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2巻
2-1
しおりを挟むプロローグ
『誰か……助け……』
暗い室内で、私は病魔に侵された身体で手を伸ばす。
荒い呼吸のせいか喉に血が滲み、口内に鉄の味を感じながら助けを乞う。
『苦し……誰か、薬を……』
必死に訴えかけようとも、部屋の外から聞こえるのは嘲笑のみだった。
『薬だって、取ってきてあげなよ』
『嫌よ、だって意味がないじゃない。陛下から言われたのよ、看病は必要ないって……陛下からすれば死んでくれた方がいいみたい。愛していない王妃なんてね?』
嘘だ――
そう思いたくても、外から聞こえてくる嘲りの声は消えない。
愛されぬ王妃として、病魔に侵されてもろくな治療を受けられず、死を望まれる。
今まで王を支えてきた王妃の私は、王からの寵愛を失って使用人にすら蔑まれているのだ。
『はは……なんだったの。私の人生って』
悲観の中で、私はそんな言葉を吐きながら……やがて呼吸も静かに途絶え――
パタンッ‼ っと、読んでいた小説を閉じる。
「ふぅ……」
私――カーティアは、小説を置いて一息つく。
いやぁ、意外にも重い話でついつい昔を思い出してしまう物語だった。
「ちょっとこの小説、私と同じ境遇すぎて驚いちゃった」
かつて似たような境遇にいた私は、実は一度死んでいる。
なんて、誰に言っても信じてくれるはずがないけれど、これは本当の事だ。
私は愛されぬ王妃として病気で一度死んだけど、時間が戻った先で二度目の人生を歩み出した。
そこからどうなったか?
もし聞かれたら、色々と複雑でなんと答えればいいか。
ひとまず言えるのは、数多くの出会いがあって……あの不幸から今の私は――
「おかさま、きょうのおみずやりのじかんだよ」
そんな可愛らしい声と共に、小さな手が私の手を引いた。
読んでいた小説から視線を外して、私の膝程の背丈のその子へ笑いかける。
「リルレット、教えてくれてありがとう。今日も一緒に畑に水やりにいく?」
「うん!」
この子はリルレット、私の大好きな娘だ。
淡い金色の髪に、ぽってりとした可愛らしい頬。
そんな愛されフォルムの顔でキラキラ輝く、宝石のような紅い瞳が私を見つめる。
あぁ、今日も私の娘はすっごくかわいい。
「おかさま、みずやりいこ!」
リルレットに手を引かれて、日課の家庭菜園へ水やりに向かう。
澄み渡る青空、頬を撫でる優しい風、娘との二人の時間は穏やかで幸せだ。
畑にたどり着いて植えている野菜の成長を見ると、思わず口角が上がる。
あと少しで収穫できそうだ……それに私が植えたタンポポも咲き始めており、嬉しさで心が躍る。
「コケコ! コケ!」
水をやっていたら、一羽の鶏が私の足元を駆け抜けていく。
その姿を見た私は、咄嗟にその子を捕まえた。
「コッコちゃん、おはよう」
「コケケ」
この子はコッコちゃん。
この地に来てからずっと一緒の可愛らしい鶏で、私の家族だ。
そんなコッコちゃんに朝の挨拶をするが、私には見向きもせずに畑の土にいる虫を目的に一心不乱に突いている。
……もう数年の付き合いなのだから、少しは私を見てほしいのだけどね。
「コケケ!」
「こーこ、りるもいっしょにむしさんさがす!」
コッコちゃんは私たちを見ながら勢いよく走り回り、リルレットが釣られて駆ける。
その光景を見ながら微笑んでいると、ふわっと優しい風が吹いた。
思わず瞳を閉じて、すぐに開ければ……こちらへ向かってくる一人の男性が見えた。
「っ……来てくれたのね。シルウィオ」
私は彼の姿を見て、思わず緩んでしまう頬と共にその名を呼ぶ。
畑に立つ私に歩み寄ってくる男性。
銀色の髪が風でなびき、その前髪からリルレットと同じ紅の瞳が鋭く垣間見える。
アイゼン帝国の皇帝陛下――シルウィオ・アイゼン。
