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第五章 玉座の影、揺れる想い
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第五章 玉座の影、揺れる想い
春の盛り、杜家には婚儀の準備がひそやかに進んでいた。
裴景輝と杜若の縁は、公にも祝福される流れとなっており、洛陽の街でも「将軍の妻は才女」と噂されていた。
しかし、そんな幸福な空気に、静かに忍び寄る影があった。
それは――皇宮からの密使であった。
◆
「杜若殿を、皇后候補として、内定したいとの勅命です」
杜家に届いた勅使の言葉は、屋敷全体に衝撃を走らせた。
皇帝はまだ若く、側室を多く置かぬことで知られていた。だからこそ「皇后の座」は重い意味を持ち、杜家のような名門にとっては、まさに名誉の極みだった。
けれど――それは、裴景輝との婚儀の中止を意味していた。
「どうして、今になって……」
杜若は静かに唇を噛んだ。
文にあったのはこうだ。
「裴景輝将軍との関係は存じている。だが、帝は才ある女性を求めておられる。洛陽にふさわしき者として、あなたが選ばれた」
それは、優しい誘いのようでいて、逃れられぬ束縛のようでもあった。
◆
その夜、裴景輝が知らせを受けて駆けつけた。
「若……どうか、私とともに逃げてほしい」
声が震えていた。かつて戦場で剣を抜いたときよりも。
「帝の意志を覆すなど、我が身ひとつでは叶わぬかもしれない。だが、あなたを失うぐらいなら、名も地位も捨てる覚悟だ」
杜若はしばらく黙って彼を見つめ、そして、静かに首を振った。
「私は、逃げません」
裴景輝の瞳が、揺れた。
「……帝の妃となる道を、選ぶのか」
「違います」
彼女はすっと立ち上がり、窓の外に咲く李の花を見やった。
「私は、“帝の妃にならずしてこの縁を守る”道を選びます。もし、帝が才を望むならば、才をもって応じましょう。そして、正面からこの婚儀の正当性を訴えます」
「どうやって……?」
裴景輝の声は低く、苦悩が滲んでいた。
「帝に、私は自ら文を出します。私が望む未来、そしてあなたと交わした誓いを、すべて書いて」
◆
数日後――
杜若の書状は、静かに皇帝の御前に届けられた。
帝はその文を読みながら、ふと微笑んだという。
「なるほど。まるで鏡のような才と、月のような情だな」
そして、ひとことだけ宦官に命じた。
「杜若には、好きにさせよ。帝は“才ある女”を欲したのであって、“従順な女”を望んだのではない」
◆
その日、裴景輝は使者からの報せを受けた。
「婚儀、差し止めなし」
たったそれだけの言葉に、膝が震えるほどの安堵が広がった。
◆
夜。
白梅の庭にて、再びふたりは向かい合った。
「言葉の力に、救われました」
裴景輝の声には、感情が滲んでいた。
「私の剣では、帝を動かすことはできなかった。けれど、あなたの筆が、それを超えた」
杜若はそっと微笑んだ。
「将軍。これは、あなたが私を信じてくれたからです。……だから、次は私があなたを信じる番」
そして、ふたりの手が重なった。
今度こそ、離すまいと誓うように。
――婚儀の日取りは初夏に決まった。
次章へ続く
春の盛り、杜家には婚儀の準備がひそやかに進んでいた。
裴景輝と杜若の縁は、公にも祝福される流れとなっており、洛陽の街でも「将軍の妻は才女」と噂されていた。
しかし、そんな幸福な空気に、静かに忍び寄る影があった。
それは――皇宮からの密使であった。
◆
「杜若殿を、皇后候補として、内定したいとの勅命です」
杜家に届いた勅使の言葉は、屋敷全体に衝撃を走らせた。
皇帝はまだ若く、側室を多く置かぬことで知られていた。だからこそ「皇后の座」は重い意味を持ち、杜家のような名門にとっては、まさに名誉の極みだった。
けれど――それは、裴景輝との婚儀の中止を意味していた。
「どうして、今になって……」
杜若は静かに唇を噛んだ。
文にあったのはこうだ。
「裴景輝将軍との関係は存じている。だが、帝は才ある女性を求めておられる。洛陽にふさわしき者として、あなたが選ばれた」
それは、優しい誘いのようでいて、逃れられぬ束縛のようでもあった。
◆
その夜、裴景輝が知らせを受けて駆けつけた。
「若……どうか、私とともに逃げてほしい」
声が震えていた。かつて戦場で剣を抜いたときよりも。
「帝の意志を覆すなど、我が身ひとつでは叶わぬかもしれない。だが、あなたを失うぐらいなら、名も地位も捨てる覚悟だ」
杜若はしばらく黙って彼を見つめ、そして、静かに首を振った。
「私は、逃げません」
裴景輝の瞳が、揺れた。
「……帝の妃となる道を、選ぶのか」
「違います」
彼女はすっと立ち上がり、窓の外に咲く李の花を見やった。
「私は、“帝の妃にならずしてこの縁を守る”道を選びます。もし、帝が才を望むならば、才をもって応じましょう。そして、正面からこの婚儀の正当性を訴えます」
「どうやって……?」
裴景輝の声は低く、苦悩が滲んでいた。
「帝に、私は自ら文を出します。私が望む未来、そしてあなたと交わした誓いを、すべて書いて」
◆
数日後――
杜若の書状は、静かに皇帝の御前に届けられた。
帝はその文を読みながら、ふと微笑んだという。
「なるほど。まるで鏡のような才と、月のような情だな」
そして、ひとことだけ宦官に命じた。
「杜若には、好きにさせよ。帝は“才ある女”を欲したのであって、“従順な女”を望んだのではない」
◆
その日、裴景輝は使者からの報せを受けた。
「婚儀、差し止めなし」
たったそれだけの言葉に、膝が震えるほどの安堵が広がった。
◆
夜。
白梅の庭にて、再びふたりは向かい合った。
「言葉の力に、救われました」
裴景輝の声には、感情が滲んでいた。
「私の剣では、帝を動かすことはできなかった。けれど、あなたの筆が、それを超えた」
杜若はそっと微笑んだ。
「将軍。これは、あなたが私を信じてくれたからです。……だから、次は私があなたを信じる番」
そして、ふたりの手が重なった。
今度こそ、離すまいと誓うように。
――婚儀の日取りは初夏に決まった。
次章へ続く
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