【完結】フェイクオメガ

水樹風

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第30話

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 祐貴と咲季はチャペルで挙式した後、披露宴はせずホテル内のレストランで両家の食事会をすることになっていた。
 チャペルを出て二人を見送ると、伊織が心配そうに涼太を覗き込む。


「涼太さん、疲れました?」
「うん……、疲れたっていうか、ホッとしちゃって……。」
「どうします?今日は帰って休みましょうか?」
「大丈夫だよ。せっかくお母さんがご飯作ってくれてるんだから。行こ。」


 涼太は伊織の手を取って、別館へと歩き出した。


「祐貴、泣きすぎて、咲季ちゃんに呆れられてたよな。」


 プライベート用のエレベーターで二人きりになると、涼太は珍しく自分から伊織の腕に自身の腕を絡め身を委ねる。


「安心して下さい、涼太さん。俺は呆れてませんよ。」


 伊織がそう言って、泣き腫らした真っ赤な目の涼太を茶化すのだが、いつものようにムキになって怒ることもなく、涼太は更に伊織の腕にしがみついた。


「涼太、さん?」
「伊織くん、俺、チャペルの装花までやらせてもらえて……幸せだった……。」
「あの中に立つお二人も、幸せそうでしたね。」
「うん……。」


 最上階に到着し、エレベーターのドアが開く。


「涼太さん、降りますよ。」


 伊織がその言葉と同時に一歩踏み出した時だった。
 涼太の腕が力をなくしてすり抜け、ドサッと重々しい音が伊織の顔を蒼白にする。


「──ッ!?涼太さんっ!?しっかりして!涼太さん!!」





 ◇◇◇





 涼太が瞼を持ち上げ最初に目にしたのは、見慣れた天井だった。


 ──また、ここで目を覚ますなんてな……。


 ポタポタと落ちる点滴を見ながらボーッとそんなことを思う。
 涼太は慣れた様子で枕元を手で探り、ナースコールのボタンを押した。


「天宮さん。」


 病室に入ってきた笹森は明らかに怒っている。
 彼の後ろから入ってきた伊織もまた同様だった。


「ご気分はいかがですか?吐き気や目眩は?」
「……吐き気が、少し……。」


 笹森は涼太の胸の音を確認した後、聴診器を白衣のポケットしまいながら厳しい目になる。


「天宮さん、私の指示を守りませんでしたね。」
「……すみません。」
「薬の服用方法1つでどんな影響が体に出るか、あなたもわかっていたでしょう?」
「…………。」
「パートナーの伊織さんにも体調のことを伝えていなかったなんて……。」


 涼太は恐る恐る伊織の顔色を伺うものの、目が合った途端にビクッと視線を逸らしてしまった。


「さっき血液検査もさせてもらいましたが、肝機能の数値がやはり良くないです。抑制剤の服用はしばらく中止しないといけません。」
「はい……。」
「伊織さんにも協力してもらって、次のヒートは薬なしで乗り切って下さいね。」
「……はい……。」


 ちょうど点滴も終わり、笹森は処置をして病室を出ていった。
 伊織と二人きりになると、涼太はベッドを動かし起き上がる。
 そこからは、逃げることなく窓際に立つ伊織の不機嫌な瞳を見つめた。


「ごめんなさい。今日も、次のヒートも、迷惑かけて。……あと、薬のことも……黙ってて、ごめん。」


 伊織がツカツカとベッドまで歩いてくる。
 伊織に怒られるのだと思っていた涼太は、予想外の耳に直接響く伊織の鼓動に体が痺れて動けなくなった。
 壊れてしまいそうな程の不安を伝えてくるその音と、震える彼の息遣い。


「……失うかと、思った……。涼太さんを……失うかとっ……!」
「うん……。」
「……俺はもう、涼太さんがいなきゃ、ダメなんですよ……?」
「うん……。伊織、ごめん。本当に、ごめんな。」


 涼太は一度伊織の腕を抜け出すと、ベッドに座った彼の頭をそっと抱き寄せる。


「今回は、俺、伊織が心配するのわかった上でやったんだ。俺の我儘で……。」
「涼太さん?」
「でも、伊織にちゃんと相談するべきだった。だから、今、話聞いてくれるか?」
「………本当に、あなたは……。こんな時だけ呼び捨てにするとか、ズルいですよ。」
「うん、ごめん。」


 涼太はその言葉と共に伊織の目元に口づけると、自分の決断おもいを伝え始めた──。


 今回、ブーケだけでなく装花も手掛けると決まった直後、検査でオメガフェロモンの分泌が異常に増えているのがわかったこと。
 今回の仕事だけはどうしてもやり遂げたくて笹森に相談し、吐き気や目眩などの副作用が出たらすぐに服用を中止する約束で、強い抑制剤を処方してもらったこと。
 そして、二週間前から吐き気が続いていたが、ずっと薬を飲み続けていたこと……。


「どうして、そんな無理をしたんですか!?」
「これで、最後だから……。」
「えっ?最後って……?」


 戸惑う伊織の髪に手櫛を通しながら、涼太はこの上なく美しい笑みを浮かべている。


「俺、久しぶりに仕事として花と向き合って、俺のオメガの体では仕事は無理なんだって、よくわかったんだ。」
「そんなっ!」
「ダメだよ、身内贔屓は。現実問題、俺には無理だろ?」
「…………。」
「最後に、親友の結婚式の仕事で終われるなんて最高じゃないか?……だから、ごめん。迷惑かけるのわかってて最後までやり通した。」


 伊織は靴を脱いでベッドにあがり、涼太の横で寄り添い足を投げ出して座った。
 涼太の頭が自然に伊織の肩に乗り、指を絡ませて手を繋ぐ。


「俺に相談しなかったこと、本当に反省してますね?」
「うん。」
「あと、……次のヒートは容赦しませんから。覚悟して。」
「それは……っ、う、うん……。」


 真っ赤になって見上げた涼太の唇に、伊織の甘さが約束を取り付ける。


「………伊織くん、ごめんな……。」
「ん?」
「ヒートでしたら、その……本当なら子供が出来るだろ?……俺が中途半端なオメガだから……。」
「また言ってる。涼太さんは、家族が俺だけじゃイヤ?」


 ふるふると首を左右に振りながらも、涼太は甘えて伊織の胸に顔を埋めた。


「イヤなんかじゃないけど……。」
「けど?」
「俺、やっぱり……伊織くんの子供……産みたかったな……。」
「涼太さん。」
「おかしいよな?元々ベータで、子供なんて産めないの当たり前だったのに……俺……。」
「また、これから一緒に考えましょ?俺たちの将来とか、家族の形とか。養子とか色んな選択肢を話していけばいい。」
「うん。」


 涼太が更に甘え体を委ねると、伊織は彼を包み込んだ後、そっと髪に口づける。


「さ、ベッド倒しますよ。涼太さん休ませないと、俺まで笹森先生に怒られます。」
「寝るまでいてくれるか?」
「朝までいますよ。許可もらいましたから。明日一緒に帰りましょ。」


 しばらくして静かな寝息をたて始めた番の項に唇を寄せると、伊織もまた眠りに落ちていった……。




 それから三ヶ月──。
 涼太の願いであの店は、また花屋としてオープンの日を迎えた。
 香菜子のツテで結婚を機に独立を考えていた若い夫婦が、涼太の……そして父達の思いを残すようにあの場所を選んでくれたのだ。


「天宮さん!今日はわざわざありがとうございました!」
「いや。すごく可愛らしいお店で、お客さんも入りやすいと思うよ。」
「商店街の皆さんもいい方達ばかりで……。二人で頑張ります。……あの、これ今日のお礼です。」


 差し出されたスイートピーのブーケは若い二人だけでなく、自分のこれからも祝福してくれているようで、涼太は幸せに満たされながらそれを受け取ったのだった。


 自宅へと向かう車の中で、ニコニコとブーケを見つめる涼太を伊織が横目にチラッと見る。


「涼太さん、病院は来週でしたっけ?」
「うん。水曜日だよ。」
「やっぱり俺も一緒に行きますよ。」
「もう、心配症だな。……でも、もしまだ薬がダメって言われたら、次のヒートも休んでもらわなきゃならないし……。一緒に話を聞いといたほうがいいかな?」


 涼太は結局二回ほど、ヒートを伊織と過ごし、昼間は念のためと香菜子が自宅に来てくれていた。


「それもそうですけど……。このところ風邪が治りきらなくて微熱もあるじゃないですか?本当は今日もうちで休んでて欲しかったんですからね。」
「ごめん。帰ったらすぐ横になるから。……いつも心配してくれて、ありがとな、伊織くん。」


 全く計算などしていない涼太の上目遣い。


「ホント、ズルいっ。」


 風邪気味の涼太に三週間以上お預けを食らっている伊織は、時々この無自覚の色香が恨めしくなるのだった。
 自宅でガレージを開けると、既に正嗣の車が停まっている。
 今日は汐音が休暇で帰国してきたので、皆んなで天宮邸で食事をする予定になっていた。


「涼太さんは寝てなきゃ駄目ですよ。食事の支度出来たら呼びますから。」
「はい、旦那様。」


 伊織に念を押され、両親と久しぶりの汐音に挨拶だけすると、涼太は二階へ上がろうとリビングのドアに手をかける。


「あ、れ……?」


 視界がうねり、襲ってくる吐き気と浮遊感。
 その場に崩折れる涼太を、伊織が慌てて抱きとめた。


「涼太さんっ!」
「涼太くん、どうしたのっ!」


 ──ああ……、俺、また心配かけて……迷惑かけて……。ごめんなさい、伊織くん……。


 心配してくれる家族が、頼れる夫がいる安心感を感じながら、涼太はスッと意識を手放していた……。






 ◇◇◇





 いつもの愛眞会病院の病室。
 最初に涼太の目に飛び込んできたのは、今まで見たことのないグシャグシャな泣き顔の伊織だった。


「伊織、くん……?大丈夫?」


 戸惑いながら涼太は腕を伸ばし、伊織の頬を拭う。


「ごめんな、また迷惑かけて……。」


 珍しく言葉にならず、ただ首を横に振る伊織に、涼太は段々と不安になってきた。


「伊織?どうしたの?俺、なんか……。」


 そこに現れた笹森は、伊織とは正反対の満面の笑みで、涼太はますます混乱してしまう。
 一緒に入ってきた香菜子は泣いている伊織を見て、笑いながら背中を叩いた。


「もう、伊織。しっかりしなさい。これじゃ先が思いやられるわ。」
「お母さん、あの、俺……。」


 香菜子は涼太の手を握り、穏やかに告げる。


「おめでとう、涼太くん。妊娠ですって。お腹に赤ちゃんがいるのよ。」
「…………え………………。」



 伊織の涙。香菜子の手の温もり。笹森の笑顔。
 自分に宿る小さな命。



 涼太にとって、一生忘れられない奇跡の世界──。



「涼太さんっ!」
「伊織くん……。」



 やがて……。
 抱き合う二人のその腕の中には、愛らしい花が希望を届けてくれたのだった……。



愛花まなか……のぞむ……、生まれてきてくれて、ありがとう……。」


 涼太と伊織、それぞれの腕の中で眠る愛しい我が子。


「愛してる、涼太さん。」
「俺も、愛してる。伊織……俺の、運命……。」



 二人はそっと見つめ合い、二人だけの甘さを唇に刻む。

 蕩ける時間を終わらせる泣き声は、新しい幸せの始まり──。














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