黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息と訳あり令嬢の学園生活〜怒涛の進学編〜

異端組の苦悩

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ヴィオラのいる特待生選抜クラスの生徒は、一歩外に出ると全学年のお手本として生活しなければならない。
それ故、ヴィオラも完璧な淑女として振る舞い、常に姿勢を正して授業を受けている。他の5名も同じだ。
男子組は別にあり、政務科のある廊下の反対側に教室があるそうだ。

「ヴィオラ様は動きが洗練されて滑らかですね。いつも手本にさせて頂いております!私も見習わないと!」
「そうなんです!ヴィオラ様は本当に努力されていて、いつも所作の隅々まで美しいんです!ディアナ様にもそれがわかって頂けるなんて、嬉しいです!」
「止めて下さい!アリス様ディアナ様!!」

姫2人に挟まれ、ヴィオラが魔法学棟に向かって廊下を歩いていると、向こうからまた顔ぶれの違う生徒を連れたリリアが歩いて来て挨拶した。

「アリスティア殿下、ごきげん麗しゅうございます。足をお止めしてしまい申し訳ありません。是非とも殿下をお招きしたい集まりがございまして、お誘いの声をかけさせて頂きに参りました。」
「あら、私はそこへ姫として招かれるのかしら?」
「もちろんでございます!敬愛するアリスティア殿下のお姿があるだけで、私共のこの上ない喜びと…」
「ならなぜ、こちらのディアナ殿はお誘いにならないのかしら?それとも、まさか他国からいらした王女をご存知無いとか…?」
「そ…そのような事は…」
「そう言わずに、アリス殿下。余所者など呼んでも意味が無いではないですか。やはり自国の姫の方が親しみやすいでしょうから。」
「そうかしら?アザーレア殿下には話掛けられたそうですけど?」
「エルムとでは国力が違います。何よりアザーレア殿下は他国でも一二を争う美貌の持ち主、醜女の私などとは比べようもございません。」
「まぁ…そんな風にお考えなのかしら…?」

アリスティアの冷たい視線にたじろいだリリアは、さらに深く頭を下げた。

「め、滅相もございません!そのような事…」
「まぁ良いでしょう。それで?何のご用だったかしら?」
「はい!私共が週末に行っている祈りの会に、是非ともご参加頂けないかと!」
「祈り?何に祈るのかしら?」
「女神マナに祈りと聖なる光を捧げ、心の浄化と平穏を授かるのです!」
「マナとは?」
「この国の貴族に多い一神教の主神ですね。この世を創世し、人間を作ったとされています。」
「それは…あまり馴染みがありませんね。わが国は四神教か精霊信仰がほとんどなので、数え切れない程の神々や精霊がいるんですよ。それと、残念ですが我が国では王族は四神を祀る宗教以外には傾向してはならないという教えがあるので、関わり合いは持てそうにありません。」
「私もです。王族は祭事や年中行事以外で宗教に関わってはならないとされています。残念ですが、どうぞお諦め下さいな。」
「そ…そんな!」
「参りましょう殿下、授業が始まってしまいます。」
「そうですね。ではミス・リリア、ごきげんよう。」

リリアは下を向きながら、唇を噛み怒りで肩を震わせていたが、周りの者は悲しんでいると思い慰めていた。

「ふん…アレがアザーレア様の言っていた頭の軽そうな聖女モドキか…いけ好かない。」
「ふふふ、あまりお近付きにはなりたいとは思いませんね、ヴィオラ様と違って!」
「ヴィオラ様に誘われたら、禁を犯してでもなびいてしまいそうですね…気をつけないと!」
「そんな事しませんってば!ほら、もうっ授業に遅れちゃいますよ!!」


2人を急かし魔法学の教室に入るヴィオラを、斜向かいの部屋からエリザベスとエドワードが見ていた。

「今のってヴィオラちゃん?すごーい、腕のとこ見たぁ?特待生の腕章着けてたの!頭いいんだねぇ。」
「シェルリアーナが教えてるって話だったからね。頑張ってるんだなぁ。」
「それもデビィのために?かぁわいいー!!うらやましー!」
「羨ましがってばかりいないで、僕等も本腰入れ無いと、本気でそろそろ危ないんだからね!?」
「はぁ~~~…お見合いかぁ…やんなっちゃうよね…」

