『歌い手』の私が異世界でアニソンを歌ったら、何故か世紀の歌姫になっちゃいました

駆威命(元・駆逐ライフ)

文字の大きさ
89 / 140

第88話 私の中にある感情

しおりを挟む
「一つだけ感想をいいかな?」

 迎賓室に移ったルドルフさまが開口一番に言った言葉がそれだった。

 私はやっぱり来たかと半ば達観した気持ちで聞いていた。

 ルドルフさまにはやはり嘘はつけないのだ。特に、音楽の事では。

「始めの歌と演奏は素晴らしかったよ、とてもね。だけど……」

「申し訳ありません。私側の理由でルドルフさまにふがいない歌を聴かせてしまい……」

 私とグラジオスの間には断絶がある。

 多分、私が一方的に作っている断絶が。

 それが迷いを生み、私の歌声から勢いが失われていたのだ。

 私自身がそれを一番感じていた。

「グラジオス殿とずいぶん仲が悪くなって……。いや、距離が開いた感じかな? しかもキララが避けている」

 どう? と、まるでクイズをやっている様に無邪気な様子でルドルフさまが聞いてくる。

 ルドルフさまにとっては興味深い出来事なのかもしれないが、私にとってはあまり気軽に踏み込んでほしくない話題であった。

「ん……。キララは今少し不機嫌になったね」

 唐突に、ルドルフさまはそのサファイアブルーの瞳を輝かせて私の目を覗き込んで来た。

 しかも言っている事はまさにその通りで、私は自分の心を覗き込まれてしまった様な気分になってしまう。

 慌てて表情に出ているのではないだろうかと自分の顔を手で探ったのだが……。

「違うよ、今の感情は顔に出ていないよ。私は何となく相手の心を読むのが得意なんだ」

「それは……その、凄い特技をお持ちですね」

 考えてみれば、ルドルフさまはその実力だけで様々な権謀術数渦巻く物事の裏側を生き抜き、地位を上り詰めた人なのだ。そのぐらい出来て当然なのかもしれなかった。

「そうやって相手の望む事を理解すれば、大抵の事は思いのままに出来るからね」

 ルドルフさまはそう断言すると、私の目を覗き込むのを止めてソファーに体を預ける。同時にキララもと勧められ、私はルドルフさまの正面に備え付けられた椅子へと腰を下ろした。

