『歌い手』の私が異世界でアニソンを歌ったら、何故か世紀の歌姫になっちゃいました

駆威命(元・駆逐ライフ)

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第115話 神に見捨てられた私達

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 蟻のような兵士の波が号令と共に押し寄せてくる。

「放てーっ!!」

 それに対抗して、こちら側から大量の矢が射掛けられた。

 号令が響くと同時に城壁の狭間から矢が一斉に飛び出し、帝国兵を打ち倒していく。

 バタバタと人が倒れ、その倒れた帝国兵たちを踏み越えて別の帝国兵たちが近づいてくる。

 きっとその中には生きている人たちも居るだろうに。仲間たちに踏み荒らされた事で絶たれた命があるだろう。

 私の目の前で、多くの命が湯水のごとく散って逝く。

 だがそれは帝国兵にとってはひっかき傷の様なものでしかない。

 数十人死んでも、まだ数万人居るのだ。

 ああ、何故人間はこんな事が出来るのだろう。

 こんな酷くて、非道で、悲惨な事が。

 もし神様なんて存在が居るのだとしたら、何故こんな事を許すのだろう。

 きっと人間になんて興味がないか、もう諦めたのだ。

 こんな事を繰り返し続ける愚かな人間に。

「火薬が来てるっ!」

 唯一絶対に矢などで攻撃されない私は状況を伺う事に適している。どれだけ残酷な事であろうと目は反らしたりしない。それで味方が一人でも助かると分かっているから。

 城壁から身を乗り出し、遠見や目視で戦場をくまなく見渡して兵士たちに警告を送る。

「樽を持っている者を狙えっ! 火矢を使って誘爆させても構わんっ!」

 火薬で無理やり扉をこじ開けて攻め入ろうとする作戦だろうが、この世界の火薬はまだ問題が多い。

 一番最初に火薬を使ったのは、決まれば効果的だが防がれる可能性が高いと踏んだからだろう。

 もしくは――。

 ズガンッと凄まじい音が響き、城壁から三十メートルほどの位置で黒煙が上がる。

 火矢によって火薬樽が爆発してしまったのだろう。

 爆風は周囲に居る帝国兵をなぎ倒していく。

 だが火薬を所持しているのは一人ではない。まだ何十人と居るのだ。

 彼らは黒煙に紛れて突っ込んでくる。

 これが目的なのだ。

 人の命を使い捨てて次の者達がしゃにむに攻め寄せる。

 しかし王国も人影を頼りに矢を放ち――更に幾度となく爆炎が上がっていく。

 その爆発は確実に近づいてくる。

 煙の中から出て来た者に優先的に矢が飛び、帝国兵はバタバタと倒れていくが、追い詰められているのはこちらかもしれない。

 爆発が城壁残り数メートルの地点で起こった瞬間……。

「開門しろっ!」

 グラジオスの命令とともに、木と鉄で作られた重い門が内側から開き、王国兵がわっと飛び出した。

 槍を縦に持った王国兵が門を守る様にまっすぐ横二列に並ぶ。

 それを率いているのは、オーギュスト伯爵だ。

 歴戦の英雄が率いるとあって、私も少しホッとする。

 遠くの敵を弓矢が、近くの敵をオーギュスト伯爵らが迎撃する作戦だろう。

 私は城門付近は彼らに任せ、今は煙に巻かれた遠くの位置に目を凝らした。

 山間だけあって、煙はすぐに晴れるはず。特に峡谷に作られているこの城壁の周囲は、山肌から吹き降ろしてくる強い風によって煙など簡単に散らされてしまう――。

 煙の向こう側で、何かがキラリと光った気がした。

 ――考えろ、私。今のは……何かが光を反射した光なはずで、反射するのは金属なはずだ。

 槍や刀剣は金属だろうけど、それ以外でとなれば……。

 私は身を乗り出して城門前で帝国兵を迎撃しているオーギュスト伯爵へと顔を向ける。