家柄、血統、矜持、伝統、がんじがらめの相手探しは難航どころか遭難中だ。
イヴェットに至っては、あまりのストレスに猫化が止まらず、今日は部屋に籠もっているそうだ。

「エドはさぁ、どうなの?いい子見つからないの?」
「僕は…相手探しよりも先に、功績を上げて分家して実家から離れようと考えてるんだ…」
「えー?なにそれ!自分の爵位を持つってコト?凄いけど、それができる程の功績ってなんだろう?」
「ベルタ先生の目指してる魔力抑制剤の開発に関わって、そこに名前が上がれば少しはいいかなと思ってる…」
「あとは…なんだろう?自分で新薬の発明しちゃうとか?」
「そんな事ができたら苦労しないよ…」

むしゃくしゃした気持ちを魔力に込めて、今日も薬の精製を行う。
マイナスな精神状態は薬剤にも影響する、などと言われているが、こちらはそれどころではない。

「シェリーも家を出るって言ってたし…皆凄いね…」
「リズだって、週末会うんだろ?親が決めた相手と…」
「うん…そう…仕方ないよ。私お荷物だし、自分のしたい事しかしてこなかったから…でも魔導具関係の家だし、魔道具作るのだけはさせてもらえそう…」
「ごめんよ…力になれなくて…」
「エドが気にすることないよ!それに、今年中はまだ学生でいられるし、その間は思い切り楽しむつもりだから…」

肩を落としたエリザベスに寄り添い、エドワードも暗い気持ちになってしまう。
この1年は、彼等に取って残された貴重な時間。
全力を尽くさなければ、一生悔やむ事になる。
背負う物の重さに既に心が折れそうになりながら、その日その日を大切に過ごすしか無い。


「そういう時って、無性に甘い物が食べたくなるんだよ…」
「そう言うもんか……」

突然やって来てシェルリアーナのような事を言い出したエドワードに、デイビッドは今朝焼いたタルトと、彼が以前から気に入っていたベリー系のハーブティーを出した。
ツヤツヤのイチゴタルトの2切れ目をパクパク食べるエドワードを見ていると、毛色の違った美形の妙な絵面の良さを感じる。

「リズもイヴェットも頑張ってるのに、友人として何もできないのは情けないよ…」
「家の事となるとそう口も出せねぇしなぁ。」
「僕も早い所何か大きな功績残さないと…って考えてたら頭が回らなくなっちゃって…」
「そういや、エドんとこは医療系って言ってたな?」
「そうだよ。父がシモンズ先生も所属してる王宮の医療棟の主治医の1人で、兄がそれを継ぐ予定。僕もそっち系統の仕事に就くつもりでいるんだ。」
「大変だなぁ…」

エドワードと話をしながら、デイビッドは昼食のグラタンとパンの支度を始める。
パテを練っていると、エドワードがなにか言いたげにこちらを見ていた。

「どうした?なんか話なら聞くぞ?つっても聞くしかできねぇけどよ?」
「いや、その…デイビッド君には…悩みとかないの?」
「どっちかってぇと悩みしかねぇよ!?」

あれもこれもあり過ぎて、もはや悩みの無い状態とは縁が無い。

「でも君なら自力で乗り越えられるんだろうな…」
「そうでもねぇな…親父は放任で当てにならねぇし、自領からはダメ出しばっかりで、おまけに貴族院から目ぇ付けられて、やり難いったらねぇよ?!」
「君も大変なんだね…」
「楽なトコなんざねぇんだろうな。」
「ホントそれ、あーあ…特殊血統の末裔なんて名前ばっかり重くって嫌になるよ…」

エドワードの家はセオドア伯爵家。
吸血鬼と呼ばれた魔族、ヴァンパイアの血を引く特殊な家系だ。
しかし、現在その能力はほとんど活かされず、普通の人間として生活している。

「こう見えてホントにただのモヤシなんだよ僕は…」
「鍛えろよ少しは…」

それからというもの、エドワードは気が滅入るとデイビッドの所へ甘味を求めて現れるようになった。
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