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11話
しおりを挟む 私が水を汲み、泥を沈殿させているのを見て、困惑しながらも護衛兵達が前に出る。
そして私の代わりに、桶に水を汲んでくれた。
「こ、これで良いですか?」
「……えぇ、ありがとう」
「確かに透明にはなりますが、これが飲み水に?」
「直ぐに分かるわ。この水を安全にするには時間が必要なの」
私はそう言って、自らの袖をめくって水をすくっていく。
温暖なリエン地方であるため、幾つかの瓶に水を入れている間にすっかり汗をかいてしまった。
布で額を拭いていると、レルクが私を見て呟いた。
「おかしいよ……姉さん」
「レルク?」
「姉さんは貴族で、妃だったのに……こんな事してていいの? 前だって頭を下げたり、あんなに失礼な職人にも頼み込んで。姉さんは領主代理だから、命令すればよかったじゃない……」
「……」
「今してる謎の作業だって、自分でやる意味なんてない……貴族なら優雅にして、民に舐められぬ行動を心掛けろって、学園でも散々教えられたよ?」
そういえば、学園ではそんな風に教わっていたな。
レルクの言う通り、貴族として命令を下したり、権威で人を従わせる事は間違いではない。
貴族とは民にとって模範であり、憧れるべき存在である事も必要だ。
でも……それでもだ。
「レルク。今……私に必要なのは民の信頼です」
「っ! 信頼?」
「私は廃妃された身であり、直にリエン地方の全てに話は広がります。その際……高飛車で命令を下す令嬢に民は従ってくれますか?」
「でも……それでも。わざわざ姉さんがやる必要は……」
「私の立場であるからこそ。真摯に領民と話し合って、共に切磋琢磨していく姿を示して、信頼してもらうしかないの」
「でも学園では……そんなの、間違っているって」
レルクは私が初めて価値観を正す、最初の一人かもしれない。
学園にて教えられた貴族という概念を信じていては、なにも成し遂げられない。
それを教えていこう。
「レルクは私がやっている事が、間違いだと思うのね?」
「学園ではそう言ってるもん。姉さんは好きだけど、今のやり方は間違っている」
「では私が学園で教えられた事だけが貴族ではないと証明します」
「っ!!」
「貴方が間違っていると言った姉さんが、何を成すのかを見ていて。私は口だけではなく、結果で示すから」
私は間違っていないと証明するためにも、結果を出すしかない。
レルクは心配をして言ってくれているのだろう、廃妃になった姉が泥だらけになって働いている。
パッと見て、落ちぶれたと……弟が思うのも無理はない。
だからこそレルクを安心させるためにも頑張るしかない。
「私がやる事は多くの人を救うわ。だから今は信じて……レルク」
「…………うん。ごめんなさい……へんな事言って」
「いいのよ。レルクは休んでいて」
私は再び桶を持つと、レルクがガラス瓶を手に取って水をすくいはじめる。
無言のまま小さな手で重い水を持ち、運んでくれるのだ。
「手伝ってくれるの?」
「姉さんが正しいのか分からないけど。姉さんには…………嫌われたくないから」
「ふふ。ありがとう。嫌わないよ、レルク」
「ん」
言い合いした後は、少し気まずくなるものだけど。
それを弟から払拭してくれようとしている。
まだ七歳だけど、この子は充分大人だ。
「作業は完了よ、皆お疲れ様……暫く休憩しましょう」
持ってきたガラス瓶に水を汲み終えた後、暫しの休憩を取る。
そして時間を潰して、長時間の間、ガラス瓶を日光の下で晒し続ける。
「……そろそろね」
「お嬢様、なにを?」
私はおもむろに、最初に水を汲んだ瓶を手に取る。
思った通りに暑い中で日光に晒されて、瓶は熱いと思える程だ。
これなら大丈夫と、中身の水を一気に飲み干した。
「ななな。なにを! すぐに吐いてください!」
護衛兵達が驚き、レルクも目を大きく見開いている。
啞然としている皆に笑いかけ、私はガラス瓶を持つ。
「さぁガラス瓶を全て持って帰りますよ、私はこの飲み水で数日を過ごします」
「あ。あぁあぁ。とうとうお嬢様が自死を……」
「人聞き悪いわね、大丈夫よ。数日待ちなさい」
彼らの心配の気持ちも痛いほど分かるし、混乱させているのも胸が痛い。
だが実際に私自身が試して、示さねば説得力がない。
そのため皆に止められながらも、暴れるように逃げてガラス瓶に入れた水で三日間を過ごし……
◇◇◇
「……で、今も私の身体は健康そのもの。これで分かったはずよね」
