【完結】貴方と離れて私は幸せになりたいと思います

なか

文字の大きさ
32 / 38

人生の岐路⑤ スネイルside

 ミランダが俺と離婚をすると告げた瞬間……地面が崩れていくのを感じた。
 公爵家の威光で保ってきた騎士団での副団長の地位を失うと理解して手先が震える。

「ミランダ、私を呼び出したと思えば……離婚をしたいというわけか」

 しわがれた声に怒気を混ぜているのは、ミランダに呼ばれた彼女の父。
 シモア公爵家当主だ。
 ミランダと同じ金色の髪には白髪が交じり、その瞳は俺を睨んでいた。

「お父様、私はもう……スネイルとは一緒にはいられないの」

「黙っていなさい、ミランダ。お前の意見など聞いていない」

「っ!」

 一蹴されるミランダの意見、シモア公爵は俺を睨みつけて怒声を響かせた。

「離婚だなどと、そんな話をしている場合ではない! スネイル……お前、この私にミランダが虐待をしていた事実を伏せていたな?」

「っ! ど、どうしてそれを知って」

「お前からミランダの失踪を聞き、私も伝手を頼って探させていた。するとどうだ……娘は隣国の学園に赴いて、カルーの退学を迫っていたというではないか」

「……」

「だが学園はそれを拒否した。あまりに過剰な保護と感じて調べてみれば……使用人が虐待について口を割ったよ」

 カルーが虐待されていた事実。
 学園に入学する際に公爵家に伏せていたが、まさかそれを今になって知られるなんて。

「お前が早く報告をしていれば問題はなかった。公爵家の力で揉み消せただろう。だがミランダは我が国を離れて、隣国まで出向いた事で事態は大きく変わった」

「な、なにが変わったというのですか?」

「あの学園の学園長が本格的に虐待を確信し、隣国の有力家にまで協力を願っている。今や我が公爵家の力で隠し通すのは難しい事態だ」

 シモア公爵は机を蹴り、怒りを示す。
 俺の髪を掴んで、その老いた拳を打ち付けた。

「っ!」

「お前がミランダを管理していれば、こんな事態にならなかったはずだ!」

「し、しかし……」

「……ミランダの姉もそうだ。私の手を煩わせて、その息子とミランダが揃って公爵家の威光を貶めている! こんな事で私が積み上げてきた功績は失えんのだよ!!」

 面倒だとカルーを押し付けたのはシモア公爵、貴方ではないか。
 そのせいでミランダはさらに壊れて、虐待という罪を……
 いや、俺も見て見ぬふりの同罪か。

「離婚などと協議している場合ではないと分かったか?」

 深いため息を吐き、シモア公爵は椅子に座る。
 そして再び口を開いた。

「ひとまず、私の雇った者達を向かわせた。レディア……過去にも因縁のある女性の口封じのためだ」

「レ、レディアを!?」

 思わず立ち上がれば、そんな俺にミランダは喰ってかかった。

「やっぱり、やっぱり貴方はレディアしか心配してないのね?」

「っ!」

「私は……私は、私は、私は愛されていなかった。やっぱり、やっぱり。貴方が心配するのは私じゃなくて、あの女で……」

 泣き叫び、しゃがみ込んだミランダ。
 その娘を見つめるシモア公爵の瞳は冷たく、背筋が凍った。
 父が見せる瞳ではない。

「精神が壊れ、使い物にならなくなった娘。それが離婚しようがしまいが、もはやどうでもいい。だがスネイル……お前には使い道はある」

「俺に、なにをさせようというのですか?」

「話が早くて助かる。此度の事はお前にだって責任がある。だからこそ……事態の収束させる義務があるはずだ。そうだろう?」

 なにをさせようというんだ。
 俺に、いったいなにを……

「襲撃が失敗だとしても公爵家の依頼という物的証拠はない。だが念を押して行動せねばならない。だからスネイル……お前はレディアの口封じが完了したのか確認せよ」

「っ!」

「もし生きていれば女を連れて来るんだ、カルーもだ」

「で、できません。相手は学園に守られており……」

 シモア公爵はその瞳を細め、俺へとゆっくりと語った。

「見つからずに攫う、説得する。方法はいくらでもあるだろう? 出来ぬ言い訳を考える気か?」

「っ!」

「私に歯向かって守ってきた立場も失いたいのか? お前の騎士団で鍛錬してきた力なら多少の荒事は可能なはずだ。裏社会の人間よりはお前の正当な力の方が役に立つ」

 命令に背いて、全ての地位を失って生きていくか。
 ここで公爵家に従い、また保身のために生きるのか。
 二択を迫ったシモア公爵は、笑みを浮かべて肩を叩いた。

「ここまで公爵家に迷惑をかけたのだ。もし失敗すればお前の親族関係の安否も保障せんぞ? スネイル……」

 俺の……俺の選択は。
 たった一つだった。


   ◇◇◇


 シモア公爵が俺に向かわせたのは、分かっていたからだろう。
 俺は副団長となれたのは、今まで鍛えてきた肉体によって積み上げた功績のおかげ。
 ゆえに守衛たちを振り払い、容易にレディアへと迫っていける。

