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48.少しは懲りろ、色惚

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「なんかさぁ、雰囲気が柔らかいというか、口調も穏やかでいいんだよねぇ。」
そうかい。
放課後、帰る準備をしていると中島がそんな事をほざき始めた。最初は裕美だったが、麻璃亜が現れてからずっとこんな感じだ。
中島の事はどうでもいいが、裕美から離れたのは良かったと思っている。ヒナの友達だから、俺にとばっちりが飛んでくるんじゃないかという不安もあったからだ。それが解消されただけでも良い事だよ。

「年上だし、癒される感じだよねぇ。」
癒されなきゃいけないようには見えないがな。今のお前は平和そのものだよ。
「雪待はどう思う?」
俺に聞くな、アホか。
「まぁ、普通じゃね。」
「えぇ、絶対嘘だろ。雰囲気も良くて綺麗なお姉さんだよ、気にならない方がおかしいって。きっとリアルも綺麗なんだろうなぁ。」
・・・

知っているだけに何とも言えない。むしろ何も言えない。これ以上、麻璃亜の話しは止めて欲しいな。
「どうかな。ムキムキのマッチョかもしれないぞ。」
「どうしてそう人の夢を壊すような事を言うかな。」
何がきっかけでボロが出るか分からない。だから話しをさっさと終わらせたいんだよ。
「雪待はさ、男として気にならないのは変だよ。」
いや、お前の物差しで語るなよ。好みは人それぞれだろうが。
「ゲーム内のキャラを?それこそ変だろ。」
「そう言われると、なんか夢がないなぁ。現実も綺麗かもしれないじゃん。」
「かもしれない、だけで後悔する結果にならなきゃいいけどな。」
「あぁ、なんか水を差された気分。」
差してんだよ!

素性も分からない奴に気を持って、現実を知った時に落胆するなんて事はあって当たり前の事だ。面倒だからそれくらいの意識は持ってくれ。
まぁ、他人事だからいいか、俺が気にするのも変な話しだな。

「随分と下らない話しをしていますこと。」
鳳隆院が近付いてくるなり、見下したように・・・いや、見下して言ってきた。あの目は確実に見下している。
俺は巻き込まれてるだけなんだが・・・
ってか聞いてたのかよ。
中島も目を逸らして硬直している。堂々していられないなら、話すなよ。
「ただ一つ言えることは、体形はゲーム内と同等かと思いますわ。」
「え?」
「何でそう思うんだ?」
俺は直接会って知っているが、なんで鳳隆院も知っているんだ?
「ゲームとは言え、身体の動作の再現性は高いと思いますわ。所作に至るまでを上手く伝達出来ている。だからこそ、私も太刀が扱いやすいのですわ。」
なるほど。
「それで?」
「つまり、マリアのゲーム内の動きを見る限り、筋肉質な人間ではないという事ですわ。」
「ほらみろ、適当な事を言うなよ雪待。」
「可能性の話しをしただけだろ。」

「そんな些事はどうでもいいですわ。本日からLV13、私の太刀制作に協力しなさい。」
お、おぅ。
随分とストレートに言って来たな。
まぁ中島の話しが些事というのは同感だが。ただそうだったとしても、お前の武器を作る理由にはならん。
「どっちにしろ、クエストを進めないと材料が集まらないだろ。」
「武器のランクを上げたいのはみんな一緒だよ。」
「私が先です、そこは譲れませんわ。」
「えぇ、ずるいよ。」
うん、俺は別にそれでいい。主力になるメンバーの武器強化が優先、それは正解だと思うし。
「俺はそれで構わない。」
「えぇ、雪待は早く新しい武器にしたくないの?」
「やってりゃそのうち出来るって。クエストをクリアするにも、主力の武器強化を先にした方が有利だろ。」
「その通りですわ。」
「そうか。じゃぁ僕はマリアに協力しようかな。」
お、考えが前向きにシフトした。そう言ったところで、鳳隆院が優先になることは変わらないだろうが。

「それじゃ、帰ってやりますか。」
「しょうがないな。」





クエストLV13-1 洞窟内のゴミ掃除2

おい・・

ふざけんな!

