はゆるめです。  読んでくださると嬉しいです!

もうあなた達を愛する心はありません

佐藤 美奈
恋愛
セラフィーナ・リヒテンベルクは、公爵家の長女として王立学園の寮で生活している。ある午後、届いた手紙が彼女の世界を揺るがす。 差出人は兄ジョージで、内容は母イリスが兄の妻エレーヌをいびっているというものだった。最初は信じられなかったが、手紙の中で兄は母の嫉妬に苦しむエレーヌを心配し、セラフィーナに助けを求めていた。 理知的で優しい公爵夫人の母が信じられなかったが、兄の必死な頼みに胸が痛む。 セラフィーナは、一年ぶりに実家に帰ると、母が物置に閉じ込められていた。幸せだった家族の日常が壊れていく。魔法やファンタジー異世界系は、途中からあるかもしれません。

番を辞めますさようなら

京佳
恋愛
番である婚約者に冷遇され続けた私は彼の裏切りを目撃した。心が壊れた私は彼の番で居続ける事を放棄した。私ではなく別の人と幸せになって下さい。さようなら… 愛されなかった番。後悔ざまぁ。すれ違いエンド。ゆるゆる設定。 ※沢山のお気に入り&いいねをありがとうございます。感謝感謝♡

戻る場所がなくなったようなので別人として生きます

しゃーりん
恋愛
医療院で目が覚めて、新聞を見ると自分が死んだ記事が載っていた。 子爵令嬢だったリアンヌは公爵令息ジョーダンから猛アプローチを受け、結婚していた。 しかし、結婚生活は幸せではなかった。嫌がらせを受ける日々。子供に会えない日々。 そしてとうとう攫われ、襲われ、森に捨てられたらしい。 見つかったという遺体が自分に似ていて死んだと思われたのか、別人とわかっていて死んだことにされたのか。 でももう夫の元に戻る必要はない。そのことにホッとした。 リアンヌは別人として新しい人生を生きることにするというお話です。

【完結】潔く私を忘れてください旦那様

なか
恋愛
「子を産めないなんて思っていなかった        君を選んだ事が間違いだ」 子を産めない お医者様に診断され、嘆き泣いていた私に彼がかけた最初の言葉を今でも忘れない 私を「愛している」と言った口で 別れを告げた 私を抱きしめた両手で 突き放した彼を忘れるはずがない…… 1年の月日が経ち ローズベル子爵家の屋敷で過ごしていた私の元へとやって来た来客 私と離縁したベンジャミン公爵が訪れ、開口一番に言ったのは 謝罪の言葉でも、後悔の言葉でもなかった。 「君ともう一度、復縁をしたいと思っている…引き受けてくれるよね?」 そんな事を言われて……私は思う 貴方に返す返事はただ一つだと。

さようなら、わたくしの騎士様

夜桜
恋愛
騎士様からの突然の『さようなら』(婚約破棄)に辺境伯令嬢クリスは微笑んだ。 その時を待っていたのだ。 クリスは知っていた。 騎士ローウェルは裏切ると。 だから逆に『さようなら』を言い渡した。倍返しで。

【完結】貴方の後悔など、聞きたくありません。

なか
恋愛
学園に特待生として入学したリディアであったが、平民である彼女は貴族家の者には目障りだった。 追い出すようなイジメを受けていた彼女を救ってくれたのはグレアルフという伯爵家の青年。 優しく、明るいグレアルフは屈託のない笑顔でリディアと接する。 誰にも明かさずに会う内に恋仲となった二人であったが、 リディアは知ってしまう、グレアルフの本性を……。 全てを知り、死を考えた彼女であったが、 とある出会いにより自分の価値を知った時、再び立ち上がる事を選択する。 後悔の言葉など全て無視する決意と共に、生きていく。

処理中です...