【完結】冷遇された私が皇后になれたわけ~もう貴方達には尽くしません~

なか

文字の大きさ
11 / 26

劣等感① セドアside

しおりを挟む
「うっ……ぐ……」
 
 傷はないのに、いまだに痛む手を見つめる。
 そして、クロヴィスの瞳を思い出して身が震えた。
 皇族である俺が……下民から生まれたあいつに恐怖を抱いてしまったのだ。

「くそっ!」

「セドア様? どうかなされたのですか?」

 文官が、俺の様子を気にかけて話しかけてくる。
 彼に事態を説明している暇はない。

「直ぐに父上と、帝国の一級魔術師たちを玉座の間に招集しろ!」

「へ、陛下と……魔術師様たちをですか?」

 文官にとって、雲の上のような存在の俺の父である現皇帝。
 そして、帝国に実力を認められた一級魔術師。
 彼らを同時に呼ぶのだから、彼の動揺も分かる……が。

「理由を話す時間はない! 直ぐに呼べ!」

「は、はい!」

 文官は慌てて駆け出していった。
 他に誰も居ないのを確認して、俺は静かに呟く。

「……ラシェルは俺の女だ。絶対に取り戻す。クロヴィスのような下民の血が流れる者に……あれほど美しい彼女を渡すなんて、許せるはずがない」 

 これは、俺がラシェルを虐げていた理由。
 隠していた本音だ。
 
 幼い頃からクロヴィスには、愚弟以外の感想もなかった。
 魔力以外は取り柄もなく、下民の母親の血が流れる皇族に相応しくない人間。
 それが俺の評価で、見下していた。

 しかし……

「ラシェル……お前が、どうして俺の傍に居ないんだ」

 いつしか、クロヴィスの傍には小さな少女が居るようになった。
 彼女は素晴らしかった。
 光の魔力を持つだけではない、幼くても分かる美麗な顔立ち。
 透き通るように煌めく白銀の髪に、宝石のように美しい琥珀色の瞳。

 喉から手が出るほど、ラシェルに心が惹かれた。
 
 なのに!
 俺が人生で最も欲しいと願った彼女だけが、見下していたクロヴィスの隣にある。

 それが……たまらく羨まし、悔しかった。
 蔑んでいたクロヴィスに負けたようで、劣等感で……俺の人生は惨めにすら思えたのだ。
 だから、奴を殺したくなるほど憎んだ。

「ようやく……あと少しで彼女が手に入る所だったのに……」

 父上が側室にする許可までくれた。
 ようやく、ラシェルと子を作れる所だったのだ……

「……ラシェル……俺は、君を……必ず」

 執務室に辿り着いた俺は、一人だけの空間で静かに呟く。
 誰にも明かした事がない、俺が最も切望する女性の名前を。


   ◇◇◇



 少しの時間を置いて、文官が戻って来る。

「申し訳ありません、セドア様。皇帝陛下は……現在は病に伏しており……」

「っ……そうか。なら後で俺が説明に向かう」

 父上は、一か月ほど前から体調をよく崩していた。
 昨日は元気そうであったが、悪化してしまったようだ。
 クロヴィスの対策を相談したかったが、無理をさせられない。

「魔術師は?」

「お呼びですか? セドア皇子」

「っ!!」

 聞こえた声に視線を上げれば、我がジルーディア帝国の一級魔術師がそこには居た。

 一級魔術師とは、帝国内で実力を認められた数人しかいない魔法の実力者。
 魔法に長ける実力は、他の追随を許さない。
 その一人がやって来たことで、ようやく安堵の息を吐けた。