そう思った瞬間、俺はシステムデバイスを思いっきり投げつけた。まぁ、掌上に展開されるディスプレイは、手から離れる事は無かったが。


ニベルレイス。
その名前はこの場所全体を表す言葉だ。つまり、スニエフの街から地下全体がそう呼ばれている。
スニエフの街は地下空洞となっているが、位置としては地上と表現されている。そこから地下は層としてカウントされる。LV12のクエストは第1層~2層、LV13は第3層~5層らしい。今までは大陸で行ける場所が広がっていったが、LV12からはもくもくと地下に潜っていくだけなのだろうか・・・
もしそうなら気が萎える。何て事になる可能性もありそうだ。
それに加えてゴミ掃除2連続、そりゃシステムデバイスも投げたくなるわ。


「ユアキス、みっともないからやめなよ。」
うるせぇ。
「じゃぁタッキーはこのクエストに納得いってるのか?」
「え、嫌だけど。」
何をさらっと言ってやがる。冷静を装ってどういうつもりだ。あ、冷静じゃないか、やる気が無いのか。そう言ええばまだ、マリアがログインしてきてないもんな。

「だらしがないですわ。」
来たか・・・
「一番最初に力尽きたお嬢様が言える立場ではありませんよ。」
確かにそうだ。最初にへばって外道の端で休んでいたっけな。エメラがそれを指摘するように突っ込むと、アリシアはエメラを睨む。
「エメラ、わたくしに喧嘩を売っていますの?」
「いえとんでもない、失礼しました。」

エメラって、毎回突っ込みは的確なんだけど報われないな。まぁ、言い方はあれだけどな。
アリシア曰く、エメラは侍女と言っていたな。であれば、アリシアの家で雇っているのだから、あんまり出過ぎた事も言えないのだろう。
そういう設定なんだろうな。

「昨日の今日で、もう一度あの乱戦はモチベーションが下がりますね。」
「本当にな。」
姫も苦笑いで言う。俺もまったく同意見だ。
「それ以外で下がっている面倒な人もいますが。」
続けて微笑みながらそんな事を言った。まぁ確かに面倒だけどな。マリアだってそのうち来るだろうから、居る居ない程度で浮き沈みしないで欲しいものだ。
「お可哀そうに、報われない恋、ふふ。」
・・・
微笑みが嘲笑うような顔になってるぞ。

「姫ぇ~。」
「どうしました月下?」
そこへ月下が現れると、いつもの柔らかい微笑みに戻っていた。恐るべし・・・
面倒だがアヤカなんかは言う事がストレートだ。だが、姫の場合含みがある上に、たまに発言が黒い。メンバーの中では一番敵に回したくないな。

「あの、すいません。」
マリア待ちで、いつものくだらない会話をしていると、見知らぬ女性が声を掛けてくる。
青みがかった銀色の髪、歳は俺らと同じくらいに見える。普通に見ると美少女だ。実際は分からないが、ゲームの中でくらい好きな見た目になって楽しむのもありだと思う。
現実の事は知ったこっちゃないけど。他人に対する考えなんてそんなものだ。出会うごとに考えていたら疲れるだけだしな。

「ん、俺?」
「はい。」
「ユアキス~、いつの間にこんな可愛い娘と知り合ったんだよぉ。」
俺が見知らぬ女性に話しかけられていると、それを察知したタッキーが近付いてきて、恨みがましい目でそんな事を言った。
うぜぇ。
「今、初めて、声を掛けられたんだ。」
「あ、そうなの。」
話しが進まないから絡んでくんな。

「で、何の用?」
「先程、会話が少し聞こえてきたもので。よろしければ、クエストお手伝いしましょうか?」
なんて奇特な女性なんだ。こんなまとまりのないパーティに入りたいだなんて。とはいえ、初見なんだから、そんな事を知るわけないよな。

「いや・・・」
「一応、LV14の終わりまで進んでいるので、役には立てると思いますよ。」
断ろうとしたら、その女性は更にアピールまでしてきた。ってか凄いな、もうすぐ15って事か。
「すごいや!」
タッキーが驚きの声を上げると、それまで気にはしていたが参加してなかった他のメンバーも寄ってくる。

