【完結】フェイクオメガ

水樹風

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第25話


 宗一郎がパトカーから降り警察署に入る様子は、収賄事件の取材で署に集まっていた記者達に捉えられ、佐塚のスキャンダラスな音声を証拠とした暴露記事も後押しして、河野親子の権力失墜は決定的なものとなった。

 伊織の目的は涼太を救うこと。
 そのために宗一郎に『社会的な死』を与えただけの彼は、それから逮捕、起訴された河野の人間に、もう興味はなかった。



 涼太が昏睡状態になり四日目──。
 笹森に強めの抑制剤を注射され、特別に許可をもらった伊織がICUへと足を踏み入れる。


 ──『じゃ。待たせ過ぎんなよ。』


「ごめんなさい、涼太さん。こんなに待たせてしまって……。」


 どんな涼太でも取り戻す……。
 そう思い続け、覚悟もして伊織は涼太に会いに来たつもりだった。
 しかし、自身の頬にキスして笑った記憶の中の涼太を瞼の裏に描いた後で、いざ痛々しい姿の涼太が瞳に映ると、伊織は叫び出しそうな程に胸が締め付けられ、宗一郎への殺意すら芽生えてくる。


「涼太さん……。俺に、ちゃんと返事させて下さい。……お願い、ですから……。」


 ベッドサイドの椅子に座り、涼太の真っ白い手を両手で包み込んだ伊織は、ベッドに肘を付きその手に額を寄せてひたすら祈り続けた。
 モニターが刻むリズムだけが、涼太の生を示す病室。
 その音以外、時が止まっているように、伊織は涼太の手を握りずっと彼を見つめている。
 一体どれだけの時間が過ぎたのか……。笹森が静かに病室へと入ってきた。


「天宮さん、そろそろ抑制剤の効果が薄れてくると思います。一度フェロモン値を測定させて頂けますか?」
「……わかりました……。」


 その言葉に伊織が立ち上がり、笹森と病室を出ようと涼太に背を向けた時だった。
 ふんわりと漂う甘さが伊織の動きを止め、体中を痺れさせる。


「───ッ!」


 それは涼太と伊織、二人だけが伝え合う『運命』──。
 震えながら、ゆっくりと伊織が振り返る。愛しい人の目元からは、涙が零れ落ちていた……。


 ──あぁ……。なんて、香りだろう……。俺の、大好きな……人…待って……る、から……。


 伊織の大きな手が涼太の頬を包み、彼はその手の親指で優しく涙を拭う。
 涼太はそれに応えるように、そっと瞼を持ち上げた。
 その瞳が確かに伊織を捉えると、愛しそうに揺らめいていく……。


「一色さんっ!わかりますか!?」


 慌ただしく病院スタッフが交差し始める中、涼太と伊織は、離れていた時間を分かち合うように視線を絡め、二人の甘さおもいを確かめあった。


 ──伊織くん……。やっと、会えた……。


「……おかえり、涼太さん……。」




 三日後──。
 面会の許可が出たと伊織から連絡をもらった祐貴が、病院を訪れた。
 彼は目覚めた涼太を見ると、弾かれたようにベッドに駆け寄り、声を上げて泣き崩れる。


「……ゆう、き……。」


 やっと絞り出した涼太の掠れた声。祐貴は大切な親友の肩に手を置くと、次の言葉のために大きく息を吸い込んだ。


「……っ、バカッ!涼ちゃんの大バカッ!……俺が、どんだけ心配したと……思って……!」


 ぐちゃぐちゃな顔で叱る祐貴の目から、どんどんと溢れ出しては止まらない涙……。
 人目もはばからず自分のために泣いてくれる無二の親友に、涼太の強張ったままの心が溶かされて、彼の目も涙でいっぱいになっていく。


「祐貴……、祐貴、ありがと……。うっ、うぅ……。ごめん……な……。」
「本当に、良かったよぉ……。涼ちゃんっ!」


 二人でしばらく泣いたあと、祐貴は手の甲でグッと目元を拭い、やっといつもの笑顔を見せた。
 そんな祐貴のシャツを、涼太が僅かに掴み躊躇いがちに見つめてくる。


「祐貴……。その、宗一郎さん…の…こと……なにか、知ってるか……?」
「涼ちゃん……。……知ってはいるけど、もう少し、元気になってから聞いたほうが……。」


 心配そうな祐貴に、涼太は首を小さく左右に振った。


「いいんだ……。教えて……頼む。」
「………わかった。……河野宗一郎は、警察に逮捕されたよ。あいつドラッグ使って、涼ちゃんをオメガにしてたんだ。他に何人も、オメガやエフの人があいつの被害に合ってたらしい……。」
「……そう……。」


