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第100話 二人の時間
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私は歌った。
この国の各地を回り、歌い続けた。
グラジオスと私が一緒に居るために。
そうして悲劇のヒロインぶって同情を買い、兵士と金を集めに集めた。
私が死ねば、間違いなく地獄に落ちるだろう。
沢山の人を、自分の為に利用して死に導いているのだから。
私は、悪魔だ。
その日私は久しぶりに空いた時間を持つ事が出来た。
無論、無理やり作ったのだが。
そして私は――。
「グラジオス起きてる? 今帰ったんだけど」
グラジオスの寝室を叩いた。
反応はすぐ帰って来る。
部屋の中から走り寄る物音が聞こえ、扉が勢いよく開く。
私の手に持ったランタンから漏れるか細い光が、一か月ぶりに見るグラジオスの顔を照らし出す。
ちょっと、痩せただろうか。それに目の下にはうっすらと隈が見える。
私のために無理してくれているのだろう。
「雲母」
グラジオスはたまらずといった感じで、私の事を抱きしめてくれる。
体格差から、まるで熊にでも襲われているような錯覚を覚えてしまい、クスッと忍び笑いが漏れた。
「グラジオス久しぶり。大丈夫?」
「当たり前だ。お前ならいつだって歓迎する」
そういう意味で聞いたんじゃないんだけどな。
でもいつだって私のために時間を作ってくれるんだ。嬉しい。
罪悪感で押しつぶされそうになって、ちょっと精神的にきつかったから……。
私はお邪魔しますと断って、グラジオスの私室に入った。
部屋の中ではろうそくが灯され、机の上には書きかけの手紙や書類らしきものが散乱している。
深夜だというのにまだ仕事をしていたのだろう。
他の国との交渉、戦費の捻出、商人たちとのやり取りや領地の管理とやる事はいくらでもある。体がいくつあっても足りないのかもしれなかった。
「グラジオス、体調大丈夫? 無理してない?」
「無理は……していないと言えば嘘になるが、お前を奪われないために必要だ。させてくれ」
「うん、ありがと」
グラジオスは私に対して一切嘘をつかず、ひねくれはすっかり身を潜めている。
それをちょっとだけ寂しく思うけれど、今のグラジオスも可愛いから許しておこう。でもたまにはあのひねくれが見たいなって思うのは私もひねくれがうつったのかもしれない。
私は勧められるままに椅子に座る。グラジオスはベッドの上だ。
相変わらずこの部屋には椅子が一脚しか用意されていないみたいだった。
「グラジオス、どうだった?」
「そうだな……」
グラジオスは目を閉じて一瞬黙した後、
「現状では一万五千は兵が集まりそうだ。相手は八万程度らしいから、国境付近に集中させれば耐えられるだろうな。冬まで耐えきれば恐らく……」
ものすごく義務的な情報を羅列していく。
「ちーがーうっ」
もう、本当に分かってない。
そうやって根拠を提示してれば私が安心すると思っているのだろう。
そうじゃないのだ。私がして欲しい事はそうじゃないし、聞きたいことはそんな事じゃない。
私はグラジオスの事が聞きたいのだ。確かに私の言葉も足りなかったけれど、その位分かれ、バカっ。
「グラジオスはどうだったの?」
「俺、か?」
「そ、浮気した?」
もちろん冗談だ。シャムは既にザルバトル公爵の所領に帰っており、この城には居ない。
私はあれからシャムとも話をしたのだが、初めから分かっていたと言われてしまった。どうやら最初にシャムが大泣きしたのは、私とグラジオスの間に入る余地が微塵もないと気付いていたかららしい。
私がグラジオスを好きだとそんなに前からバレバレだったのかと思うと少し恥ずかしくなる。
「浮気か……」
「ホントにしたのっ!?」
私はすぐさま否定してくれる事を予想していたのに、グラジオスは何故か意味深な笑みを浮かべている。
私の中で嫌な虫がざわつき始めるのを感じた。
「したらどうする?」
「もぐ。それからグラジオスを刺して私は歌に生きる」
私は一緒になんて死んであげないからね。
「即断か……。安心しろ、絶対に浮気することはない」
「じゃあもっと早く否定してよっ」
「お前が変な冗談言うからだ」
さっきからも~。
私は素直にいちゃつきたいのに。
もう怒ったからね。
「ねえグラジオス。まだ寝巻きに着替えてないだけだよね?」
「ん?」
なにその一瞬の間は。
もしかして徹夜続きだから寝てないとか、寝ても服を着替えずにそのまんまとかそんな事してたりしてないよね?
「はい、今すぐ着替える。それから今日はきちんと寝る」
「いやしかしだな……」
「しかしとか言い訳しないっ。言うとおりにするっ!」
私の有無を言わせぬ勢いに押されたか、グラジオスはため息を吐いて頷いたが……。
信用できるわけないよね。
「はい寝巻き出して着る」
「いや、今すぐか?」
「当たり前」
私が居て着替えにくいんだろうけどさ。
もう。旅してる時はそんな意識してなかったくせに。
「ほら早くするっ」
パンパンっと手を打ち鳴らしてグラジオスを急かす。
グラジオスはしぶしぶ立ち上がると、棚へと向かい、引き出しを開けて寝巻きを取り出し始める。
私はその後ろから音もなく忍び寄ると……。
「おいっ、何がしたい」
グラジオスの手元から寝巻きを取り上げてしまった。
「え~。だって隣の部屋にまで取りに戻るのめんどくさいじゃん」
その言葉で私の意図を察したのだろう。グラジオスは深くため息をついたのだが……。
ちょっと~口元にやけてるよ~。このドスケベ。
「……エッチな事は禁止だからね」
「しっ、しないからなっ!? 絶対しないからなっ!?」
慌てて全力で否定しないでよ。
否定されるのもちょっとなんか悲しいんだからね。
「へー、じゃあ~……」
私は笑みを浮かべながら首元のリボンを解く。
しゅるっと衣擦れの音が、やけに生々しく響いた。
グラジオスはそれを見て、ごくりと生唾を飲む。
私は更に胸元のボタンに手をかけ……。
「ねえ、見過ぎ」
「あっ……い、いや、すまん」
グラジオスは慌てて後ろを向いてくれる。
ランタンの頼りない明りではよく分からないが、多分顔を真っ赤にしているだろう。
あ~、すっごく恥ずかしかった。というか私の体って見てて楽しいのかな?
起伏はゼロだし、背もちっちゃくて子どもっぽくっていうか未だに子どもに見られたりするし……。
ふと、ある可能性に思い至る。
「ねえグラジオス。ヤバい趣味とかしてないよね?」
「いきなりなんだ」
「子ども見て欲情したりしない?」
「するかっ!!」
全力で怒鳴られてしまった。
とりあえず後で問い詰める事を胸に誓うと私は着替え始めた。
この国の各地を回り、歌い続けた。
グラジオスと私が一緒に居るために。
そうして悲劇のヒロインぶって同情を買い、兵士と金を集めに集めた。
私が死ねば、間違いなく地獄に落ちるだろう。
沢山の人を、自分の為に利用して死に導いているのだから。
私は、悪魔だ。
その日私は久しぶりに空いた時間を持つ事が出来た。
無論、無理やり作ったのだが。
そして私は――。
「グラジオス起きてる? 今帰ったんだけど」
グラジオスの寝室を叩いた。
反応はすぐ帰って来る。
部屋の中から走り寄る物音が聞こえ、扉が勢いよく開く。
私の手に持ったランタンから漏れるか細い光が、一か月ぶりに見るグラジオスの顔を照らし出す。
ちょっと、痩せただろうか。それに目の下にはうっすらと隈が見える。
私のために無理してくれているのだろう。
「雲母」
グラジオスはたまらずといった感じで、私の事を抱きしめてくれる。
体格差から、まるで熊にでも襲われているような錯覚を覚えてしまい、クスッと忍び笑いが漏れた。
「グラジオス久しぶり。大丈夫?」
「当たり前だ。お前ならいつだって歓迎する」
そういう意味で聞いたんじゃないんだけどな。
でもいつだって私のために時間を作ってくれるんだ。嬉しい。
罪悪感で押しつぶされそうになって、ちょっと精神的にきつかったから……。
私はお邪魔しますと断って、グラジオスの私室に入った。
部屋の中ではろうそくが灯され、机の上には書きかけの手紙や書類らしきものが散乱している。
深夜だというのにまだ仕事をしていたのだろう。
他の国との交渉、戦費の捻出、商人たちとのやり取りや領地の管理とやる事はいくらでもある。体がいくつあっても足りないのかもしれなかった。
「グラジオス、体調大丈夫? 無理してない?」
「無理は……していないと言えば嘘になるが、お前を奪われないために必要だ。させてくれ」
「うん、ありがと」
グラジオスは私に対して一切嘘をつかず、ひねくれはすっかり身を潜めている。
それをちょっとだけ寂しく思うけれど、今のグラジオスも可愛いから許しておこう。でもたまにはあのひねくれが見たいなって思うのは私もひねくれがうつったのかもしれない。
私は勧められるままに椅子に座る。グラジオスはベッドの上だ。
相変わらずこの部屋には椅子が一脚しか用意されていないみたいだった。
「グラジオス、どうだった?」
「そうだな……」
グラジオスは目を閉じて一瞬黙した後、
「現状では一万五千は兵が集まりそうだ。相手は八万程度らしいから、国境付近に集中させれば耐えられるだろうな。冬まで耐えきれば恐らく……」
ものすごく義務的な情報を羅列していく。
「ちーがーうっ」
もう、本当に分かってない。
そうやって根拠を提示してれば私が安心すると思っているのだろう。
そうじゃないのだ。私がして欲しい事はそうじゃないし、聞きたいことはそんな事じゃない。
私はグラジオスの事が聞きたいのだ。確かに私の言葉も足りなかったけれど、その位分かれ、バカっ。
「グラジオスはどうだったの?」
「俺、か?」
「そ、浮気した?」
もちろん冗談だ。シャムは既にザルバトル公爵の所領に帰っており、この城には居ない。
私はあれからシャムとも話をしたのだが、初めから分かっていたと言われてしまった。どうやら最初にシャムが大泣きしたのは、私とグラジオスの間に入る余地が微塵もないと気付いていたかららしい。
私がグラジオスを好きだとそんなに前からバレバレだったのかと思うと少し恥ずかしくなる。
「浮気か……」
「ホントにしたのっ!?」
私はすぐさま否定してくれる事を予想していたのに、グラジオスは何故か意味深な笑みを浮かべている。
私の中で嫌な虫がざわつき始めるのを感じた。
「したらどうする?」
「もぐ。それからグラジオスを刺して私は歌に生きる」
私は一緒になんて死んであげないからね。
「即断か……。安心しろ、絶対に浮気することはない」
「じゃあもっと早く否定してよっ」
「お前が変な冗談言うからだ」
さっきからも~。
私は素直にいちゃつきたいのに。
もう怒ったからね。
「ねえグラジオス。まだ寝巻きに着替えてないだけだよね?」
「ん?」
なにその一瞬の間は。
もしかして徹夜続きだから寝てないとか、寝ても服を着替えずにそのまんまとかそんな事してたりしてないよね?
「はい、今すぐ着替える。それから今日はきちんと寝る」
「いやしかしだな……」
「しかしとか言い訳しないっ。言うとおりにするっ!」
私の有無を言わせぬ勢いに押されたか、グラジオスはため息を吐いて頷いたが……。
信用できるわけないよね。
「はい寝巻き出して着る」
「いや、今すぐか?」
「当たり前」
私が居て着替えにくいんだろうけどさ。
もう。旅してる時はそんな意識してなかったくせに。
「ほら早くするっ」
パンパンっと手を打ち鳴らしてグラジオスを急かす。
グラジオスはしぶしぶ立ち上がると、棚へと向かい、引き出しを開けて寝巻きを取り出し始める。
私はその後ろから音もなく忍び寄ると……。
「おいっ、何がしたい」
グラジオスの手元から寝巻きを取り上げてしまった。
「え~。だって隣の部屋にまで取りに戻るのめんどくさいじゃん」
その言葉で私の意図を察したのだろう。グラジオスは深くため息をついたのだが……。
ちょっと~口元にやけてるよ~。このドスケベ。
「……エッチな事は禁止だからね」
「しっ、しないからなっ!? 絶対しないからなっ!?」
慌てて全力で否定しないでよ。
否定されるのもちょっとなんか悲しいんだからね。
「へー、じゃあ~……」
私は笑みを浮かべながら首元のリボンを解く。
しゅるっと衣擦れの音が、やけに生々しく響いた。
グラジオスはそれを見て、ごくりと生唾を飲む。
私は更に胸元のボタンに手をかけ……。
「ねえ、見過ぎ」
「あっ……い、いや、すまん」
グラジオスは慌てて後ろを向いてくれる。
ランタンの頼りない明りではよく分からないが、多分顔を真っ赤にしているだろう。
あ~、すっごく恥ずかしかった。というか私の体って見てて楽しいのかな?
起伏はゼロだし、背もちっちゃくて子どもっぽくっていうか未だに子どもに見られたりするし……。
ふと、ある可能性に思い至る。
「ねえグラジオス。ヤバい趣味とかしてないよね?」
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