7 / 11
番外編 月下の語らい
しおりを挟む
番外編 月下の語らい
結婚から十日が経ち、洛陽の人々の間では「将軍と才女の婚姻譚」が今も語り草になっていた。
政務を担う裴景輝は日々忙しく、杜若もまた文官として宮廷に呼ばれ、帝の詔(みことのり)を手伝う日々が続いていた。
――だが、ふたりの絆は、一層深くなっていた。
◆
「若、夜風が冷たい。薄衣では寒くないか」
庭の東屋で、裴景輝が杜若の肩にそっと羽織を掛ける。
「ええ。でも、風の音が好きなの。……昔から、よくこうして、梅の庭で風に詩を詠んでいたわ」
杜若は盃を傾けながら、ふと遠い目をした。
「私、思っていたの。もし婚礼を迎えても、あまり恋などできないかもしれないって」
「……それは、私にとっても恐れだった」
裴景輝も盃を置き、静かに頷いた。
「けれど……今は違う。そなたとこうして、季節の音に耳を傾けられる。それだけで、この人生に意味があると、思えるのだ」
彼の声は穏やかだった。戦を越え、失いかけた感情を取り戻した人間の、静かな幸福の響き。
◆
ふたりは夜更けまで語らい、かつて交わした詩の続きを紡いでいた。
杜若:「たとえ時が流れても、我が心に咲くは白梅」
裴景輝:「戦なき世を共に見ん。花は二人の夢に咲く」
◆
そして数日後。
宮中では、ひそやかな話題が広がっていた。
「帝が、杜夫人に草案を任せたらしい」
「まさか……国政の文を、女がまとめるのか?」
そのとき帝は、宦官にこう言った。
「彼女は、たった一筆で私の意をくみ取り、天下に訴えた。そなたたちが何十巻の奏上を並べても届かぬものが、彼女の文にはある」
杜若の才は、詩文を超えて、ついに政へと届こうとしていた。
一方で、裴景輝は遠征の準備を進めていた。
平穏な日々は続くが、国の北辺ではまた小国の動きがあるという。
「しばらく、洛陽を離れねばならぬ」
そう伝えた夜、杜若は静かに彼の手を取った。
「……ならば、この文を渡しておきます」
「これは?」
「あなたが、帰る場所を忘れぬように。――わたしが、待つ場所を忘れぬように」
それは一首の詩。
「帰り来ぬ
春の風にも
揺るがぬ灯
我が名は杜若
君のため咲く」
裴景輝は、それを鎧の内にそっと収めた。
「――必ず、生きて帰る」
月の光がふたりを照らし、庭の李の葉が静かに揺れた。
愛は、静かに、けれど確かに、時を超えてふたりの間に根を下ろしていた。
結婚から十日が経ち、洛陽の人々の間では「将軍と才女の婚姻譚」が今も語り草になっていた。
政務を担う裴景輝は日々忙しく、杜若もまた文官として宮廷に呼ばれ、帝の詔(みことのり)を手伝う日々が続いていた。
――だが、ふたりの絆は、一層深くなっていた。
◆
「若、夜風が冷たい。薄衣では寒くないか」
庭の東屋で、裴景輝が杜若の肩にそっと羽織を掛ける。
「ええ。でも、風の音が好きなの。……昔から、よくこうして、梅の庭で風に詩を詠んでいたわ」
杜若は盃を傾けながら、ふと遠い目をした。
「私、思っていたの。もし婚礼を迎えても、あまり恋などできないかもしれないって」
「……それは、私にとっても恐れだった」
裴景輝も盃を置き、静かに頷いた。
「けれど……今は違う。そなたとこうして、季節の音に耳を傾けられる。それだけで、この人生に意味があると、思えるのだ」
彼の声は穏やかだった。戦を越え、失いかけた感情を取り戻した人間の、静かな幸福の響き。
◆
ふたりは夜更けまで語らい、かつて交わした詩の続きを紡いでいた。
杜若:「たとえ時が流れても、我が心に咲くは白梅」
裴景輝:「戦なき世を共に見ん。花は二人の夢に咲く」
◆
そして数日後。
宮中では、ひそやかな話題が広がっていた。
「帝が、杜夫人に草案を任せたらしい」
「まさか……国政の文を、女がまとめるのか?」
そのとき帝は、宦官にこう言った。
「彼女は、たった一筆で私の意をくみ取り、天下に訴えた。そなたたちが何十巻の奏上を並べても届かぬものが、彼女の文にはある」
杜若の才は、詩文を超えて、ついに政へと届こうとしていた。
一方で、裴景輝は遠征の準備を進めていた。
平穏な日々は続くが、国の北辺ではまた小国の動きがあるという。
「しばらく、洛陽を離れねばならぬ」
そう伝えた夜、杜若は静かに彼の手を取った。
「……ならば、この文を渡しておきます」
「これは?」
「あなたが、帰る場所を忘れぬように。――わたしが、待つ場所を忘れぬように」
それは一首の詩。
「帰り来ぬ
春の風にも
揺るがぬ灯
我が名は杜若
君のため咲く」
裴景輝は、それを鎧の内にそっと収めた。
「――必ず、生きて帰る」
月の光がふたりを照らし、庭の李の葉が静かに揺れた。
愛は、静かに、けれど確かに、時を超えてふたりの間に根を下ろしていた。
0
あなたにおすすめの小説
迎えに行ったら、すでに君は行方知れずになっていた