「レディア!」

 どんな状況でもレディアに迫る力があり、公爵家の意向である『レディアの口封じ』という結果に導ける。
 しかし、俺の答えはシモア公爵の求めたものとは違う。

「俺と逃げよう、レディア!」

 どうせレディアの口封じをしたとて、罪を犯した俺を公爵家が見逃すはずがない。
 彼女とカルーを連れ戻しても、これほどの失態を重ねた俺が無事で済むと思えない。
 だから、だからこそ……
 シモア公爵の狙いを説明し、レディアに分かってもらうんだ。

「話を聞いて分かっただろう? 君は狙われているんだレディア! だが俺の力なら君を守れる! だから一緒に……きっとまたやり直せる!」

「……嫌よ」

「どうしてだ! 俺は……俺は君のために覚悟を決めたんだ。この誠意を感じてほしい!」

 手を伸ばし、レディアへと迫る。
 少しでも分かってほしくて。

「っ!」

 だがレディアの前に立つ男の教員が魔法を放った。
 眼前に迫る魔法の風、しかし以前のように油断していなければ、俺は避けられる。
 副団長になるために幾度も死線を潜り抜けてきた、こんな状況も幾度だって超えてきた……

「レディア!! お願いだ!」

 魔法を避けて、レディアの眼前まで迫る。
 どうにか俺の気持ちを伝えたい。
 分かってほしい、君を守って、俺も生きていくにはこれしかないんだ!

「かつてのように共に支え合おう。過去の罪は誠心誠意謝罪して君を守る……だからまた、以前のように俺と一緒にやり直そう。俺は君となら全てを失ってでも––––っ!」

「……るさい」

「え?」

「うるさい!」

 レディアがなにかの呟きを漏らした瞬間。
 俺の頬へと、固い拳が叩きつけられた。
 それは他でもない、目の前の彼女が放った拳であり……今まで受けたどんな拳よりも重く感じた。

「ぐっ! レディ……」

「かつて大義を抱き、夢を目指していた貴方はどこにもいないのね」

「は、話を聞いてほしい。俺はただ君との生活を」

 気付いてしまう。
 レディアの瞳が冷たくて、もうそこにかつての愛情は微塵もない。

「今の貴方は、情けないだけの人間だわ」

 情けない。俺が?
 かつて君が支えてくれて、愛してくれていたはず……

 なのに君の瞳にはもうかつての面影はない。
 今の軽蔑する瞳に、酷く胸が痛んだ。 
感想 147

あなたにおすすめの小説

八年間の恋を捨てて結婚します

abang
恋愛
八年間愛した婚約者との婚約解消の書類を紛れ込ませた。 無関心な彼はサインしたことにも気づかなかった。 そして、アルベルトはずっと婚約者だった筈のルージュの婚約パーティーの記事で気付く。 彼女がアルベルトの元を去ったことをーー。 八年もの間ずっと自分だけを盲目的に愛していたはずのルージュ。 なのに彼女はもうすぐ別の男と婚約する。 正式な結婚の日取りまで記された記事にアルベルトは憤る。 「今度はそうやって気を引くつもりか!?」

「貧相な小娘」と罵った第一王子へ。番(つがい)は貴方ではなく、国王陛下(お父様)でした

しえろ あい
恋愛
「お父様、わたくし、あの方と目が合った瞬間、分かってしまったのです」 十六歳のデビュタントの夜、ルーセント侯爵令嬢フェリシアを待っていたのは、残酷な罵倒だった。第一王子カシウスは、可憐な白いドレスを纏った彼女を「貧相な小娘」と呼び、己の番(つがい)であることを真っ向から否定する。 会場に響く冷笑と、愛用の刺繍に込めた自信さえ打ち砕くような屈辱。しかし、絶望の淵に立たされた彼女を見つめていたのは、王子ではなく、圧倒的な威厳を放つ「ある男」だった。 魂を焦がすような熱い視線が重なり、静まり返る謁見の間。この出会いが、王室を揺るがす大事件の幕開けになるとは、まだ誰も知らない。自身の価値を否定された少女が、真実の愛によって世界で最も幸福な王妃へと駆け上がる、逆転溺愛ストーリー。 ※小説家になろう様にも投稿しています※

