上 下
4 / 38

3話

しおりを挟む
 思い出せば、私の記憶はいつだって妹と共にあった。

「ナターリア、貴方は姉として妹を支えてあげなさい」

 父と母は、決まって私にその言葉を告げた。
 宗教の教義のように、口を開けば同じ言葉ばかりだ。

 両親の妹を想う気持ちは、理解はしている。
 妹は生まれつき身体が弱く、手がかかる子だから両親は私よりも特に気にかけていた。
 だけど妹を大切にしたい想いが、庇護と共に強くなっていたのだ。

「貴方と違って、シャイラは身体が弱いのよ」
「労わってあげなさい、恵まれた貴方と違って、シャイラは不幸なんだから」

 だから、両親はいつだって同じ言いつけを私に繰り返した。
 我慢を知らずに育ったシャイラの要求は、徐々に膨れ上がっていく。
 そのきっかけは、ある一言から始まった。

「私も、ナターリアお姉様の髪飾りが欲しいな」

 ふと、シャイラは私の髪飾りに興味を示した。 
 それは私が数年お小遣いを貯め、ようやく買った髪飾りだ。

 大事な物であり、渡したくない私は「駄目」だと伝えた。
 シャイラは人生で初めて否定された言葉に、直ぐに両親の元へ駆けていった。

「お姉様が、シャイラのことイジメるの!」

「なんだって?」
「ナターリア。妹は大切にしなさいと言っているでしょう!」

 両親は妹の言葉を疑いもなく受け取って、事情を聞かずに私を責めた。
 私は自分のお小遣いで買った物だから、渡したくないと伝えた。

「少しこっちに来なさい、ナターリア」

「……」

 父に手を引かれて、別室に連れて行かれた。
 私の話を聞いてくれるのだと、そう思ったのに……

「シャイラが欲しいと言えば、愛する妹には姉として渡してあげなさい」

「お、お父様……でも、これは……私が頑張って貯めたお金で……」

「身体が弱くて、可哀想な妹を大切にしてあげないか!」

「私の物も、全部シャイラに渡さないといけないの? そんなの嫌です!」

「っ!! 言う事を聞きなさい!」

 必死に抵抗しても、私の言葉は届かなかった。
 父は頬へと平手をしてきて。痛みに呻いていると、髪飾りを乱暴に髪から引きちぎられる。
 そして、泣き出す私の手を引っ張った。

「シャイラに謝りなさい。妹を愛してあげなくて、ごめんなさいと言うんだ」

 なんで私の物が取られて、謝らないといけないの?
 そう言い返そうと思った口を……父の怒りに染まった表情を見て閉じた。

「分かっているな?」

「……」

 もう、私の言葉など届かないと……子供ながらに感じ取ったのだ。

 父や母は、健康に生きる私が恵まれていると思っている。
 そして身体が弱い妹は、不幸で可哀想だから大切にしないといけないという想いが……肥大化して、暴走してしまって、私ではもう止められなかった。

「お姉様、この服ちょうだい?」
「勉強なんてしてないで、シャイラと遊んで!」
「お姉様、お姉様、お姉様、お姉様、お姉様、お姉様、お姉様!」

 その日から私が断れなくなり、シャイラの要求は止まらなくなった。
 断れば両親からの𠮟責や、平手による躾があり抵抗は出来ないのだ。
 だから私の人生は、妹の所有物同然だった。

 そして十五歳の歳……とうとう、妹の要求が私の人生を潰し始める。
 
『ナターリア、貴方に手紙が届いていたわよ』

 当時。
 学園で寮生活をしていた私は、妹から解放された自由を感じていた。
 だが入学して僅か三ヶ月後に届いた手紙により、それは短い自由に終わった。

ーシャイラがお前と離れて寂しいからと、容態が悪化した。看病に戻れー
ー治療費の捻出で学費は払えない、退学申請をするー
 
 手紙に書かれた内容に手が震えた。
 私の人生を決定付ける学園生活ですら、妹と両親によって退学を余儀なくされたのだ。
 学園の友が別れを惜しむ中、私は屋敷へと帰るしかなかった。

「お姉様!!」

「っ……」

 帰れば、手紙とまるで違って元気な妹が出迎える。
「寂しかった」と告げて、「これからもずっと私の傍に居て」と言うのだ。
 どうやら妹は私を傍に置くため、仮病を使って退学させたと分かった。

 その行為に、もう限界で壊れそうだった。
 姉として、家族として……私の人生をこれからも犠牲にして生きていく事が怖かった。
 だから……

「お父様……お願いがあります」

 父に頼んだ。
 元から決まっていた政略結婚を早めて欲しいと。
 家には仕送りを送る条件で……私は妹と別れてヴィクターの元へと嫁ぐことができた。


 妹からは会いたいと何通も手紙が届いたが、忙しいと理由を付けて断り続けた。
 流石に両親も、伯爵家の嫁となった私を簡単には呼び戻せない。
 狙い通り、家族から離れることに成功したのだ。

 私はそれから、ヴィクターを支え続けるのも苦では無かった。
 自分の居場所を守るための打算もあるが、もちろん彼を愛する気持ちは確かにあったからだ。

 義母のいびりや、彼の当主代理としての仕事にも文句はあれど、納得はしていた。
 なのに……



   ◇◇◇


「お姉様とまた暮らせるなんて、私……幸せ!」

「あぁ、きっとナターリアも喜んでくれるはずだ」

 隣の部屋から、相も変わらず聞こえている二人のやり取り。
 私の気持ちなど露知らず、好き勝手に言っている。

「僕は……本当はシャイラに妻になってほしかったんだ。学園を卒業する君なら、同僚にだって紹介できるよ」

 うすうす、知っていた。
 ヴィクターが私の事を、同僚にも紹介せず……話にも出さない事を。
 学園を退学した私に、義母と同じくみっともないと感じていたのだろう。

 それでも、私は貴方を愛して、支えてきた……
 なのに貴方の心にすら、もう私の居場所が無いのなら。
 
「私がここに居る理由は、もう無いわね」

 私は部屋に置いたトランクに、最後の荷物を入れる。
 出て行く準備は出来た。
 もう、ヴィクターを支える気も……妹のために生きるつもりもない。

「でも……ただ黙って出て行く気はないわよ……」


 すでにヴィクターへの恋情や、妹への慈悲など消えている。
 悲しみなどない。
 不思議と、一度絶望まで落ちると吹っ切れる事が出来るようだ。

 だから……
  
「どうせなら、何も残さずに出て行ってあげるわよ。ヴィクター、シャイラ……」 

 これから私は、自分の人生を好きに生きていく。
 そして貴方達のために捧げた全てを、返してもらおう。

 私の資産も、権利も、残さず全て持って出て行くのだ。
 もう二度と……惨めに泣く日を送らぬためにも。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

王子に転生したので悪役令嬢と正統派ヒロインと共に無双する

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:269pt お気に入り:276

主役達の物語の裏側で(+α)

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,031pt お気に入り:42

婚約する前から、貴方に恋人がいる事は存じておりました

恋愛 / 完結 24h.ポイント:3,358pt お気に入り:580

継母の心得

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:68,040pt お気に入り:23,357

処理中です...