月山 歩
恋愛
孤児院で育った二人は彼が貴族の息子であることから、引き取られ離れ離れになる。好きだから、一緒に住むために準備を整え、迎えに行くと、少女はもういなくなっていた。事故に合い、行方知れずに。そして、時をかけて二人は再び巡り会う。
契約結婚のススメ
文月 蓮
恋愛
研究一筋に生きてきた魔導士のレティシアは、研究を続けるために父に命じられた結婚をしかたなく承諾する。相手は社交界の独身女性憧れの的であるヴィラール侯爵アロイス。だが、アロイスもまた結婚を望んでいなかったことを知り、契約結婚を提案する。互いの思惑が一致して始まった愛のない結婚だったが、王の婚約者の護衛任務を受けることになったレティシアとアロイスの距離は徐々に縮まってきて……。シリアスと見せかけて、コメディです。「ムーンライトノベルズ」にも投稿しています。
遠回りな恋〜私の恋心を弄ぶ悪い男〜
小田恒子
恋愛
瀬川真冬は、高校時代の同級生である一ノ瀬玲央が好きだった。
でも玲央の彼女となる女の子は、いつだって真冬の友人で、真冬は選ばれない。
就活で内定を決めた本命の会社を蹴って、最終的には玲央の父が経営する会社へ就職をする。
そこには玲央がいる。
それなのに、私は玲央に選ばれない……
そんなある日、玲央の出張に付き合うことになり、二人の恋が動き出す。
瀬川真冬 25歳
一ノ瀬玲央 25歳
ベリーズカフェからの作品転載分を若干修正しております。
表紙は簡単表紙メーカーにて作成。
アルファポリス公開日 2024/10/21
作品の無断転載はご遠慮ください。
【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない
くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、
軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。
言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。
――そして初めて、夫は気づく。
自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。
一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、
「必要とされる存在」として歩き始めていた。
去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。
これは、失ってから愛に気づいた男と、
二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。
――今さら、遅いのです。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
第12回ネット小説大賞コミック部門入賞・コミカライズ企画進行「婚約破棄ですか? それなら昨日成立しましたよ、ご存知ありませんでしたか?」完結
まほりろ
恋愛
第12回ネット小説大賞コミック部門入賞・コミカライズ企画進行中。
コミカライズ化がスタートしましたらこちらの作品は非公開にします。
「アリシア・フィルタ貴様との婚約を破棄する!」
イエーガー公爵家の令息レイモンド様が言い放った。レイモンド様の腕には男爵家の令嬢ミランダ様がいた。ミランダ様はピンクのふわふわした髪に赤い大きな瞳、小柄な体躯で庇護欲をそそる美少女。
対する私は銀色の髪に紫の瞳、表情が表に出にくく能面姫と呼ばれています。
レイモンド様がミランダ様に惹かれても仕方ありませんね……ですが。
「貴様は俺が心優しく美しいミランダに好意を抱いたことに嫉妬し、ミランダの教科書を破いたり、階段から突き落とすなどの狼藉を……」
「あの、ちょっとよろしいですか?」
「なんだ!」
レイモンド様が眉間にしわを寄せ私を睨む。
「婚約破棄ですか? 婚約破棄なら昨日成立しましたが、ご存知ありませんでしたか?」
私の言葉にレイモンド様とミランダ様は顔を見合わせ絶句した。
全31話、約43,000文字、完結済み。
他サイトにもアップしています。
小説家になろう、日間ランキング異世界恋愛2位!総合2位!
pixivウィークリーランキング2位に入った作品です。
アルファポリス、恋愛2位、総合2位、HOTランキング2位に入った作品です。
2021/10/23アルファポリス完結ランキング4位に入ってました。ありがとうございます。
「Copyright(C)2021-九十九沢まほろ」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる