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第16話 貴方の心を歌で満たしたい
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立派な調度品がいくつも飾られている執務室のような場所に通され、私とグラジオスはまたも一緒にソファに座っていた。
なんだかセットのように扱われてしまっている。まあ、不満はないのだけれど。
むしろ、王族と同じ席に座って似たような扱いを受けるのだから、本来なら在り得ない厚遇なのだろう。
グラジオスが対等な口調を許している、という事実が免罪符となっているのかもしれなかった。
「それで、お話し願えますか?」
「ああ……」
カシミールに促され、グラジオスは事の顛末を子細に説明したのだった。
「なるほど……」
グラジオスの話を聞き、カシミールはしばらく考え込んでいた。
次に彼の口が開くとき、大変だったのだな。とかそういう労いの言葉でも言われるんだろうなって考えていた私は、甘かった。
グラジオス達が住んでいた世界は、そんな優しい世界じゃなかった。
「戦争の継続は少々難しそうですね」
そっち!? 心配するのはそっちなの!?
グラジオスは死にかけたんだよ?
「少々戦費がかさんでいまして、未帰還兵に対する見舞金も考えると財政はかなり苦しくなってしまいますね」
「だが叔父上は継続を望んでおられるのではないか?」
「そうですね。ですが一応停戦交渉の方も帝国と進めておりますので……」
グラジオスも……。なんでそんな義務的な事しか言えないの? 兄弟でしょ?
グラジオスの事は会って最初の一言だけで、あとは戦争戦争戦争。絶対おかしいよ!
私は急に宇宙人の中にでも放り込まれてしまったような感覚に陥っていた。言葉は理解できている。でも、分かりたくなかった。納得できなかった。
二人の異世界人が話し合う中、私はグラジオスのリュートを抱きしめ、じっと身を固くしたまま、自分の心の殻に閉じこもっていた。
「雲母、終わったぞ」
グラジオスに肩を揺さぶられ、ようやく私は頭を上げた。
「……どうした?」
グラジオスが私の顔を見て、表情を曇らせる。
私は自覚していないけれど。どうやら相当酷い顔をしているらしい。
「何でもない」
「そうは見えないが」
「……言いたくない」
違う。この場所で言いたくなかっただけだ。
あなたは不幸です、なんてその原因を前にして言えるもんか。
「……はぁ、まったく」
グラジオスは頭を掻きながら、これ以上の追及をやめてくれた。
「兄上。その者にいつまで無作法な態度を取らせておくのですか。いくら恩人とはいえ兄上は王族です。庶民とは立場が違うのですよ」
うるさいっ。私がこんなに怒っているのはお前のせいだっ。
……なんて、言えないのは分かっている。私がここで暴れたところで何も変わるわけはない。
ただつまみ出されて終わりだ。
それじゃあグラジオスは救われない。だから今は我慢するんだ。そして……。
「……分かっている」
グラジオスは呟くと、私の手を取り、ソファから引き起こしてくれる。
少し、力が入りすぎてて痛かったけど。
「俺は私室に居る。父上と謁見が叶うのは三日後でいいんだな?」
「はい。その時になったら使いの者を向かわせます」
「頼む」
そんな事にも他人なのか……。親子が会うのに三日もかかって、弟を通じて了承を取り、会うために他人が場を整える。
私はこの冷え切った関係に、吐き気すら感じて居た。
「行くぞ」
私はグラジオスに引かれるまま、部屋を出て行く。
何かしらカシミールに対して別れの言葉を言ったはずだが、そんな事、覚えてすらいなかった。
「雲母、ここが俺の私室だ。入れ」
グラジオスの声で、私の意識はようやく正常に戻る。
辺りを確認するとそこは宮殿でもだいぶ外周に近く、先ほどの執務室と比べればかなりみすぼらしい所だった。
ここまでくれば、もう私にだって理解できていた。グラジオスの「父上は俺よりもカシミールに期待されているだろうな」と言った時の寂しそうな表情が思い起こされる。
グラジオスは、疎まれているのだ。恐らく、実の父親から。
それなのに、あんな風に必死に認められようとあがいていたのだ。もしかしたら前線に行ったのだって……。
「……グラジオス」
「なんだ」
こんなこと言うの、酷い事だって分かってる。
傷口をわざわざ開いて見せて、こんなに酷くなってるよ、なんて相手に言うなんて悪趣味極まりない。
でも、私は聞きたかった。確かめたかった。
グラジオスの言葉で本当の心を私だけには明かしてほしかった。
