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37.少しは持てよ、疑惑

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おかしい・・・
何故こんなところにチャイナドレスの女の人が居るのか・・・

翌日から装備強化に乗り出した俺たちは、一旦休憩という事でイルセーヌの街に戻ってくつろいでいた。そこで、白に青の模様が描かれた、まるで陶磁器のようなチャイナドレスを着た女性を見つけたんだ。

実際、チャイナドレス自体は不思議な事では無い。女性キャラの有料コスチュームとして売っているのだから、それを購入して利用しているのだろう。男性用も、拳法とか使えそうなチャイナ衣装も売っている。

おかしいのはその部分ではない。
タッキーの視線は見つけてからというもの、釘付けなんだ。破壊力の大きそうな、胸の位置の膨らみにな。あれが現実と差異のない見た目であれば、確かに凶悪な気はする。
まったく、タッキーの奴は気が多くて困るな。

いや、だからおかしいのはそういう部分ではないんだ。
年の頃はそうだな、俺たちより少し上くらいだろうか。自分で言うのもなんだが、無頓着な俺ですら綺麗な女性だと思わされた。温和な笑みを浮かべ、艶やかな唇は見る者を惹きつける気がする。
妖艶と言えば、言えなくもない見た目だ。

だから、俺が言いたいのはそういう事じゃないんだ。
おかしい・・・

何がって、その女性は俺らの方に近付いて来るんだ。
何処かへ行く通り道で、通りすがりかもしれない、俺の自意識過剰だ。って事は無い。別に俺らは通りの真ん中で休憩しているわけでも、店の付近で休憩しているわけでもない。
道の端の何もないところに集まっているだけだ。

それなのに、こっちに向かってくるのはおかしいだろう。

いや、それは俺がそう思っているだけで、メンバーの中に知り合いがいるのかもしれない。ただ、タッキーが知り合いじゃないって事だけは確実だ。目がそう言ってない。

他のメンバーを見回してみるが、月下は胡散臭いものを見るような眼をしているから、違うだろう。そもそも現実で知り合いなら、俺が会っているなり、話しを聞くくらいはあっても不思議じゃない。
姫に関しては首を傾げているから違うのだろう。顔は温和な笑みを浮かべているが、目は笑っていなかった。

アヤカに関しては背中の方に手を回しているので間違いなく違うだろう。ここは街中なので武器は消えているというのに、太刀の柄の位置に手を持っていく阿呆っぷりは変わらない。
フィールドだったら抜刀しそうな勢いだな・・・

と、いう事は、誰も知り合いじゃないらしい。
つまり俺の疑問は俺だけの疑問じゃないってわけだ。

そんな事を考えているうちに、その女性は目の前まで近付いて来ていた。白いチャイナドレスとは反対で、名前はブラックマリア。
黒い聖母?
聖母っていうか・・・いや、ありかも知れないが、黒ってどういう事だろう・・・。

「あの、すいません。」
くだらない事を考えているうちに、ブラックマリアに話しかけられる。やんわりとした綺麗な声だった。
「僕は賛成!」
黙れ。

まだなんの話しもしていないのにタッキーが笑顔で言いやがった。仲間にしてください、とでもお願いされると思っているのか?それはお前の願望でしかないだろうが・・・

「なんでしょうか?」
メンバーの中で一番まともであろう姫が、ちゃんと対応をする。他に期待をしてはいけない。もちろん、俺自身もそこには含まれている。
「実は、LV10のクエストに行けるメンバーを探してまして・・・」
ブラックマリアは困った表情をしながら言ってくる。誰にというわけではないが、メンバーの品定めでもしているのか、一同を順番に見ながらそんな事を言った。

タッキーのニヤケ顔が腹立つが、それは置いておこう。ってか、そんな都合の良い話しがあるのか?逆に胡散臭いだろうと思うのが当たり前だ。
「LV10まで行っているパーティになかなか出会わなくて。それで声を掛けているのです。」
「へぇ・・・」
俺は目を細めてブラックマリアに相槌を打つ。明らかに話しの内容が怪しい。LV10まで行っているパーティを探している?出会わない?じゃぁあんたはどうやって此処まで来たんだ?
まさか全てその日暮らしってわけでもないだろう。

「確かに胡散臭いのは分かりますが、パーティを組む事が少なくて、殆ど一人でプレイする事が多かったんです。」
ブラックマリアは困った顔をしながら苦笑する。
それもどうか分からない。正直、LV8や9あたりからソロでのクリアは難しい。正直に言って俺には無理だ。一部の上級者、まぁ言い換えれば変態プレイヤーなら、やってのけそうだが。
「と言っても、信用してもらうの難しいですよね・・・」
「正直に言えば。確かに、俺らもLV10がクリア出来ず困ってはいるが・・・」
と、つい本音が出てしまう。
このLVまで来ているプレイヤーなら、増員は単純に戦力増だ。
「いいじゃん、手伝ってもらおうよ。」
お前の欲望はとりあえず仕舞っておけ。
「あ、お時間頂ければ、LV9のボスをソロ討伐とかお見せ出来ます。それに、昨日聖黒竜を一人で・・・って、討伐記録見ますか?」
ブラックマリアはそう言いながらシステムデバイスを開き始める。

