『歌い手』の私が異世界でアニソンを歌ったら、何故か世紀の歌姫になっちゃいました

駆威命(元・駆逐ライフ)

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第134話 あなたは愛していますか?

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 始めから違和感があったのだ。

 大して触れ合ったわけでもない。一目惚れをされるような要素もない。

 それなのにこれだけ執着されるなんてそれこそ異常だ。

 だったら私以外の場所に必ず理由はず。

 ルドルフさまの中に答えがある。

「そんな下劣な事を考えてなどいない……。私は……」

「ではなぜ私を欲しがったのですか? こんな戦争を引き起こすほど執着する理由は何ですか?」

「それ……は……」

 ルドルフさまは言葉に詰まる。

 いつも聡明な彼からすれば、これはあり得ないはずだ。

 答えられないのは、答えたくないか、答えがルドルフさまの中に無いから。

 無意識にその答えを忌避して理解しようとしなかっただけ。

 歌が欲しかった?

 声が出なくとも私に執着していたのだから違う。

 私の事が好き?

 違う。明確な証拠はないが、感情を直接浴びせられた私は分かる。

 少しは好意の様なものも感じるが、グラジオスの向けてくる体の芯からこみ上げてくるような熱さはない。

 ルドルフさまはただ私に執着しているだけ。

 かつて私はグラジオスからの愛情を拒絶していた。
 
 この世界の人たちと、ある種の壁を作っていた。

 ――ルドルフさまと同じように。

 だからルドルフさまは私を求めたのだ。

 それに気づいた私は、だからこそこんな提案をする。

「ルドルフさま。私があなたの元に降る条件はひとつだけ」

「……なんだい?」

「私を愛してください。その確約がいただけましたら、私はあなたの元へと参ります」

「…………」

 ルドルフさまは答える術《すべ》を持っていないかのように何も言わない。

 己の中に答えを持たないから、応えられないのだ。

「ルドルフさま、想像してください……」

 私は思い出す。私がグラジオスへ抱いている想いを。

 そして想像する。

 もしその相手がルドルフさまだったらと。

 運命の歯車が今と違う噛み合い方をして、違う時間を辿っていたらどうなったのか。

 もしかしたら私はルドルフさまの心を溶かすことに成功したかもしれない。

 彼の孤独を癒してあげられたかもしれない。

 そんな、あり得たかもしれない心を以《も》って……。

――trust you――

 愛してる。

 私が何度も何度も囁き、それと同じくらい送り返された言葉。

 世界中で人の数だけにこの言葉が使われているはずだ。

 ルドルフさまを除いて。

 かつての私もルドルフさまと同じようにこの言葉から逃げていた。でも今は違う。

 その言葉の持つ本当の意味を知り、それに伴う責任と、苦しさも知っている。

 知っていて、それでもなお人を愛する路を選んだのだ。

 この歌が届けばきっと理解してくれるだろう。

 愛とは何かって。

「いかがでしたか?」

 歌い終わった私は、ルドルフさまに問いかける。

 ルドルフさまは……。

「……分からない」

 耳を塞ぎ、頭を抱え、首を左右に振って私の歌を否定していた。

 でもそれこそが答えだ。

 愛を分かろうとせず、愛が分からない。

 少なくとも、私にそういった感情があったとするなら、その私から愛していると告白されたのだ。

 グラジオスなら理性を失って襲い掛かって来るぐらいのリアクションはする。紳士なルドルフさまであればそこまでの反応はしないのかもしれないけれど、とにかく何らかの反応があってしかるべきだ。