それが彼の肩書であり、そして……
「おとさま!」
リルレットが駆け寄り、呼びかけた言葉通り……彼はリルレットの父親。
そして私の夫である。
初めてこの光景を見た人は驚くだろうな。
まさか家庭菜園をしている私が……帝国の皇后だなんて。
もっと言えば、この畑だって帝国のお城の庭園内の一角なのだから。
冷遇されていた王妃から、こうなると誰が予想しただろうか。
だけどこれこそ、私が二度目の人生で手に入れた幸せだ。
「カティ、リル。こっちに」
リルレットに抱きつかれ、それを片手でひょいと抱き上げたシルウィオが私を見つめる。
もう片方の手で空間を示し、そこに来てほしいと目線が告げていた。
「おとさま~」
「リル、お前は今日も可愛いな」
「ふふ、シルウィオもすっかりお父さんですね」
そう呟きながら傍に寄れば、彼の手が私を抱き寄せる。
リルレットとまとめて私をぎゅっと抱きしめた彼は、その紅の瞳を細めた。
「カティのおかげだ。君がいてくれるのが、俺にとって一番の幸せだから」
「ふふ、嬉しいよ。シルウィオ」
額をコツンと合わせて笑い合う私たちを見上げ、リルレットも嬉しそうに手を伸ばす。
「おとさま、おかさまだけずるい~、リルもいっしょにぎゅっするの!」
抱きしめてくるリルレットを見つめながら、シルウィオはしばらく沈黙する。
そして少しの間を置いて、再び私たちを強く抱きしめて呟いた。
「ここには天使しかいないな。この可愛さ。国を挙げて称賛すべき二人だ」
「い、言いすぎですよ、シルウィオ」
シルウィオの言葉に笑いながら……腕の中で笑う娘が産まれるまでの日々を思い出す。
かつては死を望まれた王妃だった私が、二度目の人生で幸せを手に入れるまで。
そして……皇帝である彼と仲を深めていった記憶を、鮮明に思い出していった。
第一章 皇帝として、皇后として
清々しい程の晴天に、ほぅっと息を吐く。
身体も元気だし、健康のための軽い運動をして、身体を伸ばす。
「よし……」
大きく息を吐いて、私は庭園へと向かった。
ここ、アイゼン帝国の城内に備えられた庭園には、私だけの菜園がある。
育てている作物の様子を見に行こう、それにあの子にも餌をあげないといけない。
「おはよう、コッコちゃん」
「コケコッコー! コッ! ココ!」
私の元へパタパタと駆け寄ってきたのは、鶏のコッコちゃんだ。
とってもフワフワのフォルムが愛らしい、元気な姿を抱き上げる。
どうして鶏がアイゼン帝国の城内にいるのか?
それを聞かれたなら答えは簡単……私が毎日、卵を食べるために鶏を望んだからだ。
「でも今は、コッコちゃんも大事な家族だよ」
「コケー!」
元気に挨拶をするコッコちゃんを抱きしめながら、私は青空を見上げる。
「このすっきりした晴天……まるでこの帝国に来た時みたいだね。コッコちゃん」
呟きながら、私はつい思い出す。
このアイゼン帝国に来る前までの経緯と、こうして平穏な生活を手に入れるまでの事を……
私――カーティアは、元はグラナート王国の王妃であった。
しかし、夫であり国王であったアドルフに虐げられ、側妃のヒルダに寵愛を奪われていた。
私がいくら政務をこなしてもアドルフからの評価は得られず、いつしか私は彼に死を望まれた。
そして、そんなストレスしかない環境にいたせいか……
私は――二十五歳となった年に、病気で死んだ。
「でもまさか、二度目を生きられるなんて凄い奇跡だよね。コッコちゃん」
コッコちゃんに伝えた通り、私は確かに死んだ。なのに三年前の二十二歳の誕生日に時間が戻っていたのだ。
期せずして手に入れた二度目の人生、虐げられて死を遂げた私の記憶を継いだのだから、やる事は一つだけだった。
そう、新たな人生を謳歌するため、グラナート王妃の座なんてさっさと捨ててしまったのだ!