「……凄いですね」

 同時に、ルドルフさまの事が少しだけ怖かった。

 そういう感情も見抜かれているのかもしれないけれど、ルドルフさまはまったく気にしていないように見える。

 畏怖されるのは慣れているといったところか。

「凄くは無いよ。言ったじゃないか、大抵の事はって。私にだってどうしようもない事はある」

「どんなことでしょうか」

 私の言葉にルドルフさまはいたずらっぽく笑うと、まっすぐ私の目を見た。

 そして、

「目の前に居る魅力的な女性を手に入れる事、かな」

 なんて言ってくる。

 私はまたぞろからかいかと思ってため息混じりに断ろうとしたのだが……。

「私は本当にキララの事に興味があるんだ」

「そんな、私はこんな子どもみたいな容姿ですし、ただの平民ですし……」

「私の手を何度もすり抜けて置いてただの、なんて言わないでくれないかな?」

 ルドルフさまは絶対に逃がさないとばかりに執拗に追い詰めてくる。

 私はなんとかしてはぐらかそうとしたのだが、全て失敗に終わってしまった。

 私は椅子に座ったまま、少しだけ体を後ろにずらす。ほんの少しでもルドルフさまから離れるために。

「キララ、私は君が欲しい。だから……」

 続く言葉は私が心から望んでいる事で。私はルドルフさまが本当に全てを見通しているのだと、はっきり理解した。

「私は君を愛さない。君の歌だけを愛するよ」

「……何……を……」

 私は思わず愕然としてしまった。

 ほとんど会話もしていないというのに、ルドルフさまによって私の心は丸裸にされ、底の底までさらけ出されてしまう。

 私の口の中は緊張でからからに乾き、呼吸は浅く、額には汗が浮かんでいた。

「キララは怖いんだよね。人に愛される事が。誰かの心を踏みにじってしまう事が」

 そうだ。私がグラジオスを遠ざけた一番の理由はそれだ。

 エマがグラジオスを好きだから。

 シャムがグラジオスを好きだから。

 異世界に帰ってしまうかもしれないからなんてもっともらしい理由なんて……こっちの理由を隠すための言い訳だ。

 私はエマに、この世界で出来た初めての親友に嫌われたくなかった。

 友達になったばかりのシャムから軽蔑されたくなかった。

 私は友達と争いたくなかった。

 友達に昏い感情を向けたくなかった。

 だから嘘をついて本心を隠して、エマを応援して……早く二人がくっ付いてしまえばいいと思った。

 そうしたら――。

「どうかな、私の元に来ないかい?」

 私が諦められるから。

 諦めるための理由になるから。

「…………」

「私は君の望む通りの私になろう」

 それは私にとってとても都合のいい言葉だ。

 とても甘い誘惑。

 先ほどルドルフさまは言っていたではないか。相手の心を読めると。望むものを理解できると。

「キララ。私は自慢じゃないが顔がいい。色んな女性から言い寄られる。そんな私が、君みたいな子どもを好きになると思うかい?」

 ルドルフさまが本心でどう思っているか、私は知らない。知りようがない。

 ルドルフさまの言葉を信じるしかない。でもルドルフさまは、恐らく私の望む通りのルドルフさまを演じ続けてくれるだろう。

 それが私の望むことだと分かってくれているから。

「それにそもそも私は誰も選ばない。見ていて分かっただろう? 私に特別は居ないんだ。安心してくれ」

 ああ、ダメだ。

 本当に、ダメだ。

 私はその言葉を……言葉に安心してしまって……。

「君の歌だけが好きだよ。君は私のところで歌の事だけ考えて居ればいい。そのほかの余分な感情で思い悩むことはない」

「それは……」

 まるで催眠術の様な柔らかく響くルドルフさまの声に、私は心をゆだねていく。

 ルドルフさまは適確に私の欲しい言葉を囁いてくれる。

 もう何も考えたくなかった。

 嫌な未来を予想して、苦しみたくなかった。

 私の中から引き潮のごとく感情という感情が消えていき、心臓が冷えていくのを感じる。

 でもそれはむしろ私の望んだことだ。

 私はこれで、楽になれるから。

「私の元に来れば、君は君にとって大切な物を、君の手で傷つけなくて済むんだよ」

「……はい」

 だから私は選択する。

「私の元に、来てくれるね?」

 考えないという選択を、私は選んだ。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』

透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。 「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」 そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが! 突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!? 気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態! けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で―― 「なんて可憐な子なんだ……!」 ……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!? これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!? ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

【完結】身分を隠して恋文相談屋をしていたら、子犬系騎士様が毎日通ってくるんですが?

エス
恋愛
前世で日本の文房具好き書店員だった記憶を持つ伯爵令嬢ミリアンヌは、父との約束で、絶対に身分を明かさないことを条件に、変装してオリジナル文具を扱うお店《ことのは堂》を開店することに。  文具の販売はもちろん、手紙の代筆や添削を通して、ささやかながら誰かの想いを届ける手助けをしていた。  そんなある日、イケメン騎士レイが突然来店し、ミリアンヌにいきなり愛の告白!? 聞けば、以前ミリアンヌが代筆したラブレターに感動し、本当の筆者である彼女を探して、告白しに来たのだとか。  もちろんキッパリ断りましたが、それ以来、彼は毎日ミリアンヌ宛ての恋文を抱えてやって来るようになりまして。 「あなた宛の恋文の、添削お願いします!」  ......って言われましても、ねぇ?  レイの一途なアプローチに振り回されつつも、大好きな文房具に囲まれ、店主としての仕事を楽しむ日々。  お客様の相談にのったり、前世の知識を活かして、この世界にはない文房具を開発したり。  気づけば店は、騎士達から、果ては王城の使者までが買いに来る人気店に。お願いだから、身バレだけは勘弁してほしい!!  しかしついに、ミリアンヌの正体を知る者が、店にやって来て......!?  恋文から始まる、秘密だらけの恋とお仕事。果たしてその結末は!? ※ほかサイトで投稿していたものを、少し修正して投稿しています。

ブラック企業に勤めていた私、深夜帰宅途中にトラックにはねられ異世界転生、転生先がホワイト貴族すぎて困惑しております

さくら
恋愛
ブラック企業で心身をすり減らしていた私。 深夜残業の帰り道、トラックにはねられて目覚めた先は――まさかの異世界。 しかも転生先は「ホワイト貴族の領地」!? 毎日が定時退社、三食昼寝つき、村人たちは優しく、領主様はとんでもなくイケメンで……。 「働きすぎて倒れる世界」しか知らなかった私には、甘すぎる環境にただただ困惑するばかり。 けれど、領主レオンハルトはまっすぐに告げる。 「あなたを守りたい。隣に立ってほしい」 血筋も財産もない庶民の私が、彼に選ばれるなんてあり得ない――そう思っていたのに。 やがて王都の舞踏会、王や王妃との対面、数々の試練を経て、私たちは互いの覚悟を誓う。 社畜人生から一転、異世界で見つけたのは「愛されて生きる喜び」。 ――これは、ブラックからホワイトへ、過労死寸前OLが掴む異世界恋愛譚。

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

処理中です...