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第17話
「本当にご迷惑じゃありませんか?」
「全然!直央くんはもう、息子みたいなものですし。」
「まぁ、よかったわねぇ、直央!」
「か、母さん……。」
天宮邸に集う母二人、息子二人。
やり手の母達に幼気な息子達が敵うわけもなく、終始押され気味な雰囲気だ。
直央の母、舞香が半年ほど仕事で海外をまわらなくてはならなくなり、直央はしばらく汐音の家で同居することになった。
直央が特殊体質のエフだとわかり詳しく検査してもらったところ、このままフェロモンの分泌が長期間続くと、自然にオメガへの覚醒がはじまってしまう可能性があり、薬を飲み始めた。
珍しい症例でまだわからないことが多く、弱めのオメガ用抑制剤で合うものを探しているが、直央は副作用がひどく体重も落ちている。
一人にさせるのは心配だからと舞香は仕事を断ろうとしたのだが、香菜子が事情を知り、直央を預かると申し出たのだった。
「汐音くん、直央のこと頼むわね。」
「はいっ、もちろんです!」
流石の汐音も緊張気味で舞香を見る。
「汐音、毎日恋人と一緒だからって、ハメを外さないようにね。」
恋人の母親の前で自分の母親にウィンクされ、汐音は恥ずかしさに頭を抱え、それを見た直央まで真っ赤になってしまった。
「まぁ。」
「二人とも可愛いこと。」
「本当ですね。」
理解のあり過ぎる母は恐ろしい。
二人は意気投合して止めどなく喋り始めた母達からそそくさと退散し、2階へと避難したのだった。
「明日から行くの、愛眞会病院だっけ?」
「うん。」
汐音の部屋に落ち着くと、二人はベッドの上で並んで座り壁にもたれかかった。
「クリニックの先生が、珍しい症例だから専門病院で診てもらった方がいいって。」
「午前中だろ?俺、明日休講の授業が重なって5限だけだから、親父に車借りて送ってやるよ。」
「うん、ありがと……。」
直央は首をコテッと横に倒し、隣の汐音の肩に頭をのせる。
「直央?」
直央がこうして甘えてくるときは、心配事があって不安な時だ。
汐音は直央の髪の感触を確かめるように頭を倒して頬を寄せ、直央の手を握った。
「………。このままさ……このまま、薬が効かなくて、僕がオメガになっちゃったら……どうする?」
直央が汐音の手を握り返す。
「んん?そしたら、それはそれで、俺は嬉しいけど。」
「なんで!?」
汐音の明るい返事に、直央は戸惑い怒りながら体を離し汐音を見据えた。
「だってさ、直央がオメガになったら、何年か後には結婚できるかもしれないじゃん。」
「けっ……。」
「直央は体が変わって大変になっちゃうだろうけど、俺全力で支えるよ?……あっ、子供もつくれるな。俺と直央の子とか、絶対可愛いに決まってんじゃん、な?」
夢見るように楽しそうに話す汐音に呆気にとられていた直央は、子作りの話までされていつも通り頬が赤く染まっていく。
そんな直央を汐音はぽすんとベッドに押し倒した。
「し、汐音?」
階下に母親達がいるのにと焦る直央の唇を柔くそっと啄むと、汐音はギュッと直央を包み込む。
「なんもしないよ。くっつくだけ。」
「……今、キスした。」
「ダメだった?」
「………汐音はズルい……。」
直央はそう言ってモゾモゾと汐音の鼓動が直接聞こえる場所に落ち着いた。
「汐音……。」
「ん?」
「大好き。」
「俺も。」
二人はしばらくの間、ただ心地いい体温を分け合い、目の前の不安を溶かしていったのだった。
「でもまさか、あの花屋のお兄さんが伊織さんの運命の番だったなんて……。」
「偶然てすごいよな……ってか、兄貴の運命なら、あれも必然だったのかもな。」
「まだ見つからないんでしょ?……伊織さん、大丈夫そう?」
「ああ、普通だし、むしろあれからバリバリに仕事してて逆に怖ぇよ。」
「僕がエフってわかったあの日にいなくなったんだっけ?……もう、ひと月経つよね……。涼太さん、どこにいるんだろう……?」
