『歌い手』の私が異世界でアニソンを歌ったら、何故か世紀の歌姫になっちゃいました

駆威命(元・駆逐ライフ)

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第20話 私は歌うだけの『物』

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「ほう……そなたの物とな。余の前での戯言は万死に値するぞ」

 私の言葉は明らかな嘘だ。普通ならば一笑に附してグラジオスに続けさせればいいだろう。

 だが王は私に対して興味が湧いたのかもしれなかった。

 まるで問答をかけて遊ぶかのような態度で、私を見下ろしている。

「戯言ではございません。これらは全て、私が報償として賜った物にございます」

「なるほど。だが先ほどあやつは自分の持ち物だと認めたぞ?」

「ええ、それは当たり前だと思います。なんの不思議もございません」

 王は私の言葉に眉を顰める。説明が欲しいといったところか。

 私は服の裾を握りしめ、自分自身に気合を入れる。

 この言葉を言うのには相当勇気が居る。でも仕方がない。あの楽器たちを、グラジオスの魂を守る為にはこれしか方法が無いのだから。

 私はリュートを抱えたまま、グラジオスの方を向いて跪いた。

「私はグラジオス様に命を救われました。ですから、私の身も心も、歌も魂も。全てがグラジオス様の物です。故に私の私物がグラジオス様の物であることは、何の矛盾もございません」

 私は跪いているためグラジオスの顔は見えない。だが絶対笑っちゃうような顔をしていることだろう。

 後で弄ってやろうと心に留め置いておく。

「なるほど。だが、言葉では何とでもいえるな。この場だけの狂言かもしれん」

「つまり証拠を見せろと?」

 私は顔を上げて王の顔を見る。一瞬だけ、グラジオスの顔が見えたが、何とも表現のしづらい顔をしていた。強いて言うならば、泣きそうになっているいじめられっ子だろうか。

「その通り」

 とはいえ証拠と言っても何をもって証拠と言えばいいのか、私はさっぱり見当がつかなかった。

「奴隷である事の証拠は、主人の靴の裏に口づけをすることだ」

 ナニこのロリコン変態クソジジイ。鼻の穴に唐辛子詰め込むぞこの野郎。

 ……とは言えない。言いたいけど。というか実際にやってやりたいけど。

 つまり、今この場でそれをして見せろ、ということなのだろう。

 実に、実にいい性格といい趣味をしている王様だ。

 本当に尊敬の出来るクソったれ愚王だ。

 周りに居るのが似たような趣味のクソどもだらけになのも頷ける。

 グラジオスをいじめるのに飽きたから、新しいおもちゃで遊びたくなった。ただそれだけの事なのだろう。

「……分かりました。ですが、お断りします」

「それでは貴様の持ち物とは認められんな」

「いえ、私はグラジオス様の持ち物ですから、グラジオス様の命令にしか従うつもりがございませんので」

 あっけらかんと私は言い切ると、グラジオスの方へ目を向けた。

 グラジオスは相変わらず例の変な表情をしながら、加えて今は唇を震わせている。

 たぶん、良心が痛むんだろうなぁ。

「よかろう。ではグラジオス、王命だ。そこの子女に奴隷としての忠誠を見る様命令せよ」

「…………」

 王からの命令があっても、グラジオスは返事すらしなかった。

 いじめられっ子が助けを求める様な視線を私に向けているだけで、それ以上の事はできないみたいだ。

 ……ああもう、仕方ないなぁ。これだからグラジオスは私が居ないとダメなんだ。

『やって、グラジオス』

 私は誰に聞こえても会話の中身が分からないように、日本語で囁いた。

 この世界の中で、唯一、二人の間でだけ通じる言葉だ。

『…………いいのか?』

 グラジオスは震える声で問い返す。聞くまでもないのに。

 このヘタレ。

『いいからさっさとするっ』

 グラジオスは表情を歪め、全力で心を殺して、

「雲母、礼を、示せ」

 そう命令した。

「はいっ」

 私は半ばやけくそになって大きな声で返事をすると、グラジオスの前で土下座のような体勢になった。

 足上げてくんないと靴の裏に口づけできないでしょ。と視線で要求する。

 それに押される形で、グラジオスは、ゆっくりと足を持ち上げた。

「失礼します。グラジオス様」

 私はそう宣言すると、顎を持ち上げて顔を上向かせる。

 そして、私は靴の裏に口づけた。

 ――心が屈辱で震えるという事は全くなかった。凍り付いたとか怒りに燃えたという事もなく、ただひたすらに何も感じなかった。

 なんかプロレスみたいな体勢だなとか、グラジオスうんち踏んでないかな(中世の道はうんちだらけだったのだが、この町も同じように道に人のうんちが捨てられていたのだ)くらいだろうか。

