黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息と訳あり令嬢の学園生活〜怒涛の進学編〜

そして春が来る

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「なぁ、シェルも髪になんか塗ったり付けたりとかするんだよな?」
「ヘアケアと仰い!当たり前でしょ?髪は女の命なのよ?!魔女にとっては特に大切な要素になるから手入れは欠かせないのよ?!」
「これ使ってみる気ないか?」

デイビッドはポケットから取り出した桃色の液体の入った瓶をシェルリアーナに渡した。

「なにこれ?」
「ずいぶん前に、魔物討伐で俺の髪が上手くまとまらねぇくらい指通りが良くなったことがあったろ?その時の成分で作った洗髪ざ…」
「ちょうだいっっ!!」

のめり込むように瓶に飛び付くと、シェルリアーナは中をまじまじと見つめていた。

「髪洗ったら塗ってしばらく置いてから流せばいいらしい。あ、でも最近は風呂入る貴族って少ねぇのか?」

浄化魔法やクリーン系の魔法が使える者は、入浴そのものと縁がなくなる事もあるらしい。

「なわけないでしょ?寮にもシャワーくらいあるし、私は毎日入る派よ!それよりいいの?本当はヴィオラに先に使ってもらいたいんじゃなくて?」
「まだ承認降りてねぇから、万が一なんかあっても対処できる奴から数字集めしとこうかと…」
「人を実験台にするな!!」
「冗談だよ。もう実証自体はしてあるから、あと欲しいのは効果の実績。髪が長いと分かりやすいだろ?」
「そう言うことなら、まぁ協力してあげてもいいわよ?!」

言葉と裏腹に、シェルリアーナはうきうきしながら瓶を鞄にしまった。

デイビッドはオーブンでエッグタルトと、小さなリンゴを丸ごと包んだパイを焼き、夕食に来られないヴィオラの為にまたバスケットに詰めていく。

「こっちはヴィオラに、包みの方はシェル食っていいぞ?」
「夜は止めてよ!夜食にこんなの食べてたら確実に豚になるわ!」
「じゃ夜に食わなきゃいいんじゃねぇの?」

こうしてデイビッドの冤罪未遂事件もなんとか片が付き、後は市井が落ち着くのを待つばかりだ。

そしてこの夜、王都に冬の終わりを告げる嵐がやって来た。


朝から大風と雷が轟き、横殴りの雨が止まらない。
デイビッドはずぶ濡れになりながら外に出て、家畜小屋の世話をした。
小屋の中に雨が入らないよう隙間に土嚢を重ね、藁を積み上げて雷に怯えたヒヨコが隠れるための穴を作ってやると、水浸しで部屋に戻った。

「傘なんざ役にも立たねぇな…」
「アハハハ!服のまま泳いだみたいになってますよ?はいタオルどうぞ。」

服が肌に張り付いて気持ちが悪いので、軒下で水の滴る上服を脱ぎ、絞っていると後ろでガタンと音がした。
振り向くと窓から顔を出したヴィオラと目が合う。

「なっ!!ヴィオラ?!」
「……おはようございます!」
「あの…あんま人の裸見ないでもらえたりとかは…?」
「デイビッド様の背中、傷だらけですね。」
「エリック!笑ってねぇで早く着替え持って来い!!」
「アッハッハッハ!あーおっかしー!背中見られただけでそんな赤くなんなくても!ヴィオラ様は平然としてるのに!もうそのままタオル引っ掛けてシャワー浴びて来て下さいよ!」

仕方なく言われるがまま、デイビッドは頭から大きなタオルを被り、なるべくヴィオラの方を見ないようにして部屋を横切りシャワー室へ向かって行った。

「あー面白かった。ヴィオラ様も、未婚のレディが背中とはいえ男性の裸をじっくり見るものではありませんよ?どうせ結婚すれば好きなだけ見られるんですから。」
「またそういう事を言うんですからエリック様は!」

ヴィオラはからかうエリックをカウチの隅に追いやり、また外の雨を眺めていた。

昨年はこの雨を、ランドール家の屋外の倉庫で、冷たい石の床の上にうずくまって眺めていた事をふと思い出し、身震いする。
あれから早くも1年が過ぎようとしているのだ。
そしてこの1年はヴィオラにとって最も幸せな1年だった。
(リリアが何を企んでいようと、もう何一つ奪わせない!)
ヴィオラももうすぐ2年生になる。
おそらくリリアは更なる嫌がらせを仕掛けてくる事だろう。
もう二度と負けたりしたくないと、ヴィオラは空を切り裂く雷鎚を眺めながら心に誓った。