◇◇◇
愛眞会病院中庭──。
「ここでいいですか?一色さん。」
「はい……。」
出張だと言って宗一郎の訪問がなかった前日、涼太は一人病室で天井を見つめ続け、食事もほとんど手をつけず、体の中の水を使い果たそうとでもするように静かに泣き続けていた。
宗一郎に会えず不安になっているのだろうと思った看護師が、「たまには外に出てみませんか?」と歩く気力もない涼太を車椅子に乗せ、中庭に連れ出してきたのだ。
久しぶりの陽の光は涼太には眩しすぎ、辛そうに目を細める。
穏やかな風にのる緑の匂いが残酷に涼太の絶望を刺激して、喉の奥が締めつけられた。
自身の提案が涼太にまた影を落としているとは気付かない看護師に、中庭を見渡せる木陰に連れてこられた涼太は、掠れる声で呟いた。
「一人に……して、もらえますか……。」
看護師は30分くらいしたら迎えに来ると涼太に告げ、病棟へ戻っていく。
中庭にはよく手入れされた花壇があちこちにあり、柔らかく木陰を作る木々の緑の中で彩りを添えている。
その色彩豊かなはずの風景を、涼太は白黒の世界に変え、ただ目に映していた……。
「涼太、さん?」
突然、目の前に現れた人影に自分の名前を呼ばれ、涼太の体がビクンと硬直する。
「だ、れ……?」
恐々とその人影を見上げ、涼太は記憶を辿りだした。
「僕、村上直央です。前に一度お店にお邪魔したことがあって……。恋人の汐音と一緒に母のプレゼントをお願いしたんですけど……。」
涼太は、随分と驚き自分の名前を呼んだあと、嬉しそうに話しかけてくる直央を僅かに警戒しだす。
直央はそんな涼太の前にしゃがみ込むと、穏やかに彼の視線を捉え微笑んだ。
「涼太さん、僕の恋人の汐音の名字は天宮なんです。天宮汐音……。」
「あ、まみ…や……?」
涼太の胸が早鐘を打つ。
「はい。汐音は伊織さんの弟です。」
「……っ!」
「伊織さん、必死に涼太さんを探してます。……まさかこんなところで会えるなんて……!」
無邪気に喜ぶ直央に、涼太の困惑はまだ伝わっていない。
「僕、帰ったら伊織さんに伝えますね!きっとすぐ迎えに……。」
「やめっ、やめてくれっ!」
「涼太さん?」
涼太は必死に直央の肩を掴んだ。
「いお……伊織、くんには……言わないで……頼むから……。」
恐怖に震える涼太に戸惑う直央は、彼のうなじやパジャマのシャツからのぞく胸元にいくつかの痕を見つけ、少しずつ理解しだす。
「涼太さんをここに連れてきたのって、河野宗一郎じゃありませんか?」
「なん、で……。」
「やっぱり、そうなんですね。」
「あの、……俺、は……。」
直央は静かに涼太の手をとり、真っ直ぐに話しかけた。
「わかりました。涼太さんを困らせることはしません。僕、来週またここに診察に来るんです。……僕、特殊体質のエフみたいで。」
涼太はその言葉に僅かながら顔色を変える。
「その時、もし僕に用があったらまたここにいてください。」
「直央くん……。」
「それじゃ、また……。」
涼太は唇を噛みしめる。
──もしかしたら、最後のチャンスかもしれない……。
涼太は踵を返した直央の背中に声をかけた。
「直央くんっ。……頼みがあるんだ……。」
愛眞会病院の駐車場で直央を待っていた汐音は、勢いよく助手席に乗り込んできた直央に目を丸くする。
「どうしたんだよ。なんかあった?」
「汐音、早く、どっかこの近くの花屋に寄って!」
「花屋?」
「いいから、早くっ!」
汐音はわけもわからずエンジンをかけ駐車場を出た。
「なあ、一体どうしたんだよ?」
「汐音、涼太さんがいた。」
「はっ?」
「あの病院に入院してたんだよ!」
「マジかよ!?なら、すぐに兄貴に……!」
「その前に、花屋寄って!頼まれたんだ、涼太さんに……。」
車の中で溢れる純粋な希望。
その一方で、病室に戻った涼太には、苦しい絶望がやってきていた……。
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