【完結】貴方が見えない

なか

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3話

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 私には貴方が分からない。
 見えなくなった視界と共に、貴方の真意が、考えが読めないの。
 見えないの––––

「ひとまず、離婚するかどうかは保留だ。醜い傷ができても利用価値はあると分かった」

 翌朝、部屋にやって来たレイクスは開口一番にそう告げた。
 昨夜の優しいミルクティーを淹れてくれたのはレイクスなの?
 そうは思えない程に冷たい声だった。

「君の両親に感謝するんだな。娘が政略結婚による益を出せない事に責任を感じて、相応の謝罪金を積んでくれる約束をしてもらった」

「お父様とお母様が?」

「あぁ、だから離婚は保留とする。君が傷物となって社交界で後ろ指刺されぬようにしてくれた両親に感謝するといい」
 
 私の目が見えなくなって、両親にまで負担を追わせてしまった。
 その罪悪感が心を埋め尽くす中で、レイクスは私の手を荒々しく握った。

「っ! 痛い」

「せめて両親に感謝の手紙でも送れ。目が見えなくても文字はかろうじて書けるだろう? シルヴァに正しく書けているか見てもらえ」

 手元に握らされたペン。
 そして乱雑におしつけられる紙束。
 突然渡されて、受け止められずに紙が落ちてしまって、レイクスの舌打ちが響く。

「拾っておけ。ひとまずは両親に感謝と共に、謝罪金についてしっかり払うように頼んでおくんだ。自らのためにもな?」

「レイクス……待って。せめて話を聞いて」

「話を聞く必要はない。アイラ、俺は君に失望しているんだ」

 大きなため息、ギリギリと歯を噛み締める音。
 悔しさを表すような音の後に、レイクスの冷たい声が耳を通り抜けた。

「君と会った時は、ようやく忌々しい評価を覆せるはずだったが……これじゃあ、以前と同じだ」

「なにを言っているの?」

「君には関係ない事だ。ようやく忘れられると思ったが、君を見ていると思い出して不快なんだ。手紙を書いた後はシルヴァに届けさせろ」

 一方的で、意味深で、理解できない言葉の数々。
 貴方の言っている『忌々しい評価』とはなにか、なにを思い出して不快なのか。
 説明してくれないと分からないよ。

「アイラ奥様、大丈夫ですか?」

 両親に手紙を書く手が進まない、進むはずがない。
 絶望と悲しみで頬に雫が伝っていき、涙でシワシワになった紙にインクを走らせることは出来ないのだから。

「…………どうか、今日はお手紙を書くのは諦めて、ごゆっくりなさってください」

「でも、両親に負担を強いたのです。せめてレイクスの言う通りに手紙を書くだけでも」

「せめて書くのなら、じっくりと考えてからにいたしましょう。きっとアイラ奥様も御心を整理できるはずですから」

 気にかけてくれるシルヴァに今は感謝したい。
 言葉では書きたいと言っても、とめどなく流れる涙に、それが実現など出来ないのは分かっていから。
 
「ねぇ、シルヴァ。昨夜に……私の部屋に来たのは誰なの?」

「……」

「貴方は屋敷中に使用人を置いて、報告を受けているはず。だから知っているはずよ。昨夜に来たのは、レイクスなの?」

 暫くの無言。
 どうか早く答えてほしい。
 暗闇の中での沈黙は、独りきりになったのと同じだから。

「アイラ奥様、申し訳ありません。言えません」

「言えない?」

「私はこのルマニア伯爵家に仕える身。ゆえにルマニア家の方に言わぬよう命じられた今。誰が来ていたのかは言えませぬ」

 この屋敷に住むルマニア伯爵家の者など、一人しかいない。
 やはり……レイクスなの?
 ならばどうして、夜と先程のように態度が違うの。

「分からないわ。なにも……見えないもの」

 視界の中と同じように、私はレイクスの心境がまるで見えなくなっていた。
 

  ◇◇◇
 

 その夜。
 といっても、昨日と同じくシルヴァに夜と言われたから……恐らく夜のはずだ。
 シルヴァも出て行き、独りきりで過ごす時間。
 沈黙の時にしか聞こえない不快な音が、ずっと耳に響いて落ち着かない。