忘れ去られた婚約者

かべうち右近
恋愛
『僕はレベッカしか選ばない』 甘い声音でそう話したはずの王太子サイラスは、レベッカを忘れてしまった。 レベッカは、王太子サイラスと付き合っていることを、ある事情により隠していた。舞踏会で関係を公表し、婚約者に指名される予定だったのに、舞踊会の夜にサイラスは薬を盛られて倒れ、記憶喪失になってしまう。 恋人が誰なのかわからないのをいいことに、偽の恋人が次々と名乗りをあげ王太子の婚約者の座を狙ってくる。おかげで不信に陥ったサイラスに、レベッカは自分が恋人だと名乗り出せなくなってしまった。 サイラスの記憶喪失を解消するため、薬師兼魔女であるレベッカは恋人であることを隠しながら、事件調査を協力することになった。そうして記憶が戻らないまま二人の距離は再び近づいていく。だが、そんなおりにサイラスの偽の恋人を名乗りでた令嬢たちが、次々と襲われる事件も起き始めて……!? ※他のサイトにも掲載しています。 毎日更新です。

【完結】ご安心を、2度とその手を求める事はありません

ポチ
恋愛
大好きな婚約者様。 ‘’愛してる‘’ その言葉私の宝物だった。例え貴方の気持ちが私から離れたとしても。お飾りの妻になるかもしれないとしても・・・ それでも、私は貴方を想っていたい。 独り過ごす刻もそれだけで幸せを感じられた。たった一つの希望

【完結】恋は、終わったのです

楽歩
恋愛
幼い頃に決められた婚約者、セオドアと共に歩む未来。それは決定事項だった。しかし、いつしか冷たい現実が訪れ、彼の隣には別の令嬢の笑顔が輝くようになる。 今のような関係になったのは、いつからだったのだろう。 『分からないだろうな、お前のようなでかくて、エマのように可愛げのない女には』 身長を追い越してしまった時からだろうか。  それとも、特進クラスに私だけが入った時だろうか。 あるいは――あの子に出会った時からだろうか。 ――それでも、リディアは平然を装い続ける。胸に秘めた思いを隠しながら。

【完結】病弱な妹に魔力を分け続け死ぬ寸前の私を、宮廷魔術師になった旧友が攫ってくれました。家族を捨てて幸せになっていいんですか?

未知香
恋愛
「あなたはもう十分楽しんだでしょう? 今度はミアーラの番よ」 膨大な魔力と知識を持ち、聖女候補とまで言われた、天才魔術師エリアーナ。 彼女は、病弱な妹ミアーラの為、家族に言われるまま自らの膨大な魔力を差し出すことにした。 「そうだ。私は健康で、今まで十分に楽しんできた。だから、あげるのは当然だ」 魔力を与え続けた結果、彼女は魔力を失い、容姿も衰え、社交界から姿を消してしまう事となった。 一方、妹ミアーラは姉から与えられた魔力を使い、聖女候補として称賛されるように。 家族の呪縛に縛られ、「今まで多くを貰いすぎていたのだ」と信じ、利用され続けるエリアーナ。 そんな彼女の前に現れたのは、かつての旧友であり宮廷魔術師となった青年だった。 ハッピーエンドです!

《完結》氷の侯爵令息 あなたが子供はいらないと言ったから

ヴァンドール
恋愛
氷の侯爵令息と言われたアラン。彼は結婚相手の伯爵令嬢にとにかく冷たい態度で接する。 彼女は義姉イライザから夫が子供はいらないと言ったと聞き、衝撃を受けるが気持ちを切り替え生きていく。

【完結】無関心夫の手を離した公爵夫人は、異国の地で運命の香りと出会う

佐原香奈
恋愛
建国祭の夜、冷徹な公爵セドリック・グランチェスターは、妻セレスティーヌを舞踏会に残し、早々に会場を後にした。 それが、必死に縋り付いていた妻が、手を離す決意をさせたとも知らず、夜中まで仕事のことしか考えていなかった。 セドリックが帰宅すると、屋敷に残されていたのは、一通の離縁届と脱ぎ捨てられた絹の靴。そして、彼女が置いていった嗅いだことのない白檀の香りだけだった。 すべてを捨てて貿易都市カリアへ渡った彼女は、名もなき調香師「セレス」として覚醒する。 一方、消えた妻を追うセドリックの手元に届いたのは、かつての冷たい香りとは似て非なる、温かな光を宿した白檀の香水。 「これは、彼女の復讐か、それとも再生か——」 執念に駆られ、見知らぬ地へ降り立った公爵が目にしたのは、異国の貿易王の隣で、誰よりも自由に、見たこともない笑顔で微笑む「他人」となった妻の姿だった。 誤字、修正漏れ教えてくださってありがとうございます!