黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息と訳あり令嬢の学園生活

ピンチ到来

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「ふふふ、仲が良いのね。幸せな女の子は目を見ればわかるわ。ヴィオラさんの目は少しも曇ってないの。身内としては喜ばしい限りよ?!」

どのドレスにも素直に喜ぶヴィオラに、フィズ夫人も満足したようだ。

「ありがとうございます!」
「それにしても…貴方、少しは笑顔を見せたらどうなの?婚約者がこんなに嬉しそうにしてるのよ?話し掛けて一緒に喜んであげるとかしないの?!」
「無理ですよ!俺は親父とは違うんで。」
「アレは確かに特別だけど、王都の貴族達は…ごめんなさい、何でもないわ…」

夫人はいきなり口を閉ざし、ごまかす様に紅茶を飲んだ。

「別に構いませんよ。もうそんな事いちいち気にしちゃいませんから。」
「そう…なら、いいのだけど…」

意味ありげな会話にヴィオラが不安そうな顔をすると、デイビッドが立ち上がり、白いドレスの方へ向かって行った。

「義叔母上、これもう少し肩の布減らせません?髪飾りから花が溢れるイメージまで掴めた気がしたけど、それだとこのままじゃ首周りが鬱陶しくなるんじゃないかな?」
「確かに!!まさか貴方からアドバイスをもらう日が来るなんて思いもしなかったわ!すぐ手直しするわね!」

フィズ夫人がまた製作に夢中になったその隙に、デイビッドはヴィオラを連れてアトリエを後にした。

「急に悪かったな。あの人ドレスの事になると周りが見えないから…ただ、腕は良いんだ。ヴィオラのドレス、まだまだ作る気でいたから、迷惑でなければたまに付き合ってやって欲しい…」
「迷惑なんて!!私、幸せ過ぎて言葉が出なかった!デイビッド様にプレゼントを貰うたびに嬉しくて、なのに胸が苦しくて、どうしたらこの気持ち伝わりますか?私ばっかり幸せで、何もできないのが悔しいです!」
「じゃ、その幸せな顔見せて?!それで充分お釣りが来るくらいこっちも幸せだ。」
「すぐそういう事言う!私はお返しがしたいんです!ほらそうやってすぐ笑う!!何がおかしいんですか!こっちは真剣なんですよ!」

デイビッドが顔を背けて笑っていると、馬車が止まり学園の中へ到着した。

「テスト前なのに時間取らせてすまなかった。勉強大変だろうけど、頑張れよ?」
「あんなに素敵なご褒美が待ってるなら、ガンバレます!」


キラキラの笑顔に見送られて、緑の廊下に差し掛かると、今度は正面からベルダが走ってきた。

「デイビッド君!デイビッド君!!大変だ!すごい事が起きてるんだよ!!すぐ来てくれ!」
「今日は何かと忙しい日だな…」

温室では相変わらず咲かないアリーの蕾の周りに伸びる側枝には、赤い実がたくさんついていた。

「実がなったのか!へぇ…なんかどっかで見たことある気がする…」
「世界樹の実だよ。」
「やっぱり…」
「と言っても魔力量はドライアドの実とそう変わらないよ。これはいわゆる疑似果って奴だ!アルラウネは取り込んだ植物を模倣して周囲に溶け込むらしい。君が丸ごと食べさせた樹の実を真似して作り上げたんだ!」
「じゃ見せかけだけってことか。」
「何を言ってるんだ君は!?魔力量は確かに低いが、性質は世界樹の実そのものだ!!魔力との親和性、適合性、適応性、調和性、どこを取っても本物と遜色ない性質を持っている上に、この大きさ!むしろ魔力量が通常の魔性植物と変わらない分、使いやすさは格段に上がっている!こんなに完璧な素材がこの世に存在し得るとは!!」
「いいから鼻血を拭け!!」