 だというのに今のルドルフさまは頭を抱えて縮こまり、自分の中に在る感情に怯えているだけ。

 なら、ルドルフさまの中にあるのは愛なんかじゃない。

「ルドルフさま、いいんですよ」

 きっと怖いはずだ。私もそうだったから。

 自分と向き合って、自分の中に在る真実を知るというのはとても怖い事だ。

 私はそれがなかなかできずに逃げ回って周りの人たちに迷惑をかけ続けた。

 その時に、エマやハイネを始めとした色んな人が私を助けてくれた。もちろん、ルドルフさまもその一人だ。

 今度は私の番。私がルドルフさまを助ける番だ。

 私は短剣をソファに置いて立ち上がると、机を迂回してルドルフさまの傍に行き、

「ルドルフさま」

 彼に覆いかぶさるように、抱きしめた。

 ルドルフさまの体は寒くも無いのにガタガタと震え、手は力を入れて自らを抱きしめるあまり白く染まっている。

「大丈夫、大丈夫ですよ。私はあなたの味方です」

 とりあえず心の中でグラジオスに、これは浮気じゃないからねなんて言い訳をしておいてから――額に口づける。

 これは親愛を表すキスだ。母親が自らの子どもにするような、ぬくもりを分け与えるためのキス。

 それをしなければ、ルドルフさまが壊れてしまいそうだったから。

「私はキララの敵だろう? 私の命令で何千人も死んだのを忘れたのかい?」

 それは紛れもない事実だ。ルドルフさまが軍隊を連れて攻めて来たからみんな死んでいった。

 あの優しかったモンターギュ侯爵も戦った末に命を落とした。

 それは許せない事だし許したくない。でも怒りのままに戦って、更に多くの命を落とすのは……絶対に違う。

「忘れていません」

 私は首を横に振りながら、子どもをあやす様にルドルフさまの背中を撫でる。

「でも、それでも私は……雲母・アルザルドは貴方の味方です」

 綺麗事かもしれないが負の連鎖は止められるのなら止めた方がいい。ルドルフさまとならば止められるはずだ。

 だから味方であって、敵じゃない。

 一緒に戦争を止める仲間なのだ。

 近しい人が死ぬのはもう嫌だ、受け入れられない。

「キララ・アルザルド、ね……」

 そうごちながら、ルドルフさまはおずおずといった感じで私の背中に手を伸ばす。

 その様は、生き別れた母親に初めてしがみつく子どもを思わせる。

 今までの自信たっぷりで全てを見通している様な姿は、本当のルドルフさまでは無く、今のルドルフさまこそが本当の彼なのではないだろうか。

「そうですよぉ。雲母ちゃんは人妻ですから、そういうおいたは無しにしてくださいね」

 ちょっと冗談めかして警告しておくが、そんな危険はないだろう。

 ルドルフさまは私の胸に頭を預け、ほんの少しだけ安らいだ顔をしていた。

「それは残念だなぁ……。本当に、残念だ」

 するつもりもないくせに。

 今は人を信じようとするとっかかりが出来ただけに過ぎない。愛欲《エロス》でなく愛情《アガペー》の光が燈っただけ。

 そういうのじゃないのは分かっていた。

「ルドルフさまが安心できるまで、いつまでだってお付き合いいたします。ですから、私をグラジオスから引き離さないでください」

 何度も何度もルドルフさまのプラチナブロンドを撫でる。

 安心してと祈りを籠めて。

 何時の間にか、ルドルフさまの震えは収まっていた。

「戦争なんて終わりにしましょう。私はこれ以上ルドルフさまと傷つけあうなんて絶対に嫌です」

 ルドルフさまは私の歌を聴いてくれて、私の歌を心から楽しんでくれた人だから。

 そんな私の良き理解者が不幸になるなんて受け入れられない。

「また帝国で歌わせてください。あ、あの劇場とかとってもいい感じですよね」

「……キララ、心の声が漏れてないかい? しかもちょっと欲深い感じの」

「…………」

 べ、別に劇場で歌わせてとか言ってないんだからねっ。

 なんですかその目は。いいじゃないですか。あんな立派な劇場なんてこの世界中で帝国にしかないんですよ。

 そこで歌いたいなんて全人類の夢に決まってますから。

「え、え~っと……と、とにかくお返事をお願いしますねっ」

 キラッ☆ ってな感じのウィンクを飛ばして誤魔化しつつ(全然誤魔化せてないけど)、強引に話を元に戻した。

「…………まったく、キララはどんな時でもキララなんだね」

 ルドルフさまはそう言って苦笑を浮かべ、

「分かったよ、キララ。君のか――」

 それは戦争の終わりを意味して――。

「危ないっ!」

「え?」

 唐突に私は突き飛ばされて床を転がる。

 揺れ動く視界の中、ルドルフさまへ向けて銀色の牙が振り下ろされた。
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