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第5話 賽は投げられた
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「うぉわぁっ!」
こうやって倒れるのは本日二度目である。
俺は予期せぬ方向から力がかかった事により、バランスを崩し、後ろにひっくり返ってしまった。
ごいんっと頭の中だけで鈍い音が響き、俺の後頭部に二つ目のたんこぶが生成される。
「いってぇ……」
しかし、俺はこんな事をするであろう人物に心当たりがあった。
そういう意味ではむしろ安心したと言っても過言ではない。
俺は頭をわずかに持ち上げ、僅かにできた後頭部と床との間に手を滑り込ませると、無意識に瞑っていた目をゆっくり開け――。
「何こけてるの?」
予想通りの顔が上下逆転した状態で視界に入る。
どうやら俺は蒼乃の足元で仰向けになって寝ているらしい。ここから蒼乃の顔が見えるのは、ひとえに一切の起伏の無い蒼乃の真っ平ら過ぎる扁平胸のせいで何も邪魔するものがないからである。ほんの少しでも起伏があれば憎たらしい顔の代わりに素晴らしい光景が……妹のだからありえないな。
「お前がやったんだろうが……」
「知らない。アンタが勝手にこけたんでしょ」
俺は間違いなく腕を引っ張られたからこけたんだけどな。と言ってやりたかったが、今は喧嘩するよりも先にやる事がある。
後頭部をさすりつつ、半眼になって目の前にある物を見るとはなしに眺めながら、
「おい、蒼乃」
「何よ」
「高校生にもなって縞々とかガキ臭すぎだろ」
指摘してやった……というのに、蒼乃の返答は無言のスタンピングであった。
俺は慌てて床を転がって何とか蒼乃の攻撃を避ける。
寸前で目標を捕らえそこなった蒼乃の足は、ダンッと結構いい音を響かせながら廊下と熱烈な再会を果たす。
「最っっ低」
氷よりも更に冷たい絶対零度の視線が俺に突き刺さる。
まあ、俺も復讐してやりたかったからわざわざ言ったんだけどな。
「お前が引っ張るのが悪い。おかげで見たくないもん見せられたんだからな」
俺は正常な男の子だ。可愛い女の子のパンツは見たいが、それが妹のだったとしたら何とも思わないどころかうぜえってなるだけ。
ホント、不思議だよな。
さて……。
復讐も終わったので、俺は右手を蒼乃の方へと差し出した。
「……今しろっていうの?」
蒼乃は嫌そうに俺の手を見つめているが、何をするのか即座に理解している事から見て、蒼乃も俺と同じであったと確信する。
蒼乃も何らかの不幸が起きており、解決方法が握手をすることであると理解しているのだ。
「今だったら俺を起こすためだから変じゃないだろ? それともお前は改めて俺と握手がしたいのか?」
他の生徒が見てる前でやるとか絶対嫌なんだけど。
「分かったわよ」
蒼乃は嫌々といった感じで俺の右手を握って来る。こうして蒼乃と手を繋ぐなんて何年ぶりだろう。
その手の小ささに、少しだけ懐かしさを覚えつつもしっかりと握り返す。念のために一度上下に振り、脳内で握手握手と唱えてから蒼乃に引っ張られる形で立ち上がった。
それと同時に、ヴーヴーとポケットに入ったスマホがメールの着信を告げる。
こんなタイミングでメールが来るなんて、間違いなくあのゲーム関係のものだろう。本当に、どうやって俺らを監視しているのだろうか。
「メール、こっちにも来た」
スマホの着信音が蒼乃にも聞こえたのだろう。ぼそっと呟くように報告してくる。
「そうか。とりあえず帰ってからな」
「なんで? 今すぐ見た方が……」
「この状況でか?」
廊下には多数の生徒たちが居て、中にはこちらの様子を気にしている者も居る。というか先ほど俺が話しかけた女生徒が、心配そうにこちらを伺っていた。
俺は片手を立ててその女生徒にごめんっと合図を送っておく。
「それにもうすぐ休み時間終わるだろ」
俺はそれだけ言うと、別れも告げずに歩き出す。
後方では例の女生徒が何事か蒼乃に話しかけているが、知った事ではない。俺は早歩きで自分の教室へと戻っていった。
