【完結】貴方が見えない

なか

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プロローグ

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 爽やかな風が頬を撫でてきて、散っていく花弁が視界を彩る。
 広間では大人達が社交にいそしむ中で、幼い私は暇つぶしに庭園を歩いていた。
 綺麗な庭園に目を奪われていると、木陰で小さな子供が泣いていた。

『だれ?』

 私と同年代だろうか、黒髪の男の子。
 涙で瞳を潤ませている姿が印象的で、その子の綺麗な瞳が私を見つめる。

『どうしたの?』

 尋ねても答えはなくて、ずっと泣いている男の子。
 私はなにが悲しいのかを問いかけて––––


   ◇◇◇


「っ!」

 つい寝てしまっていた。
 幼い頃の記憶を思い出していた気がするけど、とても不明瞭なものだった。
 けれど、なんだか懐かしい記憶だ。

「奥様、どうかなされましたか?」

 尋ねる従者の言葉に首を横に振る。
 
「なんでもないわ。それより屋敷まであとどれくらいかしら?」

「あと一時間程です」

 私は今、馬車に乗っている。
 屋敷へと戻る帰路の途中だ。
 車内に響く心地よい一定の揺れに、つい寝てしまっていた。

「お疲れであれば、もう少し眠ってはいかがでしょうか?」

「大丈夫……よく眠れたわ」

「どうかお身体を労わってくださいね。本日も公爵家との間で大きな商談を結んだのです。きっと旦那様も喜んでくださります」

「えぇ、きっと彼も喜んでくれるわよね」

 貴族家の妻として、私は大きな役割を果たしている自負がある。
 驕りはなくて、それを自慢するつもりもない。
 ただ私が望むのは……

「あの人が喜んでくれるなら、それだけで頑張れるわ」

 言葉通りに、夫であるあの人が喜んでくれるなら、それだけでいい
 それほど愛しており、支えるために努力を重ねてきたのだ。

「あと一時間程です。どうか此度の報告も奥様からなさってください」

「ええ、そうさせてもら––––っ!?」

 馬のいななきが耳を通る。 
 ガタンっと馬車が急旋回したような衝撃、車内の壁に勢いよく叩きつけられる。

 なに、なにが起こったの!? 
 そんな一瞬の考えも消すようにして、ふわりと浮きあがって視界が真っ逆さまになる。
 ガシャン! と轟音が響いて身体が打ち付けられて––––


   ◇◇◇◇◇◇

 
 痛い、なにが起こったの?
 身体が動かせない、痛くて声もでない。

「怪我人がまだ残っている! すぐに運んでくれ!」

 声が聞こえてくる……
 なにが、いったいなにがあって……

「対向馬車との接触で横転事故とはいえ、こりゃ酷い事故だな」
「怪我人の手当てを! その方は貴族家の方か?」
「すぐに治療を……酷い傷だ」

 なにがあったの、尋ねたいのに口が動かない。
 なにも見えなくて、声だけが聞こえて……
 頭に痛みが広がっていくのを感じながら、意識が落ちていった。
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