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第六章 火花は夜に咲く
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第六章 火花は夜に咲く
婚儀の支度が整うにつれ、洛陽の街は一層のにぎわいを見せていた。杜若と裴景輝の婚儀は、政と情の垣根を越えた“洛陽の祝祭”として、都中の注目を集めていた。
しかし、そんな祝福の空気を裂くように、ある者が洛陽へ戻ってきた。
名は――韓峻(かんしゅん)。
かつて裴景輝と肩を並べた将軍でありながら、戦地で命令を無視し、軍律違反により左遷された男。彼は謀反の疑いをかけられ、幽州に流されていたが、いま密かに洛陽へ舞い戻ってきた。
彼の眼は、憎しみに満ちていた。
「すべてを奪ったあの男に、最も大切なものを奪わせはせぬ」
韓峻は杜家の内通者を買収し、婚儀の前夜――杜若の誘拐を企てる。
◆
その夜、杜家では静かに婚儀の前夜祭が行われていた。
杜若は白練(しろねり)の婚衣をまとい、庭の灯火に照らされながら、月に詩を詠んでいた。
「たとえ嵐が来ようとも
春の枝先に咲いた花は
誰のものでもない
私の、そして――
あの人のもの」
その詩が終わるより早く、影がひとつ、背後に忍び寄る。
「杜若殿、お静かに」
低い声とともに、鋭い刃が彼女の喉元に伸びる。
――だが、次の瞬間。
「その手を離せ」
鋭い声が庭に響いた。
灯火の向こうから、裴景輝が現れた。剣を抜く音は、夜風より速く、刃はあっという間に韓峻の側近の腕を斬り払っていた。
「……やはり、来たか」
裴景輝の視線の先に、黒衣の韓峻が姿を現す。
「おまえにすべてを奪われた。軍の名誉も、帝の信頼も、そして――あの女も」
「私は、何も奪っていない」
裴景輝はゆっくりと剣を構えた。
「すべては、そなたが誇りを捨てた結果だ」
ふたりの剣が交わった瞬間、夜の庭に火花が舞った。
◆
激しい打ち合いの末、裴景輝は韓峻の刃をはじき、彼を地に伏せさせた。
「殺せ……」
韓峻はうめいた。
「すべて終わらせろ。勝者らしく、私を断て」
だが、裴景輝は剣を引いた。
「私は、守るために剣を持った。復讐のためではない」
◆
その姿を見届けた杜若は、ふらりと彼のもとへ歩み寄ると、そっと袖を握った。
「あなたが、あなたのままでいてくれて……よかった」
涙をたたえた瞳で、彼女は微笑んだ。
◆
翌朝。
洛陽の城下では、白装束に身を包んだふたりが、花の道を歩いていた。
――それは、約束された者たちの、静かな勝利の行進だった。
杜詩白が、参列者の中でぽつりとつぶやいた。
「詩も、剣も、政も超えた愛が……ようやく咲いたか」
白梅の花が、ふたりの背にそっと舞い落ちる。
そして、長い季節を越えて実った恋は、都の春を、ひときわ鮮やかに染め上げていた。
⸻
婚儀の支度が整うにつれ、洛陽の街は一層のにぎわいを見せていた。杜若と裴景輝の婚儀は、政と情の垣根を越えた“洛陽の祝祭”として、都中の注目を集めていた。
しかし、そんな祝福の空気を裂くように、ある者が洛陽へ戻ってきた。
名は――韓峻(かんしゅん)。
かつて裴景輝と肩を並べた将軍でありながら、戦地で命令を無視し、軍律違反により左遷された男。彼は謀反の疑いをかけられ、幽州に流されていたが、いま密かに洛陽へ舞い戻ってきた。
彼の眼は、憎しみに満ちていた。
「すべてを奪ったあの男に、最も大切なものを奪わせはせぬ」
韓峻は杜家の内通者を買収し、婚儀の前夜――杜若の誘拐を企てる。
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その夜、杜家では静かに婚儀の前夜祭が行われていた。
杜若は白練(しろねり)の婚衣をまとい、庭の灯火に照らされながら、月に詩を詠んでいた。
「たとえ嵐が来ようとも
春の枝先に咲いた花は
誰のものでもない
私の、そして――
あの人のもの」
その詩が終わるより早く、影がひとつ、背後に忍び寄る。
「杜若殿、お静かに」
低い声とともに、鋭い刃が彼女の喉元に伸びる。
――だが、次の瞬間。
「その手を離せ」
鋭い声が庭に響いた。
灯火の向こうから、裴景輝が現れた。剣を抜く音は、夜風より速く、刃はあっという間に韓峻の側近の腕を斬り払っていた。
「……やはり、来たか」
裴景輝の視線の先に、黒衣の韓峻が姿を現す。
「おまえにすべてを奪われた。軍の名誉も、帝の信頼も、そして――あの女も」
「私は、何も奪っていない」
裴景輝はゆっくりと剣を構えた。
「すべては、そなたが誇りを捨てた結果だ」
ふたりの剣が交わった瞬間、夜の庭に火花が舞った。
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激しい打ち合いの末、裴景輝は韓峻の刃をはじき、彼を地に伏せさせた。
「殺せ……」
韓峻はうめいた。
「すべて終わらせろ。勝者らしく、私を断て」
だが、裴景輝は剣を引いた。
「私は、守るために剣を持った。復讐のためではない」
◆
その姿を見届けた杜若は、ふらりと彼のもとへ歩み寄ると、そっと袖を握った。
「あなたが、あなたのままでいてくれて……よかった」
涙をたたえた瞳で、彼女は微笑んだ。
◆
翌朝。
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杜詩白が、参列者の中でぽつりとつぶやいた。
「詩も、剣も、政も超えた愛が……ようやく咲いたか」
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そして、長い季節を越えて実った恋は、都の春を、ひときわ鮮やかに染め上げていた。
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