自ら実行したおかげだろう。
三日間もあの水を飲んでも元気な私の様子に、護衛兵達やレルクが驚いている。
「ど、どうして? 姉さん……あんな汚い湖の水を飲んでいたのに」
「ガラス瓶に入れた水。これを太陽に何時間も晒したおかげよ」
これが前世の記憶で培った知識。
『SODIS』通称、太陽水殺菌と呼ばれるものだ。
やり方は簡単。
プラスチック容器に汚染された水を入れ、太陽光に約六時間晒すのみ。
太陽光による紫外線と温度上昇により、容器内の水は殺菌されて飲み水として活用できるのだ。
推奨されるのは主にペットボトルだが、ガラス瓶でも代用は可能だ。
とはいえペットボトルよりも太陽光に晒す時間は長めにとる必要があり、今回は十時間以上は晒しておいた。
「た、太陽光ですか? そんなことで?」
「ええ、そうよ」
護衛兵達が驚いているが、無理もない。
私も実際に知るまでは……そんな消毒法で良いのかと疑問に思った程だ。
だが紫外線とは強力なものであり、水を長時間晒せば、ウイルスやバクテリアなどの生物学的に汚染された水を安全な水へと消毒してくれる。
効果は高く、大腸菌まで殺菌する程だ。
実際に前世でも国際機関が発展途上国に対して、飲み水確保のために実行している方法でもある。
加えて災害時の飲み水確保の手段として、覚えておいて損はないと推奨されていた。
もちろん前世での殺菌方法に比べれば劣るが、安全な水が無いここでは重要度は違う。
その効果は、私がこうして実践して確かに分かった。
「さて、皆も分かったはずです……我が国では高価で取引されている安全な飲み水を、安価に手に入れる方法が見つかったのです」
さぁ、皆の目が変わっていく。
この世界で飲み水という、貴重品ながら、生活必需品でもあって無限の需要があるもの。
それを手に入れた意味を皆も理解したようだ。
「この飲み水を使い。街の排泄物を民に然るべき処理をさせます。そして……」
息をのむ皆の前で、宣言しよう。
最初の大きな一歩により、ここから始まる領地の改革を。
「この水を大量生産し、我が領地に大きな利益を生むわよ!」
『飲み水』
この世界で最大のチートともいうべき物を手に入れる手段を得た。
これで出来ることは瞬く間に広がっていく。
さぁ、大きく領地を動かしていこう。
廃妃という汚名を消し去る功績を残すためにも、止まってはいられない!
そして私の代わりに、桶に水を汲んでくれた。
「こ、これで良いですか?」
「……えぇ、ありがとう」
「確かに透明にはなりますが、これが飲み水に?」
「直ぐに分かるわ。この水を安全にするには時間が必要なの」
私はそう言って、自らの袖をめくって水をすくっていく。
温暖なリエン地方であるため、幾つかの瓶に水を入れている間にすっかり汗をかいてしまった。
布で額を拭いていると、レルクが私を見て呟いた。
「おかしいよ……姉さん」
「レルク?」
「姉さんは貴族で、妃だったのに……こんな事してていいの? 前だって頭を下げたり、あんなに失礼な職人にも頼み込んで。姉さんは領主代理だから、命令すればよかったじゃない……」
「……」
「今してる謎の作業だって、自分でやる意味なんてない……貴族なら優雅にして、民に舐められぬ行動を心掛けろって、学園でも散々教えられたよ?」
そういえば、学園ではそんな風に教わっていたな。
レルクの言う通り、貴族として命令を下したり、権威で人を従わせる事は間違いではない。
貴族とは民にとって模範であり、憧れるべき存在である事も必要だ。
でも……それでもだ。
「レルク。今……私に必要なのは民の信頼です」
「っ! 信頼?」
「私は廃妃された身であり、直にリエン地方の全てに話は広がります。その際……高飛車で命令を下す令嬢に民は従ってくれますか?」
「でも……それでも。わざわざ姉さんがやる必要は……」
「私の立場であるからこそ。真摯に領民と話し合って、共に切磋琢磨していく姿を示して、信頼してもらうしかないの」
「でも学園では……そんなの、間違っているって」
レルクは私が初めて価値観を正す、最初の一人かもしれない。
学園にて教えられた貴族という概念を信じていては、なにも成し遂げられない。
それを教えていこう。
「レルクは私がやっている事が、間違いだと思うのね?」
「学園ではそう言ってるもん。姉さんは好きだけど、今のやり方は間違っている」
「では私が学園で教えられた事だけが貴族ではないと証明します」
「っ!!」
「貴方が間違っていると言った姉さんが、何を成すのかを見ていて。私は口だけではなく、結果で示すから」