「さてと、じゃあどうする?」
俺と蒼乃は食卓の上に互いのスマホを並べ、向かい合わせに座っている。
母親が仕事から帰って来るまで多少の時間があるため、二人きりで話し合うには十分だろう。
「どうするって、もう終わったんじゃないの?」
「この文面でか?」
そう言って俺はスマホの画面を爪先でトントンと叩く。そこに表示されているメールの最後の一文には、クリアまで頑張ってね、と書かれており、どう考えてもあれで終わりなはずがなかった。
「もぉ~……」
蒼乃は渋々その事実を認めると、深々とため息を吐き出すと、そのまま俯いて前髪を手でぐちゃぐちゃに掻きむしる。
どうやら相当にストレスが溜まっている様だった。
「とりあえず今わかってることをまとめるぞ」
俺はスマホを操作して履歴からゲームのブラウザを立ち上げる。ゲームの起動にはしばらく時間がかかるらしく、真っ黒な画面の右端にろーでぃんぐなんて丸っこい文字が表示された。
「このゲームは、やっている事を他の人に知られちゃいけないらしい。それからゲームを拒否することも駄目みたいだ」
ここまではメールに書いてあった話であり、二人共知っている事だ。
「分かってる……!」
何があったか一切話は聞いていないが、こうしてこの場に居る時点で信じざるを得ない体験をしたのだろう。
「このゲーム、ルールがあってな」
ようやく立ち上がったアモーレっ!! なる謎のゲームを操作してルールを表示して蒼乃へとスマホを向ける。
「制限時間は24時間で、一日一回ミッションをこなさないと不幸が訪れるんだと」
蒼乃の肩がびくりと動く。曇った顔でスマホの画面をチラリと見て、またすぐ視線をそらしてしまう。
蒼乃は明らかにこのゲームに対して怯えていた。
「それから、ゴールしたら終わりってあるけど、ゴールがどのくらいかは分からない。基本料金無料とかあったけど、そもそも課金する場所がない。ショップも何もないんだ」
つまりそれは、一日一回サイコロを振り、ミッションをこなし続けるしか解放される道はないという事。そして、それがどのくらい続くかもわからないのだ。
しばらく無言のまま無為にゲーム画面を見つめ、受け入れがたい現実を、ゆっくり時間をかけて飲み込んでいく。
俺たちに残された道は、前に進む事だけしかなかった。
「蒼乃、それで……お前も画面に触れてくれ」
俺はゲームを操作してサイコロの画面を呼び出した。
画面には、もう一人の人も触れてね、とある。これは俺が画面に触れたら出て来た文字で、もう一人とは恐らく蒼乃の事で間違いないだろう。
「指紋認証か何かで、お前も触れなきゃゲームが進まないんだ」
「なんでよ。24時間なんでしょ? 今日のはもうやったじゃない」
「やったのは昨日のぶんだ。今日はまだやってない」
その事実を知って蒼乃の顔が恐怖に歪む。
「だから、タッチしてくれ。俺が何回触っても、これ以上進まなかったんだ」
俺はスマホを滑らせて蒼乃の方へと動かすと、ガタっと音を立てて蒼乃が椅子ごと後ろに下がる。
明らかに蒼乃はこの不気味で悪意の塊のようなゲームに怯えていた。
俺は視線を壁にかかっている時計に向け、時刻を確認してから頭の中で計算をする。
「とりあえず、後約15時間ある。でも15時間経ったら、またあの不幸が始まるんだ」
蒼乃の体が震え始める。
日頃ツンケンした態度で俺に食って掛かる蒼乃の姿はそこには無い。恐怖に震え、小さく縮こまる、女の子の姿がそこにはあった。
「怖いのは分かる。でも、一応このゲームは仲良くなるゲームだぜ? 大した事要求してこないんだ。最初はたかが握手だったんだぞ。次も大した命令じゃあないって」
だから、な? と蒼乃を……未だ震えが止まらない蒼乃を懸命に説得する。
こんなに長く蒼乃と会話を続けたのは何年ぶりだろうか。皮肉にもゲームへの恐怖が互いへの憎しみを忘れさせていた。
俺は立ち上がるとテーブルを迂回して蒼乃の傍に行き、小刻みに震える蒼乃の手を取る。
蒼乃はただ黙っているだけで、抵抗は何もない。
それを了承と取った俺は、そのままスマホの上へと手を移動させ、強制的にタッチさせる。
