上 下
52 / 64
マウリシア大陸編

四十四話 砕かれた試練

しおりを挟む
「間に合わねぇ!」
ケイは言葉を発した時点で止まった。アリィたちも同じように。
「土壇場でやっと引き出したのねん。」
マリアンの言葉に、ケイとアリィは疑問を浮かべながらマリアンの顔を見る。



「これは、どういうことだ?」
空を凪いだ斬撃にアルクィールは疑問を投げかける。あたしはアルクィールの後方に距離をとって立っていた。
「もう・・・やめよう、これ以上は無意味よ・・・。」
あたしは静かに言った。言葉だけでなく、気持ちも静かだ。だけど、魔力は溢れるように湧いてくる。
(こんなにあったんだ・・・あたしの魔力。これなら負ける気はしないね。)
「まだ判らないのか?我が使命は・・・。」
「無意味って言ってるでしょ。」
あたしはアルクィールの言葉を遮って言った。
「瀕死のお主にいったい何が出来ると言うのだ?」
アルクィールは剣を構え直して、あたしに向き直る。あたしは剣を地面に突き立て、アルクィールに右手を向けて言う。
「砕けよ・・・。」
ばりぃぃぃんっ!・・・
あたしの言葉の後、大きな何かが割れるよな音とともに、周囲の結界が砕けた。
「な!?・・・どういうことだ?」
「わかっているんでしょう?それを感じられないあなたではないはず。もう、あなたに勝ち目はないの。」
アルクィールは何も言わずに剣を振りかぶる。

「先程から言ってる通り、故にこの試練はまだ終わってはいない。」
「あたしだって何度も言ってるわよ、死ぬことでもたらされるのは、あなた自身の終焉のみ。そんな身勝手は許さないわ!」
あたしは突き刺した剣を引き抜くとアルクィールに向ける。
「お前の言っていることも身勝手なことだ。」
アルクィールは振りかぶった剣を振り下ろす。紅き剣閃があたしめがけて飛来する。あたしはそれをアンティヴィアで打ち消す。
「身勝手なのはわかってる。あなたたちにはそれぞれ都合があって、使命があって、その為に命を賭ける。あんたが死んでしまえば、あたしの存在の意味が欠けてしまうでしょう、そんなのは嫌。」
あたしは俯く。例えアルクィールの死が証だとしても、そんなのはそっちの都合で、あたしはその上を歩いていくことは出来ない。

「お前にやる気がなくても・・・。」
「だから!なんでそれに固執すんのよ。このままやってもあたしは負けない。力量を測るのならもう十分でしょ。あなたの死という結果を作ったとしても、それははっきり言って無駄でしかない。決められたことを決められた通りに
やらなければならないなんて、そんなの決まってないじゃん。」
あたしは一呼吸おいて続ける。

「今ここであなたが剣を納めても、いったい誰が責めるっていうのよ。目的は概ね達成されてるでしょ。それくらいの器量もなくてなにが試練よ、自分の都合ばっか押し付けて。簡単なことでしょ?」
ああ、言いたい放題言ってる気もするが、あたしとしてはどうしても納得できないのよね。



「メイリンったら、言いたいこと言っちゃってぇ。」
マリアンが苦笑する。
「しかし、耳が痛いこともあるな。」
つられてヴァルヴィアヴィスも苦笑する。
「お前らまだあいつがどれ程馬鹿かわかっちゃいねぇな。」
「まったくね。」
ケイとアリィがメイから視線を話さずに言う。
「お前たちほど付き合いが長くないものでな。」
(そう、わかっていないかったのは、俺たちのほうなんだろう。これほどまでに、自分勝手でふざけた奴もそうはいない。故に、どうしても惜しくなってしまう。)
ヴァルヴィアヴィスの思案にマリアンが気づいて話しかけてくる。
「ねぇヴァル、あなたまさか・・・?」
「心配するな、もう二度と裏切るような真似はしないさ。それこそ、メイリーの奴は激怒するだろうよ。」
「フフ、そうねん。」
ヴァルヴィアヴィスとマリアンはお互いを見て少し笑うと、メイのほうに視線を向ける。



暫く目を瞑って考えていたアルクィールは、目を開くとあたしを見る。
「愚かなのはわかっている・・・。」
そういって再びあたしに剣を向ける。
「このわからずや!」
「愚かなのはわかっているが、我が道はこれしか思い浮かばぬ。」
どう言っても素直にやめてはくれないのね。
あたしも剣を構えようとしたその時、
「お主の負けじゃ、アルクィール。」
知らない声が聞こえた。

アルクィールとあたしの間の空間が一瞬揺らぐと、そこには一人の老人が立っていた。黒い、というより闇に近い色の服と、深く暗い瞳。夜の闇に溶け込むという言葉がそのまま当てはまりそうな雰囲気の老人。
「グラナ様、なにゆえ此処に?」
アルクィールは剣を地面に置くと跪いて言う。
(なに、偉い人なの?)



