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9話グレアルフside

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 あの日、学園のパーティーでリディアの研究を俺のものだと言い放った時を思い出す。

 貴族達は、どこか訝しみながらも俺の言った言葉を鵜吞みにした。
 微笑み、手を叩いて俺の功績だと褒め称えてくれたのだ。

『そうか、君の提案だったのか! それは素晴らしい!』
『グレアルフ君、成績は平凡だと聞いていたが……まさかリディア嬢に研究を盗られていたなんてな、驚きだよ!』

 やった……やはり平民ごときのリディアではなく、俺の言う事を信じてくれる。
 周りにいた同級生達も安堵の息を吐く。
 これで、リディアが居なくとも追求されることは無くなった。

『いやぁ~本当に素晴らしい! どうかなグレアルフ君、良ければ今一度……君が盗まれたという研究を君自身の手でまとめた資料を作ってくれないだろうか?』

 ……は?
 誰かが言った言葉に、貴族の大人達が賛同するように頷く。
 その眼は、なぜか俺を馬鹿にしているようにも見えたが……考えすぎだろうか。

『出来るはずだねグレアルフ君、三ヶ月後に再び君が資料をまとめたものを作ってくれ。なにせ、君の研究だったのだろう?』

 気付けば、周囲を囲むように大人達が近寄ってきていた。
 皆が笑顔を浮かべながら、俺に対して視線を向ける。
 ふと、父と視線が合う。

『グレアルフ、お前は素晴らしい息子だ。ミレニア伯爵家の当主として………………鼻が高いよ』

 そう言って俺を信じてくれる父の期待を裏切る事など出来るはずもなかった。

『お任せください! 俺が必ず……リディアに盗まれた研究成果以上のものをご用意します!』

 声高々に叫ぶと、大人達が賞賛と拍手を送ってくれて気持ちが良かった。
 不安はあったが、自信もある。
 なにせ、平民階級のリディアが研究したものだ。あいつに出来て俺が出来ないはずがない。

 三ヶ月も猶予がある。あんな貧乏女よりも優れている事を証明するだけだ。
 あいつが学園に帰ってくる場所など潰して、いじめがあった事実も消してやる。




 そう……思っていた。



   ◇◇◇


「くそっ! なんだよこれ!」

 手に持っていた資料を地面に投げつけ、怒りのあまり近くの棚を蹴りつける。
 小難しい本がバラバラと落ちていくのを見て溜飲を下げながら、部屋を見渡す。

 リディアが使っていた寮部屋へ勝手に入り、研究していた資料を見つけて目を通してたが、見たこともない単語の羅列で頭がどうにかなりそうだ。

「くそ! 意味の分からない事を書きやがって。あの貧乏女が……」

 再び沸き立ってきた怒りで髪をかきむしる俺に対して、共に部屋にやって来ていたナタリーは笑みを浮かべた。

「落ち着いてよ、グレアルフ。所詮はあの貧乏女が作った物よ? すぐに理解できるわ」

「そ、そう思うか?」

「うん! だって、私達は優秀な血を継ぐ貴族家なのよ。平民と頭の出来は違う、焦らなくても大丈夫よ」

「そうか……そうだよな」

 彼女の言う通りだ。
 結局、貧乏女が研究していたものなんてくだらない内容だ。
 そんなもの、俺のように優秀な貴族の人間が少し気合いと時間をかければ、きっと直ぐに理解できるはずだ。

「落ち着いたよナタリー、お前のおかげだ」

「ふふ、グレアルフは少し焦りすぎなのよ。こんなものは後回しで、今は遊びましょう!」

「それもそうだな、あんな女に考えを割くなんて間違ってた」

「ねぇ、ストレス発散にこの部屋にある物……幾つか私達で没収しましょう?」

 ナタリーの提案に思わず頬を緩めてしまう。
 あの女のせいで貴族である俺たちに余計な手間と迷惑をかけたのだ。
 それぐらいの仕打ちは問題ない。

「じゃあ、俺はこの手作りの手袋でも燃やそうかな」

「これもいいわ。母親からの手紙かしら? リディアはもうこの世にも居ないかもだし……燃やしてしまいましょう!」

 俺とナタリーは早速、仲の良い友人を集めて落ち葉の清掃という名目で焚火を行った。
 皆の前で堂々と手袋と手紙を燃やす。
 そうすると皆が面白がって笑う……あの平民も俺たちが楽しむ犠牲となれたのだから嬉しいだろう。
 和気あいあいとして、俺があの時に勇気を出した事を皆が賞賛してくれた。

 最高の友人達だ。
 彼らと一緒に馬鹿をして、こうして笑い合う日々があればなんでも出来る気がしてくる。
 そう、俺たちなら絶対に大丈夫だ。
 やはり……心配する必要はない。
 また明日から貧乏女の研究資料を読み込めばいい。俺が真剣になれば直ぐに理解できるはずだ。


   ◇◇◇


 二週間後、俺はリディアの研究資料を持ちながら再び絶望した。
 いくら資料を読み込んでも半分も理解できない。

「まずいぞ……これ」

 まずい、まずい。
 ちらりと背後を見ると山のように積まれた俺の課題、そして学級委員としての仕事の数々。
 今までリディアにさせていた分、見えていなかった……こんな量を俺がいきなり出来る気がしない。

 あいつは俺がなすりつけたこれらを全てこなしたうえで、この研究を……。
 もしかして蔑んでいたあいつは、とんでもない事をしていたのでは?
 ゾワリと、背筋に恐怖が走る。
 
 取り返しのつかない事をしてしまったかもしれない恐怖と後悔が襲い。
 慌てて友人達の元へ行き、協力を頼んだ。
 しかし彼らは皆が責任を取りたくないように首を横に振る。

(くそ、くそ! ……これも全て、あの女が居なくなったせいだ。あいつが平民だから立場を教えただけで、俺達は軽い気持ちで遊んだだけ、なにも悪くないはずだったのに!)

 何でも出来ると思った自信が崩れていく……。
 少しずつ、自分の立場が危うくなっていく感覚を覚えながら、俺はそれを認めたくはなかった。

 全て、あの女のせいだ。
 そう思い続ける事でしか、自分の心を落ち着かせる方法がなかった。
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