【完結】王妃はもうここにいられません

なか

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20話

「怒らぬのですか? 本来であれば公爵家令嬢として……妃の座にしがみつくべきなのに」

 妃に戻る気は無い。
 私の意志をあっさりと受け入れた父に、思わず問いかける。

「怒りか…………数か月前までであれば、何がなんでも妃にしがみつく事を説いていたかもしれんな。それが公爵家の繁栄にも繋がるからだ」

 小さな呟きと共に、父は立ち上がる。
 応接室の窓際へと歩いて、外を見ながら言葉を続けた。

「だが、お前に任せたこのリエン地方の報告を聞き、実際に訪れてみれば。妃に戻れなど言えんさ」

「父の期待に応える成果となっておりましたか?」

「そうだな。ゴミもなく、人の排泄物すらない街。お前が言っていた衛生観念を変えるという言葉通りに、街を変えている様子に驚かされた」

「……」

「加えて水の生産による一定の利益を出すなど、僅か数か月の成果とは考えつかぬ事だ。私こそ参考に話を聞きたい統治といえる」

 賞賛の言葉をくれた父は、こちらに振り返る。
 その頬には久しく見ていなかった笑みが刻まれており、先ほどの認める瞳が私を見つめる。

「よくやった。父として誇りに思う」

「……ありがとうございます。お父様」

「クドス国王が今後、万が一にもお前を求めるような事があれば……シモンズ公爵家として守ると誓う」

「っ!!」

「娘であり、このリエン地方領主代理でもあるお前を、愚かな王になど二度とくれてやるものか」

 私の頭に手を乗せて、褒めるように撫でてくる父。
 子供の頃に数度しか経験のなかった行為に、妙な気恥ずかしさを感じる。
 大人になって褒められるのは嬉しいけど、恥ずかしいものだ。

「はは、すっかり大きくなった。前に撫でた時は、こんなに小さかったのに」

 そう言って父は指の間に空間を作る。
 父が作った豆程のサイズに、思わず笑ってしまう。

「ふふ、なんですか。そんなに小さくありませんよ」

「これほど小さく見えていたのが、すっかり大きくなりおって」

 父とのこんな砕けた会話など、いつ振りだろうか。
 妃という責務を抱えていた頃に比べれば、やはり今の方が幸せだ。

「して、次のリエン地方の展望はなにを考えている。聞いてもいいか?」

「もちろんです、お父様。次は石鹸を隣国へと売り出す予定です」

「なに?」

「すでに隣国王太子のジーニアス殿下とも商談を終えています」

「な…………ま、まてまて。なにを、どこまで進んでいるだって!?」

 父の表情が明らかに驚愕している。
 まぁ、僅か数か月の間にここまで進んでいるなんて誰も想像できないだろう。
 たまたまジーニアス様が来たおかげでもあるけど。

「お父様、説明した通りの事です。今後もリエン地方は大きく発展させます」

「な……」

「石鹸だけではありません。人の排泄物を肥料に変え、作物の収穫量にも改善をかけます。領民の衛生観念が整う事に加えて、税収が安定してくれば医者も迎えて病気などにも備えるのです」

 父の瞳はいまや大きく見開かれて、驚きで言葉を失っている。
 そんな父に、さらに私は言葉を続けていく。

「妃に戻らぬ事を決めたのは、決して私情のみではありません……このリエン地方にて評価を得る下地が整っているからこそ、戻る必要がないのです」

「ラツィア……お前は、どこまで見越している」

「清潔に暮らせるその日を夢見て、前に突き進んでいるだけです」

 そう言った直後、応接室の扉をノックする音が響く。
 誰かと思えば、弟のレルクの声が聞こえた。

「姉さん、入ってもいい?」

「ええ、お父様も来ているから是非入って、レルク」

「うん!」

 レルクは応接室へとやってきて、久しぶりに会った父へと少し緊張しながら挨拶を交わす。 
 そして要件を尋ねようと視線を向ければ、彼は聞かずとも話してくれた。

「姉さんが呼んでいた人達が来たみたいだよ。今は屋敷の外で待ってくれてる」

「もう来て下さったのですね。お父様……少し屋敷の外に一緒に出ませんか?」

「あ、あぁ。しかし誰が……?」

「ふふ、このリエン地方を共に発展させる協力者達が来てくれたんです」

「父様、姉さんはすごいよ。ぼくね……いっしょにいれてすごくよかった」

 レルクが私を褒めてくれる言葉を聞きながら、屋敷の外へと出れば彼らは待ってくれていた。
 私を見て……王城に務めていた『元』文官達は跪く。

「皆様、来て下さったのですね」

「ラツィア様、再び貴方にお会いできた事にまず感謝を……そして、貴方と再び共に歩む機会を授けてくださった事に感謝いたします!」

「おおげさよ、皆の協力があって……ここからリエン地方を発展させていければ嬉しいのだから」

「我らも妃であった貴方に何度も救ってもらっていた御恩を返すためにも、貴方の治世を共に歩ませてください」

 十人は超えるという元文官達が、私の呼びかけに応えて来てくれた。
 このリエン地方を発展させるための協力者として、これ以上はないだろう。

「ラツィア……これは?」

 父が再び驚きながら尋ねるので、笑って答える。

「お父様、王城に務める文官達にも協力を得られる手筈も整えておりました」

「な……」

「充分過ぎる人手、これからの展望も揃った今。また妃になんて戻れるはずがありません」

 私は元文官の皆の視線を受けながら、鼓舞するように声を張り上げる。
 
「ここから一気に進めましょう! このリエン地方から……我が国を綺麗にしていくわ!」

「「「ははっ!!!!」」」

 さぁ、もう準備は整い。
 後は走り続けるのみだ……

 クドスとイェシカは、状況を聞いているだけでもかなり追い込まれている。
 はっきりいって絶望的だ。
 私がこれ以上の躍進をとげていけば、あの二人への貴族家の風当たりは酷いものとなるだろう。

 でもね。
 こっちはそんな二人を気にして止まってあげる気は毛頭無い。

「清潔で自由な生活を手に入れるためにも、まだまだ走り続けるわよ」

 私はこの国の衛生観念を変える、そのためにはもう止まれない。
 父は集まった皆を見つめた後、私へと振り向いた。

「……ラツィア、お前がここまで先を見据えて、動いていたとはな」

 父は私の決意を聞いて、嬉しそうに頷く。
 かつて私へと賭けてリエン地方を任せてくれた父に、期待に応える事は出来たようだ。
 微笑んだ父。
 その笑みが見れた事が、娘としては嬉しく思う。

「私は引き続き、王妃候補のイェシカについて調査を進めておく。お前を王妃に薦める公爵家の声も止めておこう。私の娘を二度も王家にやる気はない」

「ありがとうございます。お父様」

「では公爵家の執務もあるため、今日は帰らせてもらおう」

「お父様。また来られた際には、より良い成果をお見せいたしますね」

「楽しみにしているぞ。ラツィア」

 父は背を向けて、自らが乗ってきた馬車へと歩き出す。
 また別れる事に少しの寂しさを感じる中で見送っていた時。
 なんと父が振り向いた。

 なにか、別れの言葉をくれるのだろうか……

「それと、また……石鹸をもらえるか。前に貰ったのが尽きてな」

「ふふ、分かりました。お父様」

 どうやら、しっかり石鹸で身体を洗う事にハマってしまったようだ。
 今日も会った時からいい匂いしていたから分かっていたけれど。
 これもいい兆しだ。
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