 ──そっか……。全部……あの優しさ、全部……嘘だったのか……。


「俺の、偽物フェイクは……なかなか、終わらないな……。」


 涼太がボーッと呟くと、祐貴が涼太の額をピンッと指で弾いた。


「イテッ。」
「涼ちゃん、いつから偽物になんてなったのさ。」
「えっ?」
「俺の親友は昔からバカなまま、ここにいるけど?」
「………。」


 涼太は祐貴のその言葉に、気まずそうに黙り込んでしまう。
 そんな時、祐貴は集中治療室の前の廊下を歩いてくる伊織を見つけた。


「まったく……。じゃあ、涼ちゃんには、ずっと本物はないんだね?伊織さんが好きだとか言って、俺にうじうじと相談してきたけど、あれも偽物だったんだ?」
「ち、ちがっ……。」


 祐貴に呆れた様子で言われ、涼太は焦って否定する。


「涼ちゃんが本気じゃないなら、伊織さんにちゃんと言いなよ?」
「ほ、本気だよ……。俺は……ずっと、……俺には、伊織くんだけ…で……。」
「涼太さん……?それって……!」
「……えっ!い、伊織くん……っ!?」


 気付けば、病室の入口に伊織が立っていた。


 ──や、やられた……。祐貴のヤツぅ……。


 恥ずかしさに視線を彷徨わせる涼太を見て満足した祐貴が、イタズラ顔で伊織の肩を叩く。


「じゃ、あとはお二人でごゆっくり。涼ちゃん、また来るね。」
「あ、ゆ、祐貴っ!」


 祐貴は伊織にニッコリと笑いかけ、そのまま帰ってしまった。

 涼太が伊織と会うのは三日振り……。
 あの日は涼太が目覚めて視線を交わしただけで、きちんと会うのは伊織のオフィスでの告白以来だった。


「……伊織くんも、来てくれたんだね……。」


 涼太が気まずそうに照れて言う。
 彼のその表情かおが、美術館でのお見合いデートの時とそっくりで、伊織は嬉しそうに微笑んでベッド脇に歩いてきた。


「少しずつ顔色良くなってますね、涼太さん。」
「そう?」
「でも、もうちょいふっくらして下さいね。……このままじゃ、抱き心地わるそうなんで。」
「はっ?んなッ……!」


 真っ赤になった涼太に、伊織がプッと吹き出す。


「相変わらず、ちょろい、涼太さん……ふっ……。」


 からかわれた涼太が、怒って頬をぷぅーっと膨らませた。
 この数ヶ月、宗一郎に苦しめられ続け傷付いてきたはずの涼太……。
 これからの人生までも変えられてしまったというのに、涼太は涼太であり続けている。
 伊織は、宗一郎が決して汚すことの出来なかった涼太の透き通る内面が、堪らなく愛しくなった。
 ふっと真剣な熱を宿しベッドに腰掛けた伊織に、涼太の胸が甘く痺れる。
 二人だけの香りがただ『明るい日みらい』のため、この運命を包み込んだ。


「愛してます、涼太さん。……俺の、恋人になってくれますか?」
「うん。……伊織くん……待たせ過ぎだよ……。」


 はにかむ涼太の手に伊織が熱く口づける。


「早く元気になって、涼太さん。」
「……伊織、くん?」


 伊織の指が涼太の唇に熱を移した。


「早く、こっちにキスさせて?」
「へっ?……もう、……何、言うかと思えば……。」


 涼太は真っ赤になりながらも、グッと伊織を引き寄せ、彼の耳に妖艶な囁きを吹き込み仕返しする。


「キスだけで、いいんだな?」
「──ッ、涼太さん!?」


 焦って体を離した伊織を見て、涼太は楽しそうに笑っていた。


 ──あぁ、もう!なんだ、この可愛さっ!


「涼太さん、退院したら、覚悟して下さいね。」
「えっと……うん……。」


 
 ──待ってて、伊織くん。












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