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9話
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「本気ですか、レイクス団長」
声を上げたのは、副団長のラルフだ。
彼は諫めるように鋭い瞳を向けていた。
「最近の貴方は、確かに名誉にあるまじき失態を犯しておりました。だからといって団長職を降りるのはあまりに無責任です!」
「すまない」
「謝罪して済む話ではありません! そのような身勝手が許されるはずが……」
「得た肩書きに対して、俺はあまりに不出来だった。支えてもらっていたからこそ成り立っていた地位が、直に崩れてしまうのは皆も察していはずだ」
周囲の沈黙。
否定のない反応に、意外だと思うことはない。
やはり皆が、俺がいずれ英雄として失格の烙印を押されると思っていたのだろう。
「しかし、この名誉を腐らせてはならない。俺が英雄となれたのは、この場にいる皆や、副団長のラルフ。そしてなにより支えてくれた妻が居てくれたからこそだ」
「団長……いったい、なにを言って……」
「俺一人で成し遂げられなかった名誉。それを俺が腐らせる訳にはいかない。皆にも……妻にも、これ以上の失態は晒せない」
俺は考えていた全てのことを話す。
団長職を降りて、どうする気なのか……その全てを皆へと告げる。
リディアのことや、自らの現状の落ちた評価。
恥も忍ばずに全てを赤裸々に明かした。
「共に歩んできた皆の未来は必ず明るくなると約束する。民たちの安寧のため、そしてリディアのためにも……協力してくれ。どうか……頼む」
下げた頭に、暫くの沈黙が流れた。
長く、長い沈黙の末。
やがて副団長のラルフが端を発した。
「俺は若い頃に貴方に付いていくと誓って、この地位にいます」
「ラルフ」
「貴方には何度も命を救ってもらった。それは紛れもない貴方の実績です。この場に居る皆が家族と過ごせるのも、貴方が剣を握ってくれていたからです!」
彼が明かす真意に、皆が同調を重ねる。
その視線は真っ直ぐに、俺を見つめてくれた。
「だから俺は、貴方に団長を辞めてほしくない。救ってもらった命、貴方を支えると誓ったのです。だから考えを改めて、団長として前を歩いてほしいんです……」
彼の言葉に、胸が満たされる。
俺なりに英雄として、騎士団長としての責務を果たせていたのかもしれない。
だが……
「それでも俺は、今のままでは自らの地位を落とすだけだ。だから……頼む」
再び下げた頭に、周囲は答えぬまま。
一人、また一人と……敬礼にて答えてくれる。
「レイクス団長。貴方の最後のご命令……承りました」
ラルフの答えと共に、俺は団長職を降り。
思い描く一つの計画のために、騎士団は一つとなった。
◇◇◇
王国騎士団長の俺が職務を降りてから、二年の月日が流れた。
今や俺のためにある訳ではない執務室。
そこへ入れば、ラルフが迎えてくれた。
「レイクス様。来て下さってありがとうございます」
以前のように、団長と呼ばれる事は無い。
だが心なしか……前以上に敬意が込められる仕草に肩をすくめる。
なにせ今や騎士でもない俺に、騎士団長である彼が敬礼しているのだから。
「よせ、ラルフ。今やお前が騎士団長だ。敬礼など必要ない」
「せずにはいられませんよ。なにせレイクス様のおかげで、騎士団管轄区の広域化が正式に決定いたしましたからね」
「そうか……議会にて決定が下ったか」
二年前に俺が提案して棄却された法案。
練り直し、協議を重ねて提出した甲斐があった。
時を経て成し遂げた事は、この王国に多大な益を生むと信じている。
「これで王国全土に騎士団が配備できます。王国の治安をより高める一助となるはずです」
「あぁ……ようやくだな」