ちょっと待て、聖黒竜をソロで討伐?それが本当なら、かなり強さだぞ。俺は聖黒竜なんてソロで倒せる技術も無いし、装備も揃ってない。

「凄いよユアキス!聖黒竜のソロ討伐時間68分だって!」
マジか・・・
「で、武器は何を使ってますの?」
アヤカも興味を示したようで、使用武器について聞き始める。ブレないなぁ、やっぱり武器からかよ。
阿呆どもの事はいいとして、それだけの強さがあるならもっと強いパーティとかに居てもいい気がするし、誰かから声が掛かっても不思議じゃない。それがメンバー探し?

いや、そもそもフレンド登録とか一切してないのかもな。

その辺は確認のしようは無いが、どっちにしても怪しい事に変わりはない。正直、まだオルデラの強さに関しては不明だが、もともとソロでプレイしている奴が、ちょっと勝てないからと言って誰かに助けを求めるだろうか?
友好的な人間ならそれをしても違和感がないだろう。だが目の前に居るブラックマリアは、そうは見えない。特定の付き合いもなく基本ソロだったんだろ?

「二刀小太刀です。」
げ・・・

悶々と考えている間に、アヤカの質問にブラックマリアが答える。聞いた瞬間、それはマズイと思ったが手遅れだ。
「まずは装備強化からですわ。」
アヤカが腰に手を当てて、ブラックマリアに対して偉そうに言う。
やっぱりなぁ・・・アホカめ・・・

いやまて、賛成とか以前に、既にパーティに入っている前提じゃねぇか。ふざけんな。
「すっごい。あたしは動きが早いのは苦手だから・・・見てみたい、よろしくね。」
お前もか。晩飯に小細工すんぞ・・・
「でも良かったよ、丁度人手が欲しいところだったんだ。僕タッキー、よろしくー。」
タッキーも満面の笑みだ。いや、タッキーの笑みはどうでもいいが、何故お前も入っている前提で話してんだよ。

そう思って姫の方を見る。
姫も俺の方を見ると、周りの状況に苦笑していた。
まぁ、しょうがない。俺の一存で決める事じゃないし、何より戦力増加は望んでいた事だ。装備強化に関しては時間さえあれば何とかなる事だが、メンバーに関してはそうとも言えない。オルデラとの再戦に備えて、一番の問題だった部分でもある。
それが解決したと考えれば、後は装備強化に集中できる。その中で、ブラックマリアの態度も見えてくるだろう。

しかし、プレイヤースキルは高い事は間違いないだろうけど、出来れば回復役が欲しかったところだ。前衛ばっかじゃねぇか。この面子だと回復面に不安を覚えるのも正直なところだ。

「で、ユアキスも問題無いんだよね?」
加入した事による状況を考えていると、タッキーに確認される。笑顔が若干むかつくが、他のメンバーが賛成なら断る理由も無い。ブラックマリアも俺の発言を気にしているのか、首を傾げてこちらを見ていた。
「あぁ、みんながいいなら別に問題ない。」

「ではみなさん、よろしくねぇ。私の事はマリアって呼んでね。」
俺の返事を合図に、マリアはにこやかに挨拶をした。
丁度いいので休憩を終わりにして、早速マリアの実力の程を見てみたいところだ。可能であれば後半戦の素材集めから参加してもらいたいところだが。
「これから素材集めの続きに行くんだけどさ、この後の予定ってあるの?」
馴れ馴れしくタッキーが話しかける。調子が良いようだが、あのニヤけた顔はちょっとひっぱたきたい気分になるな。

「えぇ、大丈夫よ。事前にパーティ戦を慣らしておくのも必要だから。」
「そう言ってもらえると助かるよ。」
俺がそう言うと、マリアは笑顔で頷いてくれた。
一応本心で言ってはいるが、この都合の良い展開に関しては疑いを持ったままだ。マリアは本当にパーティを組みたいのか、それとも含みがあって近付いて来たのか。それはまだ分からない。
が、今それを気にしたところで始まりはしない。

