『歌い手』の私が異世界でアニソンを歌ったら、何故か世紀の歌姫になっちゃいました

駆威命(元・駆逐ライフ)

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第81話 手元不如意(おかねがない)

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「金がない」

 会議が始まって開口一番にグラジオスから語られた言葉がそれだ。

 私はグラジオスの隣でまっさらな議事録に『アルザルド王国は貧乏』と書き記した。

「身も蓋もない言い方はおやめください、陛下」

 オーギュスト伯爵がため息をつきつつそう言うのだが、実際ないのだから仕方がない。

 私も帳簿関係を見させてもらったのだが、カシミールが禿げ上がるのも当然という位に真っかっかな数字が並んでいた。

 私達を捕らえろだとかカシミールが言った際、貴族の領地をやるだとか、私達が儲けたお金を与えるだとか他力本願っぽい事ばかり言っていたのはこういう理由だったのだ。

「俺は陛下ではない、オーギュスト卿。まだ戴冠式を済ませていないからな」

 あ、そこ拘るんだ。

 まー、王様になっちゃったら今までみたいに自由に行動できなくなるもんねぇ。

「では殿下、せめて戴冠式を早くお済ませください。王の不在が続いては国民も不安でしょう」

「その戴冠式を行う金もない」

 もはやぐうの音もでないとはこのことだ。

 私は先ほどの文章の上に、更に『超々』と書き足しておいた。

「御前演奏で貰ったものを売り払うとか、私達がコンサートで儲けたお金を充てるとかしたら? ちょっとは足しになるでしょ」

 私の提案に、グラジオスはゆっくりと首を振る。

「金になりそうな類の土産物はカシミールが没収して支払いに充てている。俺たちが儲けた金は、次の遠征のための大事な予算だから駄目だ」

「なるほど……」

 確かにまたあんなコンサートツアーなんてしようと思ったら莫大な費用がかかる。

 前回はアッカマンが費用の全てを負担してくれたため(とはいえその数十倍も利益が出たらしいけど)行くことが出来たが、さすがに毎回となるとやっぱり気が引ける。

 自分たちでお金を用意しておくに越したことはないだろう。

 私の正面に居るオーギュスト伯爵が、王が海外で公演なさって回るなど論外ですからな! と騒いでいるが、私もグラジオスも華麗にスルーしておく。

 もう行かないなんて選択肢、あるわけないでしょ私達に。

「自分ら結構アッカマンを稼がせてあげてるっすよね。あそこに負担してもらうとかできないっすか?」

 何かよく分からないごちゃごちゃした長い肩書を貰ったハイネが手をあげて発言する。

 お金が在るところから手に入れるというのはしごく真っ当な意見だろう。

「ある程度は税として徴収できる様話はついている。その分様々な公共事業で便宜を図る事になったがな」

 その後も色々と話し合った結果、結局は多すぎる支出を何とかするという話に落ち着いたのだが……。

「なりませんっ、殿下」

「何故だ。俺が利用したことのない不要なものを排除しようというだけだ」

「今はお使いにならないかもしれませんが、今後必ず必要となられます――」

 まあそうだろうなぁ。要らないだろうなぁ。

 だってグラジオスは歌う方が好きだもんね。

「――後宮は!」

「必要ない」

 あ、そういえばミランダさんがグラジオス童貞だって言ってたっけ。

「ではお世継ぎを生んでくださる妃はどちらに住むと申されますか」

「王宮でいいだろう」

 何故かグラジオスは腹立たしそうにオーギュストと言い争っていた。

 でもオーギュスト伯爵の言う事も分かるんだけどなぁ。こればっかりはグラジオスの感情とかもあるし……。

「とにかく今後宮に居る妃は全員叩き出せ」

「叩き出すなど……。殿下を慕う者も居りましょうに」

 珍しくキレたグラジオスが、ダンッと思いきり拳を机に叩きつける。

 今の言葉のどこにそんな地雷があったのか分からないが、相当腹に据えかねている様だ。

「慕う……だと?」

「は、はい」

 グラジオスの発する怒気に、さしものオーギュスト伯爵もほんの少し身をすくませている。

「父上ともカシミールとも関係を持っていたような女狐や、父上と共に俺の陰口を叩いていたような妃の言葉を信じろと?」

 あちゃー、そりゃ切れて当たり前だわ。

 私は愛想笑いを浮かべながら頬をポリポリ掻いた。掻くしかなかった。

 こんな爆弾どうしろっていうの。

 オーギュスト伯爵も明らかに狼狽えて、口内でもごもごと呟いている。

 さすがにこの国の未来にも繋がる事なので、私は助け舟を出すことにした。

「ね、ねえグラジオス。今の人たちは全員追い出すにしてもさ、今後の事を考えたら必要じゃない?」

 男の子が居なくてヤバいっていうのは地球でもよくある話だ。

 子どもを産むのが難しいこの世界では、複数の妃を囲うのは仕方のない事なのだろう。

「別にグラジオスが女好きになれって話じゃなくてさ。必要かもしれないからって話で、今後の可能性を潰してしまうのはよくないんじゃないかなぁって……」

「そう、そうですキララ殿! 私めもそういう意味で言いたかったのですっ」

 オーギュスト伯爵が額の汗を拭きながら私に乗ったのだが……。

「…………」

 何故か不満そうな視線でグラジオスが私の事を見つめていた。

「……な、なに? 私何か間違った事言った?」

「……いや、……お前はいいのか?」

 なんで私?