「寂しくないの?」
だから、聞いてしまった。
「……寂しくない」
「嘘」
私はグラジオスの冷たい手をきゅっと握り返した。
思い返してみれば、手を繋いで歩くなんて初めての事かもしれない。でも、変なときめきなんて無かった。
当たり前だ。これはそんなのとは違う。
友達を、仲間を心配しているだけだ。
「嘘じゃない。ガキには分からないだけだ」
「……グラジオスがそういう風に言うときって、何か隠したいことがある時だよね」
「ちっ」
自室に逃げ込もうとするグラジオスを、私は許さなかった。
本当なら力比べで勝てるはずなんてないのに、グラジオスは私が引っ張っただけで足を止めてしまう。
「私は寂しいよ。でも、グラジオスが居てくれたから、泣いてる時傍に居てくれたから少しだけ寂しさがどっか行っちゃったんだよ」
「……何が言いたい」
私は振り向いてほしくて、手を伸ばす。……本当は頬に手を添えて振り向かせたかったけど、手が届かなかったから、襟首を掴んで無理やり引き寄せてからグラジオスの目をまっすぐ見つめる。
「ありがとうって言いたい」
「…………」
グラジオスは私と目を合わせたくないのか、瞳だけを移ろわせている。だから私は自分の想いを伝えるために、私に出来る唯一の事を、始めた。
――空は高く風は歌う――
この曲はあるアニメのエンディングテーマとして使われた曲なのだが、これにはイラストで物語が添えられていた。
心を壊してしまった暗殺者と、心の無い人造人間《ホムンクルス》が出会い、心と愛を育んで人になり、夫婦となり、子を設けて家族となる。そんな物語だ。
私はグラジオスにもそんな風になってほしかった。
冷めきった関係で、全てを諦めて壊れてしまった心を、もう一度喜びで満たしてあげたかった。
寒々しい色の無い石造りの廊下を、私外に出たいという私の想いを代弁するかのように歌声が駆け回ってもがき始める。
ここは牢獄だと。
ここは息苦しいと。
歌うには狭すぎる。だから……一緒に。
きっと届くはずだ。私の祈りは。願いは。
私は籠められるだけの想いを籠めて、歌い上げていった。
「…………」
「…………」
歌が終わってもグラジオスは何も言ってくれない。でも、握った手を通じてグラジオスの想いは伝わって来た。
あれほど冷たかった手が、今は燃える様に熱くなっていたから。
「えへへっ」
急に手を繋いでいる事が気恥しくなって、私は照れ笑いをしながら手を離すと、後ろ手に隠した。
その手がランドセルの金具に当たってカチャリと音を響かせる。なんとなく、そんな小さなことにも気が回ってしまい、大丈夫? なんて思いながら、私はグラジオスの瞳を覗き込んだ。
グラジオスはしばらく浅い息を繰り返しながら動きを止めていたのだが、
「リュート」
出し抜けにそんな事を口にした。
「リュートってこれ?」
「そ、そうだ」
私は小脇に挟んでいたリュートをグラジオスに差し出す。
グラジオスはぎこちない手つきでリュートを受け取った。そして、同じようにぎこちない口調で、
「リ、リュートを持っていてくれて、ありがとう」
お礼を言った。
「ふ~ん。リュートを持っていたのが嬉しいんだ」
私はにんまりと意地の悪そうな笑みを浮かべる。
だってこんなにいじめがいのありそうなグラジオスは初めてだから。
「そ、そうだ。俺が持っていたら取り上げられていたかもしれないからな」
さすがに弟のカシミールが取り上げるなんてことはしないだろう。捨てる様諭すことはあるかもしれないが。
それで捨てる様なグラジオスとも思えないけど。
「じゃあ、もっと持っててあげるよ?」
「必要ない」
「遠慮しないでさぁ~」
「部屋に入るのに持っててもらう必要があるか」
「そっかなぁ~」
私は、グラジオスの反応が面白くて、部屋の前でしばらくからかって遊んでいた。
なんだかセットのように扱われてしまっている。まあ、不満はないのだけれど。
むしろ、王族と同じ席に座って似たような扱いを受けるのだから、本来なら在り得ない厚遇なのだろう。
グラジオスが対等な口調を許している、という事実が免罪符となっているのかもしれなかった。
「それで、お話し願えますか?」
「ああ……」
カシミールに促され、グラジオスは事の顛末を子細に説明したのだった。
「なるほど……」
グラジオスの話を聞き、カシミールはしばらく考え込んでいた。
次に彼の口が開くとき、大変だったのだな。とかそういう労いの言葉でも言われるんだろうなって考えていた私は、甘かった。
グラジオス達が住んでいた世界は、そんな優しい世界じゃなかった。
「戦争の継続は少々難しそうですね」
そっち!? 心配するのはそっちなの!?