「早速、出立ですわ。」
早く行きたくて痺れを切らしたのか、アヤカが門の方を指さして言った。それを合図に一同が頷くと、街の出口へむかってぞろぞろと歩き出した。




-CAZH社 自社データセンター 隔離サーバールーム管理室-

「おいおい、なんだコイツは・・・」
禍月は管理室でディスプレイを確認していると、そこに映っている状況に驚きを隠せずに声を漏らす。開いた口からは、食べかけのプレッツェルが落下していき、床のマットに当たると二つに折れて破片が散った。
普段そんなに動じる事の無い禍月を見た美馬津は、一体何事かと思って禍月の見ているディスプレイに近付いて確認した。
「あ、これ10のオルデラじゃないか。まさかユアキスくんかい・・・」
と、そこまで言って美馬津は違うと気付き言葉を止める。てっきり監視映像でも見ているのかと思ってそう言ったのだが、オルデラと戦っているのは女性キャラだったからだ。
「これ、一人で勝てるのか?」
「出来ない事はないけど、普通のプレイヤーには無理だろうね。一応分岐点でもあるし、強めに作っているんだ。それもでパーティで挑めば攻略出来ないことはないように作られている。仕様が変更されていなければね。」
淡々と言った美馬津だったが、内心は驚いていた。禍月の言う通り、その女性キャラはオルデラとソロ戦を繰り広げている。
「ところで、何時の間にオルデラの監視を?」
美馬津にとってその戦闘よりも、オルデラの戦闘映像が確認出来る事の方が疑問だった。
「いやぁ、備えあれば憂い無しってね。何時事が起きてもいいように増やしたんだぁ。まりあの戦闘も見れるし。」
「また勝手な事を・・・」
「一応、しゅにんの許可は貰ってるぞー。」
「それならいいんだけど。」
抗議をする禍月に、美馬津は呆れた視線を向けて言う。
「しかし、これは本当に一人で倒してしまいそうだね。」
まるで機械の様に精確無比な攻撃と回避をしながら戦っているキャラを見て、美馬津が真面目な顔になる。
「だよなぁ・・・こいつ、本当に人間か?」
オルデラと戦っているキャラを細目で見ながら胡散臭そうに言う禍月。
「他に何が居るんだよ。」
「よし、アカデータ調べてやる。名前はELINEAっと。」
「あっ!!」
禍月がそこまで言うと、美馬津が突然大きな声を上げた。
「なんだよアッキー、うるさいぞー。」
その声に両手で耳を塞ぐ仕種をしながら、禍月は美馬津に抗議の目を向けた。
「思い出した、ELINEAはAIだよ。」
「はぁ?なんでAIが単独でオルデラと戦ってるのさ。」
「本社のプロジェクトなんだ。僕らがやっている裏とは違って、より人に近い・・・いや、AIを一人の人間として昇華できるかってところだろうか。」
顎に手を当てて考えながら言う美馬津を、禍月は呆れたように見上げる。
「プロジェクト【Evolved into a human being AI】ここから都合の良いアルファベットを抜き出して【EvoLved Into a humaN bEing Ai】、ELINEAになっているんだ。」
続けて言った美馬津の内容に、禍月は溜息を吐く。
「無理だろー。」
「だからこそ、挑戦するためのプロジェクトなんだろ。」
「いや、そうじゃないって。やる前に無理って分かっててやるのがアホだろー。挑戦以前の問題だって。」
「そう簡単に割り切れるものでもないさ・・・」
禍月が言いたい事は、美馬津にも分かっていた。それでも、技術者ってのは求められずにはいられないという思いも、存在すると美馬津は思う。
「んで、そのAIの戦闘訓練か何かか?これは。」
「僕に聞かれても知らないぞ。」
「うん、分かってる。独り言だ、気にするなー。」
ディスプレイに映るELINEAは、オルデラを倒したところだった。両手に持った片手剣が、両腰に鞘付きの状態で収められる。禍月はそれを、プレッツェルを齧りながら眺めていた。まるで嫌な物でも見るような眼で。
「でもELINEAのプロジェクトは、パーティを組むことで成長させていくのが目的だったような。主にAIの学習事項は感情とコミュニケーション。」
美馬津は制作当時の事を思い出しながら言った。
「こいつがぁ?そんな顔には見えないけどなー。」
消えていくオルデラに向けるELINEAの目は、オルデラを見下すように向けられていた。その瞳は、見る者に恐怖すら与えかねない様にも感じられる。見下ろす視線は鋭く、表情は無表情で、まるで氷のように冷たい印象の顔は、禍月でなくとも嫌なものを見ているように思ってしまうのではないかと美馬津は感じた。
「僕の情報は昔のだからね、方針転換があったとしてもそれは分からない。」
「まぁ、そうだよなー。」
「そこは本社のプロジェクトだ、気にしてもしょうがないだろ。僕らは僕らの仕事をするだけだ。」
ディスプレイから目を離さない禍月に、美馬津はそれだけ言うと背を向けた。嫌なものを見ている様に見えるのは、禍月だけではない。部屋の出入り口に向かう美馬津の顔も、どこか浮かない様に見えた。
「おいアッキー、何処に行くんだー?」
「少し、休憩させてくれ。」
禍月の問い掛けに、美馬津は苦笑しながら、右手で煙草を咥える仕草をしてみせる。
「ずるーい、あたしもなんか気分転換したいなぁー。」
「プレッツェルの味でも変えればいいじゃないか。」
「そう言う事じゃない!アッキーのバカ!」
何気なく言ってみた美馬津だったが、禍月は明らかに不満そうな顔をして言った。美馬津は飛んでくるプレッツェルを手で払いながら逃げるように、管理室を出て喫煙室へと向かった。
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