「確かに、そんな人が参加してくれたら楽になるよね。」
「そうですね。」
そこまで進んでいるなら、当然俺たちよりも装備は強いだろう。月下の言う通り、参加してもらったら楽に違いないが、俺にそのつもりはない。
「武器は何を使ってますの?」
聞くな。
でもまぁ、参考にはなるかもしれないか。
「はい、片手剣の二本使いです。」
俺と同じ片手剣で、火力重視の方か。俺は選ばなかったが。使いこなす自身もなかったし。

「ユアキス。」
それを聞いたアヤカが俺の肩に手をぽんと置くと、優しい顔になる。次に出る言葉はだいたい予想できた。
「短い付き合いでしたわ。」
「アホか!」
「まぁユアキス、後は僕に任せてよ。」
くそ、こいつら調子に乗りやがって。だったら外れてやろうじゃないか。

「おう、それじゃ頑張ってくれ。俺は俺で頑張るわ。」
「え?」
引くとは思わなかったんだろう、タッキーが驚きの顔で硬直する。
「ちょ、おに・・・ユアキス、何アホな事言ってんの。」
流石に月下もそんな事を言い出すと思わなかったのか、おにぃとか言いそうになりながら頬を膨らませて抗議をしてくる。

「私は、ユアキスに付いていきますよ。もともと、その為にこのパーティに入ったから。」
「あたしも、姫とユアキスが居ないとやる意味無いし。」
まさかこんな事になるとは。売り言葉に買い言葉ってのはよくないよな。それでも、姫と月下はこっちに付いてくれるようだし、それはちょっと嬉しかった。
「色惚け能天気と、猪突猛進刀馬鹿は仲良くおやりなさい。」
・・・
かなり小さく、ぼそりと言ったがようだが、俺にははっきりと姫がそう言ったのが聞こえた。
あれは、本音なんだろうか。
俺もどう思われているのか、想像すると怖くなってきた。

「私も、ユアキスだからパーティに入ったの。変える気はないわ。」
いつの間にかログインしてきたマリアが、俺の横に来てそう言った。うーん、俺は自分が好きなようにやってるだけだからなぁ。
まさか俺と組もうという酔狂なやつが居るとは思わなかったよ。

「い、いや、冗談ですよ、ね。」
マリアが現れた時から、バツの悪そうな顔をしていたタッキーが慌てて言い出した。狙ってはいなかったが、良い感じでやり返せたので悪くない。
「ユアキスが抜けたら、誰が私の材料集めをすると思ってますの。」
え、いや、自分でやれ。
アヤカのはおそらく冗談だったのだろうと思ってはいたが、持ち前の我儘っぷりには通用しなかったようだ。少しは言った冗談に懲りてくれるかと思ったけど、甘い考えだったな。

「あの、すいません。私、余計な事をしてしまったようで。」
「いや、あんたは悪くない。悪いのはこいつらだ。」
俺はそう言うとタッキーとアヤカを指さす。
「うぐぁっ・・・」
その直後、タッキーが月下の蹴りを食らって、変な悲鳴を上げる。

「まぁそういうわけで、俺らメンバー固定なんだ。助けるなら、他の奴を助けてやってくれ。」
「分かりました。でも、不足が出る日もあると思うんです。その時にでもお手伝いしますね。」
俺の言葉に、女性は丁寧に返してくれた。
なんてまともな人なんだ、久しぶりに普通の人に出会った気分だよ。でも、そこまでして助けたい理由は分からない。
俺らより進んでいるなら、決まったパーティでも居そうな気はするんだが。他人事なんで、詮索する気もないが。
「あぁ、ありがと。」
一応、礼は言っておく。
「その時のために、フレンド交換をお願いしてもいいですか?」
あぁ、確かにそうだな。

