【完結】王妃はもうここにいられません

なか

文字の大きさ
12 / 44

10話

しおりを挟む
 屋敷に帰った私は、少ない使用人や護衛兵を集める。
 そしてある指示を行った。

「護衛兵の皆は二つの班に分かれて、一班は引き続き私に着いてきて」

「もう一班はどうなさいますか?」

「この街から最も近い湖、もしくは河川の場所を調べてちょうだい」

「湖や河川ですか? いったいどうしてそのような場所を?」

「この領地にて、安全な水を確保するためです。これが上手くいけば情勢は上向きます。頼めるかしら」

 本来は高値で売買される安全な水を確保する。
 夢物語のような語りに対して、周囲の皆は疑問を抱きつつも頷く。
 今は信用しろと言っても難しい、だからこそ結果で示すしかない。

「レルクと他の護衛班は私と共に付いてきて、街にあるガラス工房に向かいます」

 前世の記憶で培った知識だから信じろなど、誰に話しても信じてくれないだろう。
 だから今は私が率先して行動して、実行していくしかない。
 一通りの指示を終えて、私はさっそく工房へと向かった。
 
「貴族令嬢の方が、こんなさびれた工房にどのような用だ」

 街にあったガラス工房はそのほとんどが廃業していた。
 唯一残っていた工房に居た職人は、三十歳程の男性だ。
 苦労をしているのか、茶髪にまじった白髪がよく目立った。

「突然の押しかけを失礼します。至急、ガラス製品をお願いしたいのですが」

「……帰ってくれ、貴族令嬢様が望むような物など作れないよ」

「いえ、工房前に置かれていた試作品と思わしき物品。薄く透明度の高いガラス製品は素晴らしいものです」

 事実、工房前に置かれていたガラス製品は意匠が素晴らしい物だった。
 思わず買って帰りたいものだ。
 しかし、工房の職人は怪訝な表情を浮かべた。

「申し訳ないが。貴族はあまり信用してない。この間も貴族に発注された製品を持っていけば、令嬢の趣味に合わぬと突き返されたんだ」

「……」

 珍しくはない話だ。
 貴族は大きな権力を持つがゆえに、時に民を破綻させる横暴を行う。
 そんな馬鹿な貴族のせいで、信頼されていないのだろう。

「おかげで大赤字だ。親父から継いで、細々と苦労して継いできた工房も……あと一か月で廃業だ」

「廃業ですか?」

「妻も子供と一緒にこの地を出て行く予定だ。それに申し訳ないが信用できない理由もある……街の連中が噂しているよ。廃妃された妃様が何かをしに来たってね」

「っ!!」

 まさかもう街まで、私の話が伝わっているとは……
 とはいえ仕方ない事か、いきなり貴族令嬢がやってきたなど、詮索するなと言う方が難しい。
 加えて私が妃であったなど、国の皆が知る事だ。
 
