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第一章

6 白銀を纏う者

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「殿下。神子、ハヤト様がお見えです。」


 王太子宮に着くと、俺付きのルカ達は入口近くに控えて待つらしく、俺はアントンさんの案内で一階奥にある応接間へと向かった。
 本来なら、侍従長は国王陛下に仕えるものなのだそうだが、今は特例で王太子付きなのだそうだ。


「通せ。」


 中から聞こえた低めのバリトン。たった一言のその声が、不思議と心地よく身体に流れ込む。
 静かに扉が開かれて、アントンさんに促された俺が部屋の中に足を踏み入れると、そこにはジャニス様とソルネスさん、それからその隣にもう一人、黄金色のワンレンストレートの長い髪を後ろで緩く一つに結び、黒に赤い縁取りの立襟のローブを羽織った男性がいた。
 そして部屋の中央には、ブルーグレーのフロックコートを優雅に着こなした、美しい白銀の髪のその人……ヴェントナス王国王太子・エルネス殿下が立っている。


 俺は緊張しながらも、ルカに教えてもらった通り膝を折ってフィシアをした。

 だ、大丈夫だったかな?

 俺のそんな不安を吹き飛ばしてくれたのは、エルネス殿下の穏やかな声だった。


「神子ハヤトよ、待っていた。さぁ、顔を上げてくれ。」
「はい。………っ!?」


 言われた通り軽く顔を上げると、すぐ目の前に美麗な殿下の顔があり、俺は吸い込まれるように息を呑んでそのまま固まってしまった。

 柔らかくうねる肩までの髪は光に透けているような輝く白銀で、琥珀色の優しい瞳が真っ直ぐ見つめてくるものだから、心臓の音がやけにうるさくなってくる。

 何でだろう……?俺、殿下に惹き込まれそうだ……。


「ハヤト、こちらに来て座ってくれ。すぐに会いに行けずにすまなかった。」


 殿下は当たり前に俺の手を取りエスコートして、ソファーへと連れて行ってくれた。
 そして、向かいではなく俺の隣に並んで座ったのだ。

 な、何でっ!?

 近い!至近距離に色気を感じて、ドキドキが止まらない。
 相手は男なのに!さっきあんな話聞いたから……!


「本来なら、ジャニスに任せず私が直接会いに行くべきだったんだが、今回は私の立場が複雑で許されなかったんだ。」


 エルネス殿下は身体を俺へと向けながら、そう丁寧に話してくれた。
 彼の言葉の一つ一つがやっぱり不思議と心地よくて、俺の緊張が緩くほどけ始める。


「そうだ、皆を紹介しておかなければならないな。」


 殿下がそう言うと、ジャニス様たち三人が俺と殿下の前に並び礼をしてくれた。


「ジャニスは知っているな。その隣のソルネスは、我が国の大神官だ。」


 ソルネスさん、大神官様だったんだ!


「それにもう一人、この者はルナスと言って、魔導師長を務めている。」


 魔導師長……。魔法が使えるってこと?
 俺は驚きと羨望で、じっと金髪の紳士を見つめてしまった。
 ふいに彼と目が合い、美しいペリドットの双眸で微笑まれてしまって、恥ずかしさに慌てて目を逸らす。

 し、失礼だったかな!?


「後一人、紹介しておかなくてはならない者がいるんだが、任務で遅れているんだ。」


 殿下が俺を覗き込むようにして言うので、心臓の音がまた大きくなってしまった。


「あ、あのっ、殿下。お聞きしたいことがあるのですが、よろしいですか?」


 何か話さなくては身が持たないと、俺が思いきって口を開くと、殿下は優美な笑みを返してくる。


「ん?もちろんだ。そんなに硬くならないでくれ。」


 その言葉に、フーッと一息吐き、俺は勢いに任せて一番知りたいこと聞いてみた。


「先程ジャニス様から、『ハヤブサの神子』と番になる、『白龍の神子』がいると伺ったのですが……。」
 

 あえて「私と番になる」とは言わないでおいた。
 ルカが『白龍の神子』のことは殿下が話してくれると言っていたし、まずはきちんと聞いてみて、気持ちを落ち着けたかったんだ。
 だと言うのに、そんな俺の気持ちとは裏腹に、殿下はとんでもない爆弾を落としてきた。


「ああ。私がその、『白龍の神子』だ。」
「…………へ……………?」


 なん、ですと………?