その瞬間、スマホの画面が動いてサイコロが転がった。
こうやって倒れるのは本日二度目である。
俺は予期せぬ方向から力がかかった事により、バランスを崩し、後ろにひっくり返ってしまった。
ごいんっと頭の中だけで鈍い音が響き、俺の後頭部に二つ目のたんこぶが生成される。
「いってぇ……」
しかし、俺はこんな事をするであろう人物に心当たりがあった。
そういう意味ではむしろ安心したと言っても過言ではない。
俺は頭をわずかに持ち上げ、僅かにできた後頭部と床との間に手を滑り込ませると、無意識に瞑っていた目をゆっくり開け――。
「何こけてるの?」
予想通りの顔が上下逆転した状態で視界に入る。
どうやら俺は蒼乃の足元で仰向けになって寝ているらしい。ここから蒼乃の顔が見えるのは、ひとえに一切の起伏の無い蒼乃の真っ平ら過ぎる扁平胸のせいで何も邪魔するものがないからである。ほんの少しでも起伏があれば憎たらしい顔の代わりに素晴らしい光景が……妹のだからありえないな。
「お前がやったんだろうが……」
「知らない。アンタが勝手にこけたんでしょ」
俺は間違いなく腕を引っ張られたからこけたんだけどな。と言ってやりたかったが、今は喧嘩するよりも先にやる事がある。
後頭部をさすりつつ、半眼になって目の前にある物を見るとはなしに眺めながら、
「おい、蒼乃」
「何よ」
「高校生にもなって縞々とかガキ臭すぎだろ」
指摘してやった……というのに、蒼乃の返答は無言のスタンピングであった。
俺は慌てて床を転がって何とか蒼乃の攻撃を避ける。
寸前で目標を捕らえそこなった蒼乃の足は、ダンッと結構いい音を響かせながら廊下と熱烈な再会を果たす。
「最っっ低」
氷よりも更に冷たい絶対零度の視線が俺に突き刺さる。
まあ、俺も復讐してやりたかったからわざわざ言ったんだけどな。
「お前が引っ張るのが悪い。おかげで見たくないもん見せられたんだからな」
俺は正常な男の子だ。可愛い女の子のパンツは見たいが、それが妹のだったとしたら何とも思わないどころかうぜえってなるだけ。
ホント、不思議だよな。
さて……。
復讐も終わったので、俺は右手を蒼乃の方へと差し出した。
「……今しろっていうの?」
蒼乃は嫌そうに俺の手を見つめているが、何をするのか即座に理解している事から見て、蒼乃も俺と同じであったと確信する。
蒼乃も何らかの不幸が起きており、解決方法が握手をすることであると理解しているのだ。
「今だったら俺を起こすためだから変じゃないだろ? それともお前は改めて俺と握手がしたいのか?」
他の生徒が見てる前でやるとか絶対嫌なんだけど。
「分かったわよ」
蒼乃は嫌々といった感じで俺の右手を握って来る。こうして蒼乃と手を繋ぐなんて何年ぶりだろう。
その手の小ささに、少しだけ懐かしさを覚えつつもしっかりと握り返す。念のために一度上下に振り、脳内で握手握手と唱えてから蒼乃に引っ張られる形で立ち上がった。
それと同時に、ヴーヴーとポケットに入ったスマホがメールの着信を告げる。
こんなタイミングでメールが来るなんて、間違いなくあのゲーム関係のものだろう。本当に、どうやって俺らを監視しているのだろうか。
「メール、こっちにも来た」
スマホの着信音が蒼乃にも聞こえたのだろう。ぼそっと呟くように報告してくる。
「そうか。とりあえず帰ってからな」
「なんで? 今すぐ見た方が……」
「この状況でか?」
廊下には多数の生徒たちが居て、中にはこちらの様子を気にしている者も居る。というか先ほど俺が話しかけた女生徒が、心配そうにこちらを伺っていた。
俺は片手を立ててその女生徒にごめんっと合図を送っておく。
「それにもうすぐ休み時間終わるだろ」
俺はそれだけ言うと、別れも告げずに歩き出す。
後方では例の女生徒が何事か蒼乃に話しかけているが、知った事ではない。俺は早歩きで自分の教室へと戻っていった。
「さてと、じゃあどうする?」
俺と蒼乃は食卓の上に互いのスマホを並べ、向かい合わせに座っている。
母親が仕事から帰って来るまで多少の時間があるため、二人きりで話し合うには十分だろう。