「良かったな、タッキー。」
「え、僕?」
面倒だから俺はいいや。そう思ってタッキーに振っておく。
「こういうのはタッキーの出番じゃん。」
「そうですね。」
「え、いや、いつ決まったの?」
月下と姫も冷ややかな目線で言いうと、タッキーが慌て始める。アヤカは既に興味が無いのか、システムデバイスで何かを見ている。
「僕、女子とみれば誰でもいいみたいに、思われてない?」
何を言ってるんだ。
「違うの?」
「違いました?」
「今更だろ。」
「そ、そんな事、無い、からね?」
タッキーはそう言って、終始微笑んで見守っているマリアの方に向かって言った。たがマリアは無言のまま表情を変えない。ある意味怖いな。
「うぅ・・・わかったよぉ。」

「あなただけですか?」
「うん、他のメンバーには僕から伝えるから。」
「分かりました。」
疑問を口にしながらシステムデバイスを操作する女性と、タッキーは渋々フレンド交換をした。
「もし助けが必要でしたら、いつでも声を掛けてくださいね。」
女性は笑顔でそう言うと、お辞儀をして去っていった。人としては丁寧で、まともそうな感じはするな。というか、あれが普通なのかもしれない。そう思いつつメンバーを一瞥だけする。

そう言えば名前、と思って去っていく女性の頭上を確認。
ELINEA。
(えりねあ?でいいのか?)
まぁ、何にせよ、今後会う事があるかどうかも分からない相手だ。覚えても仕方がない。

「何で僕が・・・」
何が不満なのか、タッキーはELINEAが居なくなった後もぶつくさ言っている。まぁ、自分で蒔いた種だ、放置でいいだろう。それよりも。

「そろそろ行くか。」
「面倒ですわ。」
お前なぁ・・・そりゃみんなそう思ってるけどさ、出鼻を挫くなよ。
「やらなきゃ太刀を作れないだろうが。」
「・・・そうですわ。」



今回のクエストは陽至の道に出る蜘蛛を討伐だそうだ。蜘蛛って時点でもう嫌だ。あの見た目は好きじゃない。

「居ましたわ。」
アヤカの声で、道のど真ん中に佇む大型の蜘蛛1匹。しかも、かなりでかい。
「あれだけか?」
「めっちゃ強いゴミなんじゃない?」
その可能性も否定出来ないが。

「わたくし、どうやら熱があるようなので、一度街に戻りますわ。」
「お嬢様、それは仮病という病気じゃないでしょうか。」
「エメラ・・・」
「あ、すいません、つい。」
まぁいい。前回の事もあるし、居ても役に立たないだろう。むしろ静かな分、戦闘に集中できそうだ。
「戻ってゆっくり休んでくれ、今後のために。」
「ユアキスがそういうのであれば、致し方ありませんわ。」
なんとなくアリシアの操作方法が分かってきた気がする。
「ではお嬢様、戻りましょう。」

「これで戦闘に集中できそうね。」
アリシアとエメラが居なくなり、マリアがそう言ったという事は、やはりうるさかったんだな。普段、文句の一つも言わないから、何を考えているのかよく分からないんだよな。
「とりあえず、遠くから撃ってみる?」
「それはありですね。」
タッキーの提案に、姫が同意して弓を構える。タッキーも銃を抜くと、俺たちはゆっくりと蜘蛛に向かって近付いて行った。

銃の間合いに入り、タッキーが銃を構えた瞬間、蜘蛛がこちらに目を向けてきた。怖ぇ・・・
「だめだ、気付かれてるよ。」
と、言いつつもタッキーは火炎弾を発射。その銃弾が蜘蛛に当たる直前、何かが飛び出してきて火炎弾を受ける。
「げぇぇっ!」
その何かはすぐに判別できた。月下が悲鳴を上げるのもわかる。大型の蜘蛛から、小さい蜘蛛がわらわらと排出される。
「気持ち悪いですわ。」
「夢に出てきたら嫌ですね。」
嫌な事を言うなよ。

くそ、今回は大型1体かと思ったが、こういう事だったんだな。だが、本体を倒せば終わるだろう。
「とりあえず、本体を倒そうぜ、きりが無さそうだ。」
「そうね。」

マリアが頷くと、俺と月下、マリアとアヤカは沸いてきた小蜘蛛を蹴散らしながら本体へと向かって行った。



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