 私が思っていた以上に、その儀式は簡単にすんだ。

「これでよろしいですね?」

「うむ、間違いなかろう」

 私は涼しい顔をして立ち上がると、王への確認を済ませる。

 王は嗜虐心が満たされたのか、実に良いものを見たとでも言わんばかりの満足そうな笑顔を浮かべていた。

 とりあえず心の中で氏ね! とは言っておく。タヒね! でも可。

「だが、グラジオスの持ち物であるという事は、余の物でもあるという事はゆめ忘れるな」

「はい、心に留めておきます」

 留めとくだけね。誰がお前の物になるかバァーカ。

「ではグラジオス様、用が済みましたので退室いたしましょう」

 こんなとこ早く出るよ、グラジオス。と視線で伝えると、グラジオスは弱々しく頷き、王に向けて無言で一礼する。

 くちづけをしたのは私だというのに、グラジオスの方が憔悴しているようだった。

「グラジオス、二日以内に旅立て。よいな?」

「……はっ」

 そしてグラジオスと私は、楽譜と楽器の類を全てかき集めると、再び一礼してから謁見の間を後にした。

 ……私に向けられたいくつかの視線を背中に感じながら。







 私は自室に戻るとなし崩し的に貰った(事になっている)楽器を丁寧に並べていく。楽譜の類は衣裳棚の空いている所に重ねてしまっておいた。

「ありがとーグラジオス」

 魂が抜けたみたいになっているグラジオスの背中を少しきつめに叩く。

 大して力が入っていなかったのにもかかわらず、グラジオスはバランスを崩すと床に倒れ込んでしまった。

「あわわっ! グラジオス、大丈夫!? ご、ごめんね?」

 私は慌ててグラジオスに駆け寄ると、助け起こした。

 だがグラジオスは私に助け起こされた状態のまま、悔しそうに唇を噛んで体を震わせて……泣いていた。

「グラジオス……」

 私は男の人が声を殺して泣く姿を、生まれて初めて見てしまった。

「……何故だ。何故、ここまで出来る。あんな事を……」

「あんな事って、靴にキスした事?」

「そうだ」

「ん~、そんなに大した事じゃないから気にしなくてもいいよ?」

 世の中には枕営業を強要されたりすることもあるらしいし、そういうのと比べれば全然大したことはない。

 ちょっと唇がじゃりっとする程度で、そんなに大変な事じゃないし。

「そんなわけあるかっ!」

「……グラジオスもしかしてうんち踏んだの? やだぁ~、口洗わなきゃ」

 あまり真剣に悩んでほしくなかった私は、わざとらしく混ぜっ返してみたのだが……。

「そんな訳があるかっ! そんな問題じゃないだろう! お前は、あんな辱めを受けたんだぞ、俺に。なのに何故その俺にこんな……優しくしてくれるんだ……」

「ん~……。だって、命令したのってあの変態ロリコンジジイじゃん」

 あ、本心が出ちゃった。ごめんね、グラジオスのお父さんなのに。

「グラジオスがやりたくてやったわけじゃないし、今こうして本当に後悔してる。ならそこまで気にすることじゃないかなって。あ、でも一言欲しいなぁ」

「すまなかった。本当に、すまない。言われる前に謝罪するべきだった」

 ありゃ~……ずいぶんと凹んでるみたい。まさか照れ隠しの仮面をかぶる余裕もないほどだなんて……。

 う~ん、いつものグラジオスに戻ってくれないかなぁ。こんなグラジオスはちょっと扱いに困る。

「はい、じゃあこれでこの話は終わり。どうしても何かしたいっていうなら、何か甘いもので口直しさせてちょうだい」

「分かった。すぐに用意させよう。だがそんなものですむか……。俺はお前に命を救われ、その借りを返さない内にこうしてまた救われたんだぞ」

「も~、借りだなんだってうるさいなぁ。前約束したじゃん。グラジオスが歌えるようにしてあげるって。これはその一環。私は約束通りに動いてるの。それだけっ」

 うん。実はあの時すっごく嬉しかったんだ。こんな事しちゃってもいいやって思えるくらいに。

 だから、借りとかいう話なら、今ようやく私が返した所なんだと思う。恥ずかしいから言わないけど。

「だが……」

「あ~も~、うるさいっ。音楽の借りは音楽で返せっ。それ以外では返そうとするなっ。いい?」

「わ、分かった……」

 ん~、でもこれだとグラジオスが負い目に感じちゃうか。なら……。

「じゃあこの楽譜とか楽器とかホントに頂戴。それでチャラね」

「それは…………」

 迷うんかい。……まあ、ホントにグラジオスの物じゃなくなったら私が守った意味が無くなっちゃうし、いいけどね。

「なら二人の物で。私が管理するけど、グラジオスも好きに見られるし使えるの。あ、でも私の部屋に入る場合はちゃんと許可取ってね」

「それなら、構わない」

「よしっ」

 私は思わずガッツポーズを取った。だってこの時代の音楽に関する物って、基本オーダーメイドだからすごく高いのだ。

 それにグラジオスが長年かけて集めただけあって、質も凄く高い。これがタダで見放題使い放題なんて、この世界の音楽家なら泣いて喜ぶんじゃないだろうか。

 うん、これを餌にしたら、こう……バンドメンバーを集める事だって……なんて野望をこっそり抱いている私であった。
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