春よ、君を守りたし ―中華恋絵巻―

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番外編 春光(しゅんこう)の中にて

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番外編 春光(しゅんこう)の中にて

戦から帰還して一年。

洛陽の城下には平穏が戻り、都の人々はようやく春の訪れを素直に喜べるようになっていた。

宮廷では政務が整い、帝はようやく重い肩の力を抜いて微笑むようになった。

そして――裴将軍の屋敷でも、ひとつの大きな報せがもたらされていた。



「……若、私にだけは、もっと早く伝えてくれてもよかったのに」

裴景輝は、妻の手をそっと握りながら、恨み言のように言った。

杜若は苦笑する。

「だって、確かめたかったの。希望ではなく、確信を……」

彼女の掌には、まだかすかに震えが残っていた。

はじめて聞いたとき、自身でも信じられなかったのだ。

――自分の中に、小さな命が宿っていると。



その日から、裴景輝は政務と軍務を減らし、杜若のそばにいる時間を増やした。

「……おかゆの味、今日も違うぞ」

「また? だって毎日、味覚が変わるのよ。昨日おいしかった梅が、今日はしょっぱくて」

「ふむ……腹の子は、偏屈なのだな」

「あなたに似たのよ」

ふたりは笑い合った。



月日は流れ、杜若の腹は次第に丸みを帯び、周囲の女官たちも優しく気遣うようになった。

尚書令夫人までもが、花茶を持参し、こう告げる。

「かつては、あなたの道を疎ましく思った。けれど……あなたが子を持った今、その道はもう、あなただけのものではなくなったのね」

「……ありがとうございます」

この言葉には、かつて剣よりも鋭かった対立が、やがて理解へと変わった証がこもっていた。



そして、満開の桃の下。

春雷が遠くに鳴った日の夜――

杜若は、無事に男児を出産した。

産声は、静かだった都に、新たな鼓動を告げた。

帝はこの子に「裴臻(はい・しん)」と名を授け、こう述べた。

「この子は、詩の才と剣の器を持つであろう。父と母、ふたりの才を継ぎし者よ」



その夜。

杜若は眠る赤子を見つめながら、静かに詩を詠んだ。

「一つの命
二つの夢を継ぎ
春の庭
君が咲く日は
我もまた咲く」

裴景輝は妻の肩に羽織をかけ、静かに言った。

「この先、どんな風が吹こうとも――この手は、君と子を守る」



そして数年後。

裴臻は元気な少年へと育ち、父の剣術と母の書を学ぶようになっていた。

春の庭では、白梅と桃が咲き誇り、子の笑い声が響く。

「父上ー! 見て、今日の詩は五言絶句になったぞ!」

「おお、それは母上譲りだな」

「いや、ちゃんと武もやってる! 今日は師匠に褒められたんだ!」

杜若と景輝は顔を見合わせ、微笑む。

未来はまだ見えない。けれど――

この日々こそが、二人が命をかけて守った“答え”だった。
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