黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚特別非常勤講師

あり得ない授業

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「さて、どうしたもんか!」

授業中の教室を見せてもらったが、生徒達はみんな真面目に勉学に励んでいるようだ。

静かな教室に響く教師の声と、黒板の板書の音。
キビキビと話す先生方の姿と、ノートを取り質疑を述べる生徒達。
(あーうん!俺には無理だな!)
デイビッドが受け持つのは、1週間のうち月曜と水曜の3校時目の2コマのみ。(ついさっき金曜の5校時目にも商業科へ行くことになったが…)
今日は火曜日。初授業は明日となる。
(緊張…というか、何したらいいかわからん…)

「上の空でいきなり良質なバターを練り出すのは、ホラーですか?コメディですか?」

「お、エリック。戻ったのか。」

エリックは、虚無の眼で突如バターを混ぜ出したデイビッドを見て怪訝な顔をしていた。

「戻りましたよ。生徒会と何故かサロンとカフェ案内されて、丁度授業前だったダンス講師と生徒の前で踊らされて、そりゃもうキャーキャー言われて来ましたよ。」

「そりゃ良かったな。これからも窓口はお前でいこう!」

「ダメ教師一直線…」

「ところで、お前まで教員になるなんて一度も聞いてないんだが…?」

「…奥様の指示ですよ。今朝学園長と私宛に手紙が来まして、私も急で驚きました。」

「しかも音楽とダンス……」

「昔コンクールでいい点取ったことがあるんですよ!」

「じゃぁ超優秀で人気者のエリック君、即席の貯蔵庫作ったから中に冬水晶入れといてくれ!」

エリックはぶつぶつ言いながら、流し場近くの箱の中に濃い青色をした石を敷き詰めていった。

冬水晶とは北の国でできる特殊な魔石の通称だ。
冷気を糧に成長し、温めると閉じ込めた冷気を放出する。
箱に入れておくと中が冷えて良い貯蔵庫になるので、特に気温が高い地域になるほど重宝されている。
ちなみに北方諸国の重要な収入源のため、高級品だ。
(そんな物をゴロゴロと…)

魔導式の冷蔵庫もあるが、設備が大げさなためデイビッドはあまり好まず、定期的に北国の山まで採取に行っているらしい。

「じゃ、後で商会から卵と牛乳とチーズが届くから、事務所で受け取って中に入れといてくれ。」

「お使いか!!」

デイビッドはその間にオーブンの初動確認をし、クッキーを焼いてその仕上がりに満足していた。


そして次の日の朝。
(やっぱりこうなった…)
エリックはカウチで爆睡するデイビッドの姿を見つけ、げんなりしていた。
(割当てられた部屋だってかなり良かったのに…こういう所はものぐさなんだから…)
寝ている豚は気にしないことにして、エリックはひとりで寮の食堂へ戻って行った。
(こういう所で交流を図っておくのも重要なんですよ…)

デイビッドはエリックを薄目で見送ると、研究棟の共同シャワー室を使い、自(研究)室でパンとベーコンエッグとリンゴで簡単に朝食を摂った。
それから外に置いた鉢植えに水をやり、黒い布を巻いた怪しい瓶を日向に出し、ハーブや木の実を粉にしたり、薪になりそうな板切れを集めたり、空いた樽を洗ったり、本当の雑用をしながら午前中を過ごしていた。

「ずいぶんと悠々自適に過ごされておいでのようですが…?!」

昼の仕込みをしていると、エリックが疲れた様子で戻って来た。

「よう!どうだった初日の授業は?」

「大変でしたよ…朝は食事も落ち着いてできないし、質問攻めで授業どころじゃなくなるし、どっかの誰かさんとは大違いでしたよ!」

「俺もこの後か…さぁて、どうなるもんかな。」

「……デイビッド様…ここで自炊生活する気なんですね…」

「ああ、まぁな。忙しい時は食堂も使うつもりだけど…」

「僕は我慢して食堂で食べてるのに…ここで好きにうまいもん食ってるのか…ブタのくせに…」

(素が漏れるほど嫌だったのか…)
「今日はもういいんだろ?部屋に戻ってゆっくりすれば…」

「あ、いえ、ここで!ゆっくりしてますんで、デイビッド様は授業に行って来て下さい。僕もこの部屋で好きにするんで!」

(よっぽど嫌だったんだな…)
「じゃぁ、行ってくる。」


デイビッドの持ち物はノートとペンだけ。
身軽な上にスーツすら着ていない。
よたれシャツとズボンにベストを引っ掛けて、指定された教室のドアを開いた。
デイビッドが受け持ったのは、1・2学年の合同授業。
普段の2倍の生徒が席に着いていた。

騒がしかったおしゃべりがピタッと止んで、皆が教壇に注目している。

「あー…それじゃこれから授業を始めたいんだが、その前にひとつ聞いてくれ。俺の授業は、受けても受けなくても成績や評価には一切影響しない。これは学科長も認めてくれた。テストも課題も出さない。だから、受けたくない奴、あるいは受ける必要が無いと思っている奴は、今から図書室で自習とする。出席も取らないから安心してくれ。」

デイビッドがそう言うと、教室中がざわめいた。

「あの~…」

「聞きたいことは遠慮なく。あぁ、名前だけ先に頼む!」

手を挙げた生徒を促すと、青い髪の青年が立ち上がった。

「僕は2年生のテレンス・フェーラーです。“デイビッドさん”は今授業の評価はしないと言いましたが、それは本当に授業の意味がありますか?」

「…その発想は無かった…俺にとって勉強なんてのは自分がしたくてするもんだったからな。評価のために勉強するって感覚がわからん。そうだな、俺は評価は一切しない。それに意味が無いと思うなら受けなくていいぞ。」

「それって授業って言えるんですか?あ、なんならこの授業が面白かったら、これからも受けてもいいですよ?!」

「その程度なら自習してろよ。学ぶ気のない奴に教えてやることは無い。」

「なっ…生徒には授業を受ける権利がある!それを教師が侵害するつもりですか?!」

「すまんが、その議論は後にしてくれ。始めに言ったはずだぞ?邪魔をする奴には容赦しない、とな?!お前がべらべら喋ってるこの時間すら、惜しい奴だっているかも知れないんだ。うるさくするなら出て行け。」

テレンスと名乗った生徒は、それ以上何も言わずガタンと音を立てて教室から出て行った。
それに続くように、ぞろぞろと他の生徒も席を立ち、教室には始めの3分の2程の生徒が残った。

「さてと…先に言っておくが、俺は悪魔だ。嘘も誤魔化しも通用しないからそう思え?!それじゃ授業を始める!」

こうしてデイビッドの初の授業が始まった。

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