でも私が思う以上に私は他国から評価されていたようで、王妃を辞めた瞬間から転がるような展開でアイゼン帝国の皇后となる事になったのだ。
まさに驚天動地の出来事の連続を過ごし、数多くの問題はあったが、今は皇后として望む生活を送る事ができている。
「カーティア皇后様、ここにおられたのですね」
ふと、昔の事を思い出していたら、背後から声をかけられる。
振り返ると、城内で給仕を務めている使用人が立っていた。
「お身体は大丈夫でしょうか。病み上がりですので……あまり出歩いていると、皇帝陛下がご心配なされますよ」
「大丈夫よ、治ってから一ヶ月も経ったのよ? 外に出ないと気が滅入るわ」
使用人が心配するのは、私がつい一ヶ月前まで病魔に侵されて死の淵に瀕していたからだ。
一度目の死の原因と同じ、名もなき病によって苦しめられて覚悟を決めていた。
だが……あるキッカケのおかげで救われて、今はすっかり元気になれている!
「見ての通りすっごく元気だから、心配しないで」
「そ、それなら良いのですが」
「そうだ、せっかく来たのだから畑で採れた野菜でもいかが? 自信作なの」
「よ、良いのですか! カーティア様の育てておられる野菜を以前いただいた際も、うちの子どもがとても美味しいと喜んでおりました」
まぁ、なんて嬉しい感想だろうか。
二度目の人生で趣味のように始めた菜園だが、こうして評価をいただけると励みになるものだ。
「うふふ、持っていきなさい。もっと持っていきなさい」
「お、多いです~皇后様! どこにそんなお力が⁉」
戸惑う使用人をよそに、私はどんどん収穫した野菜を渡していく。
こうしてご覧の通り、死に瀕した事が嘘のように今は快調だ。
「ふぅ、収穫終わり。この後は本でも読も――」
「カティ」
声が聞こえた瞬間、ふわりと身体が浮き上がる。
後ろから抱きしめられて、足が浮いたのだ。
誰が来たのか?
振り返った際に横目で見えた銀糸の髪色ですぐに分かった。
「シルウィオ! 帰ってたの?」
「あぁ」
太陽を反射して輝く銀色の髪、どこでも異彩を放つ深紅の瞳。
美麗な無表情のまま、私を抱き上げた彼は……シルウィオ・アイゼン。
彼こそが私の夫で、このアイゼン帝国の皇帝陛下だ。
「シルウィオ……あ、足が浮いているから。下ろして」
「駄目だ」
出会った頃の彼は私を『お飾りの妃』と呼び、鉄のような無表情を崩さなかった。
アイゼン帝国の貴族たちからも恐れられ、その紅の瞳を見れば誰もが畏怖していた。
そんな彼が今では……
「カティのため、頑張ってきた。だからこれぐらいはいいだろう」
「ふふ、じゃあ……仕方ないですね」
今でも無表情なのは変わらないけれど、彼は私を抱きしめたまま嬉しそうにしている。
その変わった姿に、私も愛しい気持ちが溢れてくるのを感じた。
「ん」
彼の大きな手が私の黄金色の髪の毛をかき分け、頬に添えられる。
その手を引き寄せるようにして、彼はそっと唇を重ねた。
口付けしたまま私を地面へと下ろし、その柔らかな唇が離れていく。
「外に出ている間、ずっと会いたかった」
「ふふ、私もだよ。でも今日はどこに行っていたの? 昨日の夜から出ていたみたいだけど」
「……ゴミを片付けてきただけだ」
シルウィオが冷たい口調で呟いた途端……庭園内に叫ぶような声が響きわたった。
「お、お許しください! シルウィオ陛下! 私は魔が差しただけなのです!」
「黙ってろ!」
声の主へと視線を向ければ、見知らぬ貴族が騎士に連行されている。
あ……あの連行している騎士は私もよく知っている、シルウィオの専属護衛騎士――グレインだ。
短く切り揃えられた髪に、快活な青年らしさもありながら、整った顔立ち。
私の前ではいつだって笑顔で、どちらかといえば護衛騎士らしからぬうっかりさんだ。
しかし今の彼は騎士の仕事中だからだろうか、いつもの笑みを消して怒気を込めた表情で見知らぬ男性を押さえつけていた。
「すみません、シルウィオ陛下。貴族牢へ連行するにはこの道しかなく……カーティア皇后様とのお時間を邪魔してしまいました」
「いい。さっさとそいつを片付けておけ」
「ま、待ってくだされ! 我がブルックス伯爵家が帝国へ与えてきた功績の数々を考えれば、私の罪にも恩赦をいただいても良いではありませんか!」