 ガチャッ

「だれ?」

 答えは無かった。
 だけど近づく足音と、ほのかにミルクティーの香りがする。

「レイクス? 昨日の夜と同じく、来てくれたの?」

 無言のままで、また答えをくれない。
 分からない、どうして彼がこんな事をするのか理解できないのだ。

「ねぇ、どうして夜は優しくしてくれるの? どうして……私は貴方が、分からないよ」

 ねぇ、なぜ答えてくれないの。
 一言も行動の意味を教えてくれないの?

「っ!」

 また手がとられて、ミルクティーのカップを渡される。
 人肌の温度であるそれは、昨夜と同じ優しさを感じる温かみだ。

「貴方がレイクスなら、私に利用価値があるから優しくしているの?」

 尋ねても言葉は返ってこない。
 だけどカップを持つ手、その反対の手が握られて指先が触れてくる。
 そして昨夜と同じく、文字が書かれていくのだ。

『ごめん、傷つけて』

「そう思うのなら、なぜこんな事をするのか教えてよ」

『まだ言えない。だけどきっと……変えてみせるから』

 どういう意味なの?
 訳が分からない、どうして答えられないというの。

「私……どうすればいいのか分からないよ。貴方の優しさを信じればいいの? それとも昼間の貴方の蔑みが本当の貴方なの? 答えてよ!」

 嘆願した質問に、暫く悩むように指先が止まる。
 何かを書くのを迷いながら、指先が動きはじめた。

『いまは、文字を書くこの指先を信じてほしい』

 文字を書きながら、指先が止まらずに続いていく。

『そして、君がしてきた功績も信じるんだ』

「私の功績?」

『目が見えなくても、君がしてきた事は変わらない。君は醜くない、君の価値が消えたりはしない』

「なにを言って……?」

『見えない評価に怯えずに、自分の価値を信じて』

 昼間に言われた蔑みとはまるで真逆だ。
 指先に書かれた文字は、決して力強い言葉でも、感情がこもったものでもない。
 だけど……だけど……

 なぜだろう、その励ましが私に勇気をくれる。
 どんな言葉よりも、どんな声よりも。
 寂しかった部屋の中で、顔も見えない指先からの文字に絶望していた感情が振り払われるのだ。

「そうだよね、目が見えなくても……私の今までの人生が消えた訳じゃないんだ」

 指先が頷くように、トントンと二回叩いてくる。
 そして、新たな文字が書かれた。

『君が知らされていない事を教えるから。勇気をだして』

 その文字は私に伝えていく。
 レイクス? なのか分からない、なにを目的にしているか分からないけど。

『どうか、諦めないで』

 そう伝えてくれる指先にもらえた勇気を、今は大事にしていきたいと思えた。
 孤独な暗闇の中で、見えないけれど、初めて感じた光だから。


   ◇◇◇


 翌朝になったと思う。
 緊張して眠れぬまま時間を過ごしてしまっていた。
 光は感じられないけれど、もらった勇気と共にレイクスを待つ。

「アイラ、まだ手紙を書けていないと聞いたが。なにをしている」

 部屋の扉を開き、レイクスの冷たい声が響いた。
 やってきた彼に、告げてみせよう。

「醜くなり、価値もなくなった君が生きるには俺の言う通りにすべきはずだ。君は離婚されたいのか?」

「はい、そうしましょう」

「……は?」

 見えない中では不安だらけだった。 
 絶望しかなくて、孤独で何もできなかった。
 だけど心の中に宿った光が、私に勇気をくれる。

「離婚いたしましょう。貴方の言う通りにね」

 あの指先が教えてくれた。
 目が見えなくなろうと、私の今までの人生は消える事は無い。
 だからこそレイクスの評価など気にせず生きてみせる。
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