しばらくして、気まずそうな顔のデイビッドが戻ると、ヴィオラはお構い無しにくっつきに行った。

デイビッドが会話より先に何か作ろうとし出すのは、自分が混乱している時や、気持ちを落ち着かせようとしている時だ。
それを邪魔するのが楽しい事に、ヴィオラは最近気がついてしまった。

「今日はなに作るんですか?」
「もうすぐ新しい食材の仕入れも始まるから、使い切らないといけないヤツで…ロリポリとか?」
「懐かしい!お祖母様が良く作ってくれました!うずまき模様がかわいくて、大好きです!」

ロリポリとは芋虫やダンゴ虫などずんぐりした虫の事を指す幼児語だ。
むちむち太って丸まった姿になぞらえて、この名がついた子供が大好きなお菓子。

バターの香りを嗅ぎながら、デイビッドの両手が塞がった途端ヴィオラの悪戯心が騒ぎ出した。

「デイビッド様の背中、いっぱい傷跡がありましたね?」
「まぁ…あちこちで怪我もしたからな。治癒魔法とか使えりゃ痕も残んないんだろうけど、俺は自力で治すしかないから、余計に目立つんだよ。…気持ち悪いだろ…?」

ヴィオラはそんな言葉気にもせず、記憶を頼りにデイビッドの背中をシャツの上からなぞっている。

「ヴィオラ…?」
「あ!ここ。ちょっとへっこんでるここの傷。すごい抉れてて痛そうです。こっちにも同じ傷がありますね?」
「後ろからバイコーンに突かれて、ふっ飛ばされた時にできた傷だな。肺に刺さらなくて命拾いしたんだ。」
「さっき見た時は、こっちに星みたいな傷がありました。」
「アデラで賊に襲われた時、魔法銃で撃ち抜かれたんだ。貫通したんで玉取り出す手間がなくて助かった。」
「ここの、触ると少しツルツルしてる所は?」
「沼地の大毒蛙に酸を吐かれて肌が溶けた部分で…ヴィオラ、あの…あんま触んないで欲しくて…」

服で隠れた部分も凄いが、よく見ると肌の出た所にも薄い傷跡がいくつも残っている。
首筋に顔にも無数の傷痕。
腕についたものはほとんど見えなくはなっているが、それこそ数え切れないだろう。
左の耳には一度切り裂けたような痕があり、うっすら項まで伸びている。
触ろうと指で追うと避けようとするので、面白くなって抱き着いた。

「この傷は?お腹の方まで伸びてますよ?」
「海で…海賊に切り払われたとこ…」
「こっちの盛り上がってるのは?」
「猫科の大型魔獣に噛まれて…ヴィオラ?なぁ、くすぐったいから、もうその辺で…」
「この脇のとこの…」
「洞窟に落ちて水晶で抉ったの!頼むからこれ以上触んないで?!」

ヴィオラをソファに戻し、やっと解放されるとデイビッドは手元に集中してしまう。

「クスクスクス…ヴィオラ様、最近スキンシップとれてなくてへそ曲げてますね?」
「だって、人も増えちゃって全然ゆっくり会えなくて…また2人でお出掛けしたいなぁ…」
「暖かくなったらまた沢山機会はありますよ。」

ジャムの焼けるいい香りが部屋中に漂い始めた頃、凄まじい雷鳴が外から響き、近くに雷が落ちた。

「ヒャァッ!!」
「お、けっこう近いな?」
「この雨ですから火事にはならないと思いますが、心配ですね。」

風も強くなり、雨は更に激しく振っている。
平和な部屋の中、オーブンから出されたロリポリは、クルッと丸まった生地に挟んだジャムの断面がかわいい。
まだ温かいホロホロの生地を口に運ぶと、ヴィオラはより子供っぽく笑う。

「私がしょんぼりしていると、お祖母様がいつも作ってくれたんです。庭の杏と農園のリンゴのジャムを挟んで…」
「そうだ、ローベル子爵の前当主夫人にも挨拶に行かねぇとな。去年は手紙と伝言で済ませちまったから、今年の夏は必ず行こう。」
「お祖母様、きっと喜びますよ!お父様にもお知らせしないと。」
「まだ気が早いだろ。」
「いいえ!こういうのは先の楽しみとして持っておくのがいいんです!その方が毎日楽しいんですよ?!」
「そういうもんなのか…」

あれから1年。
もう1年が過ぎようとしている。
(今年はヴィオラの誕生日は必ず祝おう…)
昨年は知り合う頃には既に逃してしまっていたヴィオラの誕生日。
盛大に何かしようと、自分にも先の楽しみとやらを持つことにしたデイビッドだった。
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