グラジオスは死にかけたんだよ?
「少々戦費がかさんでいまして、未帰還兵に対する見舞金も考えると財政はかなり苦しくなってしまいますね」
「だが叔父上は継続を望んでおられるのではないか?」
「そうですね。ですが一応停戦交渉の方も帝国と進めておりますので……」
グラジオスも……。なんでそんな義務的な事しか言えないの? 兄弟でしょ?
グラジオスの事は会って最初の一言だけで、あとは戦争戦争戦争。絶対おかしいよ!
私は急に宇宙人の中にでも放り込まれてしまったような感覚に陥っていた。言葉は理解できている。でも、分かりたくなかった。納得できなかった。
二人の異世界人が話し合う中、私はグラジオスのリュートを抱きしめ、じっと身を固くしたまま、自分の心の殻に閉じこもっていた。
「雲母、終わったぞ」
グラジオスに肩を揺さぶられ、ようやく私は頭を上げた。
「……どうした?」
グラジオスが私の顔を見て、表情を曇らせる。
私は自覚していないけれど。どうやら相当酷い顔をしているらしい。
「何でもない」
「そうは見えないが」
「……言いたくない」
違う。この場所で言いたくなかっただけだ。
あなたは不幸です、なんてその原因を前にして言えるもんか。
「……はぁ、まったく」
グラジオスは頭を掻きながら、これ以上の追及をやめてくれた。
「兄上。その者にいつまで無作法な態度を取らせておくのですか。いくら恩人とはいえ兄上は王族です。庶民とは立場が違うのですよ」
うるさいっ。私がこんなに怒っているのはお前のせいだっ。
……なんて、言えないのは分かっている。私がここで暴れたところで何も変わるわけはない。
ただつまみ出されて終わりだ。
それじゃあグラジオスは救われない。だから今は我慢するんだ。そして……。
「……分かっている」
グラジオスは呟くと、私の手を取り、ソファから引き起こしてくれる。
少し、力が入りすぎてて痛かったけど。
「俺は私室に居る。父上と謁見が叶うのは三日後でいいんだな?」
「はい。その時になったら使いの者を向かわせます」
「頼む」
そんな事にも他人なのか……。親子が会うのに三日もかかって、弟を通じて了承を取り、会うために他人が場を整える。
私はこの冷え切った関係に、吐き気すら感じて居た。
「行くぞ」
私はグラジオスに引かれるまま、部屋を出て行く。
何かしらカシミールに対して別れの言葉を言ったはずだが、そんな事、覚えてすらいなかった。
「雲母、ここが俺の私室だ。入れ」
グラジオスの声で、私の意識はようやく正常に戻る。
辺りを確認するとそこは宮殿でもだいぶ外周に近く、先ほどの執務室と比べればかなりみすぼらしい所だった。
ここまでくれば、もう私にだって理解できていた。グラジオスの「父上は俺よりもカシミールに期待されているだろうな」と言った時の寂しそうな表情が思い起こされる。
グラジオスは、疎まれているのだ。恐らく、実の父親から。
それなのに、あんな風に必死に認められようとあがいていたのだ。もしかしたら前線に行ったのだって……。
「……グラジオス」
「なんだ」
こんなこと言うの、酷い事だって分かってる。
傷口をわざわざ開いて見せて、こんなに酷くなってるよ、なんて相手に言うなんて悪趣味極まりない。
でも、私は聞きたかった。確かめたかった。
グラジオスの言葉で本当の心を私だけには明かしてほしかった。
「寂しくないの?」
だから、聞いてしまった。
「……寂しくない」
「嘘」
私はグラジオスの冷たい手をきゅっと握り返した。
思い返してみれば、手を繋いで歩くなんて初めての事かもしれない。でも、変なときめきなんて無かった。
当たり前だ。これはそんなのとは違う。
友達を、仲間を心配しているだけだ。
「嘘じゃない。ガキには分からないだけだ」