「あれは、グラナ老・・・。」
ヴァルヴィアヴィスが驚いた顔で呟く。
「アルクィールの主は彼なのよん。」
「マリア、お前は知っていたのか?」
驚いたまま聞き返す。その質問にマリアンは黙ってうなずく。

「ちょっと待って、そこだけで納得してないでわたしにも分かるように説明してくれる?」
アリィは知らない会話をされることにちょっと苛ついた。
「ああ、すまない。彼は闇霊グラナ。普段は決して表に出ることはないから、おそらくこの世界にも彼のことを記したものは存在しないだろう。故に、どんなに知識に富んだものでも、知らなくて当然のことだろう。」
ヴァルヴィアヴィスがアリィとケイに説明をする。
「まあ、ようは精霊なんだな。」
「あんたそれだけしか、わかってないでしょ。」
ケイの言ったことに、アリィは突っ込んだ。
(わたしの知ってることなんて、ほんの一部でしかないんだろうなぁ・・・。)
アリィはいままで、精霊や魔術のことに関してはそれなりに知っているつもりでいたが、その認識を打ち砕かれた思いをしていた。



「メイリーといったか。お主のことはそれなりに分かってはいる。」
グラナとか呼ばれた爺さんはあたしに話しかけてくる。
「覗きなんて趣味良くないわよ。いくらあたしが可愛いからって。」
「貴様、グラナ様に向かって・・・。」
アルクィールが怒ったが、爺さんがそれを片手で制する。
「気にするなアルクィール。お主は少々堅すぎる。」
「少々どころか、大いに堅いわよ。」
あたしの言葉に爺さんは笑った。アルクィールはこちらを睨んでいたが。

「ところで爺さん誰なのよ?」
爺さんは少し考える素振りをしてから答えた。
「わしも精霊でな、まあ滅多に表に出てくることは無い故、知らぬは当然のこと。精霊の中でもわしのことを知っておるのは高位精霊くらいのものじゃろう。」
ふーん。なんの精霊かは知らないけど、アルクィールの上ってのだけはわかるわね。
「で、爺さんはなにしに来たわけ?」
それが一番の疑問である。まさか、アルクィールみたいなこと言い出さないわよね。
「心配せんでもよい。わしはアルクィールを止めに来ただけじゃ。」
「ああ、それは丁度よかった。このわからずや、どうにかならないか困っていたのよねぇ。」
あたしは冷たい視線をアルクィールに送る。

「グラナ様、我が使命は・・・。」
爺さんは台詞の途中で首を振ると、遮るように言う。
「試練とは相手の力量を試すもの、判ってしまえばそこで終わりじゃよ。それ以降に命を賭すのはお主の我儘じゃ。お主の使命はもう終わったのじゃよ。」
爺さんは静かに、諭すように言った。さすがに年の功・・・って実際の年齢なんかわかんないし、精霊なんだからその辺よくわかんないけど、良いこと言うわね。
「分かりました、グラナ様のおっしゃる通り。ここは引きましょう。」
アルクィールは爺さんに向かって頭を下げる。あたしとしてはかなり納得できないんだけどねぇ。

「まったく、あたしがあれだけ言ってんのに、まったく聞こうとしないで。」
そう、納得できないのはそこである。ほんと、なんてわからずやなんだろう。
「まあそう言うな。だからわしが出て来たのじゃ。ここはわしに免じて許してやってくれまいか?」
まあ、それはわかるんだけどね。
「別に、もう終わったことだし、気にしてもしょうがないからね。それに許す許さないの問題じゃないし。」
その言葉に爺さんは微笑むと、頭を下げる。
「帰るぞアルクィール。」
「はっ。」
「もう会うこともあるまいが、頑張れよ。」
「うん、爺さんも元気でね。」
あたしの言葉が終わるまえに、アルクィールも爺さんも消えていた。

はぁ、疲れた。なんかいっぺんにきたね、身体はあちこち痛いし、斬られた腕はまだ出血してるし。って、え?・・・
あたしは突然視界がぼやけて、そのまま意識を失った。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

目覚めたら公爵夫人でしたが夫に冷遇されているようです

恋愛 / 完結 24h.ポイント:16,940pt お気に入り:3,107

はずれの聖女

恋愛 / 完結 24h.ポイント:85pt お気に入り:1,056

悪女と呼ばれた死に戻り令嬢、二度目の人生は婚約破棄から始まる

恋愛 / 完結 24h.ポイント:837pt お気に入り:2,473

グラティールの公爵令嬢

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:15,088pt お気に入り:3,342

最初に私を蔑ろにしたのは殿下の方でしょう?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:11,743pt お気に入り:1,962

処理中です...