ブルックス伯爵家と聞いて、私は思わずシルウィオへと視線を注ぐ。
最近……他国との交易にて大きな利益を挙げ、その名を轟かせている伯爵家だ。
「なにかあったのですか、シルウィオ」
「……」
シルウィオは言いにくそうに黙っている。珍しいなと首を傾げた時、しわがれているが、強く芯の通った声色が私を呼んだ。
「私が説明いたします。カーティア様」
その声の主はアイゼン帝国の宰相であるジェラルド・カイマン様だ。
厳格ながらも普段は優しく私に微笑みを向けてくださるジェラルド様が、表情に怒りを交えながら、連行されるブルックス伯爵を睨んだ。
「その者は我が国に許可なく依存性のある薬物を輸入しており、それを売りさばいていたのです」
なんという悪党だろうか。どの国でも違法な薬物が流入せぬよう頭を悩ませている。
それを貴族が自ら迎え入れたなど、あってはならない大罪だ。
「加えてその者は、信じられぬ毒物にまで手を出したのです」
「毒、ですか?」
「えぇ、不妊にいたる毒。それをこの国に輸入し…………他でもない、カーティア様に投与しようと画策していたのです」
「っ‼」
「おおかた……自分の娘をシルウィオ陛下へ献上するためでしょうな」
身がキュッと締め付けられるような、背中に悪寒が走るような感覚に襲われた。
前の人生で寵愛されぬ王妃として過ごしていた私には、まるで関係がなかった話だが……
子を産めぬように毒を盛るといった暗躍や、皇位を巡る影の争いは決して珍しい話ではない。
どの国でも当たり前にある事だったと思い出す。
「そうだったのですね……」
「っ‼ カーティア様……ご不安にさせて申し訳ありません。当然ながら私の手の者から事前に情報を入手し、貴方に危害が及ばぬうちに対処いたしました」
流石はジェラルド様の情報収集能力だ。
毒を盛られるかもしれなかった事を未然に防いでくれた感謝しかない。
「俺がいる。カティへ危害など加えさせるはずがない」
シルウィオは小さく呟き、そのままブルックス伯爵へと歩み寄る。紅の瞳で冷たく見下ろし、怒気を込めた声で問いかけた。
「ブルックス、貴様が手を出そうとしたのは帝国の華だ……その命一つで償うには足りないな」
「ち、違います、陛下。わ……わわ、私は本当に善意で、この国を思って行動したのです」
「は?」
不愉快だというようなシルウィオの声に気付かず、ブルックス伯爵は言葉を続けた。
「カーティア皇后ですが……つい一ヶ月前まで死に瀕していたというではありませんか! 未来の御子を産む身体が病弱などあってはならないのです」
「……」
「ですから。私はただ……カーティア皇后には子を諦めてもらい、健康的な私の娘を――うぐっ‼」
ブルックス伯爵の言葉が詰まると同時に聞こえたのは、声にならぬ悲鳴であった。
シルウィオがその手でブルックス伯爵の首を掴んだのだ。
手に血管が浮かぶ程の力で締め付けており、見るだけで激痛だと分かる。
首の気道を塞がれたブルックス伯爵は声も出せずに悶えていた。
「あ……あぐっ⁉ がぇ……っ!」
「……不愉快だ」
「あぁ……ぁぁ、へ、陛下」
「貴様如きが、俺の華に手を出すとは……本当に不愉快だ」
「や、やめへっ‼ あぐっ‼」
ゴキッと鈍い音が鳴り響き、ブルックス伯爵の両手がだらりと垂れ下がる。
シルウィオはその身体をどさりと地面に投げ捨て、鮮血の如き紅い瞳で見下した。
その姿を目の当たりにしても、私には恐怖も驚きもない。この姿こそが本来の彼だ。
アイゼン帝国はかつて、貴族の腐敗によって民が多くの犠牲を被っていた。
しかしシルウィオが皇位を継承して早々、その辣腕を振るい、多くの腐敗貴族を処罰した。
そこに慈悲はなく、血で血を洗うような粛清に……いつしか彼は畏怖の対象となった。
アイゼン帝国の皇帝――シルウィオ・アイゼン。
彼がこの国の貴族に血染めの皇帝として畏怖されている事は、私も承知している。
でもね……彼はちゃんと皇帝だという事も知っている。
「ブルックスを貴族牢に連れていけ。殺してはいない」
「え? ほ、本当ですか?」
グレインは騎士として皇帝の行為に口を挟まず、一部始終を見守っていた。しかし地に倒れ伏したブルックスが生きているという言葉は流石に信じられなかったようで、驚きながらその脈を測る。
「ほ、本当ですね。脈がある……」
「こいつからは薬物の件で尋問すべき事が多い。まだ殺しはしない。その後に然るべき裁きによって死罪とする」
「了解です、陛下。ブルックスは俺が貴族牢に連行いたします」
シルウィオはやっぱり、激情にかられて先の事を考えずに殺しなどはしない。
皇帝として然るべき決断をして、冷静に対処してくれたと、私は安堵の息を吐く。
「すまない、カティ。見苦しい言葉を聞かせた」
「いえ、私は……」
「カティは俺だけのものだ。なにがあっても、絶対に離す気はない」
ブルックス伯爵の蔑みなど気にするなと、言外にそう伝えてくれる彼の愛を感じて胸が弾む。
コクリと頷いて返答すると、シルウィオは無表情のまま自らの手を見つめた。
「あいつを触った手でカティに触れたくない。少し手を洗ってくる」
「へ? わ……私は別にいいのに」
なにせ私だって手を洗ったとはいえ、先程まで畑いじりをしていたのに。
そう思っての発言だったが、シルウィオは踵を返して小さく呟いた。
「俺が嫌なだけだ。カティに……あんな男の何かを付けたくない」
そう言って手を洗いに向かうシルウィオの姿を見た者は、本当に恐れられている皇帝なのかと疑うだろう。
私にだけは、こうして気遣うような振る舞いをしてくれるのだ。
「シルウィオ陛下は、本当に変わられましたね」
傍にいたジェラルド様が笑みを携え、心の底から嬉しそうに呟く。
私は「はい」とその言葉に同意した。
「ブルックスの件も、本来ならば私が捕らえに行く予定でしたが……あの男がカーティア様を狙っていると聞いて、目の色を変えて陛下自ら向かわれたのです」
「そ、そうだったのですね!」
「そこからはもう、獅子奮迅の活躍だったと騎士から聞いております。ブルックスは裏社会の人間を護衛にしていたようですが、陛下の前では塵芥のように蹂躙されていったと報告を受けました」
同行していた騎士たちが仕事をする暇もなかったと嘆いていたと、ジェラルド様は苦笑する。
「皆、今のシルウィオ陛下を敬愛しております。畏怖の気持ちも恐怖も、いまだ我らの心にあるのは確かです。ですが……やはり変わられたと身近な者は感じているのです」
「ジェラルド様……」
「誰かのために激情を灯す陛下など、考えられなかった。それも全てはカーティア様が皇后となってくださったからでしょう。きっと陛下は貴方となら、これからも変わっていかれるはずです」
ジェラルド様は賛辞の言葉と共に、「改めて感謝をさせてください」と告げて私に頭を下げる。
いや……私は本当にアイゼン帝国で好き勝手に生きて、畑をいじっていただけなのに。
なんだかむずがゆいなと、感謝の言葉にとりあえずペコペコしていると。
「待たせた、カティ」
手を洗ったシルウィオが帰ってきて、私の手を握る。
「茶を飲もう。カティと一緒がいい」
「ふふ、そうですね」
相変わらず、無表情のままだけど嬉しそうなのが伝わってくる。
そんなシルウィオに微笑んでいると、彼は立ち止まってジェラルド様へ顔を向けた。
「ジェラルド……」
「は、はい! なんでしょうか。シルウィオ陛下」
「此度の事、大儀だった。お前のおかげでカティの身は救われた。感謝する」
「っ‼ あ、ありがたきお言葉です……身に余る光栄を、感謝いたします」
「カティは本当の意味で帝国の華となった……美しい華には虫が寄る。全て処分するぞ」
「はい。カーティア様の御身、我ら帝国の威信にかけてお守りいたします!」
「共にだ。俺とお前たちで、共に帝国の華を守るぞ」
少し前のシルウィオなら考えられぬ、家臣を素直に頼る言葉。
それを聞いたジェラルド様は驚きに顔を上げたが、すぐに笑みを浮かべて頷いた。
「ええ! 共に!」
再び歩き出したシルウィオに手を引かれながら振り返れば、ジェラルド様が『言った通りでしょう?』と言いたげに微笑む。
家臣が喜ぶ程に、彼は孤高の皇帝から変わったのだと確かに思えた。
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