「これも、貴方が二年前に話してくれた計画通りですね」
彼の言う通り、これらは全て俺の立てた筋道であった。
二年前のあの日。
騎士団長として不出来であった俺は、ラルフへと団長職を明け渡した。
しかし勇退にて終えた事で、俺の評価の下落は広く伝わることなく。
過去の栄光を背負ったままとなれたのだ。
「あの日から、レイクス様が政に励んでくださったからこそ、今があります」
そう、俺は過去の栄光を着飾ったまま……貴族家達とのしがらみへと身を投げた。
社交界に参加して、英雄として彼らとの仲を取り繕う。
時に過去の虚飾に囚われた恥ずべき人間だと蔑まれながらも、偽りの笑みで流し続けた。
かつては恥だと罵っていた自らの行い、しかし円滑に事を運ぶにはこれが最善。
俺はリディアのように、政界にてラルフを支える役目を負い続けた。
全ては、ある一つの願いを叶えるため。
「今回の決定で王国の治安はより一層、強固となるでしょう。本来であれば貴方が勲章を受け取って良いはずの功績です」
「ラルフ、そんなものは要らない。俺が必要なのは」
「はい。分かっております……もう一つ通した法案。我が国の医療技術を向上させるため、他国から名医を招致する事ですよね」
これこそが、俺が恥を晒しても通したかった願い。
多額の費用が必要であった、リディアの治療費。
名医が我が国に招致されれば……この数年で貯めた金と、退職金でなんとか手が届く。
「任せられるか? ラルフ」
「もちろんです。なにより……いまや貴方のおかげで騎士団には貴族家の協力者も多いのです。必ずやり遂げられます」
ラルフなら、必ずやり遂げてくれるはずだ。
彼の決意、答えを聞き届けて踵を返す。
その背に、彼の声がかかった。
「レイクス様、今の貴方は……誰がなにを言おうと、英雄の名に相応しい方です」
「……ありがとう。だが俺はもう、英雄でなくていい。望むのはたった一つだ」
呟く言葉を残し、後はラルフに託す。
願いを果たした今、俺の騎士としての責務は……ここで終わりだ。
声を上げたのは、副団長のラルフだ。
彼は諫めるように鋭い瞳を向けていた。
「最近の貴方は、確かに名誉にあるまじき失態を犯しておりました。だからといって団長職を降りるのはあまりに無責任です!」
「すまない」
「謝罪して済む話ではありません! そのような身勝手が許されるはずが……」
「得た肩書きに対して、俺はあまりに不出来だった。支えてもらっていたからこそ成り立っていた地位が、直に崩れてしまうのは皆も察していはずだ」
周囲の沈黙。
否定のない反応に、意外だと思うことはない。
やはり皆が、俺がいずれ英雄として失格の烙印を押されると思っていたのだろう。
「しかし、この名誉を腐らせてはならない。俺が英雄となれたのは、この場にいる皆や、副団長のラルフ。そしてなにより支えてくれた妻が居てくれたからこそだ」
「団長……いったい、なにを言って……」
「俺一人で成し遂げられなかった名誉。それを俺が腐らせる訳にはいかない。皆にも……妻にも、これ以上の失態は晒せない」
俺は考えていた全てのことを話す。
団長職を降りて、どうする気なのか……その全てを皆へと告げる。
リディアのことや、自らの現状の落ちた評価。
恥も忍ばずに全てを赤裸々に明かした。
「共に歩んできた皆の未来は必ず明るくなると約束する。民たちの安寧のため、そしてリディアのためにも……協力してくれ。どうか……頼む」
下げた頭に、暫くの沈黙が流れた。
長く、長い沈黙の末。
やがて副団長のラルフが端を発した。
「俺は若い頃に貴方に付いていくと誓って、この地位にいます」
「ラルフ」
「貴方には何度も命を救ってもらった。それは紛れもない貴方の実績です。この場に居る皆が家族と過ごせるのも、貴方が剣を握ってくれていたからです!」
彼が明かす真意に、皆が同調を重ねる。