興奮のし過ぎで鼻血が止まらなくなったベルダを他所に、アリーを探すと、テーブルの上でクッキーをかじっていた。

「ディー!」
「お前、またなんか食ってんのか?しょうがない奴め…油とか砂糖とか、植物相手に本当に大丈夫なのか?そっちの方が俺は気になって仕方ねぇよ。」

アリーの横でヒュリスを解剖し、それぞれの部位を溶解液に浸け、成分の抽出をしていると、アリーがその動きを真似て遊び始める。

「最近良く人真似して遊ぶようになったな。…試験管振ってるマネして楽しいか?」
「うー!」
「…そうか…楽しいならまぁ、いいか…」

帰り際、アリーに赤い実をいくつも渡され、ポケットに入れて自分の研究室へ向かうと、もう外は日が落ちて真っ暗になっていた。
(冬が来るのか…)
もう時期ノエルの季節になれば、国中がお祭になる。
デイビッドの周りも、また忙しくなりそうだ。


次の日は土曜日。
いつもは閉まっている食堂の厨房が、なぜかこの日だけ開いていて、良い匂いが漂っている。
数人の生徒に連れられて来たのは、留学生のテオ。
テーブルに並んだ饅頭とスープを口にすると夢中で食べ始めた。

「コッチに来て、ここまで故郷の味に近いのは初めテ食べました。」
「なら良かった。でもなーんか一味足りない気がしてて悩んでんだ。」
「隠し味に使うソースがあるンですよ。この辺じゃまず手に入りませんね。」

饅頭の中身は、野菜と炒めた豚肉と羊肉、それから甘い餡の入った3種類。

「豆も結局無くて、赤エンドウでそれっぽく作ってみたはいいが、旨味が全然足りてねぇや。」
「高級品はそうかも知れませンけど、屋台ならこんなもんですよ。胡桃に蓮の実まで入ってる。本格的ですね。」
「下町のマーケットでたまたま見つけてな。口に合ったなら良かった。」

とろみのついた野菜と卵のスープには丸い物が浮いていて、隣にはなにやら謎の物体が添えられている。
喜んで食べるテオを見て、他の生徒も恐る恐る口に運び、異国の味を体験した。

「コレなんですか先生?」
「肉入りの団子だよ。」
「ツルツルもちもちしてる。コレ美味しい。」
「この四角く切ったのは?」
「なんだっけ?名前忘れたけど、なんか甘いヤツ。」
「ゼリーでもない、プニプニしてる。」
「豆餅だよ。豆の晒粉で作る甘いお菓子なンだ。よくこっそり屋台に食べに行ったなぁ…」

テオもマーケットに足を運んだことはあったが、目当ての店に辿り着けず帰ってきてしまったそうだ。
カラン地方の屋台が出ている場所をざっと地図に描くと、嬉しそうに受け取った。

「先生、ありがとう。久し振りに満たされました。学科も教科も違うのに、気にかけて下さって嬉しかっタです。」

そう言ってテオは胸の前で両手を水平に重ね、軽く腰を落として会釈した。

「テオ君の所の挨拶ってそうやるの?」
「これは、挨拶というか、感謝を表す時使う。」
(カランの宮廷の作法なんだけどな…コイツも貴族か…)

不思議な食事会が終わると、テオ達は試験勉強をすると言うので、デイビッドはその場を片付けてすぐに退散した。


試験期間中、ヴィオラは時々使い魔を飛ばしてデイビッドと連絡を取っている。
黒い結晶を目指して飛んでくる小豚を虫取り網で捕まえ、手紙を回収し外へ雑に放り出すと、恨めしそうな顔をして帰っていく。

「扱いがあまりにもじゃありません?」
「下手するとあの魔石まで食おうとすんだよ。」
「食い意地張ってますねぇ。で、お手紙の方にはなんて?」
「領地経営学と帝国語で満点が取れたそうだ。頑張ってんなぁ…」

ヴィオラもシェルリアーナも来ない間は、温室で研究の続きをするか、ムスタ達の世話をして日がな一日過ごすことが多い。
久々にファルコと空を回り、のんびり鳥小屋の世話をしていると、廊下を慌ただしく走る音が聞こえてきた。

「大変ですっ!アリスティア殿下が何者かに連れ去られました!!」

アリスティア付きの侍女見習いが、ドアを開け崩れ落ちるようにそう叫んだ。
またひとつ大きな揉め事が発生したようだ。
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