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彼女が変えたもの・終 リナリアside
「事態の深刻性を鑑み、死罪を求刑する」
今しがた、父に下された判決に膝から崩れ落ちてしまう。
あぁ……あぁ。
私のせいだ。
『聖女』の評価に苦しんでいた私は、誰もがこの力しか見ていないと思っていた。
でも……違った。
父やルーベルは違ったではないか。
『リナリアを救うためには仕方ないことだ』
『それでも俺は戦地にてリナリア姫に救われたんです! 彼女がいなければ……生きていけなかった』
二人の言葉を思い出しながら……涙をこらえて唇を噛み締める。
形は違えど、私のためを想ってくれていた……なのに……なのに私は。
自らの苦しみを理解されないと嘆いて身勝手に振る舞い、彼らにあんな決断をさせた。
この末路を招いたのは誰なのかは嫌でも分かる。
ナディアのせいじゃない。
全ては勝手に嫉妬して、勝手に焦っていた……
「私の……せいです」
口から漏れ出た言葉に、貴族の視線が集まる。
壇上に立っていたナディアを見つめながら、私は一歩、また一歩と歩き出す。
よろよろと前に出て、情けなく膝を落として頭を下げた。
「ごめんなさい……ごめんなさい……私が、私がやった事なんです。私が全てを招いたの」
「リナリア姫、貴方の判決まであと少しです。それまで場を乱す行為は慎んでいただきたい」
貴族院の中で、ドルメン公爵が私を諌める。
頭を下げた私の行為は意味がないと、唾棄するように顎で指示が出され、衛兵に元の位置に戻される。
その後も判決文は読まれて、ドルメン公爵が皆へと話しかけた。
「被告、リナリア姫の判決前に貴族院の皆と、査問会に集まった聴衆に伝えておきたい。知っての通り現状の王家の世継ぎには未来を見込める人材は不在だ」
ドルメン公爵は貴族院の皆へと語りかけながらも、査問会の聴衆にも視線を向けた。
「腐敗した王家で新たな王を立てても、権力の一極集中は同じ事を招くのみ。だからこそ……我らは新たな組織体系を模索すべきだ」
「それは、どうするつもりですかな。ドルメン公爵」
貴族院から意見が上がり、ドルメン公爵が悠々と答えた。
「公国の樹立です。貴族が王家に代わって国家の裁定を行います。今はまだ稟議の段階ですが……我らは未来を話し合っていくべきだ」
「悠長でしょう。敵である隣国は国家の混乱を待ってはくれませぬぞ」
「ええ、だがそれは以前までの話です。つい先日……ナディア嬢の活躍によって隣国敵軍は無血にて戦線撤退をいたしたのですから」
ドルメン公爵の話に周囲がざわつく。
集まった聴衆は被害者だったはずのナディアが残した偉業に、羨望の瞳を向けていた。
それを見て胸が痛む……
結局、私の危惧する通りの結果を招いた。
でも嫉妬もできない……だって私は『聖女』とは程遠い唾棄すべき女だった。
彼女の力は大きいだけではなく、使い方も正しかったのだ。
私とは、根本から違う。
こうも見せつけられた格差に、惨めさを感じる。
「また、隣国は彼女の力に脅威を感じ、新たに交渉の場を設けたいと使者も送ってきている」
「なんと……本当ですか? ドルメン公」
「ええ、長年に渡って続いた戦争が……ナディア嬢によって話合いの場が設けられた事は大きな一歩だ」
ドルメン公爵がナディアに向かって頭を下げる。
「心から感謝する……君のおかげで、我が領地の民は救われた」
「いえ、ドルメン公爵には大きく協力をしてもらいました。恩を少しでも返せたなら嬉しいです」
微笑むナディアには他意は無さそうで、優しそうな笑みを浮かべていた。
そこには浅ましい思惑も、悪意ある考えもないのだろう。
彼女のような女性こそ『聖女』に相応しいのだ。
比べて私は……あぁ、惨めで、情けない。
ごめんなさい、お父様。
ごめんなさい、ルーベル。
私が間違った選択をしたせいで、こんな結果を招いてしまって……
「また、公国の樹立にあたってはデムガル大臣がすでに多数の貴族家に同意を貰っている。罪が定まる前に……彼は新たな国家の樹立に向けて尽力をしていた。その情状酌量は与えて頂きたい」
ドルメン公爵は最後に、デムガル大臣を庇う言葉を吐いて私を見つめる。
その瞳は真っ直ぐと、諌める目つきであった。
「さて……よって現時点をもってリナリア姫は王家の跡継ぎである事は考慮せずに判決を下せます」
やはり、私を追い込むために話していたんだ。
ドルメン公爵を始め、多くの貴族が私の迂闊な行動に激怒している。
当然だ、少し間違えればこの国を揺るがす愚行を犯していたのだから。
「これより下さる判決は……一国の姫ではなく。国を乱した女性として下しましょう」
「承知した、ドルメン公。それでは……此度の非道行為に、貴族院は判決を下す」
結果など聞かなくとも分かる。
国を揺るがす事態を引き起こした張本人、その私が下される罰は一つのみだ。
「被告であるリナリア姫には相応処罰が必要だという事は、国民感情を考慮すれば明らかである。そのため下す判決は一つのみ。しざ––」
「待ってください……」
判決の間際、かすれた声と共にルーベルが前に歩き出す。
そして私の前に立ち、他でもないナディアへと頭を下げた。
「ナディア……許して欲しいとは言わない。俺が犯した行為は君を死に追いやる行為で、君が支えてくれていた献身を裏切る行為だった」
ルーベルの謝罪に、ナディアは凛としていた。
一挙手一投足、全てを見定めるような眼。
それはまさに王家と渡り合ったのだと実感させられるような、そんな強い瞳であった。
「だが、全ての原因は俺の所業のせいだ。どうか死で償うべきは俺であってほしい!」
「……」
「虫がいいとは分かっている。だが……それでも慈悲を与えてほしい。せめて……せめてリナリア姫のお腹に宿る子供だけでもっ……ぐっ!!?!」
突如、ルーベルが吐血してうずくまり、周囲の皆がざわつく。
昨日父に刺された傷が広がったのだろう。
痛みに耐えて判決を受けていたけれど、きっと限界がきたんだ。
「ルーベル!!」
思わず彼に駆け寄り、傷を押える。
どくどくと流れる血が溢れる中で、ルーベルはうわ言のように呟き続けていた。
「ナディア……すまない。すまない。だけど、どうか。どうか……リナリア姫と子供だけは」
「ルーベル、ごめんなさい。もういいの、私はもういいから」
彼の傷に手を当てて、もう無理はしないでと想う。
このか弱き力では何も意味がないけれど、治ってほしいと……初めて誰かに心から思った。
その時だった。
「っ!!」
若草色の光が眩き、ルーベルを覆っていく。
流れていた血が止まっていき、彼の呼吸が落ちついていくのだ。
「なんで……」
どうして……どうしてこんな時に力が強く出たの。
もう遅いと言うのに、もう手遅れなのに。
恨めしくて、ずっと狂わされてきたこの力に改めて憎しみを抱く。
それでも、呼吸が落ち着かせて驚いているルーベルを見て、私は最後の贖罪をしようと決意した。
せめてこの力で彼だけは、救いたい。
「わ、私はいくらでも好きにしてください。でもどうか……ルーベルには恩赦をお与えください」
皆の沈黙が重くのしかかる。
私はせめて巻き込んでしまった彼を救いたいと、純粋に思った。
今見せた力で皆が動揺している今なら、押し通せるはずだ。
私が救いたいと願った彼の、せめてもの減刑を。
「全ては私のせいです。私は幾らでも罪を償います。でもどうか……彼だけは!」
「そんな、リナリア姫! 俺が全てを償います。貴方はどうか……」
互いの減刑を願って、私とルーベルは頭を下げる。
その対象であるナディアへと罪を認めて、誠心誠意の謝罪を行うのだ。
互い……どちらかの罪を許して欲しいと願って……
だが、皆が戸惑う空気の中。
ナディアだけが真っ直ぐな瞳を崩さず、拳を握って叫んだ。
「都合のいい事を言わないで!」
「「っ!!」」
明確に怒りを示した彼女に、空気が震えたようにも感じた。
強い瞳に隠されていた怒気に、言葉が詰まる。
「私は夫を支えてきた日々を冒涜され、両親から継いだ店さえ奪われ……何も持たぬ、この身一つで逃げる事を余儀なくされた」
「ナディア……」
「それでも諦めなかったのは、自らの正当性を示し……貴方達を正しく裁いて欲しいからです。そのため皆に協力してもらって、この場までこれた」
ナディアは貴族院の皆、そして査問会の聴衆へと視線を向けていく。
私達へ集まっていたか弱き同情の目線を、ナディアが覆していくのだ。
「今さら謝罪など必要ない。そんな事で貴方達の罪は消えない、許すなど出来るはずもない」
「……っ!!」
「もう貴方達が出来る事は抗う事じゃない。私と皆で作ったこの場にて、ただ罪を裁かれてください」
その言葉に込められた怒りに、私はただただ頭を下げる。
彼女の言う通りだ。
こんな謝罪など意味がなかった。
力に目覚めたからなんだというのだ。
私達に出来るのは、ただ裁かれるだけだったというのに。
「許されようなんて思わないで、それは……私が手に入れたここまでの努力を踏み躙る行為よ」
「ごめん……なさい」
漏れ出た謝罪と共に、もはや言い訳の言葉も……減刑を求める浅ましい願いすらも出なかった。
惨めな気持ちと、自らの過ちに気付いたからこその後悔。
ようやく心から救いたいと思ったルーベルすら、私のせいで裁かれる。
焦がれた力の覚醒すらも、意味がない。
自業自得の結末を心から悔みながら……ただ頭を下げ続ける。
「貴族院の皆様、然るべき判決を願います」
ナディアの怒りに応えるように、貴族院からの判決が私達に下される。
「一国民を、権力持つ二人が意図的に貶めた。加えて国家の安寧を揺るがす不祥事……国民感情も考慮すれば、厳罰は免れまい」
ごめんなさい……お父様。
ごめんなさい……ルーベル。
全部、私のせいだ。
「両者共に、死罪相当の判決が必要だと貴族院は判断している」
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