その視線は真っ直ぐに、俺を見つめてくれた。
「だから俺は、貴方に団長を辞めてほしくない。救ってもらった命、貴方を支えると誓ったのです。だから考えを改めて、団長として前を歩いてほしいんです……」
彼の言葉に、胸が満たされる。
俺なりに英雄として、騎士団長としての責務を果たせていたのかもしれない。
だが……
「それでも俺は、今のままでは自らの地位を落とすだけだ。だから……頼む」
再び下げた頭に、周囲は答えぬまま。
一人、また一人と……敬礼にて答えてくれる。
「レイクス団長。貴方の最後のご命令……承りました」
ラルフの答えと共に、俺は団長職を降り。
思い描く一つの計画のために、騎士団は一つとなった。
◇◇◇
王国騎士団長の俺が職務を降りてから、二年の月日が流れた。
今や俺のためにある訳ではない執務室。
そこへ入れば、ラルフが迎えてくれた。
「レイクス様。来て下さってありがとうございます」
以前のように、団長と呼ばれる事は無い。
だが心なしか……前以上に敬意が込められる仕草に肩をすくめる。
なにせ今や騎士でもない俺に、騎士団長である彼が敬礼しているのだから。
「よせ、ラルフ。今やお前が騎士団長だ。敬礼など必要ない」
「せずにはいられませんよ。なにせレイクス様のおかげで、騎士団管轄区の広域化が正式に決定いたしましたからね」
「そうか……議会にて決定が下ったか」
二年前に俺が提案して棄却された法案。
練り直し、協議を重ねて提出した甲斐があった。
時を経て成し遂げた事は、この王国に多大な益を生むと信じている。
「これで王国全土に騎士団が配備できます。王国の治安をより高める一助となるはずです」
「あぁ……ようやくだな」
「これも、貴方が二年前に話してくれた計画通りですね」
彼の言う通り、これらは全て俺の立てた筋道であった。
二年前のあの日。
騎士団長として不出来であった俺は、ラルフへと団長職を明け渡した。
しかし勇退にて終えた事で、俺の評価の下落は広く伝わることなく。
過去の栄光を背負ったままとなれたのだ。
「あの日から、レイクス様が政に励んでくださったからこそ、今があります」
そう、俺は過去の栄光を着飾ったまま……貴族家達とのしがらみへと身を投げた。
社交界に参加して、英雄として彼らとの仲を取り繕う。
時に過去の虚飾に囚われた恥ずべき人間だと蔑まれながらも、偽りの笑みで流し続けた。
かつては恥だと罵っていた自らの行い、しかし円滑に事を運ぶにはこれが最善。
俺はリディアのように、政界にてラルフを支える役目を負い続けた。
全ては、ある一つの願いを叶えるため。
「今回の決定で王国の治安はより一層、強固となるでしょう。本来であれば貴方が勲章を受け取って良いはずの功績です」
「ラルフ、そんなものは要らない。俺が必要なのは」
「はい。分かっております……もう一つ通した法案。我が国の医療技術を向上させるため、他国から名医を招致する事ですよね」
これこそが、俺が恥を晒しても通したかった願い。
多額の費用が必要であった、リディアの治療費。
名医が我が国に招致されれば……この数年で貯めた金と、退職金でなんとか手が届く。
「任せられるか? ラルフ」
「もちろんです。なにより……いまや貴方のおかげで騎士団には貴族家の協力者も多いのです。必ずやり遂げられます」
ラルフなら、必ずやり遂げてくれるはずだ。
彼の決意、答えを聞き届けて踵を返す。
その背に、彼の声がかかった。
「レイクス様、今の貴方は……誰がなにを言おうと、英雄の名に相応しい方です」
「……ありがとう。だが俺はもう、英雄でなくていい。望むのはたった一つだ」
呟く言葉を残し、後はラルフに託す。
願いを果たした今、俺の騎士としての責務は……ここで終わりだ。
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