【完結】側妃は愛されるのをやめました

なか

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2話

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 信じられない、私を脅かすための冗談だ。

 そう思っていたのに、夜になってもセリム様は姿を見せない。
 会いに行くと申し出ても、王城にすら居ないと聞いて心が痛む。

「本当に、出迎えにも来てくれないの。セリム様……」

 帰還した私を労ってくれる夜会が王城で始まる。
 その準備のために着飾った私は、鏡に向かって彼の名を呼ぶ。
 銀色の髪から覗く自らの紫色の瞳には、自然と涙がにじむ。
 
 私の出迎えではなく、別の女性を優先している……その現実。
 彼との再会を胸が弾むほどに期待していたからこそ。
 この凋落は、私の心を崖から落としたようにぐちゃぐちゃにした。

「なにか、事情があるはずよね」

 必死に不安な考えを払拭する
 そんなはずがない……と、何度も言い聞かせていた時。

「ラテシア様! セリム様が夜会に出席なされました!」

 駆けつけてきた使用人の言葉に、ほっと胸をなで下ろす。
 逸る気持ちを落ち着かせて、私はセリム様の元へ向かった。

 

   ◇◇◇

 
 夜会の会場。
 私の帰還を祝う場で待っていた彼は、私を見た途端に頬笑んで抱きしめてくれた。

「おかえり。ラテシア」

「セリム……様」

 彼を見て、自然と瞳が潤む。
 純金のような金色の髪は以前よりも長くなっており、後ろで束ねられている。
 その前髪の切れ端から覗く、切れ長の美しい蒼い瞳が私を映す。

 整った顔立ちがニコリと微笑み、艶のある唇が私のおでこに口付けを落とした。
 子供の頃から重ねてきた、二人の挨拶……その懐かしさに思わず涙がこぼれてしまう。

 目の前のセリムはなにも変わっていない、以前の優しい彼のままだったから。
 安堵が胸を満たすのだ。

「ただいま、セリム様……」

「ずっと、待ってたよ。ラテシア」

「はい、はい……」

 セリムが私の涙を拭ってくれて、私は微笑みで返す。
 変わらず優しい彼との再会に感極まっている間際。
 
 ふと、夜会の準備をしていた使用人達の表情が険しい事に気付く。
 準備中に迷惑だったのかと思ったが。
 彼らがセリムを睨んでいるのに気付いた瞬間、答え合わせのように声が聞こえた。

「セリム。ごめんね……準備に時間がかかってしまったわ」
 
 聞こえたのは、鈴のように細い女性の声。
 振り返ると、見知らぬ女性がトランクを持って会場へと入る。
 茶色の髪色で温和な顔立ち、赤い瞳が特徴的な女性だった。

「ミラ、待っていてくれれば僕が迎えに行ったのに」

 セリムは彼女を見た途端、握っていた私の手を離して駆けていく。
 急速に失われていく手の温もり、彼を抱きしめようとしていた腕が空を切る。
 見える彼の背が、今しがた訪れたミラと呼ぶ女性を気遣い、背中に手を回していた。

「君はただでさえ身体が弱いんだ。もう少し自分自身を気遣え」

「ごめんなさい、セリム。貴方に迷惑をかけたくなくて……」

「僕の事はいい。それよりも誰か、見ているだけでなくミラの荷物を持ってくれ」

 セリムの鋭い視線と、初めて声を荒げる様子。
 使用人達は慌てて、納得はしていない表情ではあるが彼の指示に従う。

「ごめんなさい。皆様……」

「君が気遣う必要はないさ。ミラはこれからここで安静に過ごせばいい」

 訳の分からぬ光景。
 だけど、明らかに丁重な扱いを受ける女性について、当然ながら問いかける。

「セリム様。彼女は?」

「あぁ、彼女は……」

 答えようとしたセリム様の声を遮り、彼女が前に出る。
 そして私の前で、小さな会釈をした。

「はじめまして、ミラと申します。セリムとは学園に通っていたころの友人なんです」

 胸に沸き立つ小さな苛立ち。
 その理由はあまりにお粗末な自己紹介、貴族としてあるまじき礼のせいか?

 否。
 気づいてしまったのだ。
 王太子たるセリム様を敬称もなく呼べる者など王家のみ。
 私でさえ許されていない事を、彼女はセリムに許されているという事実にだ。
 
「私はセリム様に聞いております」

 思わず冷たくしてしまう、自らの狭量に恥を感じる。
 だけど、久方ぶりの婚約者との再会へと水を差された思いが、苛立ちを生んでしまう。

「ラテシア、ミラには優しくしてくれ。僕の大事な友人なんだ」

 なだめてくるセリムに、再び問いかけた。

「ご友人である事は分かりました。彼女は……どこかの貴族家の方ですか?」

「いや、平民出身だ」

「それでは、今この場におられる理由を教えてください。此度の夜会、招待者は貴族家の方々のはずで……」

「勘違いしないでくれ。彼女は君の帰還祝会に招待したのではなく、療養のために王城に住んでもらうつもりなんだ」

 耳を疑うとは、この事だ。
 民の血税によって、統治の役目のために王家に与えられた王城。
 そこへ縁もゆかりもない女性を住まわせるというのだから。

 反感を抱くのは私だけでなく、周囲の使用人達も同様であった。
 
「セリム様。お言葉ですが、そのような私事で王城を扱われるのは許されません」

「女性一人の療養で部屋を貸すぐらい。些事だろう」

 そうではない。
 他の貴族家、民の耳に入った時の事が気がかりなのに。
 伝えようとした瞬間、ミラが急に咳き込み始めた。

「ごほっ! けほっ!!」

「ミラ、無事か?」

「ごめん、セリム。発作で……動けないかも」

「分かった、安静にしていろ。ミラ」

 そう言ってセリム様がとった行動に、目を疑う。
 なんと彼は、ミラを横抱きにして肌を寄せ合う。
 落とさぬよう抱きしめて、私へと背を向けるのだから。

「ラテシア、本日の祝会は不参加にする。すまない」

「え……セリム様……」

「王として友の命を優先するのは当然だろう? あまり心の狭い対応を見せないでくれ、軽蔑してしまうよ」

 待ってと、手を伸ばしたけれど。
 それが彼に届く事は無く、空を切る。

 私以外の女性を介抱し、抱きしめる愛しき彼の背。
 見せつけられる光景に……胸が痛まずにはいられなかった。



   ◇◇◇



「セリムがすまない。ラテシア嬢。私がいくら諭しても、奴は言うことを聞かんのだ」

 帰還祝会にて、陛下が私へと頭を下げる。
 王家のためにまい進した私を労うため、大勢の貴族家の方々が出席してくれた祝会。

 なのに主役の私の傍には、あるべき彼の姿はない。
 それは辱めを受けたと同義で、悲しみが心を満たす。
 私は謝罪を述べた陛下へと、ただ涙がにじむ瞳で愛想笑いをする。

「大丈夫です。陛下……」

 いけない。
 涙など、決して見せてはいけない。
 こんな状況でも、毅然と振る舞う事が未来の王妃としての責務。

 それが公爵家令嬢として生きる矜持なのだから。
 でも。
 それでも……

 数年ぶりの再会なのに愛しい彼が傍にいないなんて。
 辛くて、悲しいよ。

 
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