 それはとても重要な事柄のはずなのに、エルネス殿下に笑顔でサラリと伝えられ、俺は余りの衝撃に口をパクパクさせるだけで何も言葉が出てこない。


「すまない、驚かせてしまったな。」


 ふいに、フッと笑った殿下の大きな手が、手ぐしを通すように優しく俺の髪を撫でた。
 その甘い仕草に、身体がビクッと僅かに震える。
 そしてそのまま、その手がゆっくりと下がって来て耳や頬にそっと触れられ、恥ずかしくて堪らないのに、俺は頭の奥が痺れてその温もりを自然と受け入れてしまったんだ。

 なんだろう……すごく、あったかい……。


「これが、私の番となる証だな。」


 そう言って右隣に座っている殿下が、俺の首の左側にある痣にそっと手を添える。

 こ、これ……、この体勢ってなんかっ……。覆い被さられてるみたいで……えっ……?

 恥ずかしさにあちこち視線を彷徨わせてから、フッと殿下を見上げた俺は、琥珀の双眸がどこか警戒の色を纏っていることに気付いてしまった。

 あ、あれ?向こうを、気にしてる?

 俺の後ろの方には、侍従達が何人か控えていたはずだ。


「そなたは勘が鋭いな。」


 殿下は更に身体を近付けると、俺にだけ聞こえる声で囁いた。

 やっぱり何か気にしてるんだ。


「悪いがハヤト。ちょっとだけ私の芝居に付き合ってくれ。」


 耳元でそう甘く囁かれる。

 
 了承の返事をする前に、芝居って一体何なのか聞こうとしたのに、俺はそれを言葉にさせてはもらえなかったんだ。
 何故なら……。


「んんっ!?………んぅ………!」


 余りにも自然に、それが当たり前だと言うように殿下の大きな手が俺の顔のラインを撫でて上向かせ、柔らかな熱が俺の唇を塞いできたから!

 キ、キス、されてる……!?

 そう認識した途端、カッと顔に熱が集まってくる。

 なっ………え?…………ええっ!?

 最初は柔く喰まれただけだったのに、殿下はそれでは満足出来ないと言わんばかりに、何度も軽く角度を変えながら唇を重ねてきた。
 焦りながら彼の胸を押し退けようとしたけれど、相手は王太子。どこまでの力を入れていいのかわからない。


「んっ、……で…ん……っ。」


 俺のそんな迷いと混乱などお構いなしに、小さな抗議の言葉の隙間から舌が入り込み、ゆっくりと上顎を愛撫してくる。

 何、これ……。こんなキス、俺……。

 その甘い感触抗えず、俺の強張った身体がふわっとほどけソファーに沈み込んでしまった。
 殿下はそれを感じ取ると、更に口の中で愛撫を繰り返し、俺の逃げる舌を絡め取って、自身の口内へといざなう。


「……はっ……ん、ん……。」


 唾液が混ざり合う音が、羞恥を募らせるのに、同時に俺の理性を崩してもいった。

 こ、こんなの、もう、無理……。

 フワフワとして、溶けるように身体の全ての力が抜けそうになった、その時──。


「抜け駆けですか?殿下。」


 今までに聞いたことのない誰かの声が、キスを無理やり終わらせたのだ。
 殿下がそっと俺から離れ、その離れ際に人差し指の背で優しく頬を撫でていく。
 ボーっと周りを見れば、驚き震えるソルネスさんをルナスさんが必死に落ち着かせようとしていて、ジャニス様に至っては呆れ顔を隠してもいない。

 そして、立ち上がった殿下の前には、白地に金ラインの軍服を纏った、麗しくも逞しい騎士がいたんだ。


「……白銀の、髪……。」


 そう、ポニーテールにした彼の長い髪は、殿下同様、光に輝く白銀で、ルビー色の双眸は臣下の立場でありながら、まっすぐに殿下を睨みつけている。


「そう怒るな、レオ。ハヤトが余りにも可愛くて我慢出来なかったんだ。」
「……な、えっ?」


 可愛い?俺のこと、可愛いって言いました?


「我慢出来なかった!?抜け駆けであんなキスをしておいて、言い訳がそれか?」


 えっ?この人、王太子殿下にタメ口だけど!?


「遅れてくるお前が悪い。」
「仕事を言い付けたのは、どこの誰だよ!」


 二人のその会話は、まるで兄弟喧嘩のようだ。
 突然、衆人環視の中キスされた挙げ句放置されて、昨日から訳もわからず混乱して緊張ばかりだった俺は、その張り詰めていた糸がたった今、プツリと切れた音が、自分でもハッキリとわかった。
 そしてワナワナと拳を握りしめ、スッとソファーから立ち上がる。


「……殿下、教えていただけませんか?この世界では、初対面の相手に、勝手にキスをするものなんですか?」
「「──っ!?」」


 俺の笑顔の怒りは相当に響いたらしい。
 俺がそう言い終わった刹那、部屋の中は耳が痛くなるほどの静寂に、包まれていたのだった。











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