 これで、クロヴィスに対抗もできる。
 魔術師以外を人払いして、彼と二人きりになる。

「皇子、えらく顔色が悪いですが。大丈夫ですか?」

「大丈夫だ……お前だけか? 他の一級魔術師は……」

「他は帝国内の魔物討伐に駆り出されてます。五年前にクロヴィスを処分したので、面倒な案件を任せられる者が居ないのですよ」

「……」

「それで、ご用件は?」

 彼の問いに、俺は先程のことを明かす。
 死んだはずだったクロヴィスが生きていた事実や。
 そして、ラシェルの部屋で起きた出来事の全てを……

「それは……本当ですか?」

 驚きの様子で尋ねる魔術師に、頷きで答える。

「そんなはずがありません。確かにクロヴィスは……セドア皇子の命で我らが総がかりで処理しました! 遺体を見たでしょう!」

「俺が見せられたのは焦げた遺体だ! 間違いではなかったのか!?」

「鑑定魔法で、皇族の血を引く遺体だと判別もしたはずです! 遺体だって見つからぬように皇城の奥に秘匿したでしょう!」

 その通りだ。
 遺体には皇族の血が流れているのも確認した……
 なのに、なぜあいつは生きている?

 いや、今はそんな事はどうでもいい。
 現に存在しているクロヴィスの対策が先だ。

「迷っている暇はない。奴が生きているなら、再び消すだけだ」

「っ! セドア皇子……」

「お前の一級魔術師としての腕を見込んで頼んでいる。奴を消してくれ。このままではお前の立場も危ういはずだ」

「……」

「ラシェルを人質にしてもいい……隙を見つけ出し、殺せ」

 俺が発した言葉と同時に、魔術師は見せつけるように炎を生みだした。
 その膨大な魔力量は……まさにクロヴィスに並ぶほどだろう。

「皇子、五年前と違い……今やクロヴィスなど私の足元にも及びません。必ずや消し––」

「いや、お前じゃ力不足すぎる」

 突如聞こえた声に、魔術師と俺の呼吸が驚きで止まる。
 いつの間にか、すぐそばにクロヴィスが居たのだ。 

「なっ!?」

「ラシェルにあと少しだけ待ってもらって様子を見に来たが……正解だったな」

「クロヴィス……!!」

「セドア……お前はやっぱり、俺を消そうとするか……」

 一瞬だけ、クロヴィスが寂しそうにした瞳を向けた気がした。
 しかし俺にはその瞳の意味を問う余裕はなく、魔術師へと声を飛ばす。

「おい! 直ぐにクロヴィスを消せ!」

「セ……セドア様は……これがクロヴィス様だと言っているのですか?」

「は!?」

 先程まで余裕を見せていた魔術師が、酷く怯えた様子で冷や汗を浮かべている。
 瞳を大きく見開き、クロヴィスを凝視していた。

「こ……これは、生きているなんて言えません……これは……」

「やっぱり……魔法の扱いに長けてる奴には分かるか」

 こいつらは何を話している?
 魔術師の表情は、恐ろしいものを見たように驚きが張り付いている。
 何が見えているのだ。

「こ、こんな事が……あ、あり得な……」

「とりあえず、お前は邪魔だ。まだ……誰にも真実は知られたくないんだよ」

 なにを言っている。
 魔術師は、何を知ったというんだ?
 尋ねようとした時、クロヴィスが手を伸ばして魔術師の肩に触れた。

「やめ!? セドア皇子! たすけっ」

「少し眠ってろ。殺しはしない」

 呟きと同時に、魔術師の全身が凍っていく。
 凍りつく際のパキリと軋むような音と同時に、彼は静止してしまった。

「さて……セドア。ラシェルについて、お前に話す事がある」

 謎が深まるばかりだ。
 こいつは、何を隠している。
 尋ねようにも、クロヴィスの睨む視線に押されて声が……出ない。
しおりを挟む
感想 42

あなたにおすすめの小説

初耳なのですが…、本当ですか?

あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た! でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。

聖女の証を義妹に奪われました。ただ証だけ持っていても意味はないのですけどね? など 恋愛作品集

にがりの少なかった豆腐
恋愛
こちらは過去に投稿し、完結している作品をまとめたものになります 章毎に一作品となります これから投稿される『恋愛』カテゴリの作品は投稿完結後一定時間経過後、この短編集へ移動することになります ※こちらの作品へ移動する際、多少の修正を行うことがあります。 ※タグに関してはおよそすべての作品に該当するものを選択しています。

新しい聖女が優秀なら、いらない聖女の私は消えて竜人と暮らします

天宮有
恋愛
ラクード国の聖女シンシアは、新しい聖女が優秀だからという理由でリアス王子から婚約破棄を言い渡されてしまう。 ラクード国はシンシアに利用価値があると言い、今後は地下室で暮らすよう命令する。 提案を拒むと捕らえようとしてきて、シンシアの前に竜人ヨハンが現れる。 王家の行動に激怒したヨハンは、シンシアと一緒に他国で暮らすと宣言した。 優秀な聖女はシンシアの方で、リアス王子が愛している人を新しい聖女にした。 シンシアは地下で働かせるつもりだった王家は、真実を知る竜人を止めることができない。 聖女と竜が消えてから数日が経ち、リアス王子は後悔していた。

婚約破棄を受け入れたのは、この日の為に準備していたからです

天宮有
恋愛
 子爵令嬢の私シーラは、伯爵令息レヴォクに婚約破棄を言い渡されてしまう。  レヴォクは私の妹ソフィーを好きになったみたいだけど、それは前から知っていた。  知っていて、許せなかったからこそ――私はこの日の為に準備していた。  私は婚約破棄を言い渡されてしまうけど、すぐに受け入れる。  そして――レヴォクの後悔が、始まろうとしていた。

出来損ないと言われて、国を追い出されました。魔物避けの効果も失われるので、魔物が押し寄せてきますが、頑張って倒してくださいね

猿喰 森繁
恋愛
「婚約破棄だ!」 広間に高らかに響く声。 私の婚約者であり、この国の王子である。 「そうですか」 「貴様は、魔法の一つもろくに使えないと聞く。そんな出来損ないは、俺にふさわしくない」 「… … …」 「よって、婚約は破棄だ!」 私は、周りを見渡す。 私を見下し、気持ち悪そうに見ているもの、冷ややかな笑いを浮かべているもの、私を守ってくれそうな人は、いないようだ。 「王様も同じ意見ということで、よろしいでしょうか?」 私のその言葉に王は言葉を返すでもなく、ただ一つ頷いた。それを確認して、私はため息をついた。たしかに私は魔法を使えない。魔力というものを持っていないからだ。 なにやら勘違いしているようだが、聖女は魔法なんて使えませんよ。

虐げられた令嬢は、耐える必要がなくなりました

天宮有
恋愛
伯爵令嬢の私アニカは、妹と違い婚約者がいなかった。 妹レモノは侯爵令息との婚約が決まり、私を見下すようになる。 その後……私はレモノの嘘によって、家族から虐げられていた。 家族の命令で外に出ることとなり、私は公爵令息のジェイドと偶然出会う。 ジェイドは私を心配して、守るから耐える必要はないと言ってくれる。 耐える必要がなくなった私は、家族に反撃します。

聖女の妹によって家を追い出された私が真の聖女でした

天宮有
恋愛
 グーリサ伯爵家から聖女が選ばれることになり、長女の私エステルより妹ザリカの方が優秀だった。  聖女がザリカに決まり、私は家から追い出されてしまう。  その後、追い出された私の元に、他国の王子マグリスがやって来る。  マグリスの話を聞くと私が真の聖女で、これからザリカの力は消えていくようだ。

完結 王子は貞操観念の無い妹君を溺愛してます

音爽(ネソウ)
恋愛
妹至上主義のシスコン王子、周囲に諌言されるが耳をを貸さない。 調子に乗る王女は王子に婚約者リリジュアについて大嘘を吹き込む。ほんの悪戯のつもりが王子は信じ込み婚約を破棄すると宣言する。 裏切ったおぼえがないと令嬢は反論した。しかし、その嘘を真実にしようと言い出す者が現れて「私と婚約してバカ王子を捨てないか?」 なんとその人物は隣国のフリードベル・インパジオ王太子だった。毒親にも見放されていたリリジュアはその提案に喜ぶ。だが王太子は我儘王女の想い人だった為に王女は激怒する。 後悔した王女は再び兄の婚約者へ戻すために画策するが肝心の兄テスタシモンが受け入れない。

処理中です...