「え、だって……仕方ないんじゃないの?」

 後宮とかあったらエマだってチャンスあるわけだし。

 国の為には……あった方が良いよね?

「……………………」

 グラジオスは長い沈黙の後、一切の表情が消えた顔で私の方を見て、

「そうか」

 短く呟いた。

「……え、え~。今後の参考までに、どのような妃がよろしいですかな?」

 オーギュスト伯爵は、見合い相手を必死に見つけてあげようとする近所のおばさんみたいな感じになって食い下がる。

 でもこういうの、本人にとっては有難迷惑な事が多そうなんだよね……。ドラマとかのイメージだけどさ。

 グラジオスは少し沈黙して考えてからオーギュスト伯爵の言葉に答えた。

「俺を正面切って罵倒出来る様な妃がいい」

 ……何か特殊な趣味に目覚めちゃったのかな、グラジオス。

 ドMさんなの?

 私のそんな思考は表情から駄々洩れだった様で、グラジオスは深いため息をつくと、誤解するなとぼやいた。

「そのぐらい強気な女性、という意味だ」

「へ、へーそうだったのね。ごめんねグラジオス、変な事考えちゃって」

「………………」

 また感情が消えた顔で見られてしまった。

 怖いよ、グラジオス。

「歌は、上手い方がいい」

 音楽好きだしね。お、じゃあエマとかばっちりじゃん。

「……容姿にはさしてこだわりがない。俺を心から想ってくれる女性ならばそれでいい」

 更にエマが範囲内に! じゃあもうちょっと強気になればエマがドストライクなんだ。

 まあそうだよねぇ。エマってばモッテモテだもんねぇ。

 ……ってなんだろ。

 私とグラジオス以外の全員が凍り付いてる気がするんだけど。

 オーギュスト伯爵? ハイネ? あと名前忘れたけどさっきから発言してない文官の皆さん? もっしも~し。

「子どもにこんな話を聞かせるべきじゃないな」

「何よ、子どもって。私はこれでも十九歳です」

 とりあえず何故か――不機嫌な時じゃないとこんな事しないのに――からかってくるグラジオスへ言い返した後、オーギュスト伯爵たちの顔を伺う。

「こほん、とりあえず支出を減らす、ですよね。後宮は縮小の方向で進めるって感じ……でいいですよね?」

 議事録に書いといていいですかね?

 グラジオスの趣味に関してはさすがに議事録に書くのは遠慮してたんだけど……。

「雲母」

「なに?」

「後宮を廃せばな、三年で帝国に在った様な劇場が作れるぞ」

「よし、後宮廃止、と」

 劇場建てられるんなら仕方ないよね~。グラジオスとこの国には悪いけどそっち優先して当たり前だよね~。

「ま、待たれよキララ殿! 決まったことではないが、そんな事を議事録に書かれては困る」

「え、だってグラジオスもそう望んでるんですよ? ダメじゃないですか無理やり後宮とか作ろうとしちゃ。グラジオスが可哀そうです。やっぱり好きな人と一対一で愛し合うっていいと思います!」

 さっきと言ってることが違うとか言っちゃいけない。

 劇場という言葉に目がくらんだとかそんな事は一切ない……よ?。

「そうだな、雲母。俺もそう思う。妃は一人がいい。後宮の話は無しだ。代わりに劇場を建てる予算に回すぞ」

 自分の思い通りになったからか、グラジオスは嬉しそうだった。

 とりあえず机の下でこっそりイエーイと拳をぶつけ合う。

 さすが歌馬鹿グラジオス。話が分かるぅ。

 絶対劇場建ててね。

「…………はぁ~~っ」

 オーギュスト伯爵が頭を抱えてわざとらしくため息を吐き出す。

 大変ですね。片頭痛ですか?

 なんて言っちゃさすがに可愛そうかな。

 ごめんなさい。でも劇場欲しいんです。

 私が小さく片手を立ててごめんなさいすると、オーギュスト伯爵も毒気を抜かれたのか……多分諦めた可能性の方が高そうだったけれど、とにかく気を取り直して次の話題に移っていったのだった。
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