私は間違っていないと証明するためにも、結果を出すしかない。
レルクは心配をして言ってくれているのだろう、廃妃になった姉が泥だらけになって働いている。
パッと見て、落ちぶれたと……弟が思うのも無理はない。
だからこそレルクを安心させるためにも頑張るしかない。
「私がやる事は多くの人を救うわ。だから今は信じて……レルク」
「…………うん。ごめんなさい……へんな事言って」
「いいのよ。レルクは休んでいて」
私は再び桶を持つと、レルクがガラス瓶を手に取って水をすくいはじめる。
無言のまま小さな手で重い水を持ち、運んでくれるのだ。
「手伝ってくれるの?」
「姉さんが正しいのか分からないけど。姉さんには…………嫌われたくないから」
「ふふ。ありがとう。嫌わないよ、レルク」
「ん」
言い合いした後は、少し気まずくなるものだけど。
それを弟から払拭してくれようとしている。
まだ七歳だけど、この子は充分大人だ。
「作業は完了よ、皆お疲れ様……暫く休憩しましょう」
持ってきたガラス瓶に水を汲み終えた後、暫しの休憩を取る。
そして時間を潰して、長時間の間、ガラス瓶を日光の下で晒し続ける。
「……そろそろね」
「お嬢様、なにを?」
私はおもむろに、最初に水を汲んだ瓶を手に取る。
思った通りに暑い中で日光に晒されて、瓶は熱いと思える程だ。
これなら大丈夫と、中身の水を一気に飲み干した。
「ななな。なにを! すぐに吐いてください!」
護衛兵達が驚き、レルクも目を大きく見開いている。
啞然としている皆に笑いかけ、私はガラス瓶を持つ。
「さぁガラス瓶を全て持って帰りますよ、私はこの飲み水で数日を過ごします」
「あ。あぁあぁ。とうとうお嬢様が自死を……」
「人聞き悪いわね、大丈夫よ。数日待ちなさい」
彼らの心配の気持ちも痛いほど分かるし、混乱させているのも胸が痛い。
だが実際に私自身が試して、示さねば説得力がない。
そのため皆に止められながらも、暴れるように逃げてガラス瓶に入れた水で三日間を過ごし……
◇◇◇
「……で、今も私の身体は健康そのもの。これで分かったはずよね」
自ら実行したおかげだろう。
三日間もあの水を飲んでも元気な私の様子に、護衛兵達やレルクが驚いている。
「ど、どうして? 姉さん……あんな汚い湖の水を飲んでいたのに」
「ガラス瓶に入れた水。これを太陽に何時間も晒したおかげよ」
これが前世の記憶で培った知識。
『SODIS』通称、太陽水殺菌と呼ばれるものだ。
やり方は簡単。
プラスチック容器に汚染された水を入れ、太陽光に約六時間晒すのみ。
太陽光による紫外線と温度上昇により、容器内の水は殺菌されて飲み水として活用できるのだ。
推奨されるのは主にペットボトルだが、ガラス瓶でも代用は可能だ。
とはいえペットボトルよりも太陽光に晒す時間は長めにとる必要があり、今回は十時間以上は晒しておいた。
「た、太陽光ですか? そんなことで?」
「ええ、そうよ」
護衛兵達が驚いているが、無理もない。
私も実際に知るまでは……そんな消毒法で良いのかと疑問に思った程だ。
だが紫外線とは強力なものであり、水を長時間晒せば、ウイルスやバクテリアなどの生物学的に汚染された水を安全な水へと消毒してくれる。
効果は高く、大腸菌まで殺菌する程だ。
実際に前世でも国際機関が発展途上国に対して、飲み水確保のために実行している方法でもある。
加えて災害時の飲み水確保の手段として、覚えておいて損はないと推奨されていた。
もちろん前世での殺菌方法に比べれば劣るが、安全な水が無いここでは重要度は違う。
その効果は、私がこうして実践して確かに分かった。
「さて、皆も分かったはずです……我が国では高価で取引されている安全な飲み水を、安価に手に入れる方法が見つかったのです」
さぁ、皆の目が変わっていく。
この世界で飲み水という、貴重品ながら、生活必需品でもあって無限の需要があるもの。
それを手に入れた意味を皆も理解したようだ。
「この飲み水を使い。街の排泄物を民に然るべき処理をさせます。そして……」
息をのむ皆の前で、宣言しよう。
最初の大きな一歩により、ここから始まる領地の改革を。
「この水を大量生産し、我が領地に大きな利益を生むわよ!」
『飲み水』
この世界で最大のチートともいうべき物を手に入れる手段を得た。
これで出来ることは瞬く間に広がっていく。
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