「どうするって、もう終わったんじゃないの?」
「この文面でか?」
そう言って俺はスマホの画面を爪先でトントンと叩く。そこに表示されているメールの最後の一文には、クリアまで頑張ってね、と書かれており、どう考えてもあれで終わりなはずがなかった。
「もぉ~……」
蒼乃は渋々その事実を認めると、深々とため息を吐き出すと、そのまま俯いて前髪を手でぐちゃぐちゃに掻きむしる。
どうやら相当にストレスが溜まっている様だった。
「とりあえず今わかってることをまとめるぞ」
俺はスマホを操作して履歴からゲームのブラウザを立ち上げる。ゲームの起動にはしばらく時間がかかるらしく、真っ黒な画面の右端にろーでぃんぐなんて丸っこい文字が表示された。
「このゲームは、やっている事を他の人に知られちゃいけないらしい。それからゲームを拒否することも駄目みたいだ」
ここまではメールに書いてあった話であり、二人共知っている事だ。
「分かってる……!」
何があったか一切話は聞いていないが、こうしてこの場に居る時点で信じざるを得ない体験をしたのだろう。
「このゲーム、ルールがあってな」
ようやく立ち上がったアモーレっ!! なる謎のゲームを操作してルールを表示して蒼乃へとスマホを向ける。
「制限時間は24時間で、一日一回ミッションをこなさないと不幸が訪れるんだと」
蒼乃の肩がびくりと動く。曇った顔でスマホの画面をチラリと見て、またすぐ視線をそらしてしまう。
蒼乃は明らかにこのゲームに対して怯えていた。
「それから、ゴールしたら終わりってあるけど、ゴールがどのくらいかは分からない。基本料金無料とかあったけど、そもそも課金する場所がない。ショップも何もないんだ」
つまりそれは、一日一回サイコロを振り、ミッションをこなし続けるしか解放される道はないという事。そして、それがどのくらい続くかもわからないのだ。
しばらく無言のまま無為にゲーム画面を見つめ、受け入れがたい現実を、ゆっくり時間をかけて飲み込んでいく。
俺たちに残された道は、前に進む事だけしかなかった。
「蒼乃、それで……お前も画面に触れてくれ」
俺はゲームを操作してサイコロの画面を呼び出した。
画面には、もう一人の人も触れてね、とある。これは俺が画面に触れたら出て来た文字で、もう一人とは恐らく蒼乃の事で間違いないだろう。
「指紋認証か何かで、お前も触れなきゃゲームが進まないんだ」
「なんでよ。24時間なんでしょ? 今日のはもうやったじゃない」
「やったのは昨日のぶんだ。今日はまだやってない」
その事実を知って蒼乃の顔が恐怖に歪む。
「だから、タッチしてくれ。俺が何回触っても、これ以上進まなかったんだ」
俺はスマホを滑らせて蒼乃の方へと動かすと、ガタっと音を立てて蒼乃が椅子ごと後ろに下がる。
明らかに蒼乃はこの不気味で悪意の塊のようなゲームに怯えていた。
俺は視線を壁にかかっている時計に向け、時刻を確認してから頭の中で計算をする。
「とりあえず、後約15時間ある。でも15時間経ったら、またあの不幸が始まるんだ」
蒼乃の体が震え始める。
日頃ツンケンした態度で俺に食って掛かる蒼乃の姿はそこには無い。恐怖に震え、小さく縮こまる、女の子の姿がそこにはあった。
「怖いのは分かる。でも、一応このゲームは仲良くなるゲームだぜ? 大した事要求してこないんだ。最初はたかが握手だったんだぞ。次も大した命令じゃあないって」
だから、な? と蒼乃を……未だ震えが止まらない蒼乃を懸命に説得する。
こんなに長く蒼乃と会話を続けたのは何年ぶりだろうか。皮肉にもゲームへの恐怖が互いへの憎しみを忘れさせていた。
俺は立ち上がるとテーブルを迂回して蒼乃の傍に行き、小刻みに震える蒼乃の手を取る。
蒼乃はただ黙っているだけで、抵抗は何もない。
それを了承と取った俺は、そのままスマホの上へと手を移動させ、強制的にタッチさせる。
その瞬間、スマホの画面が動いてサイコロが転がった。
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