「廃妃されたお妃様は信用できないし、また商談が破談されたら家族が飢え死ぬ。申し訳ないが帰ってくれ」

「なんですか、その言い方。姉さんが頼んでいるのに、失礼だよ」

「レルク。いいの」

「……でも、姉さん」

 レルクは私のために言ってくれたのだろうが、職人が冷たい対応をとる理由もよく分かる。
 だからこそ私は、今はただ誠実に訴えるしかない。

「これは道楽ではありません。この地に住む皆のために必要な事であり、貴方に発注する製品はその礎を築くものとなります」

「なにを言って……」

「廃業する必要はありません。ここから、この工房は大きく発展させます。だからどうか、今は私を信じて依頼を受けてください」

「工房を大きくするだと?」

「貴方のご家族を守るためにも、私を信じてください! お願いします!」

 頭を下げれば、職人や護衛兵が困惑の声をあげる。
「なんで、姉さんが頭を下げるの……」と、レルクの声すら聞こえた。
 そんな中、職人は渋々といった様子で尋ねる。

「本気で言っているのか? 妃だったあんたが、俺なんかに頭を下げてまで……」

「はい。口だけではなく、結果で示してみせます」

「期待はしていない……ただ望む物は作るよ。一応、仕事だからな」

「感謝します!」

 工房の職人に依頼したのは、数十本のガラス瓶だ。
 特別に透明度が高く、ガラスの厚みが薄い特注品。
 腕のいい職人のおかげで、望む通りの物を作ってもらえた。

「そんなガラス瓶のために頭を下げる必要があったの? 姉さん」

 ガラス瓶の出来に満足している私に、レルクが不服そうに問いかける。
 答えようとした時、護衛兵が執務室に入る。
 
「お嬢様、街から馬で数十分の距離に湖がありました。しかし……やはり飲み水には向かないかと」

「いいわ。そこへ向かいます」

 準備は整った。
 皆が疑問を抱き続ける中で働いてくれた。
 ここからは、私が結果を示す番だ。

 護衛兵に連れられてやってきた湖は、確かに飲み水にするには躊躇するものだった。
 湖の流れが悪いのか藻が浮かび、水の色は緑色だ。

「最近は暑くなってきたために、水草も生えて足場が悪いですね……しかしこの湖の水をどうする気なのですか。お嬢様」

「説明するわ。安全な水を確保する方法をね」

 私は皆に説明するために、自ら桶をもって湖の水をすくう。
 水には藻や泥が含まれており、ひどく濁っている。

「ま、まさかこれを飲む気なの!? 姉さん……廃妃がショックなんだろうけど、まさかそこまで追い詰められて……」

「違うわよレルク。確かに濁っているけれど、流れのない桶の中なら……やがて不純物は沈殿していくわ」
 
 桶を置いて暫くすれば、底には土がたまっていく。
 上層の藻などをすくい取って除去し、中層の水をガラス瓶ですくえば……

「おぉ! 透明な水となりましたね!」

 見ていた護衛兵達が驚いているが、これではまだ不十分だと彼らも気付いているのだろう。
 透明だからといって、安全な水になるわけではない。

「そ、それでどうするのですか。これから先は」

「どうもしないわよ」

「へ?」

「置いておくの。このまま……太陽の光に晒しておいてね!」

「え……えぇぇ!?」

 皆が一様に混乱する中、私はせっせと桶に水を汲んでガラス瓶に水を入れていく。
 とても信じられないだろうが。
 この方法こそが……安全な水を作る、ある消毒法でもあるのだ。
しおりを挟む
感想 204

あなたにおすすめの小説

冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

「お幸せに」と微笑んだ悪役令嬢は、二度と戻らなかった。

パリパリかぷちーの
恋愛
王太子から婚約破棄を告げられたその日、 クラリーチェ=ヴァレンティナは微笑んでこう言った。 「どうか、お幸せに」──そして姿を消した。 完璧すぎる令嬢。誰にも本心を明かさなかった彼女が、 “何も持たずに”去ったその先にあったものとは。 これは誰かのために生きることをやめ、 「私自身の幸せ」を選びなおした、 ひとりの元・悪役令嬢の再生と静かな愛の物語。

【完結】側妃は愛されるのをやめました

なか
恋愛
「君ではなく、彼女を正妃とする」  私は、貴方のためにこの国へと貢献してきた自負がある。  なのに……彼は。 「だが僕は、ラテシアを見捨てはしない。これから君には側妃になってもらうよ」  私のため。  そんな建前で……側妃へと下げる宣言をするのだ。    このような侮辱、恥を受けてなお……正妃を求めて抗議するか?  否。  そのような恥を晒す気は無い。 「承知いたしました。セリム陛下……私は側妃を受け入れます」  側妃を受けいれた私は、呼吸を挟まずに言葉を続ける。  今しがた決めた、たった一つの決意を込めて。 「ですが陛下。私はもう貴方を支える気はありません」  これから私は、『捨てられた妃』という汚名でなく、彼を『捨てた妃』となるために。  華々しく、私の人生を謳歌しよう。  全ては、廃妃となるために。    ◇◇◇  設定はゆるめです。  読んでくださると嬉しいです!

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

本日、貴方を愛するのをやめます~王妃と不倫した貴方が悪いのですよ?~

なか
恋愛
 私は本日、貴方と離婚します。  愛するのは、終わりだ。    ◇◇◇  アーシアの夫––レジェスは王妃の護衛騎士の任についた途端、妻である彼女を冷遇する。  初めは優しくしてくれていた彼の変貌ぶりに、アーシアは戸惑いつつも、再び振り向いてもらうため献身的に尽くした。  しかし、玄関先に置かれていた見知らぬ本に、謎の日本語が書かれているのを見つける。  それを読んだ瞬間、前世の記憶を思い出し……彼女は知った。  この世界が、前世の記憶で読んだ小説であること。   レジェスとの結婚は、彼が愛する王妃と密通を交わすためのものであり……アーシアは王妃暗殺を目論んだ悪女というキャラで、このままでは断罪される宿命にあると。    全てを思い出したアーシアは覚悟を決める。  彼と離婚するため三年間の準備を整えて、断罪の未来から逃れてみせると……  この物語は、彼女の決意から三年が経ち。  離婚する日から始まっていく  戻ってこいと言われても、彼女に戻る気はなかった。  ◇◇◇  設定は甘めです。  読んでくださると嬉しいです。

私を捨てた皆様、どうぞその選択を後悔なさってください 〜婚約破棄された令嬢の、遅すぎる謝罪はお断りです〜

くろねこ
恋愛
王太子の婚約者として尽くしてきた公爵令嬢エリシアは、ある日突然、身に覚えのない罪で断罪され婚約破棄を言い渡される。 味方だと思っていた家族も友人も、誰一人として彼女を庇わなかった。 ――けれど、彼らは知らなかった。 彼女こそが国を支えていた“本当の功労者”だったことを。 すべてを失ったはずの令嬢が選んだのは、 復讐ではなく「関わらない」という選択。 だがその選択こそが、彼らにとって最も残酷な“ざまぁ”の始まりだった。

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

婚約者を想うのをやめました

かぐや
恋愛
女性を侍らしてばかりの婚約者に私は宣言した。 「もうあなたを愛するのをやめますので、どうぞご自由に」 最初は婚約者も頷くが、彼女が自分の側にいることがなくなってから初めて色々なことに気づき始める。 *書籍化しました。応援してくださった読者様、ありがとうございます。

処理中です...