春よ、君を守りたし ―中華恋絵巻―

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番外編 月下の語らい

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番外編 月下の語らい

結婚から十日が経ち、洛陽の人々の間では「将軍と才女の婚姻譚」が今も語り草になっていた。

政務を担う裴景輝は日々忙しく、杜若もまた文官として宮廷に呼ばれ、帝の詔(みことのり)を手伝う日々が続いていた。

――だが、ふたりの絆は、一層深くなっていた。



「若、夜風が冷たい。薄衣では寒くないか」

庭の東屋で、裴景輝が杜若の肩にそっと羽織を掛ける。

「ええ。でも、風の音が好きなの。……昔から、よくこうして、梅の庭で風に詩を詠んでいたわ」

杜若は盃を傾けながら、ふと遠い目をした。

「私、思っていたの。もし婚礼を迎えても、あまり恋などできないかもしれないって」

「……それは、私にとっても恐れだった」

裴景輝も盃を置き、静かに頷いた。

「けれど……今は違う。そなたとこうして、季節の音に耳を傾けられる。それだけで、この人生に意味があると、思えるのだ」

彼の声は穏やかだった。戦を越え、失いかけた感情を取り戻した人間の、静かな幸福の響き。



ふたりは夜更けまで語らい、かつて交わした詩の続きを紡いでいた。

杜若:「たとえ時が流れても、我が心に咲くは白梅」
裴景輝:「戦なき世を共に見ん。花は二人の夢に咲く」



そして数日後。

宮中では、ひそやかな話題が広がっていた。

「帝が、杜夫人に草案を任せたらしい」
「まさか……国政の文を、女がまとめるのか?」

そのとき帝は、宦官にこう言った。

「彼女は、たった一筆で私の意をくみ取り、天下に訴えた。そなたたちが何十巻の奏上を並べても届かぬものが、彼女の文にはある」

杜若の才は、詩文を超えて、ついに政へと届こうとしていた。

一方で、裴景輝は遠征の準備を進めていた。

平穏な日々は続くが、国の北辺ではまた小国の動きがあるという。

「しばらく、洛陽を離れねばならぬ」

そう伝えた夜、杜若は静かに彼の手を取った。

「……ならば、この文を渡しておきます」

「これは?」

「あなたが、帰る場所を忘れぬように。――わたしが、待つ場所を忘れぬように」

それは一首の詩。

「帰り来ぬ
春の風にも
揺るがぬ灯
我が名は杜若
君のため咲く」

裴景輝は、それを鎧の内にそっと収めた。

「――必ず、生きて帰る」

月の光がふたりを照らし、庭の李の葉が静かに揺れた。

愛は、静かに、けれど確かに、時を超えてふたりの間に根を下ろしていた。
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