 手をメガホンの様に口の周囲に当て、力の限り大声を出す。

「オーギュスト伯爵! 矢が来るかもしれませんっ!!」

 私は城壁の上に居る。

 ならその下で戦う者達に向けて射るのならば、私に当たる心配はない。

 もしも、という不正確な情報を伝える事は場を余計混乱させるかもしれなかったが、私は報告を優先した。

 オーギュスト伯爵ならばきっとうまく処理してくれるだろう。

「全員、出来る限り身を低くせよ。一番隊、行けっ!!」

 オーギュスト伯爵の命令で、前列に並んだ王国兵が槍を縦に構えて突っ込んでいくと、真正面の帝国兵に槍を叩きつける。

 爆風に巻き込まれてまともな集団行動が取れていない帝国兵は一方的に槍の一撃で蹂躙されていく。

「二番隊、行けっ! 一番隊、下がれっ!」

 後方に並んでいた王国兵が、一番隊と同じように突っ込んでいき、槍をまっすぐ構えて後退る一番隊の合間を縫って前に出ると、再び正面の帝国兵に槍を叩きつけた。

 その次は一番隊が二番隊の前にと、一糸乱れぬ動きで帝国兵を蹴散らしていく。

 もちろん私はそれを呆けてみていたわけではない。

「グラジオスッ、城壁から四十メートル向こう西側に怪しい光! 攻撃して!」

「分かった。全員聞いたな!? 構えーっ」

 グラジオスの号令に合わせて弓兵たちが矢をつがえて狙いを定める。

 弓が限界まで引き絞られ、ギリギリと音を立てて早く解放しろと騒ぐ。死神が鎌を研ぎ終わるのにさほど時間はかからなかった。

「……放てーっ!」

 号令と共に解放された牙が風を切り裂いて煙の中へと突っ込んでいく。

 死の隊列が姿を消し……その返礼とばかりに煙の中から幾筋もの光が飛んでくる。

 警告する時間などない。

 あっという間に矢はオーギュスト伯爵率いる兵に襲い掛かり、数人を食い破っていく。

 だが警告のかいがあったのか、それによって死者は出ていない。運の無かった者の腕や肩口に突き立っているだけだ。

 むしろその前に居た帝国兵の方が被害は大きいかもしれない。

「怪我した者は後退しろっ。無事な者は牽制して後退を援護せよっ。隊列を組み直すっ。間を詰めよ!」

 素早く戦列が再構築されて行き、防備が固められる。

 まだ守りは堅く、私達は負けてはいなかった。

 やがて煙が吹き散らされて――その中から雲梯うんてい――攻城用の車輪がついた折り畳みの梯子――が数台姿を現した。

 恐らくはその後ろにもまだある事だろう。

「あんなものをよくもっ」

 グラジオスが毒づくのも無理はない。

 ここは山間の峡谷だ。道は石が多くてあまりよくない上に坂道も多い。

 そんなところにわざわざ車輪の付いた攻城兵器を持ち込むなど尋常な労力ではなかっただろう。

 今見える範囲でだが、手作業で車輪の下に板を置いたり、邪魔な石を退け、手で持ち上げて少しずつ前進してきているのだ。

 兵力の多い帝国ならではの戦法と言えよう。

 右手が使えなくなったら左手を使えばいいと言わんばかりの力業に、私は頬が引きつるのを感じていた。

 本来ならばこの様な戦法は使わないはずだ。

 だが、私が居る事で弩弓や射石砲による遠距離攻撃が出来なくなってしまっている。その対策がこれとは……。

「火矢を! それからこちらも火薬を用意しろ!」

 帝国と違ってこちらはそんなに大量の火薬を持っていない。虎の子というやつだ。

 奥の手を使っても破壊しておかなければならないという判断だろう。

 やがてグラジオスの命令に従って何十本もの火矢が飛んでいき、雲梯に突き立って行ったが、思うように効果を上げられないでいる。

 大方不燃性の物で雲梯事態を覆って耐火能力を上げてあるのだろう。

 じりじりと帝国の魔の手が忍び寄っていた。
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