「……グラジオスがそういう風に言うときって、何か隠したいことがある時だよね」
「ちっ」
自室に逃げ込もうとするグラジオスを、私は許さなかった。
本当なら力比べで勝てるはずなんてないのに、グラジオスは私が引っ張っただけで足を止めてしまう。
「私は寂しいよ。でも、グラジオスが居てくれたから、泣いてる時傍に居てくれたから少しだけ寂しさがどっか行っちゃったんだよ」
「……何が言いたい」
私は振り向いてほしくて、手を伸ばす。……本当は頬に手を添えて振り向かせたかったけど、手が届かなかったから、襟首を掴んで無理やり引き寄せてからグラジオスの目をまっすぐ見つめる。
「ありがとうって言いたい」
「…………」
グラジオスは私と目を合わせたくないのか、瞳だけを移ろわせている。だから私は自分の想いを伝えるために、私に出来る唯一の事を、始めた。
――空は高く風は歌う――
この曲はあるアニメのエンディングテーマとして使われた曲なのだが、これにはイラストで物語が添えられていた。
心を壊してしまった暗殺者と、心の無い人造人間《ホムンクルス》が出会い、心と愛を育んで人になり、夫婦となり、子を設けて家族となる。そんな物語だ。
私はグラジオスにもそんな風になってほしかった。
冷めきった関係で、全てを諦めて壊れてしまった心を、もう一度喜びで満たしてあげたかった。
寒々しい色の無い石造りの廊下を、私外に出たいという私の想いを代弁するかのように歌声が駆け回ってもがき始める。
ここは牢獄だと。
ここは息苦しいと。
歌うには狭すぎる。だから……一緒に。
きっと届くはずだ。私の祈りは。願いは。
私は籠められるだけの想いを籠めて、歌い上げていった。
「…………」
「…………」
歌が終わってもグラジオスは何も言ってくれない。でも、握った手を通じてグラジオスの想いは伝わって来た。
あれほど冷たかった手が、今は燃える様に熱くなっていたから。
「えへへっ」
急に手を繋いでいる事が気恥しくなって、私は照れ笑いをしながら手を離すと、後ろ手に隠した。
その手がランドセルの金具に当たってカチャリと音を響かせる。なんとなく、そんな小さなことにも気が回ってしまい、大丈夫? なんて思いながら、私はグラジオスの瞳を覗き込んだ。
グラジオスはしばらく浅い息を繰り返しながら動きを止めていたのだが、
「リュート」
出し抜けにそんな事を口にした。
「リュートってこれ?」
「そ、そうだ」
私は小脇に挟んでいたリュートをグラジオスに差し出す。
グラジオスはぎこちない手つきでリュートを受け取った。そして、同じようにぎこちない口調で、
「リ、リュートを持っていてくれて、ありがとう」
お礼を言った。
「ふ~ん。リュートを持っていたのが嬉しいんだ」
私はにんまりと意地の悪そうな笑みを浮かべる。
だってこんなにいじめがいのありそうなグラジオスは初めてだから。
「そ、そうだ。俺が持っていたら取り上げられていたかもしれないからな」
さすがに弟のカシミールが取り上げるなんてことはしないだろう。捨てる様諭すことはあるかもしれないが。
それで捨てる様なグラジオスとも思えないけど。
「じゃあ、もっと持っててあげるよ?」
「必要ない」
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「部屋に入るのに持っててもらう必要があるか」
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私は、グラジオスの反応が面白くて、部屋の前でしばらくからかって遊んでいた。
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